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裸の女王様

むかしむかし あるところに

とても こくみんにあいされている 女王様がいました

かのじょは あたまがよく みんなのなやみごとを すぐにかいけつしてくれました

こくみんは そんな女王様のことを そんけいしていました

みんなだいすきな 女王様でしたが たったひとつ

みんなが ふしぎにおもっていることが あったのです


女王様は みんなのまえに あらわれたことが いちどもありませんでした


おおきなまつりの あいさつでも すがたはなく こえだけがきこえ

くにのだいじなことをきめる かいぎでも 女王様のイスのまわりには

ぐるっとカーテンがあって だれも女王様を みることができません

そんなあるひ べつのくにから 女王様のひみつをさぐりに オトコがやってきました

オトコは おしろにしのびこむと へいしにみつからずに

女王様のおへやにつきました

おへやはとってもおおきく ゴミひとつありません

オトコはそっと なかにはいると おへやのまんなかにあったベッドに

そろりそろりと ちかづきます


そのベッドのまわりにも カーテンがぐるっとあって

オトコはそっと カーテンをあけて なかをのぞいたのです

すると なんということでしょう

そこには とてもうつくしい 女王様がねむっていたのです

オトコは とってもおどろきました

ねていた女王様は なんと


ぜんら だったのです


あついひも さむいひも 

へやのなかでも おそとでも

ずっとずっと 女王様は はだかなのです





「おい、なんだこれは」


 怒りに震えた女性の声が聞こえる。

 清潔感あふれる巨大な部屋の中心部には、天蓋のついた巨大なベッドがあるのだが、その周りを薄いカーテンが覆っているので中は見えない。

 そこから女性の声がするのだが、薄っすらとシルエットが見える程度なので誰がいるのかは不明だ。


「私の知り合いの作家さんに無理を言って絵本を書いてもらったのですよ。私にご依頼なさったではないですか。自分の境遇を人々に自然に知らせる方法はないかと」


「確かにそれを頼んだ記憶はある。だが、なんだこれは。これではただの露出狂の痴女ではないか!」


「女王様がそんな話し方をしてはいけませんよ」


「誰のせいだ!」


 カーテンに映るシルエットがベッドの上に立ち上がると、手を振り回して暴れている。

 薄っすらと体形が見えるのだが、胸も豊かで腰もくびれていた。


「落ち着いてください。絵本はこの後、何故女王様が裸なのか説明が入るのですよ。この国は他国と比べて識字率は高いようですが、それでもやはり庶民の全てが字を読めるわけではありません。ならば人々に伝えるには、難しい言葉を使わず絵があることで文字が読めない人にも伝わりやすい、絵本といった形が最良だと思うのですよ」


