前へ次へ
38/99

嫌われ者の末路

 街道から大きく逸れた砂利道を進んだ先に、小さな村がある。そこから更に森へと進むと古びた丸太小屋が見えてくるそうだ。

 村は百名にも満たない小規模なもので、周囲を粗末な木板で囲っているだけだ。

 それでも無いよりかはマシなのだが、村はずれの小屋には杭を打ち込んで紐を括りつけただけの、もっと粗末な代物。

 これでは魔物を防ぐどころか、時間稼ぎになるかどうかも怪しい。


 たまたま訪れた村でこの小屋に住む女性の話を聞かされたのだが、魔物が多いこの地方で村外れの森の中に一人で住むのは、自殺行為だ。

 そんな彼女はこの村の出身だったのだが、ある日を境にここへ移り住む事になった。自分のスキルを知るまでは、村で多くの人から慕われる可愛らしい少女だったらしい。

 今では誰も寄り付かず、最低限必要な物資を月に一度だけ村の者が運んできて、自家製の薬や道具を渡す。そんな生活を送っている。

 元々手先が器用だったようで、一人でこんな辺ぴな場所に住んでいるというのにこれといって不自由はしていないそうだ。


 とまあ、これが村外れの女性について聞き出せた情報の全て。

 これだけの情報だと嫌われているように思われそうだが、そう判断するのは軽率かもしれない。

 村人たちは女性の事を語る時、少し目を伏せるのだ。それが年配者であればあるほど話すことを拒む。

 逆に若者は嬉々として語る。それは娯楽のない村での唯一、好奇心を刺激する話題なのだろう。

 親や祖父母の世代がひた隠しにすればするほど、若者は好奇心を抑えることができず、秘密や謎を暴こうとする。

 ただ村から距離もあり、魔物が徘徊している森に足を踏み入れなければならないので、興味はあるが実際に足を運ぶ者はいない、というのが現状だ。

 物資の運搬をやっているのは、『魔物除け』のスキルを持つ男の役割。彼だけが村と女性を繋ぐ存在。

 そんな彼から村にある唯一の酒場で、こう切り出された。


「彼女を救ってやって欲しい」


 四十代で少し腹の出た男が『魔物除け』という、使い勝手がよく需要のあるスキルを持っていたので、買い取りの交渉ができないかと近づいただけだったのだが、妙な展開になったな。それが偽らざる心境だ。


「あんた、スキルを買い取れる回収屋だって話したよな? だったら、村外れの彼女のスキルを買い取ってやって欲しい。あれのせいで、あいつはずっと……独りぼっちだ」


 男のため息は酒の匂いが濃い。かなりの量のアルコールを摂取しているようだな。

 目当てのスキルについての話題に持っていきたかったのだが、まあいい。ここは彼の頼みごとを聞いて交渉の材料とさせてもらうとしよう。

 もう一つ『気配察知』のスキルも所有しているので、これも買い取れると一挙両得なのだが。


「その話は村で何度か耳にしたのですが、村外れの女性は何故、そんな辺ぴな場所で独り暮らしを?」


「それはな、スキルだよスキル。ほら、十歳になったらみんなスキルを調べるだろ? あの時にとんでもないスキルが見つかっちまってな。あのせいでずっと、独りだ……」


 手にした杯に注がれていた酒を一気に飲み干し、ぷはぁーと酒気を帯びた息を吐く。


「そのスキルとは?」


「ん、ああ、なんでも他所(よそ)では珍しいスキルらしくてな。『自爆』って言うらしい。回収屋はそんな商売してんだ。スキルについて詳しいんだろ? 聞いたことねえか?」


