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異端審問官

 森に面した街道をのんびりと歩いている。

 隣には今回の依頼人が同行しているので、歩行速度も人並だ。

 依頼人の彼女は、さっきまで雨が降っていたのでフード付きのマントを着込んでいる。

 いつもなら風よりも速く駆け抜けて、さっさと宿屋に戻ってまったり過ごしたいのだが彼女がいるので無理か。

 それに急がない理由が……もう一つある。

 右手には鬱蒼と草木が茂る深い森。

 左手には流れが速く深い川。

 道幅は馬車同士だとギリギリすれ違うことができるかどうか。

 分岐路もない一本道の前後に人影はない。


「人を襲うには絶好の場所ですね」


 足を止めて大きく伸びをする。

 行商人で一人だと襲われる機会が多いので、こういうのには慣れたものだ。

 前方と後方の森の中に複数人の気配。

 わざと相手が挟み撃ちをしやすい場所で動きを止めて誘っているのに、まだ無反応。


「もしかして、誰か潜んでいるのですか?」


 俺を見て小首を傾げる彼女に怯えた様子はない。


「ええまあ。本命が山賊。対抗が家族絡み。大穴で厄介なのが……」

「我々にお気づきでしたか」


 道を遮るように現れたのは、磨き上げられた白銀の鎧を着込んだ一人の男。

 短く刈り揃えられた頭に太めの眉。瞳には強い意志の光が見えた。見るからに融通の利かない頑固そうな面構え。

 その短髪聖職者の鎧に刻まれた聖印に見覚えがある。

 『理性』スキルでおなじみの神父と同じ宗派――。


「あの聖印は……ハワシウ教で間違いないかと」

「さすがにご存知ですか。しかし、嫌な予感に限って当たりますね」


 よりにもよって大穴のご登場か。

 男は無言で手を上げると、森から男と同じ格好をした一団が現れた。

 全員が背筋をびしっと伸ばし、前衛は全身鎧を着込んでる。

 一列目は巨大な盾を構え、二列目は槍がメインらしい。更に後方で弓を構えているのは鎧を着こまず軽装だ。

 リーダーらしき短髪の男を除けば一列四人で三列の十二人。

 だがそれは見える範囲の話であって、背後の森には同じ数が潜んでいる。


「そのような重装備で何かあったのですか。もしや、凶悪な魔物でも発生したのでしょうか?」


 少しだけ怯えた振りをして辺りを見回してみる。

 こいつらが何者で何を目的にしているか理解しているが、とりあえずとぼけておく。


「いえいえ、魔物よりも厄介な者への対策ですよ」

「魔物よりも……。それは恐ろしいですね」


 さっきよりも大げさに驚いて見せる。

 すると短髪聖職者は忌々しげにこっちを睨んだが、それは一瞬のことで、すぐさま穏やかな笑みを浮かべた。


「その者は我が教義に反する行いをしているらしく、正しき道を歩むように説得しようと何度も人員を送ったのですが……何故か全員が行方知れずになっているのですよ」

「ハワシウ教を完全に敵に回す行いですね。そんな不心得者がいるのですか、信じられませんよ。ちなみに説得とはどのように?」


 怖がる振りをして、恐る恐る訊ねてみる。

 隣でじっと俺を見つめる依頼者の訝しげな視線は無視しておこう。

 静かに大きく深呼吸をした短髪聖職は動揺を抑え込む。笑顔を崩さないが頬がぴくぴくと痙攣しているのは見逃さない。


「教義を語り、考えを改めるように促し、それでも人として反する行いを続けるのであれば……」

「あれば?」

「異端審問官として罰を与えねばなりません」


 そう言うと頬と目元のしわが深くなる。さっきまでの優し気な表情とは違い、見る者をぞっとさせる凄みのある笑みだ。

 自ら明かしてくれたが、やはり異端審問官か。

 彼らの信じる光の女神の名はハワシウ。正義と法と慈愛を司る女神でこの世界で最も信者が多く、国教としている国も多い。

 この宗教は「他人を羨むことなく、困難に陥っても嘆くのではなく乗り越える強さを持て」と主張しているが要約すると「貧乏人は我慢して努力しろ、権力者や金持ちを羨むな」と言っているようなものだ。

