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ギャンブラー

 大きな仕事が片付き、一週間ぶりに拠点としている街へ帰ってきた。

 陽が落ちてから少し経過しているので、今頃は宿屋の一階も夕飯時を過ぎて空いている時間帯だ。

 酒飲みが数名残っているぐらいで、席も空いているに違いない。

 夕飯を楽しみにしながら宿屋の扉を押し開くと、歓声と絶叫が津波のように押し寄せてきた。

 珍しいな、酔っ払いが騒いで喧嘩でもしているのか。この宿屋で暴れる無謀な連中がまだいたとは。


 常連客にはチャンピオン、その友人のコンギス、その他にも顔なじみの腕利き冒険者が多数いる。揉め事が起こると率先して彼らが排除してくれるので、この宿屋で暴れるバカは殆どいないはずなのだが。

 知らずに問題を起こす者は、新米の冒険者や一見さんぐらいだろう。

 食堂の中心に人だかりができている。この時間帯にしては人が多い。

 おや、チャンピオンもいるな。腕を組んで唸っているだけなので、喧嘩というわけでもないようだが。


「くそおおおっ、また負けたっ!」


「だから、止めようっていったのに! どうするのよ、今日の儲けが全部なくなっちゃったじゃないの」


「今日はついているようですわ」


 人垣の内部を覗き込むと、そこには向かい合う二人の男女がいて机の上にはカードが散らばっている。

 絶叫の主はがっしりとした体には不釣り合いな、幼さの残る顔をした青年セマッシュだった。隣で怒りながらも心配そうに見つめているのは、幼馴染で魔法使いのサーピィ。

 丸い机を挟んだ対面側にいるのは初めて見る顔だ。


 床につきそうなぐらい長い金色の髪。切れ長の目に赤黒い瞳。鮮血のように赤い唇は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 人の目を引く美貌だが、あの表情に歪んだ若干の狂気を感じてしまう。

 胸元が大きく開け放たれた真っ赤なドレスが、この場ではかなり浮いている。歓楽街ではよく見かける格好だが、この宿屋には似つかわしくない。

 客達から少し離れた場所で、事の成り行きを見守っている店員の二人に歩み寄った。


「チェイリさんスーミレさん、これは一体全体、何事ですか?」


「あっ、回収屋さん! あの綺麗な女の人がお客さんに賭け事をしないかって」


「そうそう。うちとしては飲食してくれるなら文句はないから、放っておいたんだけどさ」


 賭け事か。酒場で賭けは珍しい事ではない。

 賭場は存在するがそこを利用するのはほんの一部で、大半の人は馴染みの酒場で気の合う仲間と、ちょっとしたお小遣い目当てで賭け事に興じる。

 それ自体は問題ないが……。この場の空気は異常だ。当事者も野次馬の興奮具合も尋常じゃない。


「そうですか。それにしてはこの盛況具合は」


「そ、それがですね、あの女の人ずっと勝っているんですよ。もう十人ぐらいと賭けをしているのに、一度も負けていないんです」


「常連の何人かが有り金を全部巻き上げられて、セマッシュもああだし」


 なるほど、無敗の凄腕ギャンブラーか。

 もしかして、チャンピオンも負け組なのでは。ちょっと話を聞いてみよう。


「チャンピオン、ちょっといいですか」


「回収屋じゃねえか。戻ってきていたのかよ」


「先程ですが。ところで貴方もぼろ負けを?」


「ぐぬぬっ。まあ……な」


「ちなみにいかほど?」


「新築のそれなりの屋敷が買えるぐらいだな。お気に入りの宝石を奪われちまった」


 結構持っていかれたようだ。

 普通なら首を括るぐらいの痛手だが、巨万の富と名声を手に入れたチャンピオンにしてみれば、ほんの少し総資産が減った程度の影響しかない。

 彼が悔しそうにしているのは奪われた金ではなく、勝負ごとに負けたという事実に対しての苛立ち。

 闘技場の頂点に立つ男だからな。負けるという行為が許せないようだ。


「しかし、腑に落ちねえ。賭けの内容は相手に選ばせているってえのに、なんで勝てるんだ。カードもあればくじ引きもあった。それでも負けを知らないってのはさすがに妙じゃねえか」


