錬金術
「意外に使い道があるものですね……」
生涯、誰にも売ることなく終わると思っていたスキルが、結構よい値で売れたのだ。
とある貴族が購入してくれたのだが、その使い道を聞いて納得してしまった。
「頼む、その『味音痴』スキルを売ってくれ。欲しい金額を要求して構わぬ!」
話のネタにと、詳細を誤魔化しながら『味音痴』スキルを買い取った話をしていたら、思わぬ反応を示し、俺の肩に手を置いてじっと正面から見据える貴族の男性。
このスキルに大金を支払う人がいるとは……正気を疑ったが、本気で求める理由を聞いて俺は同情してしまい、快く売り渡すことに決めた。
「私は
発想の転換とはこのことだ。
食べる方の味覚がおかしくなれば、美味しくいただけるということか。
スキルに関しての知識は自信があったが、この商売をしているとこういう発想に出会えるから面白い。……本人は切実だろうけど。
そういえば、あの『味音痴』を買い取りさせてもらった奥さんは、最近料理の腕を上げて味も美味しく食べられるレベルになったようだ。
負のスキルを自力で克服すると、関連した新たなスキルに目覚めることがあるので、今度調べに行ってみるか。
思いもしない臨時収入だった。今日はちょっと贅沢するのもありだな。
いつもの宿屋ではなく、広場の方へと足を運ぶと……食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。
「らっしゃいらっしゃい! 串焼きはどうだい!」
「温かいスープもあるよー」
威勢のいい声がする。必死に呼び込みをしている店主が広場に点在している。
露店か……それも、悪くないな。
豪華な昼食を考えていたが、こういった気取らない料理も嫌いじゃない。男には時に周りの目も気にせず、粗暴に飯を食いたいときもあるもんだ。
あっさりと方針を変えた自分に言い訳をして、近くの露店を覗き込む。
見るからに陽気そうな若者が笑顔で肉を焼いている。縮れ毛に額にバンダナ。地肌の色が少し黒いので南方の出身なのか。
「いらっしゃーい。そこの大商人のお兄さん、めっちゃ美味しいからこうたってやー」
大商人か。客を褒める際に使う表現の一つだよな。
俺の今の格好は頑丈な背負い袋に、分厚い生地でポケットが多いズボン。行商人の典型的な服装だ。
商人をおだてる際の定番台詞が「大商人」。
冒険者相手なら「そこの勇者様」女性相手なら「そこのお姫様」といった感じだ。
「美味しそうですね。二本いただけますか?」
「まいどおおきに」
変わった話し方だが、これは商人の国シキウの訛り言葉だ。
陽気でおしゃべり好きな人が多く住み、商人を目指すなら一度は訪れるべき国。
俺も何度か行ったことはある。……行くたびに、言葉の濁流に埋もれてしまい、圧倒されてしまう。
話術関係のスキルを買い取りたいときは、あの国に行くのが一番だ。
「熱々やから気いつけてや。って、回収屋やないか!」
「そうですよ、マエキルさん」
大袈裟に驚いている知り合いの商人を眺めながら、串焼きを頬張っている。
おっ、焼き具合も独特なタレの味も好みだ。
知り合いなのは分かっていたのだが、素知らぬ顔で接してみた。
「お茶目さんやなぁ。ちゃんと言うてや。そしたら、一本ぐらいおまけすんのに」
「商売の邪魔をしたくなかったので。いつから露天商に転職されたんです?」
「何言うてんねん。ワイは根っからの情報屋。これも仮の姿やで。美味しいもん食うてるときは、口が軽ぅなるもんやからな。味の方も自信ありや」
「ええ、確かによいお味でした」
「そやろ、そやろ」
スキルに『料理』があるので初めから期待はしていたが、見た目はただの陽気な兄ちゃんなのに、多才で器用なのが彼の面白いところだ。
「って、そやった。例の件はまだ掴めてないねん、堪忍な。代わりっちゅうたらなんやけど、こんな話を知っとるけ? ここから北東に馬の育成で知られた村があるんやけど、そこから更に東に向かった街道に最近山賊が現れる、ていう話やで」