「それは……そうかもしれないが」


 頭に上った血が少しは下がったようで、ベッドの上に胡坐をかいて座っている。

 さっきの絵本に書いていた内容に嘘偽りはない。カーテンの向こうにいる女性はこの国の女王様だ。

 有能で人々に慕われているのだが、国民どころかこの国の人々は女王の姿を知らない。

 この国で彼女の姿を知っているのは、幼少から身の回りの世話しているメイドのみ。親である前国王と妻は二十年以上前に亡くなっている。

 それ以来この国を一人で支えてきた。


「もういっそのこと、人々の前に姿を見せてはどうですか。すっぽんぽんですが、それだけ綺麗な体をしているのですから、皆さん喜ぶと思いますよ」


「バカな事を言うな! 何万人もの国民の前に全裸で現れる女王がどこにいる!」


「世界初って素敵ですよね」


「くっ、貴様にその力がなければ、不敬罪で牢屋に放り込むものを」


 こちらから相手の姿は見えないのだが、たぶんカーテンの向こうで唇を噛みしめて俺を睨んでる。

 どうやら提案は受け入れられないようだ。


「まだ(われ)のオンリースキルは買い取れぬのか」


「申し訳ありませんが、オンリースキルの買い取りはまだ無理です」


「はぁー、お主の存在を知った時は喜びのあまり、この身が打ち震えたというのに……。未だにこの願いはかなわぬのか。『透明化』のスキルは離れてはくれぬのか」


 大きなため息を吐き、肩を落とす。

 女王はオンリースキル――『透明化』を所有している。

 常に全裸なのは彼女のちょっと危ない趣味ではなく、全てはスキルの効果だ。

 このスキルは厄介な事に制御不能で常に発動し続けている。彼女の体の表面から大きく一歩踏み出したぐらいの範囲内にあるものは、全て透明になってしまう。

 今も服を着ているのだが、『透明化』の影響で全裸にしか見えない。

 ちなみに服を脱いで彼女から離せば、服や物は透明ではなくなる。


「いっそのこと、この身も透明になれば好き勝手できるのだがな」


「そこが残念ですよね。完全に透明になれるのであれば、使い勝手のいいスキルなのですが」


「そうだな。いつか回収屋が『売買』のレベルを上げ、この忌々しいスキルを買い取る日が来るのを祈るしかないのか」


「『売買』の強化は誠心誠意努力中ですが、他に何か有効なスキルを見つけたら売りに来ますので。それまでご辛抱ください」


 オンリースキルだけは『売買』で買い取ることができない。オンリースキルの買い取りは他にも先客がいるので、俺がやらなければならない優先事項の一つだ。


「ところでいつものように『若作り』を、お買い上げに?」


「もちろんだ。それがなければ老いさらばえた体を晒すことになるのだからな」


 女王は常に全裸なので肉体の衰えが目に付きやすい。

 メイド以外に見せることがない体とはいえ、誰かに体を見られた時の事を考慮して、若い体は保っていたいそうだ。

 そこまで気にするような年齢ではないのだが、女としての自尊心があるそうだ。

 その体は今も二十歳前後にしか見えない。


「我が見せる気はなくとも、常に我の姿を見ようと潜んでいる輩がおるでな。念には念を入れて損はあるまい」


 女王の心配は杞憂ではない。姿を見せない女王を不審に思う者も少なくなく、彼女の正体を見極めようと躍起になっている……王族や権力者が後を絶たない。

 彼女の寝室やその周辺は厳重に守られているので、今のところは大丈夫のようだが。

 護衛を担当している面々はかなりの凄腕だ。女王の正体を知っているメイドが育て上げた戦闘メイド隊で、全員のスキルが充実していて戦闘能力も高い。

 監視や護衛に役立つようなスキルを俺も幾つか売った事がある、金払いのいいお得意様の一人だ。


「そういえば城内で小耳に挟んだのですが、結婚を急かされているとか?」


「うむ、それは事実だ。今更なのだがな……。何年も前から摂政や将軍が「跡継ぎを早く」とうるさくてな。だが……結婚なんぞできるわけがなかろう。顔合わせの席に全裸で現れる女と結婚したいと思う輩がいたら、こちらからお断りだ」


 想像するとかなり滑稽な光景だ。

 彼女が常に全裸であることを周辺の国に知られるわけにはいかない。これを知られたら世界中の笑い者になりかねない。それを知った国が外交の道具に利用するのは、目に見えている。

 どれだけ女王に実力があろうと、全裸ではその権威は消え失せてしまう。

 だがそれは秘匿しているから弱点になるのであり、ならばいっそのこと国民に伝え秘密でなくなり開き直れば、外交の材料として利用される事は無くなる。……のではと思い、絵本の提案をしたのだがこの通りだ。


