貧乏な女神
宿屋一階の食堂の片隅で窓の外を眺めて街行く人々のスキルを確認していると、いつもと違う人の流れに気がついた。
いつもなら昼過ぎとはいえ、遅めの昼食にやってくる客が途切れない時間帯なのだが、今日は店内の客がまばらだ。
腹を空かした人々がちらっとこの店を見るのだが、少し迷うと斜め向かいの店に入って行く。
「美味しいのでしょうか」
以前は雑貨屋があった場所だったのだが、独裁国から帰ってくると新しい店に入れ替わっていた。
洒落た外観の料理店なのは知っていたが結構人気のようだな。
「はあー、お客さん取られちゃってるよね。うーん、どうしたものかしら」
客が少なくて暇なのか、チェイリが俺と同じ方向を見て顔をしかめている。
「人気のあるお店のようですね」
「そうなのよ。味はそれなりらしいんだけど、やり方がずっこいのよ。店員の制服がすっごくエロいの。胸を強調して足をむき出しの格好で男を誘惑するのよ!」
憤っているがチェイリの格好は胸の谷間が見えるぐらい開放的で、スーミレと比べてスカートの丈も膝上で短めになっている。人のことはあまりいえない。
「男性を誘惑する商法ですか。飲食店と言うよりは酒場の手法ですね」
「だよね。それに客引きが強引で値段も法外らしいのよ。それだけじゃなくて、雑貨屋も違法ギリギリな手段で安く脅し取られたらしくて、周りの商店も注意するようにって言われてるの。店長が一度あいさつに来たんだけど柄が悪くて、偉そうに「うちの店で働いたら今の三倍出すぞ」とか言ってくるのよ。看板娘を引き抜こうなんてバッカじゃないの!」
思い出すだけでも腹立たしいようで地団駄を踏んでいる。
それからも文句と愚痴が止まることなく続いていたが、女将に注意されて渋々だが業務に戻った。
そんなに評判の悪い店だと嫌がらせの心配もあるので、後で少し調べておくか。
「回収屋さん、お願いがあります!」
今後の事を思案しながらお茶を口に含んでいると、唐突にそんなことを切り出された。
店員の制服を着たスーミレがテーブルに手を突き、真剣な顔で俺を見つめている。
……今度はスーミレの番か。
彼女がこうやって頼み事をしてくる時は決まって自分のことではなく、友人や家族に関してだ。
「どのようなことでしょうか?」
「あっ、急にすみません。御相談したいことがありまして」
机を挟んで対面に座ったスーミレ。
初めて会った時は頬もこけて顔色も悪く病気も患っていたので、見るからに不健康そうな体をしていたのだが、今は適度に肉もついて健康体そのものだ。
「実は私の友人についてなのですが」
「ご友人ですか」
スーミレの友人として思いつくのは職場の同僚でもあるチェイリぐらいだ。愛想もいいので店員として客からの人気は高いが、交友関係についてはほとんど知らないな。
「はい、昔からの幼馴染で……。あっ、男性じゃなくて女性ですから!」
焦ったような口調でなぜか否定している。
別に男性であろうと女性であろうと、交友関係に口を挟む気はないのだが。
そう思ったので何も言わないでいると、……少しだけ不機嫌になったような気がする。
「えっと、その子は私と同年代で、昔からお互いに家族ぐるみで一緒に苦難を乗り越えてきた仲なのですよ。その、昔はとても貧乏でしたから……」
母子家庭で小さな弟と妹のいる家庭。男手がなく貧困街で育った彼女は裕福どころか、普通の暮らしですらままならなかった。
今は母親の農業も軌道に乗り、宿屋の収入もあって人並みの暮らしができているそうだ。
「なんにでも一生懸命で真面目で優しくて働き者なのに……暮らしが一向に改善されないんですよ。どうしてかお金に関して不幸が続いて。すっごくかわいいのに、恋愛をする余裕もなくて……」
女性の言うかわいいは容姿だけの判断ではなく、雰囲気や口調も含めての判断であることが多い。どうでもいいことだが。
「お金に関しての不幸ですか。……それはどのような?」
と質問はしたが友人の持っているスキルはおそらく『不幸』だろう。
その文字が示す通り、所有者に不幸をもたらすスキル。この所有者は生まれ持って幸運とは無縁となり、理不尽な不幸を背負い込むこととなる。
「ええとですね。財布を落としたり無くすのはしょっちゅうで、働いていたお店が給料日前日に炎上して給金がもらえないのもありました。購入した果実が腐っていて食べられないというのも日常です。人の数倍は働いているのに暮らしが一向に良くならないんです」