「あいにく、初耳ですね。名前からして、あまり好ましい能力だとは思えないのですが」


 咄嗟にそう返したが、実はそのスキルを俺は知っている。

 大昔、そのスキルは珍しいものではなかった。古代人と呼ばれる者達がこの世界を支配していた時代。『自爆』のスキル所有者は多かった。

 このスキルは古代人が作り出したスキルの一つ。

 強制的に付与することが可能で、戦奴隷は自分の意思に関係なく、そのスキルを与えられ戦場に送られていた。

 用途は単純明快。敵の陣地に送り込みスキルを発動。爆裂魔法よりも強力な爆発が起こり、敵に甚大な被害を与えられる。


 あまりに非人道的なスキルなので古代人の自らの手により、そのスキルは封印された。

 だが戦場から逃げ出した戦奴隷の一部が生き延び、子を成していく間に『自爆』のスキルも受け継がれていく。

 そんな戦奴隷達が逃げ込んだ村が、ここだったのだろう。

 村はずれの女性の両親は『自爆』スキルがなかったそうなのだが、彼女は生まれ持ってしまった。

 こういった祖先のスキルが突如復活する現象を、隔世遺伝というらしい。

 とんでもないスキルが覚醒したものだ。

 神が作り出したと言われるスキルは遺伝もあるのだが、何の関連もなく無秩序に与えられる事が多い。

 しかし、人の手で作り出したスキルは故意に与えるか、遺伝でなければ得ることはできない。


「あいつは何も悪くない。ただ、変なスキルを持って産まれちまっただけなんだ。『自爆』だって制御できるんだぜ? 自分が使おうと思わなければ無害なもんだ。だけどよ、皆が恐れちまって。この有り様だ」


 この話を聞いて村人の様子に合点がいった。

 村外れの女性に落ち度はないと分かっていながら、村人は排除したのだ。未知の恐怖から逃れる為に、遠ざける。


「それにな、あいつだけじゃねえんだ。今までも『自爆』を持っている村人は何人もいた。そういう奴らはみんな村を出ていくか、村外れに追いやられるかどちらかだ。魔物がうじゃうじゃといる場所に追いやられたら、どうなると思う? ……酷いもんだろ。この村の人間じゃねえあんたには、ここの村人はどう映る」


 男のぼやく声が酒場の連中にも聞こえているはずなのだが、全員が怒るでもなく悲しい瞳で黙って見つめていた。

 あの目は同情しているのか? 被害者は村外れの女性であり、この男ではない。

 口調からして何らかの関係はあったようだが。


「今はなんとか生活もできてるけどよ、俺が死んじまったら誰もあいつに物を運んでやれなくなる。あいつが先にくたばるかもしんねえが……。まだ元気な内に、人に囲まれた穏やかな暮らしをさせてやりてえんだよ。本当は……俺が……」


 男は机に突っ伏すと、そのまま酔い潰れて寝息を立てている。

 村外れの女性を男は恐れていない。それどころか、好意を抱いているように思えた。

 込み入った事情は聞かない方がいいだろう。『自爆』か。一度会って話を聞いてみるのもありだな。





「とまあ、そんな事がありまして、お伺いしたのですよ」


「そんなことがあったのですね。あの人はまだ私を気遣ってくれているみたいだけど、もう気にしなくていいのに」


 そう言いながらも対面に座る女は嬉しそうに微笑む。

 黒髪に白い線が混ざる頭を団子状にまとめた髪型。口元や目尻には年相応の小じわが見える。酔っぱらっていた男と同じく、年齢は四十から五十といったところか。

 優しい印象を受ける温和な人で、こんな僻地で独り寂しく暮らしているとは思えない人当たりの良さだ。


「村として危険な存在を遠ざけるのは、当たり前の事なのにねぇ。今もあの人は私を連れて、村を飛び出さなかったことをずっと後悔しているのよ。ずっと昔の事なのに未だに。もう家庭を持っているのだから、こんな自爆女の事なんて忘れてくれていいのにね」


 頬に手を当て、困り顔で首を傾げる。


「初対面でこういうことを聞くのは失礼だと重々承知していますが。恋仲だったのですか?」


「昔の話よ。まだ好きも恋も愛も区別がつかなかった、そんな若い頃の話だから」


 若かりし日々を追想して、少し寂しげに笑う。

 これ以上は二人の間柄に踏み込むべきではない。そう感じさせる笑みだった。


「失礼しました。話を本題に戻しますが、貴女の『自爆』スキル。私なら買い取ることが可能です。どうです、お売りいただけませんか?」


「とてもありがたい申し出なのだけど……。少し考えさせてもらってもいいかしら? 何十年も共に過ごしてきたから、こんなスキルでも愛着が湧いてしまって。ずっと自分の中にあった物が失われる、それがどうにも怖くてね。いい歳して情けない話だわ」


「いえいえ。同じような事を仰る方は多いですよ。ゆっくり考えてください、明日の朝にまた訪ねますので、よかったらその時にでも」


 無用なスキルであっても、自分の中にある何かが消える事を忌避する人は少なくない。

 それが彼女にとって邪魔でしかなかったスキルであったとしても。


「お手数をおかけして、すみません。あーそうそう。いちいち戻るのも面倒でしょう。狭い家ですが、今日はここに泊まってくださいな。お客様用のベッドもあるのですよ。……誰も使ったことがないので、新品同様ですよ」