「それはそれは」


 カードゲームだけで勝ち続けているのであれば納得はいく。

 素人目には見抜けないカード捌きで、自分の手札を思いのまま操れる者は存在する。イカサマと言ってしまえばそれまでだが、そのレベルに到達するのには相当な技量が必要となる。

 そういった訓練を積んだギャンブラーならまだ理解できる。だがこの女性は様々な種類の賭けで勝ち続けているというのか。

 興味があるな。『鑑定』を発動させて相手のスキルを確認してみよう。

 これは……。スキルがぼやけていて見えにくい。『隠蔽』スキルの影響か。もう少し『鑑定』のレベルを上げるぞ。

 所有する全てのスキルが明らかになったが、なるほどね。そういうからくりか。無敗なのも納得がいく。


 彼女のスキルは『精密動作』『手品』『話術』『心理学』『鑑定』『隠蔽』『直感』『賭け』と賭け事をする為に生まれてきたかのようなスキルがずらりと並んでいる。

 それも一つのスキルを除いて、レベルが二桁越え。

 『精密動作』と『手品』があればイカサマもやりたい放題だろう。

 『心理学』で相手の心理を読み『話術』で翻弄する。

 『鑑定』で相手の能力を見破り、『隠蔽』で自分の感情も表情も覆い隠し、『直感』で危険な勝負は避ける。完璧だ。

 一つ気になるのが『賭け』というスキルの存在。今までこんなスキルは見たことがない。おそらくオンリースキルなのだろう。

 文字通り賭け事に特化したスキルなら、関わらなければ無害か。


「あーもう、負けたあああっ!」


「お前も大したことねえじゃねえかっ!」


 宿屋に男女の叫びが響き渡る。対戦相手を変えて賭けは続いているのか。

 どうやら幼馴染の敵討ちと、挑んだサーピィまでやられたようだ。


「回収屋あああっ! あんた博打強そうだよな! 俺の負け分取り返してくれよぉ」


「情けないことを言わないの! 回収屋さんは関係ないでしょ」


「でもよぉ、今回の稼ぎが全部パーなんだぞ。明日から水飲んで過ごすしかねえよ」


「ルイオかピーリに借りたらいいでしょ。恥ずかしいけど」


 有り金を奪われた二人が駆け寄って、泣き言を口にしている。

 可哀そうだとは思うが、博打は始めた時点で自己責任だ。勝とうが負けようが。


「それは残念でしたね。ですが私は賭け事が嫌いでして」


「実は自信がないだけじゃねえのか?」


 チャンピオンが俺を見下ろしながら口元を(ゆが)める。煽っているつもりのようだが、関わる気はさらさらない。

 強制的に参加させられて借金を背負わされたのであれば、俺が勝負を挑んで取り返してもいいが、そうでないなら自分の尻は自分で拭くべきだ。


「うおおおおおおおおっ!」


「マジかああああっ!」


 ひと際大きな歓声と悲鳴が上がる。

 視線を現場に向けると薄い笑みを絶やさない女性と、机に突っ伏して震えている中年の女性――宿屋の女将がいた。

 ……何をしているんだ女将。


「ちょっとおおおおっ! 母さん厨房で料理していたんじゃないの! 一度ギャンブルで身を崩しかけてから禁止って言ったよねっ!」


 その姿を確認してチェイリが慌てて駆け寄っていく。

 女将さんギャンブル好きだったとは意外だな。

 娘であるチェイリと女将が何かを話していると、その顔色が青くなったかと思ったら、今度は真っ赤に染まる。


「おバカあああああああああああああっ! 店の権利を賭けて勝負なんて何考えてんのっ!」


 チェイリの叫びで床が揺れたような錯覚がする。それぐらい怒りの感情がこもった雄たけびだった。


「宿屋が、就職先がなくなっちゃうんですかっ⁉」


「ど、どうしようっ! どうしたら、どうしたらいいの!」


 左には俺の腕を掴んで涙目のスーミレ。

 右には叫びながら駆け寄り抱き着いて、上目遣いで懇願するチェイリ。

 正面にはニヤニヤ笑うチャンピオン。

 これは俺の出番か。女将がギャンブル好きとはいえ、娘の次に大切だと常日頃から口にしていた宿屋を、賭けの対象にするとは思えない。これは相手が『心理学』と『話術』を巧みに使い、そうなるように話を誘導したのだろう。

