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スキルの謎

 宿屋の一階に変わった面子(めんつ)が集まっていた。

 全員自分が呼んだのだが、誰も断らなかったのは予想外だ。


「今日の会合の目的はスキルの原因解明と考えて構わぬか?」


 初めに声を発したのは、燃えるような赤い短髪に精悍な顔つきの男。

 歴戦の戦士風の格好で、一見粗野な感じすらする男だというのに話し方は老人のよう。


「原因解明というより、改めてスキルの勉強をしてみよう、といった試みですよ」


 ルイオは老賢者だった頃の話し方が染みついている。

 当初は若者ぶろうと苦心していたようだが最近では完全に開き直って、今の状態に落ち着いた。

 孫娘にもバレていないので問題はないらしい。


「変わった面子ですね。アリアリアがここにいる理由がいまいちわかりませんが」


 本当の姿ではなくメイド姿の女性に化けた、古代文明の遺産であるオートマタ――アリアリアは小首を傾げている。

 この中で間違いなく一番の高齢で、おそらくスキルについて誰よりも詳しい。そんな彼女を呼ばないわけがない。


「今朝から首の調子がおかしいのだが。寝違えたのだろうか」


 地味な色合いのドレスに赤い斑点やシミが目立つのだが、あれは模様ではなく彼女の血だ。

 今日も顔色が青白く、手入れをすれば美しいはずの金髪が所々跳ねている。


「クヨリさん。首にナイフが突き刺さっていますよ。なんで気づかないのですか」


 食事で使うナイフが首筋に突き刺さったままだったので、血が噴き出さないようにハンカチで押さえながら、すっと引き抜いた。

 血でハンカチが真っ赤に染まっていくが、出血は直ぐに止まる。

 ハンカチをそっと外すとそこにあるはずの傷口は見当たらなかった。さすが不死の回復力。

 ルイオだけが異様な光景にぎょっとして目を見開いているが、何も言わずに黙っている。


「いつも世話をかける」


「それは言わない約束でしょう」


 定番の言い回しの後、椅子に座る彼女の背後に移動して、いつものように櫛で髪を梳いていく。

 クヨリは自分自身に関して無頓着すぎる。当人に言わせると「身だしなみに気を遣うなんてありきたりな思考は、百年以上前に捨ててきた」そうだ。

 見た目は二十代前半にしか見えないが、このメンバーで二番目の高齢。不老不死は伊達じゃない。


「飲み物をお持ちしました」


 宿屋の店員スーミレがお茶を運んできた。

 彼女のゆらゆらと揺れる長髪はクヨリと違い艶があり、髪をまとめている赤いリボンもよく似合っている。


「あ、あの。ルイオさんは常連さんですから知っていますが、こちらの二人は回収屋さんのお知り合いなのですか」


 ちらちらっとアリアリアとクヨリを横目で確認しつつ、俺にそんな事を言ってきた。

 特に髪を梳いている彼女が気になるようで、お盆を胸に抱いて何度も何度も見ている。


「アリアリアさんとは面識がありませんでしたか? 以前、料理教室を開いた際に参加していたはずですが。セラピーさんの隣にいましたよね」


「回収屋様。あの時は変装していましたので」


 そうか。今のように人間の姿じゃなくて怪しげな変装をしていたな。


「あっ、あの胸の大きな人の隣にいた……。マスクと帽子の人ですか。すみません、気づかないで」


 ぺこぺこと頭を下げて謝罪しているが、あの格好の人物とこの姿を一致させるのは無理がある。


「気にしないでください。あの胸が邪魔でよく見えなかったのでしょう」


 セラピーの胸が豊満だとはいえ、人の姿を覆い隠すほどの大きさは無いと思うぞ。

 アリアリアは彼女の胸をよくネタにするが、人形である彼女でも羨ましいとか思うのだろうか。見た目は女性だが内面はどうなっているのか興味がある。


「それで、ええと、そちらの方は」


「彼女はクヨリさんです。古い顔なじみですよ」


「うむ、世話をしてもらっている」


 俺の発言に乗っかってクヨリが頷き、すっと立ち上がると俺の腕に自分の腕を絡めて、肩に頭を預けた。

