呪いの島
――小説家である私は頼れる仲間達と、禁断の呪われた島へ向かっている最中だ。
これは命がけの冒険となると確信している。
この手記は日記であり資料であり遺書でもある。
無謀ともいえる冒険に付き合ってくれた仲間……。いや、同志を紹介しよう。
まずはリーダーの回収屋。職業は行商人と名乗っているが、底知れない凄みのある男だ。
無数のスキルを巧みに操り、どんな苦境も笑って乗り越える太々しさと実力を兼ね備えている。
そんな彼の隣でぼーっと立っているのは、金色の髪に使い古された暗い色彩のドレスを着込む美しい女性、クヨリ。
言葉少なく感情の起伏が薄いので思考が読めないが、回収屋から聞き出した情報によると『超回復』『怪力』のスキルを所有しているそうだ。
実際に戦う場面を一度見学したことがあるのだが、どんな傷も瞬く間に修復して、一撃で全てを粉砕する力は、この冒険でも役立つことだろう。
船の先端で鞘の付いた剣を杖代わりに潮風を正面から受け止めているのは、リプレと呼ばれている女性だ。
彼女は私が世話になっている宿屋の隣室の客であり、時折姿は見かけていたが今まで接点はなかった。
回収屋のことを尊敬しているそうで、「彼の為なら命を捨てる覚悟がある」と宿屋の一階で酔っぱらっていた時にこぼしていた。ああ見えて、回収屋も罪な男だ。
宿屋といえば店員である、スーミレとチェイリも同行している。
今回の島へ回収屋を誘った際に、クヨリも一緒だと知った二人は同行を申し出てきた。
このような危険な冒険に自ら志願する勇気には感心させられる。
更に謎多き島と聞き参加を希望したのは魔物博士セラピーと、その従者。
セラピーは魔物についての知識が豊富で、私の小説に登場する魔物の生態についての監修を頼んだこともある間柄だ。
無表情で彼女の後ろに立つメイドはアリアリアという。無表情で主であるセラピーに対して時に毒を吐くが、仲は良好らしい。
このような仲間達を引き連れて向かう禁断の島には何が待ち受けているのか。
恐怖を感じないわけではない。しかし、私はどんな苦難が待ち受けているとしても――
「何を書いているのですか?」
船の上で手帳に書き込んでいる小説家に声をかけると、慌ててこっちに振り向いた。
「おおっ、いえ、せっかくの旅ですからね。何か小説の題材にならないかと思いまして。あははははは」
自分の頭をぺちぺちと叩きながら笑って誤魔化そうとしているが、彼の書いていた手帳の文字は確認してある。
「いつから観光地の島が呪いの島になったのです?」
「見られていましたか。職業柄、日常の光景を改変して意味深に書く癖がありまして」
小説家とは厄介な職業のようだ。
今回の目的地は確かに島なのだが、そんな曰くありげな場所ではない。
そもそも、小説家が締め切りから逃げるための逃亡先だったのだが、編集者に事前に察知されてしまい、執事と双子のメイドが何とか足止めをしている間に逃走。
編集の目を誤魔化すために誘っていた我々を引き連れ、何とか逃げ延びた小説家は貸し切りの船に乗り込み、島へと出港した。
今回の旅行は宿屋にいる人の大半を誘ったのだが、都合がついたのがこの面子だけだった。
「もしかして、本当に問題のある島なのですか?」
進路方向に見える島はまだ小さく、普通の目なら点にしか見えないだろうが、『千里眼』を使えば島の全容が見えてくる。
島は自然が豊富で草木が生い茂り、手入れをしている感じではない。見える範囲では人の姿はなく、無人島のように見えるが。
「まさか。保養地として有名な砂浜の綺麗な島ですよ。ねえ、船頭さん」
舵を取っている船の所有者である老人が、目を細め訝し気にこっちを見る。
一度口を開きかけたのだが、もごもごと口を動かしただけで声は発しない。
これは『心理学』を発動しなくても分かる。船頭は今、何かを言い淀んだ。
「はぁー。おめえさん方は知らんのか。この先の呪われた島のことを……」
大きく息を吐き、頭を振る老人。
なんという露骨で意味深な言動だ。
「ちょっと待ってください。今から向かうのは青林の島ですよね?」
「なーに、言ってんだ。この船は闇蛆島行きじゃよ」
「「闇蛆島?」」
予想外の島名に聞き返す俺と小説家の声が重なる。
言葉からして不吉な予感しかしない。
「あの島は呪われておってのう。あの島に足を踏み入れた生きとし生けるものの全ては体が腐敗し腐り果て、蛆の棲み処となるのじゃ」
