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男女差

 人間は女性よりも男性の方が、全体的な身体能力が優れている。

 これは差別ではなく事実でしかない。男の体は女性よりも筋肉がつきやすく背も高い。同じように体を鍛えたとしても、その差は歴然だ。

 だからこそ、基本的に肉体労働は男性が向いているとされている。

 だが、この世界においてその根底を覆す能力がある。

 スキルの存在だ。


 『怪力』があれば小柄な女性であっても体を鍛えた男に圧勝できる。

 『体力』があれば一日中でも働き続ける事が可能だ。


 身体能力を超えるスキルを得た女性であれば、男女の身体能力の差など気にもならない。

 故に男の世界と思われがちな軍事の世界においても、女性が隊長や将軍の地位を得るのは珍しい事ではない。

 だけど誰もがそんなスキルを得られるわけではないので、比率としてはまだ男性が有利なのもまた事実。


「この近くと聞いたのですが」


 以前から何度も噂を耳にしていた、とある村を訪れようと川沿いの道を進んでいる。

 ここは木々も多く水も豊富なので人が住むには適している地域だ。ただし、そういった好条件の土地には動物やそれを狙う魔物もやってくるので、安全とは言い難い。

 現に初級ではあるが魔物に何度も襲われている。警備がしっかりしていないと、かなり辛い環境なのは確かだ。

 そんなことを考えながら山道を進むと開けた場所に出た。

 辺りの木は切り倒されて土地が平らに均されている。視線の先には石を積み上げられた壁が見える。

 石壁の高さは俺の背丈の二倍程度か。村を守る防壁だと考えると結構立派な村のようだ。

 見晴らしのいい場所を進んでいくと、村の鉄扉の前に門番の姿があった。

 三人いるが全員女性で鎧を着込み武器を携えている。

 女性の門番はそれほど珍しいことではないが、全員が女性というのは稀だ。


「そこで止まってもらえるか」


 もう数歩進めば門にたどり着く距離で槍の穂先を突きつけられた。

 全員が鋭い視線を俺に向けている。友好的な雰囲気とはお世辞にも言えない。


「何の目的でこの村に来た」


 口調も厳しいな。……いや、これは小馬鹿にしているような声だ。

 妙な視線を感じたので見上げると、石壁の上から見下ろしている別の女性が「はっ、男かよ」と鼻で笑ったのが聞こえた。


「私は行商人でして、この近くに村があると聞きまして商売にやってきました」

「ほう、行商人か。貴様はこの村のことを知っているのか?」

「少しは聞き及んでいますよ。確か女性上位の村だと」


 この村はかなり特殊で、男尊女卑ではなく女尊男卑がまかり通っているのだ。

 つまり、男性と女性の立場が逆転している。

 だからこそ村を守る門番に男性の姿がない。ここでは肉体労働は女性の仕事で男性は家事をしている、と聞いている。

 ざっと門番のスキルを確認すると戦闘系のスキルが揃っていた。


「分かっているではないか。この村では男だからと威張る輩は即座に処分される。男であるという立場をわきまえて振る舞うのであれば村での商売を許そう」


「はい、分かりました。肝に銘じておきます」


 客であれば男性であろうが女性であろうが対応を変えたことはないので、何の問題もない。

 軽く身体チェックと荷物を調べられただけであっさりと通された。

 門を潜って目に入って来た光景は意外の一言だった。女性が力を握っている村なので可愛らしいイメージがあったのだが、飾り気のない武骨なデザインの家々が並んでいる。

 店舗もあるのだが、そこで働いているのはすべて女性だ。大声を張り上げて肩で風を切るように歩いている女性の姿が何人も見受けられる。

 男性は……女性の後ろに従うようにして歩いているか、道の端をおずおずと歩いているかの二択だ。

 男達の目には精気がなく媚びた笑みを浮かべているか、視線を地面に向けて顔を上げていないかのどちらか。

 女性はシンプルだが仕立てのいい服を着ているのに、男性はぼろぼろの薄汚れた服ばかりで奴隷のようにしか見えない。


「これは噂以上ですね」


 男女の立場が入れ替わったとしても、ここまで酷い村は珍しい。

