剣と拳
「知っておるか回収屋よ」
劇団虚実の稽古場に頼まれていた荷物を搬送し終えると、魔王団長が唐突に切り出してきた。
茶色がかった赤い髪の巨体はいつ見ても迫力満点だ。これでも本来の魔王状態ではなく、角を隠して人間に扮しているのだが、それでも威圧感は隠しきれていない。
今回の劇は魔王団長も出番があるようで、首元に白いスカーフを巻いて赤いタキシードの衣装を着ている。
「近々、オルータで剣術大会が開かれるそうだ」
才気の国オルータ。魔王団長が封印されているダンジョンがあり、これといって目立った産業がない国。
北には姉が実権を握っている独裁国ダケシウ。
東には海洋国ビウクワゲ。
南には都市国家シキウ。
西には杭の国ケヌケシブ。
北西には裸の女王が治める秘匿の国リチウ。
と周囲を他国に囲まれた、北へ延びるような細長い領土を所有している。
以前は吹けば飛ぶような弱小国という印象だったのだが、世界を滅ぼす魔王を封印する役目を背負った勇者を輩出するようになってから、評判が一変した。
我こそは、と勇者を目指す人々が集まり、今では才気の国と呼ばれるようになるぐらい人材の宝庫となっている。
まあ、その魔王との戦いはすべて仕込まれた芝居で、勇者役はそれを知らずに踊らされているだけなのだが。
「剣術大会ですか。そういった大会が催されるのは珍しくないのでは?」
剣術大会、格闘大会は多くの国で開催されてきた。俺が贔屓にしている剣術家の一族や無剣流の達人も多くの大会で優勝している。
「それは国ごとの大会であろう。今回のは大陸一の称号を与える大規模な大会だと聞いておる」
「それは凄い。となると各国の猛者が集まるわけですか」
この大陸には七つの国がある。各国で有名な剣術家が一堂に集まるとなると……強烈な商売の匂いがする。
「我ら劇団虚実は前夜祭を盛り上げる一員として招待されていてな。それようの芝居を仕込んでいる最中なのだ。皆の者、一度体を休め栄養を取るがいい! 水分補給を忘れるでないぞ!」
よく通る声で稽古中の団員に休憩を促す魔王団長。
団員たちは「はーい」と返事をすると指示に従い、舞台袖に置かれている飲料や食料を手に取りくつろいでいる。
「回収屋も興味があるのではないか?」
「ええ、とても。久しぶりにオルータに足を伸ばすのもありですね」
二十年に一度、魔王復活のタイミングに合わせて訪れるが、その行事は数年前にやったのでしばらくは立ち寄る予定がなかった。
「誰が優勝するか賭けもおこなわれるそうだ。回収屋なら誰が勝つのか見抜けるのではないか?」
「そうですね、何人か候補者はいますよ」
剣術大会か。優勝候補筆頭は一子相伝のあの一族だろう。流派の名は歴刻流。歴史に名を代々刻んでいる、という意味らしい。
確かに間違っていない。俺が先代たちによって鍛え上げられたスキルを次代へと継承させているのだから。
歴刻流の現当主はかなりの使い手で、強力なスキルを得た今も鍛錬を欠かさないでいる。
次に期待したいのは無剣流。当主である彼が以前の状態で参加するなら歴刻流といい勝負ができるのだが、今の彼には両腕がない。
参加するとしても師範代か門下生が出ることになるだろう。
他にも有名どころは知っているのだが、この二つの流派が飛び抜けて優秀だ。
「本命は歴刻流でしょうね」
「回収屋もそう見るか。下馬評だと一番人気が歴刻流のようだ」
実力知名度共に大陸中に知れ渡っているので、妥当な結果だ。
賭けに参加したところでガチガチの本命なのでオッズは期待できない。
「二位が才気の国の勇者だという話だが。……ふっ、参加はしないであろう」
「オルータの国王が参加させないでしょうね」
事情を知っている当事者なだけに、お飾り勇者が大会に出ることはないと確信している。
決して弱くはないが、歴刻流はおろか他国の猛者に勝てるかどうかも怪しい。
「隠れていた剣豪が現れるかもしれませんから、その点は期待したいですね」
有能なスキルがあるなら買い取らせてもらいたい。
「これが剣術大会ではなく武闘会なら、また違った結果になっておったのだろうな。あやつが黙っておるまいて」
「ああ、確かに。剣術大会なのを知ったら悔しがりそうですよね」
俺と魔王団長の頭に浮かんだのは同じ人物だ。
その顔を想像して二人同時に含み笑いをする。
近々会うことになっているので、酒の席での肴としてこの話題を提供してみるか。
「くそっ、なんで剣術大会なんだ!」
レオンドルドの怒号が酒場に響く。
獅子のような髪を振り乱し、上半身を仰け反らして悔しがっている。
ただ悔しがっているだけだというのに、屈強な体と全身からにじみ出る強者のオーラが相まって結構な迫力だ。
こうなることがわかっていたので、いつもの宿屋一階の食堂だと迷惑がかかるだろうと、小さな酒場を貸し切りにして正解だった。
カウンターだけの十人も入れば満員になるような酒場だが、地下にあるので防音性に優れていて、大声を出しても外には響きにくい。
レオンドルドは闘技場で何年もチャンピオンとして居座っていたのだが、今は闘技者を引退して魔物退治を生業としている。
「残念ながら今回はあきらめましょう。見物だけなら可能ですよ。招待券を何枚か手に入れましたので」
この招待券は購入したのではなく、オルータ国王から直接いただいた。
魔王団長の件を一任している負い目があるのか、あの国ではかなり待遇がよく融通が利く。
「見物かー。悪かないんだが、やっぱ世界中の猛者と拳を交えたいよなぁ」