「「「「えっ?」」」」
同時に聞こえてきた驚きの声は、会話中に俺の背後に忍び寄っていた女性陣だ。
振り返ると顔色が悪い表情が並んでいた。アリアリアとクヨリは相変わらず無表情に近いが。
「あのー、島で楽しい一時を過ごせると聞いたのですが」
「私もそう聞いたんだけど?」
「珍しい魔物に興味はありますけど、呪いや虫は管轄外です……」
「また、死に戻る羽目にならないですよね?」
戦闘力が皆無のスーミレ、チェイリ、セラピー、リプレの四人は身を寄せ合い不安を隠そうともしない。
本当に危険な場所なら、彼女達の身の安全を最優先にしなければならないが。
「で、でも船頭さん。この船は青林島行きの筈ですよね」
「うんや。それは隣におった船だべ。ワシは闇蛆島にしか行かねえよ」
事前に聞いていた話と違う。小説家に全てを任せたのは間違いだったか。
いつもしっかり者の執事が全て取り仕切っている弊害が、こんなこところで露見するとは。
「ど、どうしましょう⁉ 回収屋さん、どうしたらいいですか⁉」
「落ち着いてください。間違えたのなら引き返してもらったらいいじゃないですか」
慌てふためく小説家の肩に手を添え、優しく提案する。
少し落ち着きを取り戻したようで、小説家は何度も頷いている。
「それもそうですね! 船頭さん、闇蛆島行きは止めて戻るか青林島へ行ってもらえませんか」
「それは無理だぁ。海流に乗っちまったから、ここからはどう足掻いても島にしか行けんよ」
言われてみれば、さっきから船頭は舵に手を触れていない。
船のヘリから身を乗り出して海を覗き込むと潮の流れが速く、船が波に乗って動いているのが分かった。
「引き返せないのであれば、島についての情報を分かる範囲で構いませんから、教えてもらってもいいですか?」
「構わんよ。爺ちゃんの爺ちゃんから伝わる話でよけりゃのう。あの島には村があったそうじゃ。昔は自然豊かで栄えておったらしくての。あの島で採掘される鉱石が高値で売れたと言っておったわ」
島の西部が隆起しているので、あそこが鉱山か。
「その村の長は鉱石のおかげで巨万の富を得たのじゃが、それでは満足できんかった。富も名誉も女も手にした村長が次に欲したのは……不老不死」
不老不死の言葉に反応してクヨリの眉がぴくりと動いたが、今は触れないでおこう。
しかし、定番の展開だな。裕福になると誰も彼もが不老を求める。話の村長もその例にもれなかったか。
「不老不死を得る為に村長はありとあらゆる情報を搔き集め、とある方法を知ってしもうたんじゃ。大悪魔と契約する手段をな。我が子である六人の娘を殺害し、死体を蛆の餌とした。娘たちの死体を生け贄として蠅の王を呼び出し……不老不死を得たらしい。その後、村人を惨殺した村長は、今も村に居座っておる。と爺さんが言っておったな」
蠅の王か。それはおそらく大悪魔のことだろう。
確か巨大な蠅と人を組み合わせたかのような姿をしていて、悪霊の王や糞の王とも呼ばれている。異教の神との説もあるらしい。
諸説あり過ぎて、実際のところは不明な点が多すぎる。
悪魔が関わる話は注意しなければならない。実在する悪魔もいれば、人が厄災を悪魔のせいにして架空の悪魔を作り上げる場合もある。
魔王である団長がこの場にいれば、そこのところを詳しく聞けたのだが。
「その話が本当だと仮定すると、それを知った上で船頭さんは人を島まで運んでいるのですか?」
俺の質問の意味を理解した仲間の顔色が変わる。
船頭はそんな危険な島と分かっていながら、人を送り込んでいることになるのだから。
「ああ、そうじゃよ。危険は金になるからのう。おっと、勘違いしなさんな。ワシは騙して運んでおるわけじゃない。こっちもあんな島には近寄りたくはないんじゃよ。だが、危険を承知して行きたがる者がおるから、儲けさせてもらっておる」
「そんな島に行きたがるとは、奇特な人もいるものですね」
「大概は村の長が残した資産目当てか、鉱石狙いの冒険者か商人じゃのう。他には……村の長と同じように生け贄を捧げ、不老不死を願う者か。あんたらは別嬪なおなごを連れておるから、後者かと思ったんじゃがのう」
船頭は意味深な視線を彼女達へ向けている。
そうか、偶然にもこの場には六人の女性が……。