 実際の話、昔の教義とは文面がまるで違っていた。平等や平和を尊ぶ内容だったのだが、権力者の都合のいいように書き換えられて今に至る。


 対立するのが闇の女神イワズワを崇める一派だ。こちらは「欲しいものがあれば奪え。力がないのであれば大人しく従い尽くせ」自由、娯楽、服従と真逆の主張をしているので互いの関係は最悪と言っていい。

 元々、この女神たちは創造神を奪い合って大喧嘩をした関係らしいので、それを信じる者たちが仲違いするのも自然な流れか。


「ちなみに罰とはどのようなもので?」

「地下施設に連れていき尋問。更生の見込みがなければ粛清といったところでしょうか」

「神の教えに逆らっているのは、どちらなのでしょうね……」


 相手に聞こえないように呟く依頼者に向けて小さく頷く。


「つまり、拷問したあげくに殺害ですか」


 俺がそう断定すると、否定することもなく曖昧な笑みを返す。

 その反応は肯定しているのと一緒だ。だから、過激派は苦手なんだよ。

 女難と『理性』でお馴染みの神父は穏健派なので、他宗教と争うこともなければ入信を強要することもない。

 だが、己が崇める神を盲目的に信じ、他の宗教の存在を許さない連中がいる。それが、この異端審問官だ。

 厄介なのがこの異端審問官を束ねている者が教団内でかなりの権力者。更にたちの悪いことに国によっては穏健派よりも過激派の方が多い。


「ところで回収屋様。何度か貴方のもとに我らの同志が訪ねてきていますよね」

「はて、何のことでしょうか。それに、私は名乗った覚えがないのですが?」

「いい加減、腹の探り合いはやめませんか。無益な真似はよしましょう」


 先に向こうがじれてきたか。

 旅の暇潰しとして楽しんでいたのに残念だ。もう少し言葉遊びに付き合って欲しかった。


「我らの教義に反する行いをしている商人がいるという情報は前々から得ていました。その者は神から与えられたスキルを買い取っている……と」


 分かってはいたが俺のことだ。

 スキルとは神が与えた恩恵であり試練である。という主張をしている団体なので人に害を与える負のスキルであれ、人間ごときが勝手に売買するのはけしからぬことらしい。


「これは神への反逆。神の与えた試練を乗り越える機会を奪っているのです! なんという愚かな行いでしょうか!」


 勝手に感極まったらしく号泣しながら熱弁を振るっている。情緒不安定らしい。

 過激派が厄介なのは教義を一切疑わないところだ。

 加えて神の名を出せば何をしてもいいと考えている。異端者を拷問して火あぶりにするのも汚れた魂を浄化させる救いの手段だと信じこんでいる。

 つまりは頭のおかしい連中だ。

 その証拠に彼らのほぼ全員にスキル『狂信』がある。

 スキルの効果は言葉通り、理性を失い狂っているかのように何かを信じ込む。


「自分で考えるのを止めて、盲目的に従うのは楽な人生ですよね」

「なっ⁉ 神を愚弄するか! この異端者めっ!」


 あまりにもくだらない話を続けるのでつい本音を口にしてしまった。

 短髪聖職者や周りの連中の顔色と目つきが変わる。今にも俺を射殺しそうな殺気みなぎる視線だ。


「貴様は尋問する価値すらない。この場で粛清をするとしよう」


 その言葉を発すると同時に背後にも聖職者たちが現れる。

 これで挟み撃ちの形になった。


「逃げ道を塞がれてしまいましたか。ところで神の教えは数の暴力を肯定しているのでしょうか? 一対数十名はさすがに卑怯だと思うのですが」

「異端者や魔物に対しては何をしても許される。慈悲は無用だと神は仰っている」

「神の教えというのは何かと便利なのですね」


 俺の嫌味を理解しているようで短髪聖職者の唇がひくついている。

 怒りで判断力を失って欲しいのだが、そこまで単細胞ではないようで、大きく息を吐くと薄気味悪い笑顔に戻った。


「私への粛清は構いませんが、彼女は逃がしてもらえませんか。無関係ですので」

「無関係……か。その者は異端者であると調べがついている。他国からこの国へやってきて、邪神を広めようとしている。その者と一緒にいる時点で貴様の言い分は聞く必要がない。よって、粛清を開始する!」


