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王として

 この大陸の中心に位置する大国、杭の国ケヌケシブの王となる者には、王位継承前にとある儀式が義務付けられている。

 それは杭の国と呼ばれる由縁にもなった、古代文明の時代から天に向かってそびえ立つ、白く輝く塔の攻略だ。

 王候補者は一人の同行者と共に塔を登り、祭壇が設置されている目的の場所までたどり着けばいい。

 この儀式は歴代の王候補が何人も命を落としている危険なもので、挑むだけでも勇猛な王子だと国民からの称賛を浴びる事となる。

 塔の内部は王族と一部の者しか知らず、王を鍛える為に凶悪な魔物が徘徊し、罠も張り巡らされている、と国民の間でまことしやかに囁かれていた。

 塔攻略の前日は国中がお祭り騒ぎとなる。

 王城のバルコニーから王候補が堂々と宣言し、国民に送り出され旅立つ。


「王位継承おめでとうございます」


「気が早いよ、回収屋さん。この塔を攻略後に正式な手続きを踏んで、王位を継ぐ事になるんだ」


 一歩前を進む王子が肩越しに振り返り、訂正を入れてくる。

 進路方向には先端が雲を貫く塔がそびえ立つ。

 この場に二人しかいない。王子が塔の攻略の同行者として選んだのが俺だからだ。


「快く引き受けてくれて助かった。断られていたら近衛騎士団の隊長か、レオンドルドを雇う予定だったからね」


「チャンピオンですか。あの人は気まぐれですから、断る可能性も高いと思いますよ」


 面白そうな事には頼まれもしないのに首を突っ込むが、興味がない事にはどんなに金を積まれようが、権力を振りかざされようが、決して頭を縦に振らない。


「それは回収屋の口利きを期待していたのだが。……この情勢では万が一の失敗も許されないのでね。万全を期して望みたかったのだよ。耳ざといキミなら承知だとは思うが、ある国の情勢が胡散臭い事になっているんだ」


「女王様の隣国ですか?」


 裸を頭につけそうになったが、ぐっと堪える。


「さすがだね」


 やはり、その話か。

 情報屋のマエキルと眠り姫から情報は得ている。


「元々は無能な王が治める独裁国だったというのに、最近は隣国の軍事国を制圧して他国にも、ちょっかいを掛けている最中でしたか」


「ああ、そうなんだよ。王は宰相の傀儡だったのだが軍事に口を出すようになり、抵抗勢力は全て力により制圧。宰相すら処刑されたそうだ」


 きな臭い国だったので情報収集ついでに何度か訪れた事もあったのだが、あの国の住民の大半は洗脳されていて、王を神聖化していた。

 実際の王は肥え太った脂肪の塊で、唯一所持していたスキルは高レベルの『食欲』だけという、王の器ではない男。


「宰相は小物で権力を思いのままに操る事にだけ執着していたので、さほど害はないと放置していたら、まさかこのような事態になるとは。王がその本性を偽っていたのか、もしくは王を操る別の者が現れたのか……」


 額に手を当て大きなため息を吐く、王子。

 その答えは後者である事を知っているが、黙っておく。

 傀儡の王の後ろで糸を引いているのは……姉だ。

 王の隣には常に美しい女が控え、口を出すこともなく常に微笑んでいる。家臣がその女の事を詰問すると即座に処刑されるらしく、今では誰もが口を噤んでいるらしい。

 その女の外見が見事なまでに姉と一致する。隠す気がないのか気にも留めていないのか。

 何を企んでいるのかは不明だが、ろくな事ではないのは間違いない。


「新たな妾が王を誑かしているという噂もあるのだが……」


 話の流れが怪しくなりそうなので話題を変えるか。


「そういえば、婚約されたそうですね。おめでとうございます」


 心を読める王子と、常に裸に見える女王が婚約を発表したのは数か月前になる。

 長らく独身を貫いていた者同士の婚約に、両国民は心から祝福していた。


「ありがとう。スーミレに心を奪われておきながら、あっさりと心変わりをした私を情けないと思うかい?」


「いえ、そんな事はありませんよ」


 王子が宿屋で働くスーミレに惚れていたのは知っていたが、身分の差という大きな壁がある。


「政治的判断がなかったとは言わないが、彼女の心根の可愛さに惚れたのもまた事実なのだよ。それに王として勝てぬ勝負を挑むわけにはいかない。引き際の判断も王として必須な才能だからね」


