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無能者の村

 のんびりと街道を歩いていると向こうから馬車が近づいて来た。

 二頭立ての馬車で荷台は大きく幌はついていない。御者席には二十代の男女。荷台には小さな男の子が座っている。

 この一行は、おそらく家族だろう。

 多くの荷物を積んでいるのだが、その大半は家財道具のようだ。


「旅人さん……じゃないか。その背負っている大きな荷物からして行商人かい?」


 少し手前で馬車が止まり、人の良さそうな御者の男が話しかけてきた。


「はい。街や村を巡っています。皆さんは引っ越しでしょうか」


 そう訊ねると御者席で二人が顔を見合わせ、寂しげに笑う。

 やはり、訳ありか。

 このご時世で生まれ育った場所を家族で引き払うというのは、かなり覚悟のいる行動だ。


「ええ、家族全員で生まれ育った村を出て引っ越しを」


「何か込み入った事情でも?」


 こういう場面で赤の他人の事情に深く踏み入るのも失礼な話だが、もう二度と会う事のない相手だからこそ気楽に話せる内容だってある。

 魔物や山賊の襲撃や何かしらの厄介事なら事前に知っておきたい。そう思う旅人や行商人は多い。


「まあ、そうですね。私達の家族は村に居られなくなったのですよ。とても平和で素敵な村だったのですが」


 若い夫婦が視線を合わせ微笑み、男の子に振り向く。

 大人達の顔は若干の憂いを帯びている。

 子供が原因で村を追い出された、もしくは居づらくなった、そう考えるべきか。

 この家族が犯罪を起こすようには見えない。これ以上の詮索はやめておこう。


「行商人さんはこの先の村に立ち寄るのですか?」


「はい、その予定ですが」


「そうです、か。お一人で旅をしているということは……歓迎されないかもしれませんが、あまり気になさらないでくださいね」


 妙なことを口にした。

 一人旅が歓迎されないとはどういうことだろうか。


「それはどういう」


「いえ、本当に気になさらないでください。行商人であれば受け入れてくれると思いますので。では、これで」


 それ以上は触れて欲しくなかったのか、手綱を振るい馬車が動き出す。

 無邪気に手を振る男の子に笑みを返すが、頭にはさっきの言葉が残っていた。

 何を言い淀んでいたのか非常に気になる。

 大陸のこの方面には滅多に足を運んでいなかったので情報に疎く、彼が何を言いたかったのか予想もつかない。

 本来は村に立ち寄らず、その先の街まで全速力で駆けていくつもりだったのだが……予定を変更して行ってみるか。


 分岐路に差し掛かると(わだち)が残っていた方の道を進んでいく。

 あれだけの大荷物を載せた馬車だったので見間違えることはない。

 村へと続く道にしては意外にも整備されている。

 大きな石は取り除かれ地面に凹凸も殆どない。

 明らかに人の手が加わっている。大きな村なのだろうか。

 この国に入ってすぐに手に入れた地図を取り出して目を通す。

 地図にはこの道も村の記載もない。小規模な村も書き込まれているできるだけ詳細な地図を購入したのだが。


「新しい村なのでしょうか、それとも何か」


 御者の言葉を信じるなら生まれ育った村、と言っていた。少なくとも二十年以上はそこにある村のはずだ。

 彼らの様子からして物騒なことにはならないとは思うが気を緩めないでおこう。

 暫く進んでいると視界に石造りの壁が見えてきた。

 高く長い壁。切り出した岩を丁寧につなぎ合わせて作り上げている。

 村を囲う壁にしては立派だ。普通は丸太を突き刺して並べるか、木の柵程度なのだが。

 門扉も金属で補強された木製の両開きで堅牢なつくりをしている。


「魔物の襲撃が多いと考えるべきでしょうか。裕福という線もありますね」


 どちらにしても期待できそうな村だ。

 門番らしき男達は槍と革鎧で装備を固めている。


「こんにちは、この村に何か用かね」


 警戒はしているが穏やかな物言いだ。

 鍛え上げられた体をしているな。それも農作業ではなく武の鍛錬を繰り返した筋肉の付き方をしている。

 村の門番は普通なら村人が交互に担当するものなのだが、この人達は専属でやっているのかもしれない。


「行商人をしています。この村で商売をさせていただければと思いまして」


「おー、商人か。しばし待たれよ。村長を呼んでいるのでな」


 村に入る許可を直接村長が出すのは珍しくもない。待つ間が暇なので雑談でもして情報を引き出すか。


「分かりました。しかし、立派な壁と門ですね。外敵が多いのでしょうか?」


「他の村と大差ないと思うぞ。だが万が一に備えて村の者達が協力してこの壁を作り上げたのだ。うちの村は皆、努力も苦労もいとわぬ働き者ばかりだからな。できてからまだ三十年にも満たない村だが立派なものだろう」