「悪魔と契約した不老不死が居座る呪われた島! そこにやって来た一人の若き男と六人の女。これはいい題材ですよ! 創作意欲がびんびんに刺激されますっ!」
船頭の話を全て手帳に書き込んだ小説家は怯えるどころか、かなり興奮している。
まるで小説のような展開だが、登場人物に小説家本人が含まれていないがいいのだろうか。
「ちなみにこの島に向かった人は戻ってきているのですか?」
「五分五分かのう。ワシは潮の流れが変わる明日の昼までは波止場で待っておるが、それまでに戻ってこんかったら放って帰るからのう」
明日まで待っていてくれるのか。意外と良心的だ。
怯える彼女達をなだめている間に船は波止場へとたどり着いた。
石造りの波止場で所々欠けてはいるが立派なものだ。この島の村が昔栄えていた名残か。
「到着じゃよ。さて、この波止場に居れば安全なのは分かっとる。潮の流れが変わるまでここにおるかい?」
船頭の言葉に従い動かないのが賢明な判断かもしれないが……。
「いえいえ、それはもったいない! さあ、回収屋さん、探検にいきましょう! 新たなネタを探しに!」
興奮している小説家がそれを許してくれそうにない。
俺としても島に興味があるので反論はないが、問題は彼女達だ。
「私は付き合って探索に行こうと思っていますが、皆さんはここで待っていますか? クヨリさん、アリアリアさん、リプレさんが護衛として残ってくださったら安全だと思いますので」
俺を除けばこの面子で一番頼りになるのはアリアリアだ。続いて、クヨリだろう。最後に俺がある程度スキルを売り渡しているリプレ。
この三人がいれば上級ランクの魔物が群れで現れない限りは何とかなると思う。それにリプレには『死に戻り』がある。
「私は回収屋様に同行します。皆様はここでお待ちください」
「一緒に行く」
「申し訳ない。私も回収屋さんと共に行きたいのだが」
おっと、アリアリアとクヨリとリプレは一緒に来たいのか。そうなると話が変わってくる。
「わ、私もついていきます。回収屋さんが守ってくれますよね?」
「小説家さんが、こんなにやる気になっているってことは、この島での出来事を舞台化するかもしれない。……島での出来事を経験しておけば、かなり優位に立てるわよね……。私も行くわ!」
スーミレとチェイリも同行を希望している。
残るはセラピーだけだが。
「もちろん、私も行きますよ! こういう外界と遮断された孤島には未知の魔物がいる可能性がありますからね」
「恋愛にもこれぐらい積極的なら売れ残ることもなかったでしょうに」
「アリアリア、何か言った?」
「いえ、新種の魔物が見つかるといいですね。……恋人の代わりになりそうな」
アリアリアの最後の呟きは聞かなかったことにしよう。
戦闘可能なメンバーは俺とクヨリとリプレとアリアリア。
非戦闘員は小説家とスーミレとチェイリとセラピーか。
丁度半々だな。俺が注意しておけば、これなら何とでもなりそうだ。
「分かりました。せっかく遠出して何もないのは寂しいですからね。皆さんご一緒に探検しましょうか」
全員が船から波止場に降りて、島へと踏み出す。
船頭は止めようとしてくれたが、最後にはあきらめて送り出してくれた。
何があるか分からないので隊列を組んでいる。二列で先頭は俺とクヨリ。次にチェイリとスーミレ。小説家、セラピーを最後尾のアリアリアとリプレで挟んでいる。
伸び放題の雑草が邪魔だが、辛うじて石畳の道が残っているのでそこを進んでいく。
『気配察知』で周囲の気配を探るが、魔物や動物はいるようだが今のところ我々以外の人間は感じ取れない。
「謎の孤島に足を踏み入れた一行の前に、鬱蒼と茂った見知らぬ草花が立ちはだかる! 我々は無事帰還することができるだろうかっ!」
「すみませんが、ナレーションを入れながら付いてくるのはやめてください」
録画機能の付いた〈大いなる遺物〉を構えながら辺りを見回しているアリアリアに、一応突っ込みを入れておく。
「わあー、今ちらっと見えたのは小型の爬虫類系の魔物かな! ねえねえ、アリアリア、あれも撮って! あっ、あの木の上にいるのはっ!」
セラピーさんも楽しそうで何よりだが、緊張感が微塵もない。
背の高い木々が乱立して辺りは暗く、気の弱い者なら怯えて足がすくんでもおかしくない状況だというのに。
石畳に従って進んでいくと、開けた場所に出た。
村の住居があった場所らしく、朽ち果てた木造の建物跡が点在している。
