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言葉の力

 今日は珍しく護衛の仕事を引き受けている。

 客の一人が離れて住む母親と久しぶりに会うらしく、そこまでの道中のお供を任命されたのだ。

 1レベルだけ残しておいたスキルの経過具合と、依頼人の母親に興味があったので快く引き受けることにした。

 馬上から風景をのんびり眺めていると、視界の隅にちらちらと何かが映る。

 視線を下に落とすとフード付きマントがゆらゆらと揺れていた。

 物珍しそうに辺りを見回しているのが今回の依頼人である少女だ。

 一人旅なら徒歩で十分なのだが、今回は依頼人の少女がいるので馬を借りることにした。

 二、三日はかかるので馬車にするか迷っていると、少女が「馬で二人乗りをしたい」と言い出して今に至る。


「今日はこの近くの村に泊めてもらうことにしましょう。構いませんか?」


 少女は顔だけこっちに向けると、大きく一度頷く。

 許可を得たので街道から逸れて細道を進む。

 暫く行くと柵で覆われた村が見えてきたのだが、見張りらしき村人がこちらの姿を見つけると、二人いるうちの一人が慌ただしく村の中に駆け込んでいくのが見えた。

 スキルで視力を上げて村の様子を観察すると、奥の方から鍬や鋤といった農機具を手にした村人が飛び出している。


「これは剣呑な雰囲気ですね。引き返すのもありですが、その場合は野宿になります。どうしましょうか?」

「……行く」


 いつもは饒舌な少女なのだが、久々に会う母への対応に悩んでいるのかいつもより無口だ。

 手綱を一度振るい馬に合図を送ると、少しだけ足を速めて村へと近づく。

 一人になった見張りが怯えた視線をこちらに向けていたが、俺が子供連れなのを確認して胸を撫で下ろしているのが見えた。


「こんにちは、一晩の宿をお借りしたいのですが」


 まだ距離があるが警戒されないように大声で目的を伝える。

 相手の警戒が完全に解けたのを確認してから、足を緩めて見張りの前で止まった。


「あんたらは旅の親子かい?」

「いえ、私は行商人でして、この方は依頼人です」

「行商人が子供の依頼を受けて旅とは、なんとも珍しい。行商人ならいつもなら歓迎するところなんだが……」


 村は行商人を快く受け入れてくれるところが多い。

 特に冬が近いので備蓄用の保存食や調味料があると喜ばれる。だというのに見張りは腕を組んで困り顔だ。


「おーい、大丈夫なのか?」


 村から現れたのは若い男が五人。その後ろにはずらっと村人が並んでいる。

 全員武器らしきものを手にして物騒な気配だったが、少女の顔を見て安堵の息を吐き武器を下ろす。


「ああ、心配せんでいいぞ。この二人は行商人だそうだ。子供連れなら、あれとは関係ねえさ」


 その言葉を聞いてほとんどの村人が村の入り口から離れていく。恰幅のいい老人と見張り二人は残っているが。

 この腹の出た顎髭が立派な老人は、おそらく村長だろう。


「すみません、行商人さん。驚かせてしまいましたよね。私はこの村の村長です」


 武装して現れた非礼を詫びている。

 たまに旅人を襲い金品を奪う村があるのだが、そういう意図ではないようだ。

 となると考えられるパターンは限られてくる。


「本来なら歓迎したいところなのですが、かなり切羽詰まった状況でして。巻き込まれないうちに離れた方がよろしいかと」

「何かあったのですか?」

「実は近々、野盗どもが村を襲う可能性が高いのですよ」


 声を潜める訳でもなく言い放つということは村人にとっても周知の事実ということだ。

 なるほど、納得した。武装していたのもそのためか。


「それは確かな情報なのでしょうか」

「ええ。二日前に野盗の一人がこの村にやってきまして、蓄えの半分と若い女を寄こせと言ってきたのですよ。『大人しく従うなら仲間を率いて村を襲うのはやめてやる』と」


 小さな村を野盗が襲う、というのは珍しくもない話だ。

 しかし、この国は他と比べて治安がいいので、そんなことをすれば兵を派遣されて討伐されるのは目に見えている。

 国王が有能かどうかは言葉を濁すが、決して無能ではなく国民を大事にする人柄だ。こんな愚行を許しはしない。


「そんな愚かな真似をする連中がまだいるのですか」

「我々もそんなことをすれば王様が黙っていないと言ったのですが……鼻で笑ったのですよ。どうやら野盗は他国の兵士崩れらしく、奪うものを奪ったら国境を越えると」


 最近、旅人が襲われる案件が増えたという情報は耳にしていた。おそらく、この野盗は独裁国に滅ぼされた国の兵士だったのだろう。

 滅んだ国の兵士や騎士が野盗に身をやつす、というのはありがちな流れだ。

 戦い慣れをしている武装集団の行きつく果て、としては定番中の定番。

 だがこれも姉の影響だと考えると……放っておくわけにもいかないか。


「それを聞いた村の若い者が激高してしまい、その野盗を倒してしまったのです。その者は息を引き取る直前に『かならず頭が報復に来るぞ』と言い残し、村人達は戦々恐々としているところでして」