 語る門番が誇らしげだ。

 こんなに立派な壁を村人が総出でやったのか。本当だとしたら大したものだが。

 開かれている門の向こうを観察してみると何処にでもある村の風景。他と比べて異なる点をあげるとすれば、雰囲気が良く活気があるところか。

 畑仕事をしている者も、壁の修復をしている職人も、商店らしき店先にいる威勢のいい店員も皆が笑顔で仕事をしている。

 一見は理想郷のような村なのだが、一つだけ他の村とは違うソレを発見して思わず目を見張った。

 見える範囲の村人全員の確認をしたのだが、間違いない。

 この村の人は――


「お待たせしました。ようこそ、無能者の村へ」


 穏やかに微笑む白髪と口髭が印象的な村長らしき男が、俺の驚きを読み取ったかのように村の名を口にした。

 そう、さっき確認した村の住民は無能者。つまりスキルを一つも所有していない。


「無能者の村ですか」


 今回ばかりは『演技』を発動せずに少し驚いた声を出す。


「やはり、ご存じなかったようですね。我が村を知って立ち寄る者は無能者ぐらいですから」


 なるほど。今になって御者をしていた男と交わした言葉の意味を理解した。

 一人で旅する俺が無能者なわけがないと思ったのだな。


「あなたも他の方々と同じように差別されて引き返しますか?」


 口調は柔らかいが瞳には強い意志を感じる。


「いえいえ。ご迷惑でなければ商売をさせていただきたいのですが」


 元々、無能者に対して偏見は持ち合わせていない。

 今は亡き無能者の友人には尊敬の念を抱いているぐらいだ。


「おや、あなたは変わった方ですね。嘘ではなく本心で仰っているようだ。もしや、スキルを所有されてないのでしょうか?」


「幾つかスキルはあります。スキル証をご覧ください」


 手渡すと書かれているスキルに目を通している。

 そこには『聞き耳』『計算』『体力』とある。これは能力を偽装したスキル証の内の一枚だ。


「才能に恵まれていらっしゃるのですね」


「幸運なことに……。すみません、失言でした」


「謝る必要はありませんよ。この村の住民はスキルの有無で相手を羨んだりはしませんので」


 そう言って大きく一度頷く村長。

 それは自分達を卑下するものではなく、むしろ誇っているかのようだ。


「もしよろしければ、商売の前に村を案内しましょうか」


「お願いできますか」


 もっとこの村について知りたくなったので、甘えさせてもらうことにした。





「住む場所を失った無能者が、身を寄せ合い共に暮らし始めたのが村の成り立ちです。無能者であるというだけで差別の対象となり、能力に大差がないというのに辛い仕事を押し付けられる」


 村を回りながら語る村長は眉根を寄せて頭を振っている。

 無能者の立場に思うところがあるのだろう。

 特にこの国では無能者の立場が低く、数十年前に無能者を強引に徴兵して過酷な前線で無理に戦わせた将軍がいたらしい。


「そういった差別が一切ないのがこの村の自慢です。人は生まれ持ったスキルにより優劣が決まります。ですがスキルを持たぬ者は皆、同じ場所から始まるのです。差別も格差もない対等の条件。自分の努力次第で未来が変わる、とても素敵なことだとは思いませんか」


 問いかけに対して黙って頷く。

 俺も友人の生き様を見て思うところがあった。

 スキルの優劣は本当に必要なのかと。


「努力は報われなければなりません。ここでは幼い頃から無償で教育を受けられ、能力に応じて未来を選択できるのです。親が農業をしていても職人になることが認められ、その逆もしかりです」