「栄えていたというのは本当のようですね。結構な数がありますよ」
スキルに『登攀』を入れて、原形を辛うじて保っていた石造りの塔の外壁を素早く登り、周囲を見回してみた。
ざっと見ただけでも住居跡は百以上ある。
村の奥の方に屋敷が見えるな。外壁の大半が蔦で覆われているが、屋根や窓ガラスに破損個所がない。
塔のてっぺんから飛び降りて、さっき見た光景を伝える。
全員一致でまずはその屋敷を調べることになり、さっきと同じ隊列で廃村を横切っていく。
「おおおっ! 雰囲気があっていいですね!」
屋敷を見上げた小説家が、猛烈な勢いで手帳に何かを書き込んでいる。
本来は石壁なのだろうが、蔦が絡んでいるので外壁が殆ど露出していない。
「では、内部へ侵入しましょう!」
俺が止めるよりも早く、両開きの扉のドアノブを掴もうとした小説家の手が空を切る。
「へっ?」
小説家の漏らした間抜けな声は、扉の軋む音に掻き消された。
誰も触れていない扉がすっと開き、驚きの余り硬直している彼女達をかばうように俺とアリアリアが飛び出した。
扉の開いた先には屋敷のホールが広がっている。
正面には鮮血の様に真っ赤な絨毯が敷かれ、左手には奥へと繋がる廊下が見えた。
そして右奥には……木製のカウンターがある。
「風で勝手に開いたようです。この内装からして、ここは元宿屋ですかね」
小説家が辺りを見回して、「ほうっ」と安堵の息を吐く。
緊張していた彼女達も同じように肩の力が抜けたようだ。
「うわー、ソファーもふっかふっかですよ」
「家具もうちよりかなり上質な物を使っているわね。でも、ここって本当に放置されていたの? 埃の一つも落ちてないんだけど」
「あっ、本当ですね。これって水拭きの跡じゃないですか」
スーミレとチェイリは宿屋で働いているだけあって、この屋敷風宿屋の矛盾点にいち早く気づいた。
「言われてみれば確かに妙ですな。以前、この島にやって来た冒険者達が掃除をしたのでしょうか。それにしては行き届きすぎていますが……」
腕を組んで小説家が唸っている。
彼女達の疑問に反応して、全員がホールや客室を調べ始めた。
「チェイリさん! キッチンすっごく広いですよ。それに今すぐ使えるぐらい綺麗ですし」
「うわー、うちの数倍は広々しているわ」
厨房を覗き込んでいる二人がはしゃいでいる。
「回収屋さん! 部屋も整頓されていますし、シーツも洗濯したてのように真新しいですよ」
「ベッドもクッションが利いていて、気持ちいいぃ」
近くの客室から飛び出してきたリプレが手にしているシーツは、確かにシミ一つなく真っ白だ。
セラピーは客室のベッドに寝転がり至福の表情を浮かべている。
この宿屋に入ってから大人しいのはクヨリとアリアリアぐらいなのだが、クヨリはホールのソファーに寝そべり虚空を見つめていて、アリアリアは入り口の脇に佇んだままじっとしていた。
そんなアリアリアが俺の横にすっと移動すると、耳元に口を寄せて囁く。
「回収屋様、そろそろいいのではありませんか?」
「そうですね。『演技』解除しますか」
もうしらばくれる必要もないだろうと、俺は右手を掲げると指を鳴らす。
すると、誰もいない筈の宿屋の客室の扉が一斉に開き、中から何人もの人が飛び出してきた。
年齢も性別もバラバラな連中は一目散に小説家へと押し寄せる。
そして、全員で逃げられないように取り囲んだ。
「確保っ! 先生を確保しました! もう逃げられませんよ!」
「げっ、担当編集者⁉ なんでここにっ⁉」
呆気に取られて逃げる発想すら浮かばない小説家の疑問に、担当編集者はニヤリと笑みを浮かべる。
「ここは我が出版社が買い取っている、締め切りを守らない作家を閉じ込める島です。意味ありげな雰囲気を演出して、作家を呼び込み確保拘束するための島。耳を澄ましてみてください、声が聞こえませんか?」
そう言われて黙って耳を澄ますと、微かに声のようなものが響いている。
「あと、三枚ぃぃ」
「校正は嫌だ、校正は嫌だ、校正は嫌だ」
「原稿が赤い、赤い、赤いよぉぉぉ」
「ああっ、オチが思いつかない……。いっそ、登場人物全員殺すか……」
作家の悲痛な叫びと、うめき声。どうやら客室には他の作家も閉じ込められているようだ。
「あの意味ありげな船頭の話は⁉」
「船頭は元役者ですよ。あの話は別の作家が他の作家を騙すために考えた創作話です。元は没ネタだそうですよ。彼も同じように閉じ込められています」