 その言動に反応してスーミレは口元を押さえると、よろよろと後退る。


「ご、ごゆっくりしてくださいーっ!」


 珍しく大声を上げ、背を向けると走り去っていった。

 どうやら誤解されてしまったようだ。


「からかいすぎたか。後で謝っておこう」


「純粋な子ですからね、程々に。誤解されては貴女も困るでしょうに」


 彼女の腕をほどき自分の席に戻ろうとすると、ぶわっと風が鳴り『直感』が危険を告げたので軽く横に跳ぶ。

 さっきまで自分の居た場所に、クヨリの拳が突き出されている。


「回収屋は女心をもっと勉強すべきだ」


「完全に同意します」


「女性に対して配慮をせぬとワシのようになるぞ」


 不老不死とオートマタと元老人に突っ込まれた。

 若い頃は色々と女性に興味もあって努力もしたが、この歳になると自然体が一番だという結論に達して今に至るので、そんな事を言われてもな。

 クヨリは今まで嫉妬をするようなことはなかったのだが、最近は感情が豊かになってきている。これは良い傾向なのだろうか。


「話が脱線してしまいましたが、話を戻します。皆さんを集めたのは、スキルに対しての理解を深めようと思ったのですよ」


 自分の知り得る限り、知識、知恵、見識が優れた最高の人選だ。

 ルイオはこの国の書物の殆どを読破して、その全てを記憶している。

 アリアリアは古代文明の時代から存在するオートマタ。元主は魔物の育成と、スキル研究の第一人者でもあったらしい。

 クヨリは永遠の時間を持て余し、一時期は各地を放浪していたらしく、実際にスキルを見聞きした生き証人だ。……問題はその頃の記憶が残っているかだが。

 全員が乗り気の様で、小さく頷いて先を促してくれる。


「ではまず基本から。スキルとは神が与えた加護、恩恵とも言われています。その力は通常では得られない超常の力から、感情に影響するもの、肉体強化など多岐にわたります」


「補足をするのであれば、スキルを持てる数は各自のスキルスロットの数による。そのスキルスロットが存在しない者は無能者と呼ばれ、生涯スキルの恩恵を得る事ができぬ」


 ルイオの説明に今度は俺が頷いた。

 スキルスロットがなければ、スキルは使えない。

 当人がどれだけ努力しても無能者というだけで、スキルを覚えることは叶わない。


「更にスキルには価値というかランクが存在しています。一般的にスキルと呼ばれているノーマルスキル。通常のスキルより能力の優れた高位スキル。その時代に一つしか存在しないレアスキル。更に珍しい世界でたった一人にしか与えられないオリジナルの能力、オンリースキル」


「では今度はアリアリアが補足しましょう。高位スキルはノーマルのレベルを上げることで進化したスキルが大半です。高位スキルでも複数のスキルのレベルを上げるなど条件が厳しいものは、高位スキルの中でも特別な能力を得る場合があります。有名どころで言えば、『錬金術』でしょうか」


「更に付け加えると、高位スキルは基本的に後天的に覚えるものなので、生まれ持つ者は滅多にいない。むやみにスキルのレベルを上げても高位スキルに進化しないスキルも多い。我が所有するスキルの幾つかはかなりの高レベルだが、進化することはなかった」


 クヨリのスキルは数十レベルに達しているものが幾つもある。

 レベルは基本的に高レベルになればなるほど上がりにくくなる。レベル10あればスキルによっては達人級と呼ばれる世界。


「次にレアスキルですが。例外を除いて一時代に一人しかスキル保有者が存在しません。どういう理屈なのか未だに不明なのですが、所有者が亡くなると世界のどこかでレアスキルを持った者が新たに現れるようです」


「確かレアスキルだと思われていたが、同時期に世界中で数名存在したことがあり、レアスキルから降格したスキルも少なくないらしい」


「さすがですね、ルイオさん。その通りです。降格したスキルは希少スキルとか呼ばれたりしますね。世界中の情報を把握しているのは神だけでしょうから、レアスキルだと思っていたら実は違った。というパターンは多いですよ」