間違いない。これは『不幸』所有者だ。
「運が悪いにしてもここまで酷くないですよね……。回収屋さんはどう思いますか?」
「稀にスキルに関係なく不運な方はいらっしゃいますが、ここまでになるとスキルと考えるべきでしょうね。『不運』の高レベル所有者と考えるのが妥当ではないでしょうか。ちなみにご友人は自分のスキルを知らないのですか?」
「はい。私と同じでスキルを調べる手持ちの余裕すらありませんでしたので」
自分のスキルについては十歳になると村や街の教会に行き『鑑定』持ちに調べてもらう、というのが一般的だ。
ただし、村には『鑑定』スキル持ちがいないことも多く、必要な際は教会に頼み村までスキル持ちに来てもらうか、子供達を連れて自ら街の教会に赴く。
そして教会にいくらかの寄付をして、初めて自分のスキルを知ることができる。
「私が何度かお金出すからスキル調べてもらおう、って言っても「お金は大事だから大切にしないとダメだよ。余裕があるなら貯蓄しないと!」と怒られちゃって」
貧乏でも人に甘えたりはしない、しっかりした考えの女性のようだ。
スーミレと古くからの友人であれば心配は無用なのだが、念には念を入れることの大切さは何度も実感している。
「では、お会いした際にスキルを調べてみましょうか」
「ありがとうございます! あ、あの、『鑑定』代は私が払いますので!」
「いえいえ、『鑑定』は無料で行っていますのでご心配なく。あっ、でも教会の方々には内緒ですよ。怒られてしまいますからね」
片目を閉じて微笑むと表情の硬かったスーミレも笑ってくれた。
教会にとって『鑑定』は重要な収入源の一つなので、それを無料でしていると知られると色々面倒なことになる。
十歳を迎えての初鑑定は比較的お手頃価格なのだが、それ以降の『鑑定』はかなり割高になるので人生で一度しか鑑定をしたことがない、という人も珍しくはない。
スーミレは宿屋の仕事は昼で切り上げさせてもらったそうで、彼女と一緒に自宅へと向かう。
以前一度だけ自宅訪問をして家族にあいさつをしたことがある。その時以来か、ここに来るのは。
家族四人で住むには少し手狭に感じる木造平屋建てで、家の所々に補修の跡があるのは相変わらずか。
でも注意深く観察すると補修もやり直したようで、前のその場しのぎではなく丁寧に板を貼り付けてあった。
少し離れた場所にある畑には色とりどりの花と作物が実っている。前回よりも畑を拡張して種類も増やしている。
野菜がみずみずしく丸々と肥えている。お世辞抜きで美味しそうだ。
スーミレの母親は『栽培』を所有しているので、野菜の味と品質が他より格上だからだろう。
「美味しそうに実っていますね」
「はい。うちの畑は豊作でいつもより味もいいって商人さんにも褒めてもらってます」
畑を見つめてスーミレが目を細めている。嬉しそうだな。
今は農作物の収入だけでも十分やっていけるそうで、宿屋の収入の大半は家族の為に貯金していると語っていた。
「お母様はご在宅で? 畑にはいらっしゃらないようですが」
「今日は弟達と一緒に野菜を受け渡しに行っていますので家には誰もいません。あ、あの、よかったら、少し休んでいきませんか。お茶ぐらいは出せますので!」
親切で言ってくれているのは分かっているのだが、スーミレの顔が真っ赤だ。
自宅でお茶を飲むだけなら恥ずかしがる必要はないはずだ。
「では、お言葉に甘えて」
「はい! 家族は誰もいませんので、安心してくださいね。誰もいませんから!」
「え、ええ。くつろがせてもらいますね」
家族がいないことを強調しなくてもいいのだが、親しくない人がいると緊張してしまう人もいるので、それを考慮してくれているのか。
「狭い家ですがどうぞ」
扉を開けて招き入れてくれたので家に入ると誰もいないはずの家に……先客がいた。
薄い茶色い髪を頭頂部で団子のようにまとめている。垂れ目気味で眠たげに見える顔には驚いた表情が浮かんでいる。
服装はつぎはぎだらけの服で年齢はスーミレと同じぐらいか。
「ミュムルちゃん⁉」
「おばちゃんに「もう少ししたら帰って来るから待っていて」って言われたんだけど。お、お邪魔だったりしたかな?」
口ぶりからして彼女が問題の幼馴染か。
「そ、そんなんじゃないから! えっと、紹介するね。こちらが回収屋さん」