 確かに未だに男性上位で女性の立場が低い村も存在する。としても、ここまでは酷くなかった。

 そんな村でまともな服を着た男は目立つようで、不躾な視線が俺を捉えて離さない。


「見世物小屋の檻の中はこんな感じなのでしょうかね」


 周りに聞こえないように皮肉を呟く。

 まずは宿を確保しようと宿屋へと向かう。看板が出ていたのであっさり見つけると、扉を開いてカウンターに近づく。


「いらっしゃ……なんだ、男か」


 宿屋店員の営業用の笑顔が一瞬にして侮蔑の表情へと変化した。

 とても分かりやすい。


「一晩の宿をお願いしたいのですが」

「あー、うちは満室だから、他を当たってよ」


 客の気配は一切ないのだが、どうやら満室らしい。

 露骨だな。


「この村には他にも宿屋があるのでしょうか?」

「うちだけだね」


 そう言ってニヤリと歪んだ笑みを口元に浮かべる。

 どうやら野宿しろと言いたいようだ。ここで交渉に時間を取られるのもバカらしいので、お礼を口にして出ていく。

 眠らなくてもどうとでもなるので宿はあきらめて、商売を始めることにした。

 門番から店を開いてもいい場所を聞き出しておいたので、指定された場所に向かうとそこは――裏路地の光の当たらないゴミ捨て場の隣だった。

 辺りにはゴミ捨て場から漏れた生ごみが散乱して悪臭を放っている。


「好きにしていいと言っていましたが……。これはこれは」


 男嫌いが徹底しているな。ここまでくると感心してしまう。

 商売をあきらめて帰ってもいいのだが、ここで引くのは癪に障る。

 『清掃』のスキルを最大レベルで発動して、周辺のゴミを綺麗に片付け『水属性魔法』で石畳の汚れを洗い流した。

 ついでにゴミを全て地面に空けた大穴に放り込んで蓋をしておく。

 『風属性魔法』で空気を入れ替え『土属性魔法』で露店にしては立派な小屋を作り上げる。

 芸術系のスキルに入れ替えて、ゴミの中から使えそうなものを集めて店を飾り付けた。納得のいく出来になったので露店の中に商品を並べていく。

 店の中で座って待っているとゴミを捨てに来たらしい男が見えた。

 ゴミ捨て場の隣に派手な店舗があるのにまず驚き、ゴミが一欠けらもない事に再び驚いている。

 男の姿はみすぼらしく手足も細く、栄養が行き届いていないのが一目で分かった。

 頬もこけていて髪も洗ってないのかぼさぼさだ。


「いらっしゃいませ。商品を見ていきませんか?」

「あっ、商人さんなのですか。すみません、お金が殆どなくて……」

「見るだけでもどうぞ。ここに来てからまともに話す機会すらなかったので暇なのですよ」


 俺が苦笑して言うと、納得がいったようでよろよろと歩いてくる。


「行商人さんも嫌がらせを受けたのですね。すみません、村の女性が失礼なことを」


 痩せた男がゆっくりと頭を下げる。


「噂には聞いていたのですが、思っていたよりも酷いですね。ここまで男性を差別するのには何か理由があるのでしょうか」

「ええまあ。そもそも、この村の由来は男性に虐待されていた女奴隷が逃げて隠れ住んだ屋敷が事の始まりなのですよ。貴族の別荘近くに逃げてきた女奴隷を屋敷の女主人が匿い、彼女達が生きていける村を作ったそうです」

「立派な方ですね」

「はい。数年前に亡くなった村長はとても素敵な女性だったそうですよ。男女分け隔てなく接して、差別を何よりも嫌ったそうです。だというのに……」


 女性が暮らしやすい村を作ったはずがこの有り様か。

 その人は今の村の様子を見たらどう思うのだろうな。


「女性が幸せに暮らす村という噂が広まり、多くの女性がやってきました。男性を凌ぐ力を有しているのに差別を受けた、そんな優秀な女性も多かったみたいです。……噂によると革命家の集団もいたそうですよ」


 だからこの街の女性のスキルは充実しているのか。


「村長が存命中は男女の差別もなく大人しかったのですが、村長がいなくなってから本性を現した女がいました。それが……今の村長です。彼女は男を差別して逆らう男を処刑していったのですよ。元々男に悪い印象しかなかった村の女性は彼女に同調してこのありさまです。今、村に残っている男は女に逆らう力もない……僕みたいなのだけですよ」