「何度か通ったことがありますが、物騒な話ですね」
「回収屋やったら余裕やろ。もうじき、討伐隊が組まれるそうやから、スキルを回収に行くんやったら今のうちちゃうか。リーダーがかなり優秀なスキル持ちって噂やで」
「そうですね。考えておきますよ」
討伐隊の手間を省くために先にスキルを買い取って、弱くなったところを叩いてもらうのもありか。
処刑されてスキルを無駄にするぐらいなら、俺が買い取った方が有益だ。
「ここで会ったのも何かの縁や、一本ご馳走するで」
「ありがとうございます」
本当にサービスしてくれるのか、珍しく気前がいいな。
金に関してはかなりシビアな男なのだが、今日は機嫌がいいのだろう。
「回収屋との付き合いも結構、なごうなるよなぁ」
「あなたとは知り合ってから、まだ三年程度ですけどね」
「三年もあれば、生まれたばかりの子供が元気に歩けるぐらいになるんやで。これは結構凄いことや思わんか」
こういう回りくどいことを言い出すときは、無理な頼みごとを口にすることが多い。
それは彼の言うところの、長い年月で理解できている。
「さて、ごちそうさまでした。じゃあ、そういうことで」
「待たんかい。おごってもろうて、それはないやろ。タダより高いものはないんやで」
やっぱり、タダで渡すような男ではなかったか。
串焼き一本分ぐらいは無駄話を聞いてあげよう。
「ちょっとだけですよ」
「おおきにな。それでなんやけど、一つ売って欲しいスキルがあるんや」
「はあ、なんでしょうか。一応建前上は買い取り専門なのですが、今更ですからね。所有しているスキルで、お金さえ払ってもらえるなら構いませんよ」
マエキルの人となりは理解している。それに彼にスキルを売るのは、これが初めてというわけじゃない。依頼料の代わりに、情報収集に有益なスキルを売った過去がある。
「最近、噂話で聞いたんやけど。遥か東方には黄金を生み出せる、摩訶不思議なスキルがあるそうやないか」
「もしかして、それって錬金術では」
「それや、それ! それがあれば儲けたい放題なんやろ!」
唾をまき散らしながら迫るのはやめて欲しい。『防水』で唾を弾いたからいいものを。
しかし『錬金術』に目を付けたか。このスキル、欲しがる人が結構多いんだよな。それも中途半端に知識がある人や金持ちばかりが。
「コツと才能と財力があれば、可能かもしれませんね」
「ん? ちょっと待ってくれや。黄金を作り出せるんやよな?」
多くの人と同じ勘違いをしているようだ。『錬金術』は金が作れることだけが広まりすぎて、本来の意味を知る人は少ない。
「正確には黄金、も、作れるです。魔法と学問が融合したものですからね。
「それって、めっちゃ凄いやん!」
興奮しているところ悪いのだが、そんな単純なスキルじゃない。
そこを説明しておかないといけないようだ。
「錬金術というのは俗に言う高位スキルです。ある条件を満たした者のみが得ることができるスキル。マエキルさんならご存知ですよね」
「知ってるで。『剣術』を極めたら稀に『上級剣術』へ進化したりするヤツやんな」
「そうですね。その場合は剣術と上級剣術が入れ替わるわけですが、一部の高位スキルには既存のスキルを残したまま、新たなスキルが発生するのですよ。それが」
「錬金術って言いたいんやな」
物分かりが早くて結構。
錬金術はその前提条件がかなり厳しい。
「学問や専門的な知識に加えて『医術』『薬学』『計算』『精密動作』等のスキルが最低三つは必要になるのですよ、それも高レベルで。後天的に覚えることが可能なスキルの数々ですが、それらが無ければ『錬金術』があったところで発動しません」
「マジかい」
「大マジです。なので、それらのスキルも買い取ってもらう必要があります。そもそも『錬金術』のスキルは割高なので、買い取れないと思いますよ?」
「ち、ちなみにおいくら?」
懐から財布を取り出して中身を確認しているが、絶対に足りない。