「国の方に連絡は?」

「村一番の馬の使い手を向かわせてはいますが、間に合うかどうか……」


 連絡だけなら一日もかからずに国王に伝わるだろう。そこから兵を集めるとして、どんなに手際よくやっても村に着くのは早くて三日後か。


「昨晩に村の近くをうろつく数名の野盗らしき人影を村人が目撃していまして、ここが襲われる日も近いようです」


 村が見張られているとなると村を捨てて逃げることも難しい。

 防御を固めて守り、兵士が着くのを待つ籠城戦が妥当だが。


「野盗の規模は分かっているのですか?」

「やって来た野盗によると五十人規模の集団だそうです。うちの村は二百人程度で、まともに戦える男衆は六十人ぐらいでしょうか」


 人数は勝っているが、戦闘経験があるとないの差は大きい。

 純粋な戦闘力の差もあるが、躊躇せずに人を殺せる方が有利なのは言うまでもない。

 戦えば数分で押し切られる可能性が高いな。

 さっきから村の柵の整備や矢を作っている村人が何人もいるが、少しでも抵抗しようと準備を整えているのか。


「我々は覚悟を決めましたが、お二人は関係ありません。今すぐに――」

「お言葉ですが、もう遅いでしょう。村が見張られているのであれば、我々を逃がす道理はありません」


 この村に来る途中に視線を感じてはいた。男と子供一人ぐらいなら増えても大丈夫だと判断して見逃したのだろうな。


「そう、ですか。申し訳ありません、巻き込んでしまったようで」

「お気になさらないでください。行商人をやっていると荒事に巻き込まれるなんて日常茶飯事ですから。戦いも少しばかりですが自信はありますので加勢しますよ」

「それはありがたい! 宿泊は私の家の部屋を……」


 戦力が少しでも増えるのが嬉しかったようで、緊張して強張っていた顔が少しだけ緩んだように見える。

 五十人程度の野盗相手なら何とかなるだろう。できるだけ表立った活躍はしたくないので、後で罠でも大量に仕込んでおこう。

 ずっと騎乗しながら話していたので少女を抱えて降り、馬を見張りの一人に預けると近くの木陰から一人の男が姿を現した。

 見た目で判断するなら三十後半ぐらいか。

 何故か俺の方をじっと睨んでいる。

 野党の仲間かと警戒したが、あの格好は村人にしか見えない。

 他の村人と比べてこざっぱりした格好。髪は整髪料で整えていて、髭も綺麗に剃っている。

 周りの村人と比べて浮いた感じがする人物だ。


「村長! 何故、争いに他人を加担させる! そもそも武力で物事を治めようとするのが間違っていると何度も言っているではないか!」


 村長に怒鳴りつけているが、当の本人は男の顔を見て大きなため息を吐いて肩をすくめるだけだ。

 見張りもやれやれといった呆れ顔で男を見つめている。


「人は話し合えばきっとわかり合える。言葉は何のためにあると思っているのだ。どんなものでも誠心誠意、こちらの主張を伝えれば理解してくれる。暴力は更なる暴力を生み出すだけだ!」


 熱弁を振るう男はどうやら平和主義者か。

 思想としては悪くない。そんな世界があれば理想ではある。

 だがそれは夢想だ。争いが絶えないこの世界では妄言の類だ。


「いい加減にしないか。言葉で分かり合うというのは、村での争いごとに関してはそれが理想的だ。しかしだ、言葉が通じぬ輩はいる。何もかもが話し合いで解決するのであれば、世の中に争いごとは存在せんよ」