 自虐的な笑みをしてぼやく男。

 村長の想いは新たにやって来た住民によって踏みにじられ、思想は塗り替えられたのか。

 親切や優しさを自分の目的の為に都合よく利用して取り込む、そんな薄汚い連中は珍しくもないが酷い話だ。

 それを見抜けなかった村長を責める気にはなれない。優しさに付け込んだ、そいつらが悪なだけだから。

 辛さを知る者が全て優しいわけじゃない。

 悲しいことだが辛い境遇に置かれた者は、自分と同じ辛さを他の人には経験して欲しくない、と考える者ばかりではないのだ。

 自分が辛い思いをしたのにのうのうと生きている人が憎い。自分と同じ辛さをこいつらにも味わわせてやる。と八つ当たりする者も少なくない。


 姑にいびられた嫁が年を取り、息子の嫁に自分がされたことを繰り返す。

 商人が下積み時代に先輩から受けたいじめに近い教育を後輩にもする。

 虐待を受けて育った者が親となって子供に虐待をする。


 ――こういったことはよくある話なのだ。もちろん、そんな逆境に負けず真っ直ぐ育った者だっている。

 だけどこの村に集まった人々はそうはならなかった。恨みが悪い方へと突き進んでしまい暴走した結果がこれだ。


「あなたは今の状況に納得しているのですか」

「納得……そんなわけ……あるわけがないじゃないですか。でも、僕には戦闘系のスキルもない。食べ物もろくに与えられないから体もこんなのですよ。少しでも口答えしたら飯を抜かれて暴力で黙らされるのです」


 男が服をまくると腹や胸に無数のあざがあった。

 奴隷と変わらない待遇を受けているようだ。


「この村に住む男性は皆さん、あなたのような虐待を受けているのですか」

「一部の容姿が優れた男はペットのように女に飼われているそうです。それ以外は僕と似たり寄ったりでしょうね。ここから逃げ出したくても、見つかったら拷問されて死ぬだけです。僕にできることは……僕みたいな人がこれ以上増えないことを祈るのみです」


 酷い待遇だ。

 俺にこんな対応をするぐらいだから、ある程度は予想をしていたが常軌を逸している。

 これが男女入れ替わっていたとしても俺は憤りを隠せなかっただろう。

 奴隷制度を認めるわけではないが奴隷契約は金銭のやり取りがあり、訳があったとしても自ら契約した者が堕ちる。

 だがこの村の男性は恐怖と暴力で支配された、ただの村人だ。こんな待遇を受け入れなければならない理由はない。


「この村に男性はどれぐらい残っているのですか?」

「ええと、私が知る限りでは四十人程度でしょうか。週に一度村の男性が一か所に集められて女性からありがたい説法を聞かされる日があるので」


 宗教か。と思わず言いそうになった。

 そこで洗脳じみたことでもやっているのだろう。

 たちが悪いが都合がいいな。


「その日はいつなのですか?」


 男から集会の日を聞き出した俺は――。



 とある村を訪れようと海沿いの道を進んでいる。

 ここは海の幸も豊富なので人が住むには適している地域だ。ただし、そういった好条件の土地には動物やそれを狙う魔物もやってくるので、安全とは言い難い。

 現に初級ではあるが魔物に何度も襲われている。

 潮の香りに包まれながら道を進むと開けた場所に出た。

 辺りの木は切り倒されて土地が平らに均されている。視線の先には石を積み上げられた壁が見える。

 石壁の高さは俺の背丈の二倍程度か。村を守る防壁だと考えると結構立派な村のようだ。

 見晴らしのいい場所を進んでいくと、村の鉄扉の前に門番の姿があった。

 四人いるが全員男で鎧を着込んで武器を携えている。


「そこで止まれ」


 偉そうな命令口調の門番に従い、足を止める。

 門番が歩み寄ってきて俺の顔を覗き込むと、歯をむき出しにして笑う。


「なんだ、男か! お前さん整った顔をしているから女かと思ったじゃねえか。男なら歓迎だ! 行商人みたいだな。門から少し進んだ右手に宿屋があるから、そこを利用するがいい」


 そう言って身体検査もされずにあっさりと村へ通される。

 村の中は賑わっていて、露店や商店から威勢のいい声が響く。

 働いているのは全て男性で客引きも男がやっている。

 女性は男性の後ろに気配を潜めて付き従っているか、道の端をとぼとぼと歩いているかだ。

 そんな女性にわざと男がぶつかり、軽く小突きながら怒鳴り散らしている。女性は平謝りで抵抗する素振りすら見せない。

 噂に聞いていた光景を目の当たりにして大きくため息を吐く。

 この村は男尊女卑がまかり通る村だ。女性を卑下して男性が威張り散らす。

 程度はあれ、こういった男性の地位が高い村や街は珍しくない。でも、この村は別であって欲しいと願っていた。


 百年前に女尊男卑の村から救い出した男達が興した、この村だけは。


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