 そう言って、少し寂し気に微笑む。

 王子が何を言いたいのか理解したうえで、俺は黙って足並みをそろえる。


「塔の内部についてなのですが、どの程度ご存知(ぞんじ)ですか?」


「何層にもなっていて、一階から三階までは足を踏み入れた事がある。そこで祭儀が執り行われる事もあるからね。そこから上は未踏だ。目的の祭壇は十階にあるとは聞いている。途中の階層には王の力を問うガーディアンが配置されている」


「なるほど」


 頷いて見せるが、実は全て把握している。

 この継承の儀式でもある塔攻略には――毎回俺が付き添っているからだ。

 現王も先代も、その前も、更に……代々、俺が同行している。

 今回も王子に頼まれなくとも、事前に王から依頼を受けていた。

 塔の内部も途中までなら知り尽くしている。

 無許可で中を探索したこともあり、五十階までは問題なく上れたのだが、その先はどうやっても進むことができなかった。

 不可視の壁が存在し、力でもスキルでもそれを破壊できなかった。いずれ、アリアリアを誘ってここの塔を攻略する予定だ。


「ちなみに武芸の方は?」


「スキルが見えているだろうに。『剣術』『見切り』『格闘』ぐらいは所有しているよ」


 レベルも低くない。おまけに相手の心が読める『精神感応』があれば、対人でなら格上の相手にも勝てるだけの技量はあるか。


「それだけあれば普通は問題ないのですが、ここは少々特殊ですからね」


「確か心を持たぬ人形が配置されているとか」


「そうですね。古代人の作り出したゴーレムがいると耳にしました」


 塔内部には俺の知る限りでは生物が存在しない。

 三階までは安全なのだが、四階から上は多くのゴーレムが彷徨っている。

 問題なのが破壊しても同じような個体がまた生み出される仕組みになっている事だ。

 先々代の王候補と同行した際に各階のゴーレムを全て粉砕したのに、先代の王候補と挑むと同じ個体が平然と現れた。


「王家と一部の関係者のみが知る情報なのだが、よく知っていたな」


「秘密は漏れるものですからね。知る方法は幾らでもありますよ」


 意味ありげに見えるように微笑む。この目で見てきただけなのだが。

 塔の一階から三階までは兵士達もいるので、争い事もなくそのまま通される。

 四階へと続く扉が開き、俺と王子はその中へ足を踏み入れた。


「このようになっていたのか……」


 無駄に広々とした空間には何もなく、はるか先の壁際には五階へと繋がる階段が存在している。

 塔内部を見回しながら歩を進める王子。

 数歩先にある床が突如光を発する。


「ほう、ガーディアンのお出ましか」


 腰に携えていた剣を抜いた王子が、堂に入った構えを取る。

 正統派の剣術を習った者の基本通りの型か。

 床からあふれ出した光が消えると、そこには白い人型のゴーレムがいた。

 体の部位は四角柱で関節部は球体で繋がっている。

 この塔で最も多い最弱のガーディアン。それも武器を手にしていないタイプだ。


「私がやりましょうか?」


「ここは任せてもらおうか。父とは違い、腕には自信があってね。危なくなったら手を貸してくれると助かる」


 父と違い、か。

 一瞬だが眉根が寄ったな。


「承知しました」


 スキルだけでは判断できない身体能力を見極めさせてもらおう。

 先代は運動神経も酷かったからな。人柄しか取り柄がなかったが、今度の王候補はどうだ。

 鋭い踏み込みと同時に、細身の剣を相手の胸を目がけ突き出す。

 カンッ、と硬い物がぶつかった音がして、王子の剣が弾かれる。

 ガーディアンの胸元には傷の一つもない。鉄よりも固い素材なので、あの程度の威力では貫けなかったようだ。


「なんとっ、これほどまでに硬いのか」


 驚きを隠せない王子に今度はガーディアンが襲い掛かる。

 操り人形のような外見に相応しくない機敏な動きで迫ると、左拳を突き出した。

 それをギリギリで躱した王子だったが、体勢が崩れたところに体を半回転させたガーディアンの回し蹴りが側頭部を刈りに来る。