本気で買うつもりなら……。マエキルの耳元で必要な金額を囁く。
一瞬にして眉根が寄る。財布と俺の顔を交互に見たところで値段の変更はしないぞ。
「それを買い取れる財力があるなら、そのお金で優雅に暮らした方がマシですよ」
「はぁー、世の中そんなに甘くないっちゅうことやな」
肩を落として落胆している姿が、ほんの少しだけ哀れに思えた。
「はぁー、錬金術を使ってみたかったなぁー。子供の頃からの憧れだったのになぁー。一回だけでいいから、たった一回でいいから使わせてくれへんかなぁー」
チラチラこっちを見ながら、芝居がかった台詞を口にしている。子供の頃からの夢とか言っていたが、最近噂で知ったんじゃないのか。
「一回だけ、ちょっとだけでも錬金できたら、満足してこれからの情報収集に力入れられるんやけどなぁー。はぁー、どこかの優しい紳士が錬金使わせてくれへんかなぁ」
このまま放っておいたら、会うたびにネチネチ言い続けそうだ。仕方がない……。
「どうしても使いたいのなら、一度だけ試してみますか『錬金術』スキルを。『錬金術』のレベルが高ければ、スキルだけでもなんとか発動はしますよ」
マエキルは『計算』と『精密動作』は既に所有しているので、与えるスキルは少なくて済む。それに彼はスキルスロットが豊富なので残りのスキルを入れることが可能だ。
彼が才能あふれる青年だったからこそ、その才能を見込んで情報収集の仕事を依頼したのだが。ここで、わがままを聞いてやるのも悪くない。……期待した結果にならなくとも。
「ホンマにええんですか? やらしてくれるんやったら、頼みたいところやけど……金取るとか言わへんよな?」
「言いませんよ」
「マジやな。今から嘘でしたー、とか言うたら、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわすで?」
「なんですか、その極悪な殺害方法は」
「いや、うちらの国では定番の言い回しなんやけどな」
恐るべし商人の国。
軽い冗談なのだろうけど、想像するとかなり酷い行為だぞ。
夜になってから俺の部屋に来たマエキルは、背負い袋を床に置くと落ち着かない様子で部屋を見回している。
買い物が終わってから立ち寄ったらしく、大きな背負い袋の中には明日の串焼きの材料が入っているそうだ。
「誘われるままに、ホイホイ来てしもうたけど、まさか……ワイの体が目当てとちゃうやろなっ!」
乙女のように自分の体を抱いて怯える振りをしている。
細身とはいえ筋肉質の若い男がそんなポーズをしたら、気持ち悪い以外の感情は湧いてこない。
「お帰りはあちらです」
すっと扉の方を指さす。
すると床に膝を突いた状態でこちらに進むと、俺の脚にすがりついた。
「ちょっとした冗談やんか、見捨てんといてやぁー」
「ええい、うっとうしい。シキウ人の独特なノリは時折ついていけないのですよっ」
マエキルを振り払い、椅子に腰を下ろす。
いつも明るく振る舞うのは商人として立派なのだが、この調子でずっといられると非常に疲れるときがある。
「とっとと、始めますよ。はい、必要なスキル渡しますので手を出してください」
「あら、お兄さんのお手てすべすべねぇ」
気持ち悪い声を出して、人の手を撫で回すのはやめい。
もうツッコミも疲れたので、無視してスキルを発動させた。
「はい、これで『錬金術』が実行可能となりました」
「前も思うたんやけど、あっさりやよな」
腕を振り回して屈伸運動をしているが、体には何の変化もないよ。全部知識関連のスキルだから。
「このまま持ち逃げすれば……ワイは錬金術師として大金持ちに」
「逃げても構いませんが、捕まえたら死んだ方がマシだって目に遭わせますよ」
満面の笑みを浮かべて穏やかに話すと、マエキルが壁を背にして震えている。
ちょっと『威圧』を発動させただけだというのに。
「発動の仕方は説明が必要ですか?」
「もちの、ろんよ」