顔面が蒼白になった小説家の背後へと歩み寄ってきたのは、三人の見慣れた従者。彼の身の回りの世話をしている、執事と双子メイドがそこにいた。
「お、お前達もぐるだったのかっ!」
「申し訳ありません。最近、儲けの少ない劇作家の仕事ばかり優先されていますので、収入がかなり厳しい状態でして。我々の給金の問題もありますので」
「「編集者様に協力いたしました」」
執事と双子メイドが深々と頭を下げている。
「小説家がトリックにはめられるとは、不覚! そして、周りは敵ばかりですか。しかし、まだ私には切り札がいます!」
味方がいないことを知った小説家が最後の望みとばかりに、俺に助けを求めた。
俺はニッコリと微笑んで頭を下げる。
「すみません。私もこの計画に加担しているのですよ。前回、画家のお客様と協力して新たな本を出版する際にお世話になったので」
絵で描かれた物語の本を出版する条件の一つとして、この計画を相談された。
俺としては断る理由もなかったので、ここまで知らぬふりをして付き合っていたのだ。
「た、助けてくれー!」
「さあ、完成するまで逃がしませんよ。回収屋さん、ご協力感謝します」
「もろもろ、よろしくお願いします」
連行されていく小説家の後姿に手を振っておく。
これで一件落着だ。
他の人達は状況についていけずに事の成り行きを見守っていたが、小説家の姿が消えると動き出した。
「ええと、私達はこの宿屋に泊まっても構わないのですか?」
セラピーが不安そうにそう訊ねてきたので、俺はすっと視線をアリアリアに向けた。
するとアリアリアはセラピーの後ろに回り込み、その胴に腕を回す。
「ちょ、ちょっとアリアリア。私にはそっちの性癖は……」
「アリアリアにもそんなものはありません。しかし、油断しきっている腹ですね。前よりも太ったのではないですか」
「そ、そんなことはないわよ!」
「まあ、それはどうでもいいのです。胸腹駄肉は今から、小説家様の隣の部屋でお仕事があります」
「えっ、ど、どういうこと⁉」
状況が把握できずに暴れているセラピーをがっしり掴んだまま持ち上げると、小説家の後を追うようにアリアリアが運んでいく。
「魔物の飼育代を稼がなくてはいけません。なので、今から魔物の資料集を書いてもらいます。頑張って稼いでくださいね」
「えっ、あの、えっ?」
「契約は既に交わしていますので安心してください」
戸惑ったまま客室に消えていくセラピーとアリアリア。
アリアリアもまた協力者の一人だった。
二人は完成するまでこの島から出られない。
残されたのは俺とスーミレとチェイリとリプレとクヨリの五人。
「我々は当初の予定通り三日ほどここで過ごしてから帰りましょう」
「お二人には気が引けますが、せっかく来たのですから楽しませてもらいます」
「そうよね。うちの母さんが珍しく快く送り出してくれたんだし」
スーミレとチェイリが気持ちを切り替えて観光する気になっている。
「あー、そのですね。女将さんから伝言がありまして。二人はこの宿屋を手伝うように、とのことです」
二人が笑顔のまま凍り付いた。
この宿屋は女将さんの知り合いが経営していて、いつもは少人数の従業員でも事足りるのだが、今回は我々が来たことで一気に人が増えて人手不足に陥っている。
そこで彼女を派遣した、ということだ。ちなみに前金で彼女二人の給料は支払われているそうだ。
「そ、そんなー。孤島での休暇は……」
「だから、忙しいのに母さんが許可したのね! 怪しいと思っていたのよ!」
泣き言と文句を口にする二人が、この宿屋の従業員に連れ去られていく。
最終的に残ったのは俺とリプレとクヨリだけ。
「皆さんと遊べないのは残念ですが、我々だけでも楽しみましょう」
「回収屋と一緒なら問題ない」
そう言ってくれる二人に俺は優しく微笑みかける。
「ありがとうございます。では、一緒に鉱山を探検しに行きましょうか。この季節でも洞窟は涼しいですからね」
二人を連れ出して鉱山へと向かう。
――杭の国の国王からの依頼を果たすために。
本来の目的地である鉱山は毒ガスが発生していて危険な状態だが、『不死』と『死に戻り』がある二人なら役に立ってくれるだろう。
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