 理想に対して現実を口にする村長。

 見張りの二人は村長に同意して何度も頷いている。


「そうやって、あきらめるから、いつまで経っても世界は平和にならない! 武器よりも言葉の方が強い!」

「なら、その言葉の力で我々を説得してみればよいのではないか。誰もが分かり合え、言葉が万能であれば、私や村人を説得するぐらい容易いのではないのかね?」


 村長に切り返されると、男は悔しそうに口をつぐむ。

 こういった主張をする人が信用されないのは実績が伴わないからだ。


「そ、それは私の説得が下手だからだ。もっと弁が立てば、きっと皆を納得させられる」

「では、もっと雄弁に想いを伝えられるのであれば、争いは避けられると仰るので?」

「そうだ。あんたは行商人なんだよな。だったら私よりも口が上手いはずだ。代わりと言ってはなんだが、野盗を説得してはくれないだろうか。もちろん、何を言うかは考えて紙にしたためておくから!」


 妙案とばかりに手を打ち鳴らして一人で納得する平和主義の男。

 予め紙に書いておけるのであれば、それを手にして自分が野盗と話し合えばいい。

 こういった主張する人を信用できない理由のもう一つがこれだ。

 安全な場所で理想を巻き散らかすばかりで、最前線で平和を語る意志の強さも無ければ勇気もない。


「あなたは話術に自信がないから、代わりに私に話して欲しいのですよね」

「そうだとも。本当は自ら話したいのだが、如何せん見知らぬ人の前だと口が上手く回らず話せなくなってしまってな。悔しいが、この大任をキミに任せたい」


 俺が引き受けることが前提に話が進んでいる。

 村長や見張りは聞き流してくれと首を左右に振っている。この男の主張はいつものことで、周囲の人々はまともに取り合う気がないようだ。


「そうですね。野盗に会いに行くのは構いません」

「怖いのは分かる。だが私を信じて……えっ?」


 俺の返事が予想外だったのか、間の抜けた声を漏らす。


「ですから、野盗に会ってきますよ。ただし、条件が一つ」

「まさか、このような場所で私の主義主張に同意してくれる若者が現れるとは! 何でも言ってくれたまえ。協力は惜しまない!」


 俺の手を包み込むように両手で握り、上下に激しく振っている。

 満面の笑みを見せる平和主義の男に俺はある条件を口にした。





「ほ、本当に大丈夫だろうか……。い、いや、私の主張には自信があるのだよ。どんな相手でも愛を持って礼節を忘れることなく、想いを完璧に伝えることができればきっと分かり合える。その為に神は人に言葉を授けたのだから」


 極度の緊張で顔色が悪い男が小一時間ずっと話し続けている。

 俺たちと平和主義の男は二人で山道を登り、野盗の集団に向かって歩き続けている最中。


「そうですね」


 適当に相槌を挟んでおく。

 それだけしておけば、男はずっと話し続けていられるので。

 俺が出した条件は「自分の主張を全てぶつけられるように『話術』を高レベルで売りますので、自分で説得してください」だった。

 これだけ『話術』レベルがあれば、どんな主張でも一言一句間違えずに相手に伝えることが可能だ。

 初めは何を言っているのか理解できなかったようだが、実際に『話術』を売ってみると思ったよりもすらすらと言葉が流れ出たようで、その勢いで村長たちに野盗を説得する話を認めさせた。

 