 そう言ってベッドをパンパンと叩いて宿泊を勧める彼女を前にして、俺は断ることができなかった。

 今まで使われる事のなかったベッドは、誰が眠るはずだったのか。

 ふと頭に浮かんだのは酔い潰れていた――男の顔だった。





 寝室にベッドが二つ。

 これが若い男女なら色々問題になりそうだが、俺と彼女で何か起こるわけもなく、夜が更けていく。

 静かな寝息が聞こえるので、ぐっすりと眠っているようだ。

 あれから自慢の料理を振る舞われ、寝る直前までずっと会話に付き合わされていた。日頃誰とも話す機会がないので、話したいことが山ほどあったのだろう。

 思う存分話をして満足して床に就くと、あっという間に眠りに落ちた。

 彼女のスキルは既に調べ終わっているのだが、もう一度スキルを確認する。


 『自爆』スキルは確かにある。それもレベルがかなり高いので万が一だが発動した場合、あの村なら木っ端微塵に吹き飛ばすことが可能だろう。

 これを見ると村人の対応が間違っていたとは、言い難い。

 もし『自爆』の所有者が人生を絶望して自殺を考えた、魔物に襲われ追い込まれた、自分の身が危険にさらされた。そんな事態に陥って『自爆』を発動させないと誰が言える。

 ましてや村暮らしというのは、街よりも圧倒的に知識が乏しくなる。スキルについてどこまで詳しい人がいるのか。たまにやって来る冒険者や行商人の話を真に受けて、偏った知識を持った村なんて何度目にしてきたことか。

 ただでさえ知識不足のところに『自爆』なんて怪しげなスキルの存在は、村人にとって脅威以外の何ものでもなかったのだろう。


 村を追放されたのは彼女が初めてではない。この村では数年に一度『自爆』を生まれ持つ子が現れる。その子は同じようにこの丸太小屋で住むか、村を出て別の村か街へ移り住むことになる。

 排斥は褒められた行為ではないが、有害な負のスキルが確認された子供を密かに殺す村の話は何度も耳にした。

 そこと比べればまだ良心的だと言えるのだろうか。……当人からしてみたら悲劇でしかない。


「眠れませんね」


 元々眠らなくても疲労を感じない体なので眠りは浅いのだが、彼女の事を考えると目が冴えてしまった。

 ベッドから身を起こし、窓際に立つ。

 周りに住宅の一つもないので光源が存在せず、外は漆黒の闇で染まっている。空は厚い雲で覆われていて星の一つも見えない。

 本来なら何も見えないところなのだろうが、『夜目』や『暗視』に入れ替えれば、昼間と大差なく見る事が可能になる。

 自然豊かな場所だが魔物は一匹も見かけていない。

 それは彼女も所有しているもう一つのスキル『魔物除け』の効果だろう。そのスキルがなければこんな場所で生き延びられるわけがない。


 珍しい部類の『魔物除け』スキルの所有者が村に二人もいるのは、それほど不自然な事ではない。

 閉ざされた辺境の村は、過去に遡れば全員に血縁関係があるというのはよくある話だ。そしてここは、おそらく戦奴隷が作った村。

 血が濃くなりスキルも受け継がれやすくなるのは、自然の理だ。

 周辺を眺めていると、地面が大きく陥没している跡が所々に見える。水が溜まりため池のようになっている窪地もある。

 それがなんであるのかは、少し考えれば誰だって分かってしまう。

 ここに住んでいた歴代の『自爆』スキル所有者が最期を迎えた場所。自殺か追いやられての行動か。それは誰にも分からない。


「おや、あれは」


 無意識に村の方を眺めていたのだが、村から少し離れた奥に蠢く何かが見えた気がした。

 『千里眼』を入れて目を凝らす。

 人よりも少し小型の二足歩行の生物が、闇夜に乗じて移動しているようだ。


「ゴブリンの群れか」


 髪のない頭に口から飛び出ている牙が二本。目と鼻が歪に大きく、頬まで裂けた口。手には棍棒や錆びた剣や槍。

 村を襲う気のようだな。ゴブリンは農作業をする習慣はなく、集団で獲物を狩る魔物だ。単体の強さは大したことがないのだが、群れとなると脅威度が跳ね上がる。

 それに今回は群れの中心に背の高いゴブリンが数体いるようだ。ホブゴブリンと言われる魔物でその強さはゴブリンを上回る。初級冒険者が一対一で戦っても勝てるかどうか怪しい。