 このままでは当たると判断した俺は間に滑り込むと、掌底を腰に叩き込み吹き飛ばす。

 地面を派手に転がり動きが止まったガーディアンは光の粒子となって消え去った。


「どうやら、破壊力が足りないようですね。これ使います?」


 俺は背負い袋から先端に鉄塊の付いたメイスを取り出した。

 こういった敵は鈍器の方が適している。


「……借りるよ」


 受け取ったか。先代は初めから戦う気がなかったので無理やり戦わせたら、泣きながら「助けてくれ」と叫んでいた。

 今回の王候補は骨がある。

 この儀式は王となる者を再教育する目的もあるのだが、今年は楽できそうだ。

 戦闘に足りないスキルを幾つか売り、戦闘についてのアドバイスをする。

 複数の敵が現れた時は手伝ったが、王子は基本一人で対処している。立派なものだ。先代は……例えるのも失礼な話か。


「しかし、この塔は何なのだろうな。大昔、古代人が作ったと言われているが、その目的は不明。杭と呼ばれている事しかわからぬ」


 メイスが手に馴染むように素振りをする王子が、そんな疑問を口にした。


「国の王子様に私が語るのも滑稽ですが、元々ここは荒れ地で、古代の技術により豊潤な大地へと生まれ変わった。その装置がこの塔である、と」


「その噂は耳にしたことがある。あとは邪悪な存在が地中深くで眠っており、この巨大な杭を突き刺し封印している。という説を司祭やらが熱心に押しているな」


 口元を歪ませ皮肉めいた発言をする。王子はその話を全く信じていないのか。


「それが本当であれば、壮大な物語がありそうですね。知り合いの団長や作家が飛びつきそうなネタですよ」


「その者達を一度、大司教に会わせてみるのも面白そうだ」


 そんな軽口を叩いていると、新たなガーディアンが姿を現す。

 今度こそはとメイスを手に向かっていく新たな王候補の背を見つめ、健闘を祈った。





 五、六、七、八、九階を予想よりも早く攻略していく。

 軽く二か月は覚悟していたのだが、まだ二週間程度だ。五階、六階は戦闘技能が必須で、七、八階は謎解きがメインで知恵を必要とする。

 そして九階は仕上げとして両方を組み合わせているのだが、難なくこなしているな。

 先代はここまで来るのに半年かかったのに……。この国の未来は明るいようだ。


「ふぅ、ここまでお付き合い、ありがとうございました」


「いえいえ。よく頑張りましたね」


 深々と頭を下げる王子。

 こんな姿を国民や配下の者に見られたら大事になるな。

 二週間の間に彼の中で俺の地位が向上したらしく、尊敬に値する人物だという評価になっている。

 俺に対する口調まで変わってしまった。


「先代はかなり苦労されたのですが」


「父と一緒にしないでください。私は国民の為に今よりもより良い国にしてみます」


 自信にあふれる宣言だ。

 ここでの日々で以前より逞しくなり、王の風格も出てきた。

 二週間を共に過ごして分かったのだが、王子は父を尊敬していないどころか蔑んでいる。

 才能のある自分と目立つところのない人柄だけが取り柄の王を比べたら、そう思うのも無理はない。

 現に国民から王への評価は、歴代の王に比べて目立つところのない凡庸の王。

 次代の王候補である王子の才能に期待が集中していて、早く王位を継がないかと国民の大半が思っている事だろう。


「この扉の先に祭壇があるのですね」


「そう、ですよ」


 ここまでの苦労を思い出したのか、拳を握りしめ感慨深い表情をしている。

 俺はこの先に何があるのかを知っているので、心境は複雑なのだが。

 扉を押し開くと、そこは灰色の空間だった。

 天井も床も壁も灰色で統一されていて、中心部には円形の巨大な台がある。王達が祭壇と呼んでいる物だ。

 その祭壇を取り囲むように石像が等間隔に並んでいる。

 石像が祭壇を一周するには数が足りずに、三分の二程度しか囲めていない。


「これは精密な像ですね。まるで生きているかのようだ」