 世の中の殆どの子供は親の跡を継ぐ。稀に家を飛び出し違う道を歩む者もいるが大半は同じ道を進む。

 特に村では職業選択の自由は殆どない。特に無能者には厳しい世の中だ。

 この村のやり方は理想的と言ってもいいだろう。


「素晴らしい考えだと思います。しかし、疑問があるのですが」


「何でしょうか」


「無能者以外の人が村人になりたいと訪れた場合はどうされるのです?」


 この村の考えに共感するスキル所有者もいるはずだ。

 現に俺も惹かれるものがある。


「その場合は申し訳ないのですが、お断りさせていただいています。スキルを持つ者が一人でも入ってしまえば、そこで差別と区別が行われます。悲しいことですが」


 言いたいことは理解できる。

 この村はスキル所有者がいないことで成り立っているのだ。他の村や街と逆で所有者が異物として差別されかねない。それを危惧しているのか。


「では村で生まれた子が無能者でない場合はどうなるのです」


 村長が一瞬だけ横目で俺を見た。

 何の感情もない冷静な瞳で。


「その場合、残念ながら他の村や街に移ってもらうことになります。ですがご安心ください。スキルを持たぬ者同士が結婚した場合、スキルを持って生まれる子は稀なのですよ」


「なるほど」


 無能者について調べたことがあるので、今の発言が事実であることは知っている。

 だがそれはあくまでも稀であり、確実ではない。無能者同士の子にもスキル所有者が産まれる可能性はあるのだ。

 この街に来る途中で会った馬車の一家は息子が能力者だったのだろう。

 子供だけを追い出すわけにはいかず家族は村を後にした。

 本来ならスキル所有者が産まれれば家族そろって祝うのだが、皮肉なものだ。


「ここは無能者たちの理想であり続けなければなりません。虐げられた者がたどり着く最後の場所がここなのです」


 崇高な考えだと思う。大方は同意する。

 だが、あの家族のことを思うと称賛はできない。

 でもこれでいい。完璧な規律と誰もが羨む歪みのない理想郷なんて何処にもないのだから。


「我々の考えは間違っていると思いますか?」


「私は一介の商人に過ぎません。難しいことは分かりかねます。ただ、一つ言わせてもらうなら……。無能者を差別する村があるのですから、能力者を差別する村があってもいいのではないでしょうか」


「差別ですか。そう、ですね」


 俺の言葉にはっとした村長が腕を組み、考え込んでいる。

 あえて指摘するようなことではなかったか。


「すみません、部外者が過ぎたことを申しまして」


「謝らないでください。貴重なご意見として心に刻みます」


 話の分かる村長でよかったよ。

 正しい事をしていると信じている者は正義に酔い、人の言葉に耳を貸さずに反論を許さない者が多い。

 他の村人の前で同じ事を言ったら、同じように納得してはくれないだろう。

 この村長だからこそ柔軟な対応ができる。

 その後は村の広場で香辛料や娯楽の道具を売り、得た収入でこの村唯一の宿屋で一晩を過ごした。

 翌朝、村の門の外まで村長が見送ってくれた。


「よろしければ、またいらしてください」


「是非に。ところで村長さんは独り身のようですが結婚のご予定は」


 別れの挨拶の途中で質問を投げた。

 村長は老人一歩手前の年齢でありながら独身なのはかなり珍しい。

 特に地位のある村長という立場となると希少だ。


「あいにく縁がありませんで。気がつけばこの年齢ですよ」


 僅かな動揺を隠して笑ってみせたか。


「そうそう、一つご忠告をしておくのを忘れていました。無能者を虐待して兵として使い捨てにしていた将軍が、近くに潜んでいるとの噂を耳にしました。お気をつけください」


 村長の目がすっと細くなる。


「将軍ですか」


「ええ、確か一人息子が十歳になった日に子供と姿を消したそうですよ」


「そう、ですか。ご忠告感謝します」


 それ以上は言う必要もないので、小さく頭を下げて村を後にする。

 無能者の村だというのに村長には『隠蔽』『鑑定』『指揮』『威圧』『剣術』があることも、スキル所有者を排除している理由が高レベルの『鑑定』に目覚める可能性を危惧して、だとしても俺には関係ない。

 過去はどうであれ無能者がこの村を必要としているなら、それでいい。

 背後から村長に向かって「父さん」と呼ぶ男の声が微かにしたが、俺は振り返らなかった。



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