 更に群れの最後尾には、もう二回り巨体の魔物が見える。

 まさかのゴブリン(キング)か? 距離があるので判断は難しいが、あれは王というより将軍(ジェネラル)クラスかもしれない。


 ゴブリンが忌み嫌われている理由の一つが進化することだ。生き物を倒し喰らうことで更に凶悪な魔物へと進化するという、質の悪さ。おまけに繁殖力も高いという厄介な存在なのだ。

 だから冒険者ギルドではゴブリン狩りを推奨していて、討伐した際の賞金も他の魔物に比べて割高になっている。

 距離があるので部隊編成が正確には不明だが、ジェネラル級が一体。ホブゴブリンが十数体。ゴブリンが四十ぐらいか。

 あの村を壊滅させるには過度な戦力。

 そんなゴブリンの群れが村にたどり着くには、三十分もあれば……。

 これは処分しておく必要があるな。ここからだと、村を挟んだ向こう側なので早く行かなければ間に合わない可能性がある。

 足音を立てないように気を使いながら扉にまで向かう途中、背後から床のきしむ音がした。


「おや、回収屋さん。このような夜分遅くに何処へ? 深夜徘徊する老人になるには、まだ早いようですが」


 寝間着姿の彼女が目元を擦り、あくびを噛み殺している。


「反応に困る冗談はやめてください。それはさておき、魔物が見えたので少し様子を見てきます。ここから動かないようにしてください」


「あらまあ。無理はしないでくださいね。いってらっしゃい」


 動揺の一つもせずに笑顔で俺を送り出してくれた。

 魔物ごときでは動じないか。こんな場所で暮らしていたら珍しくもないのだろう。

 外に出ると初めは駆け足で、丸太小屋から距離が開くと全力疾走へと切り替える。

 遠方にはゴブリンの群れの先発隊と、ジェネラル率いる後発の本隊とに分かれているのか。この距離まで近づけば『気配察知』で正確な数を把握できそうだ。

 発動させると、闇の中に幾つもの気配が浮かび上がる。が……。


「これは、想定外でしたね」


 俺が目視しているゴブリンの群れとは別の群れが存在した。それも真逆の位置から現れたということは、村を挟み撃ちする気か。

 新たな群れは村よりも彼女の家の方が近い位置だが、『魔物除け』のレベルも高かったので、彼女が自らスキルの発動を止めない限り、魔物が自ら寄り付くことはない。

 彼女は放っておいても大丈夫。問題は村だが、今から村に向かって警告するか?

 守りを固めたとしても、無いよりまし程度の壁など役にも立たない。

 彼らを守りながら戦うより、単独で敵を倒した方が早い。後方からくる魔物の群れが気にはなるが、手早く倒すことができれば被害は最小限で済む。

 非情な決断だが、俺がいなければこの村は確実に壊滅していた。最悪の場合、多少の犠牲には目を瞑るしかない。

 もっとも、誰の犠牲も出さないように努力はするつもりだが。





 ゴブリンを一匹たりとも逃がさぬように排除して、残りはジェネラルだけとなった。

 少し手間取ってしまったので、こいつはさっさと倒したい。

 気配を探ると、もう一つの群れがかなり村まで近づいている。これは一撃で終わらせなければ、被害を覚悟……えっ。

 魔物の群れの気配に近づく、小さな気配が一つ。


「どうしてそこに。まさか?」


 その気配は間違えようもない。彼女だ。

 魔物の群れの前に立ちはだかる。そこから導き出される答えは――。

 無視されて怒り狂っていたジェネラルの腹に大穴を開けると、全力でその気配へと駆けていく。

 村をぐるっと回り込むようにして走るよりも、中を突っ切った方が早いと判断して、木の壁を飛び越え、土を均しただけの道を疾走する。

 夜中なので民家に灯りはないが、ぽつりぽつりとランタンが道の脇に設置されていた。

 そんな薄暗い村の中を走っている最中に、煌々と灯りが漏れている民家が一軒目に入る。

 扉も開けっ放しだったので、中をちらっと覗き見ると誰もいなかった。

 少し気にはなったが、今は調べている余裕がない。


 目の前に村の門が見えた。夜は閉じられていて人が通れないようになっているはずなのに、内側から開け放たれている?