 大陸の端と端で同じスキルを所有する人物がいたとしても、それを知る術はない。

 今でこそ過去のスキルを集めた書物や、スキルを鑑定する聖職者達が情報を共有するようになって、スキルの判別を間違えることも減ったが昔は酷かったようだ。


「昔は辺境の村だと『鑑定』スキル持ちが、神の生まれ変わりだと祭り上げられていたな。懐かしい」


 クヨリが旅をしていた頃を思い出して懐かしんでいる。

 大きな町はまだマシなのだが、他と交流の少ない村だと独自の文化や常識が存在して、酷い目に遭ったのは一度や二度ではない。

 俺がただの行商人だったら、何度命を落としていた事か。


「ところで、回収屋様。レアスキルの例外とはなんなのでしょうか? アリアリアはその情報がメモリーにありませんが」


「ええとですね。レアスキルは所有者が亡くなれば、別の誰かに現れるのは先に説明した通りです。実はここが盲点でして。もしそのレアスキルを誰かに譲ったり、何かに封印したり、買い取ったりするとどうなると思いますか?」


 問いかけてきたアリアリアにそう返すと、両手の人差し指をこめかみに当てて、ぐりぐりやっている。どうやら考え込んでいるつもりのようだが、無表情なので真剣に考えているようには見えない。


「二度と誰かに現れる事は無くなる?」


「普通はそう思いますよね。ですが、実はレアスキルを失った元所有者が死ぬと、新たにレアスキルが別の人に現れるのですよ。どういう仕組みなのかは神のみぞ知るのでしょうが」


 実際、俺が買い取ったレアスキルを別の人から発見したことがある。それも一度や二度ではない。レアスキルは強力なものが多いので、所有者は必然的に有名になり歴史に名を残す事が多い。

 そういった人と接触を図ると、過去に買い取ったレアスキルが存在していたのだ。

 だから正確にはレアスキルは一時代に一つではない。だがこの特殊な方法を使わない限りは一つだけとなっている。


「レアスキルはレベルが上がりにくいですが、上がらない訳ではありません。なのでレベルを1だけ買い取れば増殖も可能ですね」


 この方法は『売買』を使うことが前提なので、他の人はやりようがない。

 姉の『強奪』スキルを使えば奪うことは可能なのだが、分け与える方法がないので自分の手元に残るだけだ。


「そしてこの世にたった一つのレア中のレアであるオンリースキル。過去にそのスキルは存在していた記録がないので、オンリースキルがどういった能力かを知るには自己申告か、この目で確かめるしかありません」


「回収屋の『売買』我の『不死』だな」


 クヨリが口にした言葉に、ルイオの眉がピクリと動く。アリアリアの表情に変化はないようだが、そもそもあの顔は常に無表情だから感情は読み取れない。


「ほう『不死』というスキルが存在したのか。そういう存在がいるという噂を耳にしたことはあるが、当人に会えるとは長生きはしてみるものだ」


「貴方は、ここで一番若いですけどね。ちなみにアリアリアが一番年長者ですので、敬ってください」


 見た目だけならルイオが一番年上に見えるので、この会話を第三者が聞いたとしても信じないだろうな。


「そのオンリースキルなのですが、基本的に特殊な能力が多いです。私の『売買』やクヨリの『不死』もそうですが、他にも死んだら時が戻る『死に戻り』。相手のスキルを真似る『模倣』。周囲の物体が無色透明になる『透明化』。他にも一癖あるスキルが多かったですね」


