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醜さと美しさ

 街道の脇に伸びる細道。

 その細道は平原を貫くように真っ直ぐ伸びているのだが、周りには村も町もなく代わり映えのしない草原が広がっているだけだというのに、細道には頻繁に人が通っている形跡があった。

 地図上ではこの先には何もないので、普通なら来た道を戻るのだが、ある噂を耳にした連中は躊躇うことなく先へと進む。


 この先に何があるのか。期待と不安を胸に抱きながら進んだ先にあるのは――行き止まり。

 平原を越えた山の麓でその道は途切れていた。

 途中、これといってめぼしいものや、目を奪うような風景があるわけでもない。多くの人が疲労感だけを土産にとぼとぼと道を戻る。――実はこの先に目的の町があることを知らずに。

 一部の人にしか知られていないのだが、行き止まりとなった細道から更に道なき道を進むと山に沿うように道が再び現れる。今度は左右に分かれているので右を選ばなければいけない。


 途中で枝が一本もない巨木が見えたら、左に見える崖を注意深く調べる。

 すると山肌に偽装された大きな門を発見できるだろう。近くに錆が浮いた鐘があるのでそれを三回叩く。

 そして三秒待つ。更に三回叩く。

 あとはじっと待つだけ。ここで辛抱できずに帰ってはいけない。

 背負ってきた巨大な荷を降ろすと本を取り出し、近くの岩に腰掛け読書を楽しむ。






 数分後、足下から響いてくる地鳴りのような音と共に門がゆっくりと開く。


「お待たせして申し訳ありません、回収屋さん」


 視線を上げると開いた門の脇に誰かが立っている。

 服装はこれといって特徴がない平凡なもの。体格は中肉中背。

 顔は……目と口だけ穴の開いた覆面を被っているのでわからない。胸部の膨らみがなく、声からして男性だとわかる。


「いえいえ、お気になさらず。待つのも商売のうちですから。ご注文の品を持ってまいりました」

「回収屋さんのように理解がある行商人は貴重ですので、とても助かっていますよ」


 覆面に空いた三つの穴から見える、目と口から判断して微笑んでいるようだ。

 如何にも怪しげな人物だが、毎度のことなので特に違和感を覚えることもない。

 覆面男は持ってきた荷物を確認すると、俺にいつものあれを手渡した。


「今回は何泊されますか?」

「一泊お願いしても大丈夫でしょうか」

「ええ、もちろん」


 受け取った覆面を頭からすっぽり被る。

 初めの頃はこの決まり事に戸惑っていたが、今となっては慣れたものだ。


「ささっ、中へ」


 声に促されるままに門を抜け、山をくりぬいて作られた通路を歩く。

 進路方向に光が見えるが結構な距離がある。通路は馬車で通っても問題ないぐらいに広く高い。壁際にはランタンが取り付けられているので視界も良好。

 しばらく進むと前方に灯りが見えてきた。それも人工的な灯りではなく自然光が。

 通路を抜けた先に待っていたのは、町だった。

 入り口を抜けた先には統一化されたデザインの家々がずらりと建つ。

 屋根の色が違うぐらいで、家の作りも大きさもまったく同じ。それが等間隔で並ぶ。


 この町の道は格子状に張り巡らされていて、区画整理も行き届いた住みやすい町並みをしている。

 人口は一万人を超えている規模の大きな町だというのに、大きな問題もなく穏やかな気質をした住民が多い。

 今も多くの住民とすれ違っているのだが、覆面姿の俺を見ても嫌な顔一つせずに、気軽に声を掛けてくれている。


「こんにちは、行商人かな。あとで品物見せてもらいに行くよ」

「はい、お待ちしています」

「あら、旅の方かしら。こんにちは」

「こんにちは」