「しかし『透明化』は謎の多いスキルですよね。効果範囲に生物が入っても、その体が透けることはなく、あくまで物だけが透明になる」


「そうなのだ。動物と触れ合うのには問題はない。それが人となると文字通り、裸の付き合いになるがな。夜の営みとなれば関係なくなるのだが、ふっ」


 自嘲した笑い声が微かに届く。

 近寄る者は強制全裸だからな。俺も彼女のスキルを買い取るために近づいたことがあるのだが、『透明化』の範囲に入ると全裸にさせられた。


「それで、今回も真っ裸にひん剥くのですか」


「人聞きの悪い事を言うでない。そこに潜んでいる者! そろそろ出てきてはどうだ!」


 寝室の隅にある巨大な花瓶に向けて女王が大声で呼びかけると、その後ろから黒づくめの男が歩み出てきた。

 細身でありながら均整の取れた体をしている。無駄をそぎ落とした細身の短剣を思わせる男だな。

 黒づくめの男に『聞き耳』のスキルはなく、こちらとの距離も開いていたので会話は殆ど聞こえていなかったはずだ。


「気づいていたのか」


「覗き犯にはなれているのでな」


 不審者が登場したのだが俺は席から立つこともなく状況を見守っている。

 ここで大声を出せば扉の向こうにいるメイド達が流れ込んでくるのだが、女王の判断に任せよう。


「そこの商人、死にたくなければ余計な真似はするなよ」


「はい、何もしませんよ」


 その気は元よりなかったので、素直に頷いておく。


「おいおい。か弱い女性が襲われそうになっているのだぞ、その身を挺して守ろうとは思わぬのか」


「はっはっは、ご冗談を。私はしがないただの商人ですよ。命大事に、が座右の銘ですので」


「黙れっ」


 この状況に相応しくない軽口を叩く俺達に、苛立ちを覚えた黒づくめの男が怒鳴りつける。

 命令に従い黙り込んでいると、男がゆっくりとベッドへ近づいていく。


「依頼内容は女王の姿の確認だ。大人しくしているのであれば命は奪わん」


 ベッドの周りを囲っていたカーテンを短剣の一振りで切り裂くと、カーテンが床に落ちた。

 そこにいたのは金髪で全裸の美女で、寝そべりながら妖艶な笑みを浮かべると、目を細めて黒づくめの男を眺めている。


「ほう。人前に姿を現さぬのは醜女(しこめ)だからという噂だったが、絶世の美女ではないか。昼間から裸なのは、……そこの商人とはそのような関係であったか」


 何か大きな勘違いをしているようだが黙っておこう。

 彼女の『透明化』スキルの影響でベッドの一部も透明化しているのだが、裸の美女に目を奪われそこまで気が回っていない。

 彼女が武器どころか衣類の一つも身にまとわず、無防備な姿を晒しているので心の緩みで注意力も散漫しているようだ。


「殿方に褒められるのは嬉しいものですわ」


 女王が右腕を大きく振って口元を押さえると、ごんっと鈍い音がして黒づくめの男が床に崩れ落ちる。

 腕の届く間合いではなかったのだが、女王が手にしている鞘付きの透明の剣・・・・・・・・が相手の顎を捉え一撃で昏倒させた。


「お見事でした」


「見えない武器で殴っただけだからのう。他愛ない」


 彼女は無防備に見えるが、今も特殊な魔物の革であしらえた頑丈な服を着て、武器の携帯もしている。見た目に反して備えは万全なのだ。

 更に『剣術』のレベルも高く、あの程度の者なら相手にならない。


「ところで、いつまで我の裸を見ているのだ?」


「これは失礼しました。後ろを向いておきますね」


 この状況で全裸を見ても何も思わないのだが、相手は女王なので妙な真似はしないに越したことはない。

 背を向けるついでに倒れている男を、斬り落とされたカーテンで縛っておく。


「はぁー、我の婚期は当分訪れることはないようだ」


 背後から聞こえる諦めた声に、適切な言葉は何かないかと咄嗟に頭を働かせる。

 ……そうだ。悩める女王様に一人だけ相応しい相手を思いついた。


「結婚相手ですが、一人だけ女王様に相応しい方に心当たりがありますよ」


「ほう。物は試しだ、言うだけ言ってみるがいい」


「その方は二十代で独身。周囲に結婚を急かされているところも同じです。しかも王族なので身分の差もありませんよ」


「なんと、それは理想的ではないか。だが、私は裸なのだぞ? そんな相手と好き好んで結婚するような男がいるとは……」


 一瞬、声が弾んだのだが少し冷静になり、無いと判断したようだ。

 だがその反応は予想済み。用意していた言葉を続けることにした。


「可能性はあると思います。その方は人の心が聞ける『精神感応』スキルを所有している、王子様です。相手の心を丸裸にする能力ですので……、きっと裸には慣れていますよ」


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