「初耳なスキルが多いですね。空き容量にインプットしておきます」


「さらっと口にしているが、スキルを調べている学者に話せば狂喜乱舞しそうな貴重な情報だぞ。ワシも昔なら好奇心を刺激されていたであろうな」


「そうなのか。我はどうでもいいが。そんな事で記憶を埋めたくはない」


 個性的な反応が返ってきた。

 オンリースキルに関してはまだまだ謎が多く、所有者が誰にもそのスキルを知られずに死ねば、その存在に気付かれないで消える。

 きっと今までにも誰にも存在を悟られず消えていったオンリースキルはあったはずだ。


「あとは、オンリースキルはレベル1固定で、レベルが上がる事はないと言われています。私もクヨリもそうですが、長年使ってもレベルは1のままですからね」


 何十、何百と使ってきたがレベルが上がることはなかった。あと何回、あと何年使い続ければレベルは上がってくれるのか。

 一生このままかもしれない。だけど俺は挑戦を止めない。『売買』のスキル強化が姉との決着をつける切り札になると信じているから。

 オンリースキルについて他に付け加えるなら、俺にしか関係ないが『売買』で買い取れない。


「あの素朴な疑問なのですが。回収屋様、質問しても構いませんか?」


「はい、何ですかアリアリアさん」


 すっと挙手して発言権を求めてきたので、学校の教師のように彼女の名を呼ぶ。


「それだけ多くのスキルがある中で、回収屋さんが一番頼りにしているスキルはどれです? ちょっと気になったもので」


 ルイオとクヨリも興味があるようで、視線が俺に集中している。

 一番頼りにしているスキル……。中々難しい質問だな。

 戦闘系のスキルにはお世話になっているし、常時スキルスロットに入れているスキルもある。


 『不老』がなければ『若作り』と『長寿』で誤魔化さなければならなかった。

 『直感』には何度も助けられている。

 『心理学』も重宝している。

 『状態異常耐性』も手放せない。

 『鑑定』はスキルの売り買いに必須だ。


 うーん、一番となると絞り切れない。一番、これがないと心底困るスキルは……。


「あー、ありました。『制御』ですね」


「「「制御?」」」


 全員が予想を外したのか、声を揃えて驚いている。


「はい。これがないとスキルスロットへの付け替えが出来ませんので。それに負のスキルを買い取る際にスキルスロットに空きがあると、一旦スキルスロットに入るのですが、『制御』がなければスキルの影響を受けますからね」


 過去、まだ『制御』スキルがなかった時代は仕組みを完全に理解していなかったので、スキルスロットが埋まらないように買い取りを調整して、負のスキルを取らないように考慮していた。

 これを得てから効率も上がって楽をさせてもらっている。


「ワシの記憶が確かならば『制御』は、あまり重要視されていなかった。レベルの調整ができるという話だったが、自分のスキルレベルを下げる必要性はない。負のスキルを所有していなければ、利用価値のないスキル。……という認識だったのだが、考えを改めなければいかぬようだ」


「そう思われているみたいですね。実際私が買い取った際も、所有者は価値を知らずに安値で売ってくれましたから」


 問題点の一つとしては『制御』はかなりレベルが上がりにくく、長年使っている割にはレベルがかなり低い。

 だがそんな欠点を遥かに凌駕する利点がある。このスキルの重要なポイントは、レベル制御ができるところだ。

 ここで俺の『売買』の能力が絡んでくる。


 ――『売買』は相手のスキルを買い取る、もしくは売ることしかできない――


 つまり、相手のスキルレベルが10だとしたら、スキル丸ごとレベル10しか買い取れない。売る際も自分の『剣術』がレベル50だとしたら、『剣術』レベル50しか売れないのだ。

 レベルの調整をして分割で売り買いできるようになったのは、全て『制御』スキルのおかげ。これを得てから理解したのだが、姉も確実に『制御』スキルを所有している。

 このスキルは『売買』や『強奪』といったスキルと相性がいい。逆に言えばこういったスキルがなければ宝の持ち腐れなのだ。


「じゃあ、『制御』を我に売れば『不死』の効力を消すことが」


「それは二つの意味でできません。まずオンリースキルは取り外すことも、レベルを調整することも不可能なので。もう一つはどうやっても『制御』は売れないのですよ。何度か試してみたのですが、『制御』を売ろうとすると『売買』能力が制御できなくなってしまうのです。これもスキルの特性なのでしょう」


 更に言うならスキルスロットに入った『制御』は取り外し不可になり、『制御』自体のレベル調整はできない。


「そうそう物事は上手くいかぬということか」


「残念ながら」


 今までも『制御』を売ればあっさりと解決する案件はあった。だがこの世界の神様は優しくないようで、それを許してくれない。

 制御という言葉には、自分の意のままにする、操作するという意味が込められている。

 それなら鑑定した際に『ただし神様が認めた場合による』という注意書きが欲しかった。


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