 挨拶を返しながら町の中を進んでいく。


「いつ来ても良い町でしょう。住民は明るく社交的で、充実した毎日を過ごしています」

「ええ、そうですね」


 半分は本心で同意する。


「おっと、被りっぱなしでしたね」


 男は自分の覆面を脱ぐと、外気に素顔を晒す。

 目鼻立ちが整っているのだが……その顔には違和感しかない。

 単体なら何も問題はなかった。しかし、町ゆく人々の顔がすべて彼と似ている……いや、似ているなんて生やさしいものじゃない。まったく同じなのだ。

 正確に言うと男性と女性は異なる顔をしているのだが、この町には二通りの顔しか存在していない。


 男女どちらとも整った顔をしているが、覚えづらく印象に残りにくい顔立ちだ。

 年齢によって刻まれるしわやシミ、髪の艶、肌の張り、子供と大人の身長差、といった違いはあるが、同じ見た目をした人しかいない空間。

 一言で言ってしまえば、異様でしかない。


「申し訳ありません。外部の方はこの町……平等の町では覆面を外すことを禁じられていますので」

「はい、理解しています」


 平等の町。

 ここでは容姿に関することがすべて平等になる。どのような顔をしていても、この町に入る際に、とあるスキルを受け入れることで、町中の人々の容姿と混ざり合い『平均』される。

 それが文字通り『平均』のスキルだ。

 驚いたことに異なる容姿をした人々の顔を集め平均すると、目鼻がバランス良く配置され形も整うのだ。

 結果、誰もが特に不満のない特徴のない顔となる。


「ご存じだとは思いますが、ここは容姿に何かしらの不満や複雑な感情を抱く者が集まり、生まれた町です」

「先代から話は聞いていますよ」


 今でこそ町と呼べる規模になったが、当初は小さな集落に過ぎなかった。

 虐待されていた奴隷たちが偶然逃げ込み、住み着いた場所がここだ。

 奴隷の中でも容姿に優れた者は身請け先が直ぐに見つかるのだが、それ以外で際だった能力もない者はどうなるのか? 

 答えは単純明快。肉体労働者として買われるか――売れ残りとして処分されるか。

 そういった奴隷たちが生きるために逃げ延びてきた場所が、ここなのだ。


 ここは外からだと山にしか見えないが、それもそのはず。既に活動を終えた火山で、上空から見ると巨大なすり鉢状になっている火山口に町が形成されている。

 この町の歴史は古い。遡ると奴隷たちが住み着くよりも遙か以前は古代人の住む町だった。

 ただの山に偽装されていることに加えて、古代人の残した〈大いなる遺物〉が今も残っており、その内のいくつかは稼働中でこの町の防衛と運営に一役買っている。

 この町の畑が肥沃で作物が育ちやすいのも遺物のおかげ。他にも有益な効果がある遺物が起動中なのだが、その中で最も異質な遺物が――


「回収屋さん、露店はいつもの場所で問題ないですか?」

「はい。大通り中央の噴水広場の片隅をお借りできれば幸いです」


 一旦、考えるのを止めて笑顔を返す。

 相手も穏やかに微笑んでいるが、周囲の人々とまったく同じ顔なので、その笑顔に俺の心を安らげる効果はない。






 噴水広場の片隅で簡易な露店を建て、品物を並べる。

 調味料の数々はこの店の雑貨屋に卸してきたので、俺が売るのは装飾品やちょっとした小物。

 何人かは物珍しそうに品を眺めてはいるが、購入に至る人は今のところいない。

 ぼーっと広場を眺めていると、小さな子供たちが噴水の中に入って、水しぶきを上げながら走り回っている。

 そんな子供たちを軽く注意しながらも、談笑している親。


 よくある光景のはずなのだが、微笑ましさよりも異質さが勝ってしまう。そもそも、子供の親が誰なのか顔で判断ができない。

 素朴な疑問なのだが、当人たちは家族を一目で見抜けるのだろうか?