「やっぱり。お話はスーミレからよおおおおおく聞いています」
「ミュムルちゃん!」
スーミレが頬を膨らませて、幼馴染に怒っている。
こういう反応をするから面白がられてチェイリにも頻繁にからかわれてしまうのだろう。
「初めまして、回収屋と申します」
「これはご丁寧に。ミュムルです」
椅子から立ち上がり丁寧にお辞儀をする。
貧民街で育つと生きることに必死で無教養なのが一般的なのだが、スーミレもそうだが彼女も礼儀作法がしっかりしている。
「さーてと、私は帰るね。回収屋さんはごゆーーっくりしてくださいね」
気を利かせたつもりなのか、ミュムルはそのまま帰ろうとするが、その肩をスーミレに掴まれる。
「待って。今日はミュムルちゃんに用事があって来てもらったの」
「私に?」
「うん。回収屋さんにスキルを調べてもらおうと思って。それだけ運が悪いのって絶対に何かあるよ!」
「そうかなー。私がおっちょこちょいで、ちょっとついてないだけだって。スーミレは大袈裟に気にしすぎだよ。あはははは」
本当にまったく気にしていないようで陽気に笑っている。
金持ち喧嘩せずと言うが、あれは生活に余裕があると心に余裕が生まれるからだ。
日々の生活に追われ心まで貧しく醜くなってしまう人も少なくないのに、この人は心が強い。
「ちなみに鑑定料はサービスなので無料でやっていますが、どうされます」
「タダなのはお得よね……。でも、本当に? 鑑定後に実は大金を求めたりしない? お金がないなら体で支払えとか言わない?」
「ちょっと! 失礼なこと言わないでよ!」
スーミレはとがめているが、友人の知り合いとはいえ、初めて会った相手をそう簡単に信じられなくて当然だ。
「はい、そのようなことは言いませんよ。調べて有益なスキルがあれば買い取らせて欲しい、という下心はありますが」
「ふふっ。回収屋さんは優しいんですね。私が頼みやすくなるように言葉を選んでくださって。それじゃあ、甘えてもいいですか?」
「はい、よろこんで」
許可も取れたので『鑑定』を発動する。
スキルスロットは八つもあるのか。それにスキルは五つ所有している。これだけ見るなら恵まれた才能なのだが。
五つあるスキルは『体力』『回復』『不器用』『不幸』『貧乏』か。
……『貧乏』?
初めて見るスキルだ。
俺の知らないレアスキルか、もしくはオンリースキル。これだけレベルが1なのでオンリースキルの可能性は高い。
その考察は後回しにするとしても、個性的なスキルの並びだな。
人の何倍も働いているというのは『体力』と『回復』のなせるわざか。それでいて『不器用』と『不幸』が邪魔をして上手くいかない。
これだけでも貧乏な理由が判明したようなものだが、それに加えて『貧乏』スキル。
こんなにも分かりやすい答えはない。
スキルは文字である程度は効果が予想できる。『貧乏』はその名の通りお金がなくて生活に困る状態を表すはず。
そのまま、このスキルがあるとお金が貯まらず貧乏になるってことなのだろう。ある意味『不幸』の上位スキルのような感じか。
「スキルは五つありました」
「そんなにあるのですか⁉」
「五つもあるなんて凄いよ、ミュムルちゃん!」
驚く幼馴染の手を取って、自分のことのようにスーミレが喜んでいる。
ぬか喜びさせる前に説明をした方がいいな。
「落ち着いて聞いてくださいね。スキルは『体力』『回復』」
二人とも目を輝かせて大きく頷いている。
ここから先は言いたくないが嘘を吐くわけにもいかない。
「それに……『不器用』『不幸』と」
落ち込んだ顔にはなったが二人とも予想はしていたのか、そこまでショックを受けているようには見えなかった。
「最後の一つは……『貧乏』です」
二人はタイミングを計ったかのように同時に眉根が寄った。
意味が分からないと表情が語っている。
「えっと、そんなスキル聞いたことがないのですが」
「私も初耳です」
「実は私も知らないスキルでして、スキルの効果はそのままではないかと思われます」
いい加減な説明だが他に言いようがない。
理不尽だと怒るか文句を口にするかと思ったのだが、ミュムルはパンッと手を打ち鳴らすと満足そうに大きく一度頷く。
「納得しました! だから仕事でドジが多くて貧乏だったのですね。自分の努力が足りないのかと思っていましたが、そうじゃないのですね。ほっとしました」