「必要な材料を用意します。それを机に置いてスキルを発動します」
「なんや、簡単やん」
「そこに到達するまでが、相当な苦労と努力が必要なのですよ。錬金術師は早くとも四十代から花開くと言われています。十年に一人いるかどうかの確率で」
「そんなん、どうでもいいねん。やり方さえ分かれば、もう用なしや」
ほんと、お調子者だ。口が達者で適当なことを口にする悪癖はあるが、諜報活動は優秀なんだよな。
普通なら絶対に『錬金術』を覚えることはない
錬金術とはあらゆる学問を習得してから到達する、最高位のスキル。
それを簡単に手に入れることが可能な自分の『売買』に着目する連中が多いのも、仕方のないことなのだろう。
「何をつっくるっかっなぁー」
鼻歌交じりでノリノリなマエキルを眺めているが、もう用はないらしいので、口出しは一切しない。
そのまま放置していると、どうしていいか分からないようで、こっちをチラチラ見ている。
面白いので放っておこう。
「とうやー、あちょー、せいやー」
適当なことを言って変な動きをしていたマエキルが、俯いて俺の前まで歩み寄ると、崩れ落ちながら流れるように土下座した。
「すんません、やり方教えてください」
「仕方ないですね。何が作りたいのですか。約束した通り、一回だけ錬金術を使わせてあげますから」
からかうのはこれぐらいにして、さっさと終わらせよう。
「秘薬にも惹かれるんやけど、やっぱ金やろ! 黄金の延べ棒で積み木するのが夢やねん! 世の中、金さえあれば大抵のことはイケる!」
マエキルならそう言うと思っていたよ。
安易に『錬金術』を欲する人間の多くが黄金を欲しがる。
黄金はどんな国でも通用する万能な通貨のようなものだから。あと、単純に金色の輝きが好きだという連中も少なくない。
「分かりました、じゃあ錬金に必要な素材をお願いします」
「えっと、素材って?」
「言ったじゃないですか。錬金には素材が必要なのですよ。黄金を生成するのであれば、黄金と同じ成分のものを用意しなければならない。無から作り出せるわけではありません」
「黄金に必要な素材ってなんなん?」
「知りませんよ。錬金術師じゃないのですから」
世の中そんなに甘くない。マエキルは確かに錬金が可能になった、だけど元となる素材が無ければ発動することがない。
そして、知識が無ければ何が必要なのかすら分からない。
「これって、詐欺やん! こんなん宝の持ち腐れっやんかっ!」
「まあ、そうですね。その錬金術を売ったご老人が言っていたのですが、錬金術という物はそこにあるもの組み替えるだけの技だそうです。人の手で作り出せる物を、過程をふっ飛ばして作り出す力。それが錬金だそうですよ。それも作る物に対する深い
「先生、言うてることの半分も分かりません」
素直でよろしい。
もっと分かりやすく説明した方がいいか。
「材料を用意して発動したら、商品が完成している。ただし、詳しく知っている物に限る」
「なんやねん、それ……。前からおもうとったんやけど、回収屋って案外、意地悪やでな」
「そうですか? 串焼き一本分と考えたら、十分ではないかと」
「悪びれもせえへんところが、怖いわー。せやけど、職人でもない限り、詳しく知っている物なんてないで。なんにもせえへんで錬金術返すんもしゃくやしなぁ。なんかしたいんやけど……」
部屋中に視線を走らせていたマエキルは、ある一点を見つめると動きが止まった。
どうやら錬金を使いたい対象が見つかったようだ。
「らっしゃい、らっしゃい! 世界初、錬金術で作った串焼きだよ、クソッタレがっ!」
投げやりな呼び込みが広場中に響いている。
結局あの後、買い込んでいた串焼きの材料を錬成したのだ。
マエキルが詳しく知っていて、材料が揃っているものがそれしかなかった。
「世にも珍しい串焼きやで! 味も見た目も変わらんけど!」
世にも珍しい串焼きを俺は三本買って、俺は宿屋へと帰る。
一口かじってみると、昨日と変わらない味がした。