 もう話し合う気は微塵もないらしく、右腕を掲げると勢いよく振り下ろした。

 相手の重武装の一列目が俺に向かって迫る。

 右手にはメイス、左手には聖印が刻まれた盾。

 前後から盾を構えて押し寄せる姿は中々の迫力だ。

 川の激流に飛び込んでも『水泳』スキルで生き延びる自信があるが、今逃げたところであきらめるような連中ではない。


「さて、どうしましょうか」


 相手の攻撃をのらりくらりと躱しながら思案する。

 依頼者にも容赦のない攻撃を繰り出してくるが、俺が目にもとまらぬ速さでメイスに手を添えて攻撃の軌道を変える。

 そのおかげで攻撃はすべて彼女を避けて通り過ぎて行った。


「ええい、ちょこまかと!」

「攻撃が当たらぬ!」


 メイスを振り回しながら何か叫んでいるが、とりあえず無視しておく。

 今、この場で彼らを処分すれば数か月ぐらいは時間を稼げる。だが、彼らが戻ってこなければ更に多くの聖職者が送られてくる。同じことの繰り返しだ。


「はあはあっ……くそっ、当たれ!」

「神よ! 不心得者に天罰を!」


 攻撃が当たらないことに痺れを切らして、とうとう神に祈り始めたか。

 重装備で暴れている彼らを相手に、もう少し粘れば体力を失って動けなくなる。それまで時間を稼いで弱った相手に『話術』系のスキルを多用して洗脳するのもありだ。


「不甲斐ない者どもめ! もういい、矢を射れ!」

「し、しかし。この状況で矢を射れば同志に!」

「構わん。あの鎧では矢は通らぬ! 万が一、矢に射られて死んだ者は殉職者として手厚く葬るのを約束しよう!」


 そんな約束に何の価値があるのか。

 普通はそう思う筈なのだが、俺を攻撃している連中はその言葉で覚悟を決めたようだ。

 全員が盾を構えて取り囲むと壁を作り逃げ道を断つ。

 だから、自分の命すら軽んじる『狂信』持ちは苦手なんだよ。


「神よ、天罰を与えたまえ!」


 頭上からは豪雨のように無数の矢が降り注いでくる。

 この程度の矢なら全部弾くか避けるのも容易いが、依頼者が隣にいる。

いや、これは絶好のチャンスか。状況を利用して彼らの信仰心を揺さぶってみよう。


「偉大なる神ホンニャラウンニャラよ! その偉大なるお力で我と周囲の者たちを降り注ぐ矢から助けたまえ!」

「えっ、そんな名では……」


 以前訊いた覚えがある新興宗教の神の名を口にする。適当に聞き流していたので、神の名に自信はないがこんな感じだったと思う。

 依頼者が不満げに口を開いてこっちを見ているが、矢が空気を切り裂き迫る音で何を言ったか聞こえなかった。

 避けることすらせずに足を止めて片膝を突くと、祈りを捧げるポーズだけしておく。隣で依頼者も同じように祈っている。

 そんな俺たちを無視して矢が落ちてきた。


「射るのを止めろ! 異端者の死体を確認……何っ⁉」


 短髪聖職者は俺の死を確信して歩み寄ろうとしていたが、俺と取り囲んでいた連中が無傷なのを見て唖然としている。

 死を覚悟していた重装備の連中も何が起こったのか理解できずに、自分の体を見回していた。

 もちろん矢が当たらなかったのは奇跡でも神の御加護でもない。『風属性魔法』や『結界』である程度防ぎ、残りは足元の砂利を指で弾いて矢を落としただけ。