 一番手前にあった石像に近づき、その精巧さに感嘆の声を上げている。

 王子はその次の像、また次の像へと移動していくうちに足が止まり、石像の顔をじっと覗き込んだ。


「この顔は肖像画で見た事がある……。歴代の王達の像なのか。なるほど」


 ここに並んでいる石像は、杭の国ケヌケシブ歴代の王達に瓜二つの外見をしている。

 彼が王位を継げば次に並ぶのは今の国王となるだろう。


「偉大なる祖先の前で王となる事を誓うのか」


 感動を覚えた王子は、立ち並ぶ石像の一体一体の前に移動しては頭を下げていく。

 残り一体の前に立った王子は見覚えある顔を確認して、その石像に手を伸ばした。


「やはり、お爺様もいらっしゃいましたか。幼少の頃なので記憶が薄れてはいましたが、この頬の傷と目元は覚えています」


 感慨深げに呟く王子だったが、「えっ」と言葉を漏らすと、その場から後退る。

 祖父の石像に触れていた手が小刻みに揺れ、もう片方の手で顔面を押さえた。

 指の合間から見える顔色は蒼白で、血の気が失せている。


「ど、どういう事だ……。お爺様の声が何故聞こえる!」


 髪を振り乱して俺を凝視する王子。

 意表を突かれ、衝撃に正気を失いかけている。


「落ち着いてください。というのも無理な話でしょうが説明は必要でしょう」


「お爺様が「回収屋よ、久しいの」と言っているぞ! 何故、お爺様は、回収屋の事をし、知っているっ! それに、お爺様はどうして石像にっ!」


「それは私が代々、この国の王位継承の儀式に付き合ってきたからですよ」


 更なる衝撃に開いた口が塞がらないようで、動きが完全に止まった。

 彼に自分が数百年生きている事、実は王家に深く関わってきた事を全て明かす。


「完全に納得した訳ではありませんが、そこはいいでしょう。ですが、何故お爺様が石像に」


 少しは冷静になったようで、言葉が穏やかになった。


「塔に入った初日に交わした雑談を覚えていますか? この塔についての噂話を」


「ああ、覚えている。塔が荒れ地を豊かにしたという話と、邪悪な存在を封じている杭だという……まさか、そのどちらかが本当の話だというのか?」


「ええ。正確にはそのどちらも本当の話なのですよ」


「なっ⁉」


 王子は今日だけで何度驚愕する事になるのか。

 言葉も出ないようなので話を続ける。


「大昔、ここには邪悪なる存在が眠っていたそうです。それが魔王なのか邪神なのか、はたまた別の存在なのかは不明ですが。それを古代人たちが封印するためにこの塔を作り上げたのですよ。この塔は巨大な魔力浄化装置になっていまして、邪悪の存在から少しずつ魔力を吸収して、それを有益な魔力へと変換したのです」


 『気配察知』を最高レベルで発動すると、塔の地下に蠢く強大な何かを感じられる。

 それはあまりにも黒く、あまりにも深く、あまりにも淀んでいた。

 『直感』が関わるべきではないと最大級の警戒音を発するぐらいに。


「魔力の豊富な土地は農作物の育ちが良く、人も魔力の影響で身体能力が僅かながら向上するというが……」


「それですね。ここは他の土地に比べて魔力が豊富なのは、ご承知でしょう」


 噂話には何の根拠もないほら話も存在するが、事実に基づいたものも多い。

 前者の噂は時が経つにつれ忘れ去られるが、後者の場合は語られ続ける。


「この国の初代王は古代人と契約をしたのですよ。代々、この杭……つまり古代人の装置を守り続ける代わりに、この国に富みを授けようと」


「……百歩譲ってそうだとしよう。それと石像となったお爺様は何の関係があるのだ」


 納得をしているとは言い難いが、感情を押し殺して話を促している。

 ここで取り乱さないだけでも、立派だと思うよ。


「この祭壇は契約の場なのですよ。後を継ぐ契約をした者は三十年以内にこの場に戻り、この装置の制御装置となる。そして次の代がやってくるまで、塔と精神を一体化させて邪悪の存在を復活させないように、魔力を汲み上げ続けるのです」