安堵して胸を撫でおろしている。
理不尽なスキルに対してこんなにも肯定的に捉えるとは。
「それで、もしよろしければスキルを売ってもらえませんか?」
「それは……ちょっと無理です。『体力』も『回復』もないとお仕事で困りますから」
「いえいえ。そっちではなく『不器用』『不幸』と買い取れるなら『貧乏』も」
俺の提案が予想外だったのだろう、ミュムルはきょとんとした顔している。
その隣にいるスーミレはこの展開が読めていたのだろう、口元を抑えて優しい目で幼馴染を見つめている。
「そ、そんなのを買ったら回収屋さんが損しますよ!」
チェイリの母親である宿屋の女将とも似たようなやり取りをしたな。それを思い出して口元が緩む。
「私は買い取ったスキルを制御できるのですよ。都合の悪いスキルは封印しておきますので、ご安心ください」
「そ、そうなのですか。ほ、本当に後でお金請求されても払えませんよ?」
「ミュムルちゃん……」
まだ疑っている幼馴染を見て、スーミレが大きなため息を吐いた。
今までお金絡みで酷い目に遭ってきたから、そう簡単には信じられないのだろう。
「商人は信用が一番大切なのですよ。心配でしたら契約書を書きましょうか?」
「あ、いえ。すみません! 私のために買い取りを申し出てくださったのに。疑い深い女なんて嫌われますよね。反省しないと。……スキルの買い取りをお願いできますか」
ようやく腹が決まったようなので、買い取りを実行する。
『不器用』『不幸』は問題なく買い取れたが、やはり『貧乏』は無理だった。これでオンリースキル確定か。
「『不器用』『不幸』は問題なく買い取れましたが、申し訳ございません。『貧乏』だけは買い取り不可でした。おそらくオンリースキルだと思われます」
「そんな申し訳なさそうにしないでください! オンリースキルがよく分かりませんけど、二つも買い取ってもらえただけで満足ですよ! これで失敗も減りますよね」
「それは保証します」
「だったら、充分です! ありがとうございました」
腰を直角に曲げて深々と頭を下げてくれている。
ここまで喜んでもらえたら回収屋として冥利に尽きる。
今までは三つのスキルの相乗効果でかなり貧乏な生活をしていたようだが、これで少しは改善されるはずだ。
「そうです。『貧乏』を買い取れなかったお詫びと言っては何ですが、もしよろしければ就職先をご紹介させてください」
「本当ですか! つい最近くびになったところで困っていたんですよ!」
元気いっぱいに返事する彼女ならうまくやってくれると信じている。
『貧乏』単体だとどれだけ影響を与えるのか調べるためにも、ここは頑張って働いてもらおう。
今日も宿屋一階の食堂から外を眺めていると、道行く人々が辺りを見回して少し悩んでから、この店に入って来た。
昼時を過ぎているとはいえ料理が美味しいと評判の店なので、この時間帯でもかなり混んでいる。
ピークが過ぎると冷たい飲み物を手にした店員が二人、対面の席に座った。
最近はここが二人の休憩場になっている。
「お疲れさまでした」
「疲れました~」
「最近、客足が戻って大繁盛しているからね。体力をつけるトレーニングにはなるけど、もう少し暇な方が嬉しいかも」
少し前までは客が少なくなったとぼやいていたのに、いざ忙しくなると真逆のことを言っている。
ここ数日の混み具合を見ていると、愚痴の一つもこぼしたくなるのも理解できるが。
「でも、急にお客さん戻って来たわね。あの店は客足が遠のいているみたいだけど、あきちゃったのかな」
「……どうでしょうか」
本当はそうなった理由を知っているがとぼけておく。
「あっ、回収屋さん。ミュムルちゃんの件ありがとうございました。スキルの買い取りだけじゃなくて、就職先まで口利きしてもらって凄く喜んでいました」
「そうですか。それはよかったです」
……今の仕事場が潰れたら、『幸運』を売って『貧乏』の効果を緩和するようにしよう。
現在は『貧乏』の効果を最大限に発揮して店に痛手を与え続けている。店側としては彼女が直接的に何かしたわけではないので、客が減っていることを不思議に思っていることだろう。
とはいえ彼女に危害が与えられないか心配なので常に監視を続けている。彼女の身に何かあったらすぐに行動に移すつもりだ。
「ところで、ミュムルはどこで働いているのですか?」
「就職先はそこの――」