「剣術大会ですからね。無手で乱入したら追い出されますよ」
世界の剣豪と戦うレオンドルドを見たくないかと問われたら、「見たい」と即答するが、こればかりはどうしようもない。
「剣術か。剣の方はからっきしなんだよな。才能がねえ」
格闘技に関しては才能の塊のような男だが、誰にも得手不得手は存在する。
事実、無数のスキルを所有しているレオンドルドだが、剣術関連のスキルは一つもない。
「刀剣以外の武器も禁止されていますからね。純粋な剣術のみの大会です」
使用する武器は刀剣のみ。短剣でも大剣でも問題はないが、槍やメイスといった刀剣以外の武器では参加できない。
「なら、形だけでも剣を持っていれば出場できるんじゃね?」
「無理ですよ。大会の参加資格として『剣術』のスキルを所有しているか、剣術家として実績を残しているかが条件ですので」
剣を学んでいる人のほとんどが『剣術』のスキルを所有している。
ただ、鍛錬に明け暮れても『剣術』スキルを覚えられなかった剣豪の例もあるので、スキルがなくとも剣術道場に所属しているか、剣の使い手として名を馳せていれば特別に認められる。
「剣かー。俺も剣が扱えれば参加できた……ん……だが?」
酒をあおりながら愚痴をこぼしていたレオンドルドが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
何かを思いついたのか、さっきまでとは打って変わって晴れやかな表情なのが逆に不安だ。
あの期待を隠そうともしない眼差し。『直感』スキルを使わなくても嫌な予感しかしない。
これは話を聞く前に撤退するべきだと判断して立ち上がろうとしたが、目にも留まらぬ早さで服の袖を掴まれた。
「回収屋、一つ頼みがあるんだが」
「どうせ断っても無視して話すのでしょう?」
「流石、わかってるじゃねえか。回りくどい駆け引きは面倒だからズバリ言うが、『剣術』スキルを売ってくれ」
やはり、そうきたか。
剣が使えないならスキルで補えばいい。レオンドルドが考えそうなことだ。
「レベルは1でいいぞ。あとは体術でなんとかするからよ」
「剣術大会にレベル1の『剣術』スキルで挑む。本来なら無謀でしかないのですが……」
レオンドルドが所有する無数のスキルに加えて、ずば抜けた身体能力と戦闘技術。剣の腕がなくとも十二分に渡り合えてしまう。
「剣さえ持っておけばいいんだろ? なら、剣を握った状態で蹴りや空いた手で殴っても問題ないよな」
「問題ありありですよ。け、ん、じゅ、つ、大会。体術のみで勝ち上がったら批判の的です」
実際、彼なら優勝する可能性が高い。剣はただの飾りで、拳や蹴りの体術で勝ち進む姿が容易に想像できる。
「でもよー、本物の猛者なら俺が出場したら喜ぶんじゃねえか? 大会側としても盛り上がるだろ」
「確かにその一面はあります。チャンピオンの知名度はずば抜けていますので、客寄せとしては大歓迎でしょう」
「だろ?」
自慢げに胸を張って勝ち誇った顔をしているが、実際に彼が参加するのは難しいだろう。
大会運営側としてもレオンドルドが優勝してもらっては困るからだ。
確かに大会は盛り上がる。だが、剣術の価値が地に落ちてしまう。
素手の相手に剣を持った者が勝てない。そんな現実を世の中に知らしめてしまうのだから。
「ですが、やはりダメですよ。今回ばかりは大人しく見物しましょう」
「ええええーっ。大会に出てえよぉー」
「駄々っ子ですか」
地団駄を踏む度に振動で体が浮くのでやめて欲しい。
レオンドルドと同じような考えで、慣れない剣を手に剣術大会に参加する者はいるだろう。そういった連中は叩き伏せられるだけなので問題はないのだが。
「貴方も殴り合いの喧嘩に武器を持ってこられたら嫌でしょうに」
「なんでだ。面白くなるなら大歓迎だぜ!」
「そういう人でしたね……」
腹を立てるどころか屈託なく笑い、力こぶを見せつけてくる。
これが強がりではなく本心なのが彼らしさか。
「ともかく、今回はあきらめてください」
「はああああああああぁぁぁぁ。しゃあねえか」
頭を豪快に掻きながら、大きなため息を吐く。
初めから無理がある頼みだとは理解していたのだろう。それでも戦いへの渇望が抑えきれなかったようだ。
あからさまに落ち込み、ちびちびと酒をすするレオンドルドの姿を眺めていると、少しだけ同情してしまう。
彼は強くなりすぎた。本気を出して戦える相手がほとんどいない。
その内の一人は俺なのだがレオンドルドと違って戦闘狂ではないので、稽古でも彼とは戦いたくない。少しでも手を抜いたら命を落としかねないからだ。
それぐらい油断のできない実力者。
「また、魔物でも狩りにいくかー」
「そうしてください。八つ当たりされる魔物が可哀想ですが」
ストレス発散に選ばれた魔物に心から同情する。
「潔く引きましょう。どれだけ腕に自信があっても、定められたルールには逆らえ……太刀打ちできないのですから」
「上手く言ったつもりかよ……」
皆様、お久しぶりです!
四年以上も放置プレイ中でしたが再開します。週一投稿ペースを維持する予定です。一応、すでに四話ストックがありますので、最低でも一ヶ月はもちますのでご安心を。
何故、いきなり更新をする気になったのか。それは……コミカライズが決定したからです!
ぶっちゃけると、宣伝効果を狙っての更新ですね!
ということでコミックガルドにて9月27日より連載が開始ですので、是非ご覧ください!