 お膳立ては整ったようだ。心地のいい拠点がなくなるのは困るからな、一肌脱ぐとしますか。

 正直なところ、彼女の『賭け』スキルに興味があるので都合がいい。


「お任せください」


 二人に微笑みかけると、両方とも手を放してくれた。

 俺が女性の正面の空いた席に歩いていくと、観客と化している人々が道を開ける。

 すっと椅子を引いて正面を見据える。穏やかに微笑んでいた女性の笑みが一瞬深まったように見えたが。


「飛び入り参加は可能でしょうか?」


「賭けに参加されるのですね。はい、どうぞ回収屋様」


 彼女と同じく薄い笑みを顔に貼り付けていたが、その言葉に一瞬眉が動きそうになる。

 この人、俺の事を知っているのか。


「おや、名乗った覚えはないのですが」


「私は貴方が出てくるのを待っていましたから。その為に餌を増やしていただけですし」


 おっと、初めから俺狙いだったのか。

 何が目的だ。スキルの売り買いをしたいのであれば、普通に接触して依頼すれば済む話。こんな回りくどい事をする必要はない。


「私に何かご依頼でも?」


「いえ、頼み事などありません。ただ貴方を倒して来いと、命令を受けまして」


 顔から笑みを消しすっと目を細くして、相手を睨む。

 『威圧』を込めているのだが、どこ吹く風といった感じで動じていない。


「まあ、怖いですわ。さすがあの方の弟様」


「私の居場所は掴まれているのですね」


 姉の使いとなると周りを巻き込むわけにはいかない。

 ここで唯一、俺の事情を話しているチャンピオンに視線を向けると、それだけで察してくれたようで小さく頷く。


「お前ら帰った帰った。今日はこれでお開きだ! 負け分は俺が後で払ってやるから、とっとと帰れ」


「えーっ! そりゃないぜ、チャンピオン。今からがいいところじゃねえかよ」


「反論がある奴は、俺と拳で語り合うか?」


 チャンピオンが全身に力を込めて筋肉を膨張させる。

 文句を口にしていた連中が激しく頭を振ると、一斉に宿屋から出て行った。

 宿屋内に残っているのは、俺とチャンピオンと女将さんと店員の二人。そして対面の女性。


「チェイリさん、スーミレさん。女将さんを連れて宿屋から少し離れていてくれませんか。宿屋の外に野次馬が残っているでしょうから、彼らといたら安全だと思いますので」


 心を平静に保ちながら彼女達に話しかけると、二人は神妙な面持ちで頷く。


「何かあるみたいだから、深く追求はしないわ。えっと、うちの事はいざとなったらどうでもいいから、無理はしないでね」


「事情は聞きませんが、頑張ってください」


 二人の応援を背に浴びてすっと腕を上げる。親指を立てて大丈夫だとアピールしておく。

 相手は俺達のやり取りを眺めたまま、何も口を挟まず手も出してこなかった。

 スキルを見る限り戦闘力は皆無のようだが、姉の仲間なら油断はできない。


「人払いは終わったようですね。では勝負を始めましょうか」


「ちょっと待ってください。私は貴女の目的も知りませんし、賭けの内容も話していただいていませんが」


「あら、そうでしたわね。まずは自己紹介をしておきます。私の事はカイムロゼ、とでもお呼びください」


 偽名臭いが、そこは追及する必要がない。


「賭けの内容は貴方が勝てば、私が今日稼いだ全てをお返しするというのはどうですか。あっ、ついでにお姉様の情報も提供しますよ」


 悪い条件ではない。相手から強引に情報を聞き出す手段もあるが、自主的に話してくれるのは楽でいい。


「それで私が支払うのはなんなのでしょうか」


「うふふ。おとぼけにならなくても、既にお分かりでしょう。チップは貴方の命です」


 予想はしていたがここで俺が頷いたところで、支払いを拒否すれば済む話。何か裏でもあるのだろうか。


「それを受けるのは簡単ですが、支払う保証はありませんよ? 貴女が約束を守る保証もありませんし」