 周りの連中は死を覚悟して目を閉じ、短髪聖職者たちはそいつらが邪魔で俺が何をしていたのか見えていない。

 結果、矢がすべて外れたように見えた。――まるで神の奇跡のように。


「おー、我が神ホンジャラウンジャラよ。感謝いたします」


 さっきと名前が違う気がするが、まあいい。


「ですから、神の名を間違えていますよ」


 依頼者が困った顔をしている。


「あり得ない……こんなことが、あるわけがない!」

「では、もう一度お試しください。今度は彼らを巻き込まないように私と彼女だけに」


 そう言って周りを取り囲んでいた連中に下がるように促す。

 神の奇跡っぽいのを目の当たりにして冷静な判断力を失っているらしく、俺に従って距離を取った。

 その光景を忌々し気に睨んでいた短髪聖職者だったが、俺への対処を優先するようで再び射かけるように命令をする。


「さっきのは偶然にすぎん! 今度は矢が尽きるまで射続けろ!」


 短髪聖職者の命令に戸惑う射手もいるようだが、こういった組織内での命令は絶対。

 今まで尋問と言う名の拷問を実行してきた連中にとって、命令に歯向かうという選択肢はない。彼らの頭の中には逆らった者の末路が鮮明に浮かんでいるのだろう。

 さっきの倍以上の矢が飛んできた。

 もう一度祈るポーズをして矢を受け入れる。

 今度は防御系スキルを充実させて全部当たってみた。


 コンコンコンと木を軽く叩くような音がするだけで痛みすらない。

 高レベルで発動したので服にも能力が伝わり、穴の一つも空いていないので着替えも必要ないようだ。

 二度目となると奇跡を見逃すまいと、全員が目を逸らさずに俺を注視しているのも都合がいい。

 矢の雨の中、祈りを捧げる俺の姿は彼らの目にどう映るのか。

 ついでに『発光』のスキルでほんのり体を光らせる演出も加えておこう。


「矢に貫かれていない……」

「これが異教の神の奇跡……」

「馬鹿な! あり得ん! 認めんぞ、こんなことは認めん!」


 どよめく連中に向かって短髪聖職者が喚き散らしているが、この現実が覆るわけもなく動揺の色が広がっている。

 彼らの反応が単純だと思うかもしれないが、『狂信』を所有する彼らは洗脳に近い状態なのだ。そんな彼らの洗脳を解くにはいくつかの方法がある。

 その内で一番簡単なのが更なる洗脳で上書きをして、もっと魅力的な依存先を提示すること。


「貴方の濁った瞳は現実を受け入れられないのですか? どれだけ否定しようと、これが真実です」


 背筋をピンと伸ばして堂々とした態度で言い切ったのは依頼者の彼女だ。

 フード付きマントを投げ捨て現れたのは、太い眉に大きな目をした女性だった。以前に会った時よりも更に日焼けした体は健康体そのもの。

 シンプルなデザインの法衣の下には筋骨隆々の体が潜んでいることを俺は知っている。

 一緒に矢の雨を浴びたというのに、俺と同様に無傷でぴんぴんしていた。


「我が神は『どんな困難も理不尽な暴力も、大きな愛で全て受け止めよ』と仰っています。貴方が納得されないというのであれば、我が身でそれを証明しましょう。尋問でも拷問でも好きなだけおやりなさい。さあ、まずはこのメイスでこの身を打ってください」