 あれは納得させたのではなく、村長たちは呆れ果ててあきらめただけだが。

 それに気づかない男は調子に乗って俺と一緒に村を出た。

 暫くすると、熱もかなり冷めて自分の行為がどれだけ無謀なことか気づいたが、俺たちが居るので今更引くに引けないようだ。

 そりゃそうだろう。俺だけならともかく、隣に少女も同行している状況で大人の男が一人で逃げるわけにはいかない。


「お嬢ちゃんはついてこなくていいんだよ」


 俺の手を握って俯いている少女に向かって男が優しく語り掛ける。

 すると少女は小さく頭を振る。


「……説得の自信がないの?」

「そ、そんなことはないよ」


 素朴な質問に男の頬がピクピクと痙攣する。

 動揺が手に取るように分かるな。


「彼女も私もあなたを信用していますからね。頑張って説得してください」


 思いもしていないことを口にしてニッコリと笑う。

 彼の主義主張は理想論としては構わないと思う。ただ、村長も言っていたように言葉で誰もが分かり合えるのであれば、法は必要なく人間同士の争いは起こらない。


「と、ところで、少し腰が痛いので説得は明日にし――」


 どうにか引き返そうと言い訳を口に仕掛けた男を手で制す。

 進路方向に野盗が現れた。

 ざっと数えると二十ちょいか。村を見張っている連中の気配は何人かいたが、どうやら本隊に到着したようだ。


「おう、村の代表か。それにしちゃあ、貢物も女も用意してないようだが」


 薄汚れた鉄鎧を着た髭面の男が肩に担いだ剣を揺らしながら、こちらに話しかける。

 理想的な野盗の頭といった感じだ。

 平和主義者の男とは何もかも対照的に見える。


「まずは腹を割って話し合おうではないか。互いの主張を聞けば妥協点や有益な結果を導き出すことも可能だとは思わないかね」

「思わん」


 即座に断言された。

 ここから話を続けるつもりだったようだが、あまりにもあっさりと切り捨てられて言葉を失っている。


「こっちは力で何もかも手に入れられるのだぞ。なぜ、お前の言い分を聞かないといけねえんだ。そんなもんを聞いて何の得があるってんだ」

「そ、それは人は力ではなく言葉で話し合うべきだからだ。酒でも飲み交わしながら、互いに腹を割って言いたいことを言い合えばきっと分かり合え――」

「るわけがねえよ」


 平和主義者の主張は何も野盗に届いていない。


「俺の国でもそんなバカ共がいたもんだ。そいつらは壁の向こうの安全な場所から、命を懸けて戦う兵士たちを罵倒しやがったんだ。自分たちを守ってくれている相手をだぞ? 正気の沙汰じゃねえ。俺たちだって殺したくて人を殺していたわけじゃねえんだよ。本当に武器よりも言葉が有能で強いってんなら、お前らが戦場に立って矢や刃を前にしながら、武器も持たずに相手を説得しろってんだ」


 平和主義者の薄っぺらい言葉と違い、その言葉には重みがあった。

 兵士崩れと言うのは本当だったらしい。

 どっちの主張に同意するかと問われれば、間違いなく野盗の方だ。

 だからといって何事も暴力で解決するのが正しいと認める気はないが。


「俺たちは金や食料が欲しい。てめえらは渡したくねえ。こっちが正しいことをしてるなんて微塵も思ってねえんだぜ? 欲しいから奪う。奪われたくねえから抵抗する。それでいいじゃねえか。力が正義なんて言う気もねえ。こっちが外道、大いに結構」

「そ、そんな生き方をしていればいずれ討ち取られるだけだぞ!」

「そうだな。俺たちの国は滅んじまった。行く場所もあてもねえ。今更、罪を認めたところで牢屋に放り込まれて首を落とされて終わるだけだ」


 そう言って自分の首に手を当てて横に引く。


「でだ、そんな俺たちをどうやって納得させてくれるってんだ?」

「い、いや、そのなんだ。人は愛を持って生きて……」


 しどろもどろになりながらも、言葉を続ける平和主義の男だったが完全に呑まれている。

 野盗どもは下卑た笑みを浮かべながら男の主張を聞いているが、そろそろ飽きてきたのか鞘に納めていた剣を抜いた。


「もういいか、そのどうでもいい戯言は」

「ひ、ひぃっ」


 恐怖で腰が抜けたのか、地面に座り込んだ男は腕の力だけで俺の後方まで逃げると、俺や少女を盾にするように隠れる。


「情けねえ男だ。お前さんも不幸だったな、こんなバカに付き合わされてよ。せめてもの慈悲だ、お前は苦しまずに殺し、そのガキは奴隷商人に高く売ってやんよ」


 ここまでだと判断して俺が一歩踏み出そうとすると、それよりも早く動いた者がいた。

 少女はフードを払って顔を晒すと、キッと野盗を睨みつける。

 真っ直ぐに切りそろえた髪が特徴的な少女は、彼らを前にして怯える様子はない。


「おっ、上玉じゃねえか。こりゃ高く売れ――」

「るに決まっているでしょ。あんたらみたいな糞以下の人間失格が一生手も触れることができない高嶺の花よ。本来なら見物料でももらわないと割に合わないけど、人生で最後に見る美しいものだから、ちゃんと目に焼き付けておくことね」


 可愛らしい顔からは想像もつかない罵倒と強気な言葉に、平和主義者も野盗も言葉を失って目を見開いている。

 俺は隣で顔を手で押さえて、大きく息を吐く。

 少女は以前『毒舌』を買い取った客だ。

 レベル1だけ残しておいて、嫌われることも減ったので思い切って母を訪ねることになった。……というのが俺の受けた依頼内容。

 こんなことに巻き込まれるとは思わなかったが、この一件に関わった少女は「一時的にでいいから『毒舌』のレベルを戻して」と言ってきたのだ。


「あんたも気持ち悪い綺麗事を並べてんじゃないわよ。ようは貧弱な自分に自信がなくて世の中の不条理に抵抗する手段がないから、言葉で分かり合えるとか意味不明なこと言い出してんでしょ。うわぁ、だっさー」