「もしや、私が王位を継いだら父上は……」


 最悪の予想が頭をよぎったのか、今にも泣き出しそうな弱弱しい顔を俺に向ける。

 ここで嘘を吐く気もないので、重々しく頷いた。


「ここで石像となり、装置を維持し続けるだけの存在になります。先代はその時、役目を終えて解放されますよ。どうやら三十年以上は人の精神を保てないらしく、最長三十年契約みたいですね」


「回収屋は……。それを知っていて手を貸しているのかっ!」


「はい」


 即答すると同時に王子が剣を抜く。

 警戒するのも無理はない。


「先代の声を聞いてみてください。私は皆さんに頼まれて同行しているにすぎません。なので強要する事はありませんよ。契約をするのも断るのも貴方の自由です。私は決断を見守るのみです」


 両手を上げて抵抗しない意思を示す。

 祖父の声が聞こえたのか、王子は剣を下ろした。


「嘘は言っていないようですね。申し訳ありません。……私が契約をしなければ、どうなるのですか」


「この地の魔力が尽きて大地が荒れ果て、邪悪な存在が解放されるだけでしょう」


 事実だけを語る。

 言葉を失った王子は、床をじっと見つめ考え込む。


「歴代の王候補の中には、それを知って辞退した者も少なくありません。現国王は六人兄弟の末っ子なのはご存知ですよね」


「あ、ああ……。不幸な事故や、この試練の途中で亡くなったと聞いているが……もしや」


「全員、辞退されたのですよ。皆さん、遠い地の隠れ里で何不自由なく静かに暮らしています。そこへの送迎も私が担当なのでご安心ください」


 この秘密を知って王子は動揺し、尻ごみをしている。

 三十年もの間、石となってここで生き続けなければならない。その恐怖に耐えられる者は僅かだ。

 代わりに別の人を生け贄にすればいいと提案した候補者もいたが、それは適用されない。

 契約した先代の血を濃く受けた者にしか権利はなく、契約した者が王位に就かなければ塔は動きを止める。


「私はずっと父を……威厳もなく武の才能もなく、王として相応しくないと蔑んでいた。だけど、父はこの契約を受け入れたというのか」


「お父様に迷いはありませんでしたよ。才の(とぼ)しいこの身が国民の糧になるのであれば、こんなに嬉しい事はないと」


「っく……」


 震える手を強く握りしめた王子だったが、その視線は床に向けられたままだ。

 この選択を迫る際に王から頼まれていた、もう一つの依頼内容を口にする。


「王からの伝言です。逃げても一向に構わぬ。己の人生だ、悔いのないように生きるように。との事です」


「父、さん……」


 どれだけの時間こうしていたのか。

 震えが止まった王子は顔を上げると、自分の意思を口にした。





 王位継承の儀式を無事終えた王子を、国民の大歓声が迎え入れる。

 あの後、王子は契約を交わし王となる事を決めた。正式な王位継承の手続きは数年後になるが、これで王子が跡を継ぐことが決定した。

 その際に彼はもう一つ契約を交わした――この俺と。


「回収屋さん。無理なお願いだとは思いますが、この塔の秘密を暴いていただけませんか。地下に眠る邪悪なる存在を滅ぼす方法でも、王を捧げなくてもこの国を守る方法でも構いません! 父の期限は後三年あります。それまでに何とかなりませんか!」


 懇願する彼に俺は一度頷いた。

 全力は尽くすと、伝えて。

 依頼料は幾らでも払うとの事だったが、それは受け取るわけにはいかなかった。


 「三十年かかっても構わない。息子が石像にならずに助かる方法を必ず見つけ出して欲しい!」


 と父である王から頼まれ、既に前金をもらっていたから。


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