「そうですね。口約束は当てになりませんから。それに後ろの方がいざとなったら割り込んできそうで、怖いですわ」


 背後から睨みを利かせているチャンピオンを見上げ、彼女が怯えたような素振りをする。その顔から笑顔は消えていないが。


「ですので、こんなのはどうでしょうか。『賭け』発動」


 瞬間、何かが自分の中を突き抜けていくような感覚があった。

 体に違和感はない。自分のスキルを『鑑定』で確認するが、異常は見当たらなかった。

 カイムロゼにも変化はない。『賭け』スキルを発動させたようだが、どういう効果なのだ。


「先ほど、「飛び入り参加は可能でしょうか?」とお尋ねになりましたよね。私が認めたことで『賭け』の発動条件は整いました。ご安心ください、今の状態では貴方に何も危害を加えていませんので」


 ……今の状態か。今後何かが起こると宣言しているようなものだ。

 『賭け』とは発動に特殊な条件が必要なスキル。俺の『売買』スキルが相手の同意が必要なのと同じように手順があるのか。


「あら、落ち着いてますのね。この『賭け』は説明するまでもないとは思いますがオンリースキルです。『賭け』を発動するとこの空間では賭け以外の手段が全て無効化されます。大体この宿屋より少し狭いぐらいの範囲ですね。武器を抜くことも道具を取り出すことも暴力行為もできません。試しに私を殴ってみますか?」


 そう言って後方のチャンピオンを挑発するカイムロゼ。

 チャンピオンは首筋をボリボリと掻くと、宿屋の柱に向かって拳を叩きつける。

 彼の拳なら容易く折れるはずの柱は、ひびどころか傷の一つも入っていない。


「ハッタリではないようだな」


 鼻を鳴らしてチャンピオンが吐き捨てる。

 オンリースキルは一癖も二癖もあるものが多いが、これはその中でも際立つ異様さだ。


「ではこのスキルの説明をしますね。この賭け空間では賭け事に関連する行為以外は全て無効化されます。解除の方法は賭けを終了させるか、私が解くかの二択ですね」


 一生ここに閉じ込められるというわけではないようだ。


「賭けの内容は何でも構いません。互いにそれで納得がいけば賭けは開始されます。ただし、必ずお互い何かを賭けなければなりませんし、賭けのルールは絶対です。それは私でも破る事はできません」


「それを信じろと?」


「信じなくても構いませんよ。ルールを違反すると反則負けとみなされ、ペナルティーとして勝者は相手からなんでも取り立てる事が可能になります。例えば……貴方の所有する全てのスキルとかね」


 これが本当なら最悪の刺客と言える。

 長年にわたり集めてきた無数のスキルを根こそぎ奪えるというのか。

 嘘か真かは不明だが、ここは信じるしか道がない。


「私に逃げ道はなく、ここから出るには賭けを受けるしかないと」


「ご理解いただけたようですね。では賭けの内容とルールを決めましょう」


 喜びの感情が隠し切れなかったようで、今日一番の笑顔を浮かべる。

 口角を吊り上げ目尻が下がった表情。これが本来の笑顔なのだろう。


「さあ、何をして遊びましょうか。あっと、まずはルールから決めましょうか。そうそう、注意事項としてはこの空間の外では時が止まっています」


「どれだけ賭け事に時間をかけても大丈夫という事ですね」


 つまり外の人々にはここでの賭けは一瞬の出来事ということか。


「普通に戦ったら、スキルのレベルと数が尋常ではない貴方に勝てる見込みはありません。そこで使えるスキルの数は二つに限定で、レベル10固定というのはどうでしょうか?」


「スキルを二つだけですか」


「はい二つです。この空間では賭けが絶対。なので普通ならあり得ない条件でも実行されますよ。賭けの代償に貴方の若さを奪う、男性から女性に性転換するとかも可能ですよ。賭け事の内容も実際では不可能なゲームでもやれます」