 異なる点は服装と髪型ぐらいなのだが、全員が同じ格好をして同じ髪型になっても、見分けられるのか……甚だ疑問だ。


「質の悪い絵画を見ているようですね」


 登場人物の描き分けができていない絵。

 全員が同じ顔で髪型と服装だけが違う絵。

 絵であればまだいいが、現実だと違和感を通り越して……不気味でしかない。


「『平均』のスキルですか」


 この状況は〈大いなる遺物〉が生み出している。

 オートマタであるアリアリアに聞いた話によると、以前、この町に住んでいた古代人は見た目による差別で苦しんだ人だったそうだ。

 生まれつき容姿に恵まれなかった彼は、能力は優れているのに差別を受け、あらゆる面で不遇を押しつけられていた。

 そんな彼は容姿による差別のない社会を求め、全員の容姿を平均化するスキルを発生する遺物を生み出したのだ。

 効果範囲はこの火山口をすっぽり覆うぐらい。制作者がそうなるように調整をしたのだろう。


 当初はただの研究施設だったのだが、その効果を聞きつけた人々が集まり、いつしか村となり町へと成長した。

 彼が想像していたよりも容姿で苦しみ悩む人々は多く、協力者や移住者が後を絶たず当時はかなり人気のある町だった、という話だ。

 そのような場所に偶然にも逃げ込んだ奴隷たち。……いや、それは偶然ではなく、運命だったのかもしれない。

 容姿に対する差別がないのは素晴らしいことだと思う。見た目が平均化されたことで能力や内面が重要視される。

 自分の実力で切り開ける社会。

 ある意味、理想の世界だとも言える……筈なのだが、毎回ここに来る度に心がざわつく。


「見た目なんて関係ない。内面が大事」


 なんて言葉を口にする人がいる。本音ではあるのだろうが言葉が足りてない。


「自分の許容できる範囲の見た目であれば、内面が大事」


 これが本心。

 その考えを否定する気はない。人は他人の心を見抜けない。だからこそ、まずは目に頼り容姿で判断するしかないのだ。

 見た目で判断する、というのは顔の美醜のみではない。人の好みは千差万別。美形に惹かれる割合が多いだけで、逆に苦手とする人もわずかながら存在する。


 太っている人が好きな人もいれば、痩せている人が好きな人もいる。

 背の高い人が好きな人もいれば、背の低い人が好きな人もいる。


 そういったこだわりや好みも、この町では無視されてしまう。体型も平均化されてしまうから。

 そんな場所で他人に気に入ってもらうにはどうすればいいのか。――内面を磨くしかない。

 職人としての腕を磨く。好感を持たれるように話術を磨く。

 懸命に学び働くことで、財力や他人を惹きつける魅力を手にする。


「理想ではあるのですが」


 見た目が平均化され、内面が重要視されると大きな問題が発生する。

 実力や才能のない者が淘汰されてしまい、救いようのない落ちこぼれが生まれるのだ。

 この町に来るまでの「自分が醜いせいで実力を正しく評価されてなかった。本当は優秀なんだ」という言い訳、心の拠り所がすべて否定されてしまう。

 逃げ道を完全に封鎖された状態で、無能の烙印を押される。

 その衝撃、恐怖は――計り知れない。


「きゃああああっ! 飛び降り自殺よ!」


 悲鳴に振り返ると路地裏に続く道から女性が飛び出してきた。

 顔面が蒼白で、その場に膝を突いて震えている。

 多くの人が駆け寄ると、彼女を慰め労り、詳しい話を聞いているようだ。


「また自殺か。今月で何件目だ」

「確か四件目だな。一体、何が不満なんだ。見た目を馬鹿にされず、誰もが公平な立場で競える町だぞ」

「実力がなかったんだろ。ここは内面の美しさが重要視されるからな。見た目が同じになっても内面の醜さは消えなかったってことさ」

「違いねえ。哀れだな」


 何人もの町人が同じ顔で醜悪な笑みを浮かべ嘲り、死者を罵っている。

 野次馬共の話を聞いて、大きなため息を吐く。

 見た目の優劣が消えたというのに、人は結局、美醜にこだわるのか、と。


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