 ゴブリンの内通者がいるのはあり得ない。となると、村人の誰かが門を開けて外に出たという事か。魔物の接近を察知して逃げ出した者がいるようだ。

 俺も門を抜けて下り道を駆け降り、森に突入して枝葉をかき分けながら進むと、気配の近くへたどり着く。


 ――だがそこは崖の上で、目的の人物は眼下にいた。

 村に向かっているゴブリンの群れの進路方向に、酒場で酔っぱらっていた男とその家族らしい人影。

 その中心に村外れに追いやられた彼女がいる。

 さっきの人の居ない民家は男の家族が住んでいたのか。男は『気配察知』を所有していたから、いち早く魔物の接近を知り、家族を連れて逃げ出した。

 ……そういう事か。


「なんでお前がここにいるんだ!」


 男が叫び、彼女が振り返る。


「私と貴方のスキルが殆ど同じなのを忘れちゃったの? 『自爆』以外はね」


 彼女も『気配察知』を所有していた。それは『自爆』スキルを調べた時に確認している。俺が討伐した群れとは距離があって彼女には感知できなかったようだが、こっちの群れは距離も近く彼女にも捉えられたようだ。


「今度こそはちゃんと、村から逃げられたんだね。よかった、お幸せに。……さようなら」


 男とその後ろにいる怯えた顔でしがみつく女と子供を見つめ、彼女は寂しそうに笑った。

 そして、そのままゴブリンの群れ目がけ走っていく。

 彼女が何をしようとしているのかを即座に理解して、崖の上から飛び降りる。

 相当な高さがあるので落下の痛手を和らげるために、幾つものスキルをセット。

 落下の最中に「早まるな」と声を掛けようとしたのだが、俺に気づいた彼女は振り返ると「守ってあげて」と口にした。


 その表情から全てを察した俺は、開きかけた口を噤む。

 限界まで着地の衝撃を弱め、彼らの前に降り立った瞬間、闇を吹き飛ばす閃光が視界を満たし、遅れて轟音が耳に届く。

 砂を巻き上げた爆風と熱が押し寄せ、咄嗟に『結界』を発動させた。彼女の願いを叶える為に背後の家族を守る事を最優先にして。

 直ぐに結界の外で荒れ狂う光と爆風が消え、辺りに静けさが戻る。

 『結界』を解除すると目の前には巨大な窪地があり、さっきまでいた魔物も彼女の姿もどこにもなかった。





 水面が光を反射して美しく輝く湖の傍に、その村は存在している。

 以前よりも村の人口は増えているようで、村を囲っていたあのみすぼらしい木板の壁も、新たに作り替えられ防衛面が強化されている。


「旅人さんかね」


 辺りを見回していると一人の老人が歩み寄ってきた。

 髪が一本もない見事な禿げ頭の老人が、俺をじっと見つめている。

 腕は触れたら折れそうなぐらいに細く、長年の経験から老人の命が残りわずかなのが見て取れた。

 この顔に見覚えがある。年輪代わりに刻まれた(しわ)でかなり面相が変わってはいるが、彼女のスキルを買うように依頼してきた男だ。

 相手は俺のことなど忘れてしまっているようだが。


「行商人をやっています。この村には特産品や名物といったものはありますか?」


「そうだのう。そこの湖は魚が豊富でな。そこで捕れた魚が絶品で、今じゃこの村の名産の一つだ」


 老人が自慢げに語る湖というのは、彼女の『自爆』により地面が穿たれた跡に、水が溜まってできたものだ。


「他に変わった事と言えば。名物ではないが、『自爆』スキルを持つ者がおる、ぐらいかのう」


 今まで村の恥だと秘匿していた『自爆』スキルの存在を、老人はためらうことなく口にした。周りに多くの村人がいるのだが、誰もそのことを咎めることはない。

 それどころか、どこか誇らしげに見える。


「『自爆』スキルですか。噂で耳にしたことはありますが」


「昔は忌避され、所有者は迫害を受けておったのじゃが。あるスキル所持者がその命と引き換えにスキルを発動させて、村を守ってくれたのだよ。それ以来、村人は反省して『自爆』スキルを持つ者を差別することはなくなった」


 そう言って目を細める老人の視線の先には、友達とはしゃぎ回っている子供達の姿があった。


「あの子も『自爆』スキル持ちなのだが、誰も怖がらずに当たり前のように受け入れておる。あの爆発は魔物だけではなく、我々の中の偏見も吹き飛ばしてくれたのかもしれん」


 彼女の犠牲と引き換えに、この村は差別のない村に生まれ変わった。

 だけど、この景色の中にこそ彼女の姿があって欲しかった。その想いはきっと――


「少し遅かったがな……。何もかも」


 彼の方が強い。


前へ次へ目次