 想像以上にとんでもないスキルだな。

 どうすべきか。……ここで俺が同意しない限りは実行されないという話だが。

 スキルレベルと数を制限させるのは俺にとって不利でしかない。最大の売りが封じ込まれたようなものだ。

 相手のスキルは把握しているので、対策は練れる。

 『精密動作』『手品』『話術』『心理学』『鑑定』『隠蔽』『直感』『賭け』のスキルの内、『賭け』は発動中なので除外。

 たった二つしかスキルを発動できないのであれば『鑑定』も無意味に近い。相手のスキルが分かっても残り一つしかスキルが発動できないのは、勝負においてかなり不利。

 『精密動作』『手品』『話術』『心理学』『隠蔽』『直感』残りのスキルは勝負の内容によるな。これは先に勝負内容を決めておいた方がいいのでは。


「先に何の勝負をするか決めないか?」


「いいですよ。何がいいですか。私がよほど不利な内容でない限り従いますので」


 選択を俺にゆだねるのか。カードやボードゲームはやり慣れている相手の方が有利。

 もう一度相手のスキルを確認しようと『鑑定』を発動するが、何も見えない。いや発動をしていないのか。


「回収屋様、無駄ですよ。もう『賭け』の空間なのです、『賭け』以外どんなスキルも今は発動不可です」


 恐ろしいスキルだな。これで物理攻撃が可能なら、身体能力が高ければどんなスキルが相手でも勝てるという事になる。

 ……ちょっと待て。この状態でスキルが発動できないという事は『制御』で入れ替えが出来ないという事か。

 ――これは本格的な危機だ。俺が今セットしているスキルで賭けに使えそうなのは何がある。


『売買』『不老』『隠蔽』『直感』『制御』『心理学』『鑑定』『気配察知』『状態異常耐性』『幸運』


 戦闘系スキルは賭けで使えそうにもないので除外していい。

 『売買』『不老』『制御』『気配察知』『状態異常耐性』はこの状況で使い道がないよな。『制御』でスキルの付け替えが可能か賭けるという手もあるが。……いくらなんでも無謀か。

 『直感』『隠蔽』『心理学』『鑑定』は相手と被っている。

 『幸運』は相手にないスキル。


 普通の賭け事なら『心理学』が一番使い勝手はいいだろう。相手の考えが読めれば物事を有利に運べる。だが『心理学』は万能ではない。相手が感情の起伏を表に一切出さなければ無意味と化す。博打に長けたカイムロゼには通用しない気がする。

