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新年

年賀状代わりの一話です

前話とは時系列が異なりますので、ご注意を




 吐く息が白い。

 今年も終わろうとしている。

 ……まあ、数百日を過ごし、数千の時が過ぎただけ。

 一年が終わったところで何が新しくなるというわけでもない。

 だが人は、一年が終わるその瞬間を楽しみにしている。

 新たに迎える年が素晴らしい一年であるようにと願いながら。


 俺は様々な場所で年越しを迎えた。

 新年を迎える行事は地方によって特色がある。奇妙な風習もあれば他でも取り入れるべきではないかと感心したものも少なくない。

 その中でも今も印象に残っている風習がある。

 白い粘り気のある料理を年明けになると必ず食べる国があったのだが、それは気まぐれで人の喉に貼り付き窒息させる。毎年、幾人かの死者を出す恐ろしい料理だったのだ。

 だというのに、その国では毎年それを好んで食べている。

 こればかりは余所者には分からない感覚なのだろう。


 昨年から拠点にしている杭の国の首都では新年を迎える祭りがあるそうで、街には色があふれていた。

 夜中だというのに飲食店は閉店時間を超えても営業を続け、家々の窓からは煌々と輝く灯りが漏れ出ている。

 あの灯りの下では睡魔と懸命に戦いながら、親と一緒に年越しを迎えようと頑張っている子供達がいるのだろう。

 その微笑ましい光景を想像して口元が緩む。

 口からこぼれた白い息が天に昇っていく。釣られて視線を上げると、満天の星空がそこにあった。

 美しくはあるが、街が明るいのでいつもより星が見えにくい。


『星空を一番楽しめるのは、戦場でこうやって潜んでいる時だ』


 ふと、昔に言われたことを思い出す。

 まだ回収屋でもなく商人でもなかった頃。今後どうするべきか迷った末に傭兵として所属していた時期だったか。

 当時は考えるよりも先に体が動く若造だったので、まず強くなろうという安易な考えで傭兵ギルドに入った。それに戦場ならスキルを所有した者が多いだろうと予想もしていた。

 戦場で傷つき肉体を欠損した相手から戦闘系スキルを買い取り、職人系のスキルを代わりに売る。そうすれば大儲け間違いなし! ……と甘いことを考えていたんだよな。

 実際は戦場でスキルを買い取るという胡散臭い新兵の言うことなんて、誰も耳を傾けなかった。

 それに購入したとしても戦場には『鑑定』所有者が殆どいないので、俺が本当に買い取ったのか証明できない。なので、誰も信用するわけがない。


 だが運よく俺が所属した部隊には高レベル鑑定所有者がいて、『売買』の力が本物だと証明してくれたのだ。

 そこで買い取りだけではなく戦闘スキルを売ることになり、戦場に大金を持ち込んでいなかったので後払いという約束で、手付金だけ受け取り売買をした。

 本来は数日だけ所属する予定だったのだが踏み倒されるのが怖かったので、この戦場での仕事が終わるまで付き合うことにしたのだ。

 危険な任務を率先して引き受ける精鋭揃いの部隊だったので、生き残りさえすれば相当の報酬が期待できる。


「しっかし、お前も物好きだな。年越しの日に、何を好き好んで戦場にいるんだ?」


「その言葉そのまま返すよ」


 闇に溶け込んだ森に潜む隊長が呆れ顔をこっちに向ける。

 暗闇の中とはいえ、俺は『暗視』があったので相手の顔はよく見えた。


「そりゃ、金のためだ。お前さんは違うようだがな」


「さーな」


 隊長には『心理学』という厄介なスキルがあり、あれのせいでこっちの口調や表情から思考を読み取られてしまう。

 いつか『心理学』は手に入れようと、当時の俺は心に誓ったものだ。


「生意気なガキだね~。変なスキルも持っていやがるし」


「ほっといてくれ」


 あの頃は口調もぶっきらぼうで生意気盛りだった。

 荒波にもまれている最中で迷走している時期だったからな。


「おいおい、拗ねちまったか? しかめ面なんぞしてねえで、あれ見て見な」


 面倒臭い大人としか認識していなかった隊長の言葉は無視したかったが、つい指の動きに釣られて夜空を見上げる。

 そこには星の光が雨のように降り注ぐ、流星群があった。


「えっ……あっ」


 そのあまりな美しさに声が漏れ、大口を開けてしまっていた。


「やっとガキらしい顔をしやがったな。綺麗だろ? 星空を一番楽しめるのは、戦場でこうやって潜んでいる時だ」


 ドヤ顔で語る隊長の存在など無視する。

 美しい星空にだみ声は相応しくなかった。


「いつか、この星空の下で死にたいもんだ……」


 茶化すわけでもなく真剣に呟く隊長にちらっと目を向けると、目を細めて夜空を眺めていた。



 当時は理解不能だったが、今になって思い返せば隊長の気持ちは分からなくもない。

 いつか死ぬなら……か。


「回収屋さーん、何しているんですか? 外は寒いですから、早く中へどうぞー」


 現実に引き戻す声がする。

 視線を下げると、宿屋の入り口から声を張り上げて手を振るスーミレがいた。

 開け放たれた扉からは湯気があふれ、食欲をそそる香りがこちらに流れてくる。


「パーティーの準備はできてますよ~」


「外気が寒いから、回収屋さん早く早く!」


 続いて扉から顔を出したチェイリが手招きをしている。

 彼女達の後ろには宿屋の常連や俺の顧客、友人の姿が見えた。


「すみません。お待たせしてしまって」


 早足で駆け寄り、二人に促されるまま店内へと足を踏み入れる。

 温かい室内で顔なじみと一緒に年を越す。こんなに賑やかな年越しは初めての経験だ。

 俺の到着を待ちわびていたようで、全員が一斉にこっちへ顔を向けた。

 遅れてきたお詫びを口にしようとすると、一足早く年明けの鐘の音が街に響く。

 すると、既に飲み始めていたチャンピオンが立ち上がるとジョッキを掲げる。


「回収屋に文句を言うのは後にして、年明けの挨拶するぞ」


 チャンピオンに従い、全員が飲み物を手に取る。

 そして顔を見合わせて小さく頷くと、


「明けましておめでとう!」


 全員の声が揃った。


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