「な、な、な、な、な」


 図星を指されたのか、怒りで顔を真っ赤に染めている。


「その想いが本気なら、まずは相手に言葉が届く努力をするべきじゃない。鍛え上げた肉体があれば向こうも話を聞くわよ。肉体的に無理なら金を稼いで権力を手に入れてから言いなよ。それも無理なら、せめて交友関係を広げるぐらい普通はするよね。届かない言葉を喚き散らすだけなら獣にもできるってのに、大人なのにそんなのも分かんないの? 自己主張するばかりで努力してないのが丸見えだから、言葉に説得力がないのよ。ねえ、生きていて恥ずかしくない?」

「こ、子供のくせにっ! 大人の言うことを聞けばいいんだよ!」


 早口でまくしたてられた男が怒鳴り返す。

 これが弁論に慣れている者なら反論も可能なのだが、小さな村で頭でっかちに育ち、主義主張をぶつけ合う同志もいなかった男はこれが精一杯なようだ。


「いただきましたー。言い返せなくなった大人の常套句、子供のくせにー」

「お、おい。嬢ちゃんよ、それぐらいにしてやったらどうだ」


 平和主義者を憐れに思ったのか野盗から助け舟が出る。

 少女はくるっと野盗に振り向くと、にこりと微笑む。

 その無邪気な笑みに野盗も思わず笑い返す。


「負け犬は黙っていれば。戦で負けて助けるべきだった弱い立場の人々を苦しめるなんて、この情けない男よりも最低なウジ虫が言葉を話さないでくれるかしら、耳が腐るわ。生きる為に仕方なく村を襲っている? はっ、バカは休み休み言ってよ。それだけ大の大人がいるんだったら、廃村を復興させるとか、農業をやってみるとか、商売とかを心機一転してやり直すこともできたでしょ」


 矛先が自分たちに変わったのを理解した野盗の頭が、半眼で少女を睨む。


「ガキが調子に乗るんじゃねえぞ。戦うことしか知らない俺たちがそんなこと――」

「はい、言い訳お疲れ様です。戦うことしか知らないなら、冒険者でも傭兵でもなんでもやれるでしょ。食う物がないなら魔物でも狩って食べればいいよね。野生の魔物なんてわんさかいるんだし。結局、面倒だっただけ。手段は他にもあったのに、あきらめる理由を探して楽な道に逃げただけなのに『外道、大いに結構』キリッとかばっかじゃないの? プハハハハハハ」


 腹を押さえて笑う少女を見て、野盗は武器を構えたまま黙って迫って来る。

 平和主義者の男と違って、言葉で敵わないと分かるとすぐさま暴力で黙らせる方針に切り替えたようだ。

 今度こそ俺が一歩踏み出し、少女と平和主義者の男を背後に庇う。


「口で勝ったところで結局こうなるんですよ。言いたいことは言えましたか」

「うん、ちょっとだけスッキリしたわ。これで何とか母様に会えそう」


 『毒舌』のレベルを下げてからは比較的だが穏やかになった少女。

 とはいえ、今まで毎日毒を吐き続けていたので急に言えなくなるのは鬱憤が溜まっていたようで、少しでも吐き出せたのなら何よりだ。


「では、この流れに乗って私も。言葉は意思疎通の手段でしかありません。互いに理解を得られない主義主張は何の役にも立たないのですよ」


 俺の言葉を少女以外は聞く気もないようで、まずはこの場を収めてから話をするべきだと判断した。





 縛られた野盗が地面の上に座らされている。何故かそこに平和主義の男もいるが。

 その前に立つ少女は、腰に手を当てて胸を張り大人たちを見下ろしていた。


「ねえ、ねえ。今の気分ってどんな気持ち? ねえ、ねえ、教えて欲しいなぁ」


 水筒のお茶を飲みながらぼーっとその光景を眺めている。

 かれこれ一時間近く彼女の『毒舌』が発動されているのだが、ただ聞くことしか許されない彼らの目は虚ろだ。

 そこら辺に転がっている武器と同じく、彼らの心も折ってもらおう。二度と悪事を行う気力もわかないよう徹底的に。

 少女のレベルを確認すると、この短時間で『毒舌』レベルが2も上がっている。こういうレベル育成方法もあるのか覚えておこう。


「もう少し放っておきましょうか」


 彼らには悪いが母親と会う前に、少女にはストレス発散も兼ねて全てを吐き出してもらうとしよう。

 ため込んだ不満や不安から生じる言葉の暴力が、母親と少女を傷つけてしまわぬように。



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