 となると、選択肢は限られてくるか。


「では勝負内容はコイントスの一回勝負でどうでしょうか?」


「これはシンプルな賭けですね。そういうの嫌いじゃないです。コインを指ではじいて表か裏を当てる、それで構いませんね」


「はい、それで」


「両者同意しました。もう変更は不可能ですよ」


 俺が同意すると、机の上に文字が浮かび上がった。


『コイントス 一回勝負』


 なるほど、決定事項はこういう風に表示されるのか。


「ではスキルを選ぶ前にお互いに何を賭けるか宣言しておきましょう。私は賭けで得た儲けの全てと、回収屋様の姉上に関する情報の全て。それで構いませんね?」


「そうですね……。こちらは命を懸けるのですから、この条件を対等とは呼べないのでは?貴女がどこまで貴重な情報を得ているかにもよりますので」


「確かにごもっともな意見ですわ。ならば負けたら貴方に絶対服従の奴隷になる、という条件ではどうでしょうか。私のスキルが有能なのはご理解いただけたと思いますので」


 これは予想外の提案だ。勝てる自信があるからこその申し出か。

 彼女のオンリースキルがあればどんな強敵相手でも、姉相手でも勝てる見込みはある。手札が多いに越したことはない。


「その条件でお願いします」


「では成立です」


『コイントス 一回勝負』

『回収屋 命

 カイムロゼ 絶対服従の奴隷』


 書き込みが増えた。絶対服従の奴隷となれば情報を聞き出すことも、今日の儲けを全て返却することも命令すればいい。


「では回収屋様の条件をここまで受け入れましたので、ルールは私のものを採用していただけるのですね」


「はい、構いません。スキルレベル10固定で二つだけ選ぶ。それでやりましょう」


「ありがとうございます。これでもう変更できませんよ。ではスキルを選んでください。私も選びますので。もちろんお互いに相手のスキルは確認できません」


 こちらの有利な点は俺のスキルを把握されていないということだ。『鑑定』を所有していたが『隠蔽』のスキルが高ければ相手の『鑑定』は通用しない。

 俺が現在どのようなスキルを所有しているかカイムロゼは知らない。そこでコイントスを選んだのが生きてくる。


「心の中でスキルの宣言をしてください。それで勝負開始です」


 声に出さず決定すると、文字に変化があった。


『コイントス 一回勝負』

『回収屋 命

 カイムロゼ 絶対服従の奴隷』

『スキルを二つ選ぶ』


 ここからは賭けだ。

 スキルに頼り切っていた自分に対する戒め。

 この程度の苦境を乗り越えられなければ、姉に会う権利すらない。


「では私がコインを出しますが、構いませんか?」


「どうぞ」


 さっきまでは財布を取り出す事すらできなかったのだが、コイントスに必要と判断されたようでコインを取り出すことができた。

 懐から勇者の姿が彫り込まれた記念コインを取り出す。これはかなりの高額で、この一枚で豪邸が一軒建つぐらいの価値があるそうだ。


「それは高額で取引されている希少なコインでは」


「よくご存じですね。命を賭ける世紀の大博打ですから、このコインが相応しいかと」


 おそらく彼女は自分のスキルの中から『精密動作』もしくは『手品』を選んでいる。コイントスで利用できそうなスキルがそれぐらいしかないからだ。

 この場合、相手はコイントスを上げる権利を得なければならない。その為に交渉を有利に運ぶ『話術』や『心理学』が生きてくる。

 スキルに頼らない腕も知識も駆け引きも賭け事に関しては、おそらく彼女の方が格上。純粋な博打勝負になると勝ち目は薄い。


「ところで回収屋様。一つ提案が」


 早々にカイムロゼが何かを言おうとしたので、右手を上げて相手の発言を封じる。

 俺の行動が予想外だったようで、口を噤んだ彼女に俺は――。


「このコインで貴女の『賭け』を買い取ります」


 そう宣言をして『売買』レベル10(・・・・・)を発動させた。


「何を言って……えっ⁉」


 自分達を覆っていた『賭け』空間が解除されたことが分かる。試しにスキルの一つを発動させてみたが問題ないな。


「賭けの空間が消えた⁉ えっ、なっ、何がどうなっているのですかっ!」


 とうとう笑みが崩れたか。

 目を見開き鬼気迫る表情で机の上に身を乗り出す、カイムロゼ。


「貴方の『賭け』を買い取っただけですよ」


「な、何を言っているのですか。そもそもオンリースキルは買い取れないはずですよ! それに、私は買い取る事を許可していない!」


 椅子を吹き飛ばし、頭を抱えて長い髪を振り乱している。

 現状を受け入れられないのも無理はない。


「まだ理解していないのですね。貴女の『賭け』スキル空間でのルールは絶対だと自分で仰ったではないですか。非現実的な事でもこの空間では実行されると。貴女はルールを決める時に大きな間違いを犯した、スキルを二つ選びレベルを10に固定するという過ちを」


「それの何が……もしやっ⁉」


 自分の身に何が起きたのかようやく理解できたようだ。

 唖然とした表情で落ち着きなく暴れる瞳。


「オンリースキルはレベル1から上がらないという概念を覆し、『売買』スキルがレベル10で固定されたのですよ。スキルレベルは上がれば上がるほど威力が増すのはご存知ですよね。一時的に10にまでレベルの上がった『売買』は相手の許可なく買い取る事が可能だったようです。おまけにオンリースキルも買い取り可。これは大発見ですよ」


 オンリースキルの買い取りがレベル2から可能なのかレベル10まで必要なのかは不明だが、可能性があると分かっただけで十分だ。

 運の要素はあったが全ては計画通り。勝負をコイントスにしたのもコインを取り出し、買い取りを可能にする条件を整えるため。

 もし『賭け』が買い取れなくても、相手が選んだ二つのスキルを強引に買い取れるのではないかという計算もあった。


「う、嘘よ。こんなことって……。それにレベル10になっても、買い取れない可能性はあったはずよ! だというのに、こんな不確定要素が強い勝負を……」


「一応、保険として『幸運』は入れていましたよ。でもまあ、それでも上手くいくとは限らないのですが――」


 そこで一旦話を区切る。

 床に崩れ落ちた彼女を見つめながら一息ついて、続きの言葉を口にした。


「賭けに勝った、ということですね」


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