 そう言って足下に転がっていたメイスを短髪聖職者に手渡す。

 止める必要もないので俺は傍観している。


「我が神を愚弄し、異教を崇める愚か者よ。心を揺さぶられし未熟者どもが、その目でしかと見るがいい! 異教の神など存在しないということをっ!」


 一瞬のためらいも見せずに振り下ろしたメイスは彼女の脳天に直撃した。

 鈍い音が響くとメイスがくるくると宙を舞う。


「ぐああっ、腕があああっ」


 殴った方の短髪聖職者が腕を抱え跪き、殴られた方の彼女はけろっとしている。


「どうです、これこそが神の奇跡!」

「おおおおおおっ!」


 彼女の発言に感動したのか、短髪聖職者を除いたハワシウ教徒たちが声を上げて彼女の周りに集まってきた。

 誰が見ても一目で理解できる分かりやすさ。神という曖昧な存在にすがって妄信してきた『狂信』者には、さぞ眩しく見えることだろう。

 ……あれは奇跡でもなんでもない、ただのスキル効果なのだが。

 彼女は独裁者の国で出会った新興宗教の教祖だ。と言っても彼女しか信者がいないので、教祖も何もあったものではない。

 無抵抗主義を掲げ、あらゆる暴力をその身で受け続けるという過激な宗教だ。本来ならそんなことは不可能なのだが、彼女のスキルはそれを可能にしている。

 所有するスキルは『硬化』『頑強』『頑丈』『強硬』で、どれも高レベルなのでこの程度の攻撃では彼女の皮膚一枚すら貫けない。

 今回は独裁国から旅立った彼女と、とある村で偶然再会した際に受けた依頼で、新たな信者を勧誘する旅の同行と、信者が増えるまでという期限付きで護衛を受け持っていた。

 どうやら、これで目的が達成されそうだ。


「どうですか、私と信徒の彼は神の力でこのように守られました」

「すみません、入信した覚えがないので――」

「さあ、皆さんも見守るだけで何も力を貸してくれぬ神などよりも、我らが神を信じてみませんか」


 俺の言葉を無視して、包容力を感じされる慈愛あふれる笑みを見せる。

 この世界において神を信じるという行為は特別なものではない。

 俺だって宗教のすべてを否定はしていない。顔なじみの神父の教えに救われた者も数多く見てきた。人を幸せにする宗教も確かにある。

 過酷な世界で何か頼れる存在、心の拠り所を欲する者は少なくない。

 そもそも、スキルという神の仕業としか思えぬ恩恵が存在する世界なので、神の存在を否定する者は、ごくわずかだ。

 ただ、光と闇の女神の二大宗教の影響力が強すぎるので、彼女のようなマイナーな宗教は肩身の狭い思いをしている。今回の一件で彼女は大量の信徒を手に入れることになりそうだが。

 とはいえ、改宗となると簡単にはいかない。特にハワシウ教で異端者狩りをしていた異端審問官の一員となると更に厳しいものとなるだろう。

 何があったとしても二度と元に戻る事は出来ず、今度は彼らが異端審問官に狙われる立場となる。


「我が神はありとあらゆる過ちを認め受け入れます。今まで犯した罪はその身で償えばよいのです。その為には鋼の心と体を手に入れなければなりません」


 熱く語る彼女を眺めながら今後の展開を想像する。

 この宗教の過酷な修行は人に耐えられる内容ではない。それ故に彼女以外の信徒が存在しない。

 ここの数十名も誰一人として一週間も耐えられない、と断言できる。下手したら一日目で全員が大怪我を負うか、逃げ出す。

 だとしても、俺は何も言う気はない。

 今まで異端者の多くを粛清と言う名の虐殺に手を貸してきた連中だ。どんな未来が待っているとしても、それは彼らの言うところの神の試練なのだろう。


「一人を除いて改宗するようですね」


 唯一の例外は短髪聖職者だ。

 彼のみが最後まで改宗に心を動かされなかった。その証拠に信者を奪われ異教徒に屈したことを恥じて刃物で喉を切り自害をしていた。

 地面に倒れ伏して血を流す彼の死に誰も気づかず、元信者たちは彼女を崇拝している。

 何が恐ろしいかと言えば、『狂信』持ち信者の乗り換えの早さでもなく、拷問よりも恐ろしい修行を当たり前のように受け入れている彼女でもない。



 一番狂っているように見えた短髪の彼に『狂信』のスキルがなかったことだ。


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