金儲け
「お久しぶりです、回収屋さん! とりあえず匿ってください!」
走り寄ってきたのは帽子を目深に被った男で、街中で突然呼び止めると妙なことを口にした。
少し後ろには速足で追いかけてくる、執事らしき男とメイドもいるようだ。
あれ、この人達は確か……。
「担当に追われているのです! 締め切りの催促で!」
そうか孤島に屋敷を建てた小説家だ。『死んだ振り』のスキルを所有している売れっ子の。
大声で叫ぶので道行く人々がこちらに注目している。
「とりあえず、詳しい話はそこの飲食店で」
小説家と従者達を誘い、近くにあった洒落た店に入っていく。
厄介ごとに巻き込まれそうだが、今は別の案件で忙しい。それが片付いてから対応させてもらうことにしよう。
「無理を言って申し訳ありません」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。それに追加料金をいただいて、こちらは得していますので」
隣に座る御者に頭を下げると、柔らかい笑みで返してくれた。
御者は細身で温和そうな四十代ぐらいで、これといった特徴もない。何処にでもいそうな平々凡々とした男だ。
そんな御者と話し込んでいる俺は、乗合馬車の御者席に座っている。
街道を三日進んだ先に鉱石が採掘されることで有名な鉱山の街があり、そこまで運んでくれる乗合馬車に無理を言って同乗させてもらった。
四人乗りの座席は全て埋まってしまっていたので、御者の隣に座っている。
「本当に助かりました。馬車も予約していたのですが野暮用で時間に間に合わず、先に出発してしまいまして。今思えば節約せずに貸し切りにしておくべきでした」
「それはついていませんでしたね。行商人のように見受けられますが、何か商談でも?」
「ええ。結構大きな取引がありまして、指定の日時に遅れる訳にはいかないのですよ。ここの乗合馬車は護衛も雇っているので安心できますね」
俺の乗り込んだ馬車の組合は定期的に各街へ人や荷物を運んでいるのだが、専門の護衛を雇っているので他と比べて安全性が高い。
現に馬車の前方と後方に馬に乗った護衛がいて、二人とも戦闘スキルが充実した実力者だ。並の魔物なら安心して任せられる。
その分、料金も高くなるので、庶民ではなく富裕層が利用することが多い。
「ええ、うちは安全第一ですからね。今日のお客様はとある商家の方で、ご家族で旅行した帰りだそうです」
同乗させてもらう際、先客に挨拶をすると、気品のある紳士と小太りな男性。そして背丈の変わらない二人の女性は快く受け入れてくれた。
身なりもよく上質な衣類を着ているので、裕福なのは間違いない。
「商売人としてはお近づきになりたいところですが、これ以上ご迷惑を掛けたくはありませんので自重しますね」
「はっはっはっ、商魂たくましいですな。先ほどから抱えているお荷物だけでも、車内に運びましょうか?」
俺が大事そうに抱え込んでいる頑丈そうな鞄をちらっと見て、御者が気を利かせてくれたようだ。
「お気遣いありがとうございます。ですが商談で扱う大金が入っていますので、こうやって抱えていないと安心できないのですよ」
「それはそれは。手元にないと心配ですよね。余計な申し出をしてすみません」
「いえいえ」
俺達の会話が聞こえていたのか、少し先を進む護衛の一人が一瞬だけこっちを見た。
それに気づいた御者がにこりと微笑み、
「大丈夫ですよ」
と言って小さく頷くと、すぐに視線を戻す。
「私が急に笑ったので、何かあったのかと気になったようですね。彼は何かと耳ざとい人でして。……耳ざといと言えば、これは自慢になるのですが私も耳には自信があるのですよ。あと目もちょっとしたものなのですよ」
手綱を握ったまま自慢げに胸を反らす御者。
彼の自信には根拠がある。俺はスキルを予め調べていたから、何を自慢したいのか即座に理解した。
「そうなのですか。もしかして、そういったスキルを所有している……とか?」
「ご名答です!」
驚いているようだが、『鑑定』を使わなくても流れから想像がつく。
「実は『聞き耳』と『鷹の目』がありまして。御者としてかなり重宝しているのですよ」
「それは優秀ですね」
初めて知ったかのように過剰気味に驚いて見せる。
こういう場合、相手のことを持ち上げておいて損はない。
『聞き耳』は愛用しているスキルだが、『鷹の目』はレア程ではないが珍しい方のスキルだ。
能力は視界内の対象を素早く捉えることができる、といったものだ。狩人のように弓を使う者が所有するとかなりの効果を発揮する。
あと物探しにも適しているので、冒険者内では人気のあるスキルの一つだ。
「魔物の足音や鳴き声を『聞き耳』で捉えてから、『鷹の目』で対象を見つける。この能力のおかげで魔物の襲撃をいち早く察知できますからね。スキルのおかげで何度命拾いをしたことか」
「いやー、頼もしいですね。最近、この一帯で馬車を狙う盗賊がいるとの噂を耳にしていましたので、少し気がかりだったのですよ。貴方の操る馬車に乗れた幸運に感謝しなければ」
「それは大袈裟ですが、お客様の安全は私が守りますよ!」
どんっ、と強く胸を叩いて鼻を鳴らしている。
魔物が跋扈するこの世界で安全性に自信があるというのは、何よりの強みになる。過剰なぐらい自分のスキルを自慢するのは、客の安心感を得るための演出の一つなのだろう。
「とはいえ、私の仕事は今回で終わりなのですが」
さっきまでの自信に満ち溢れた顔が急に穏やかになると、大きく息を吐く。進路方向を見つめる目は、周りの景色ではなく別の何かを見ているかのようだ。
「今日で御者を引退されるので?」
「ええ。本当はもう少し続ける予定だったのですが、色々ありまして」
苦笑して言い淀む場合、このまま続きの話を聞き出すべきか、それとも触れないでおくべきか、聞き手としては判断が難しい。
だが俺の場合は『心理学』でおおよその心の動きが読める。
彼の場合は自分から切り出すことをためらってはいるが、人から聞かれるのを待ち望んでいる。といった感じか。
「もしよろしければ、理由をお聞きしても?」
「お耳汚しになるだけですが、もしよろしければ旅の暇つぶしにでも聞いてください」
やはり、誰かに話したかったようだ。
『心理学』はこういった心の機微を察知できるので交渉にも有効なのだが、日常会話では多用しないように、と不老不死であるクヨリから釘を刺されている。
俺に自分の心が見抜かれるのはいい気がしないから。という理由で。
「我が家には小さくとても可愛らしい娘がいまして。百人中百人が可愛らしいと断言するほどの、天使の生まれ変わりかと見紛うほどの、それはそれは可愛い娘なのですよ!」
拳を握りしめ熱く語る御者は、親バカのようだ。
「生まれつき体が悪く、特に五感が鈍いのですよ。最近では視力も落ちて、声も出にくく、耳も遠くなり体力も衰える一方なのです」
これは『虚弱体質』といった負のスキルの影響なのだろうか。それなら俺が買い取れば解決するが、スキルに関係なく生命力が生まれつき弱い人もいる。
「何か悪いスキルがあるのではないかと『鑑定』したのですが、特に悪影響を与えるスキルもなく、生まれつきの問題だという事でした」
買い取り不可か。
「それでも娘を何とかできないかと情報を集めた結果、治療法が見つかったのですよ。本当に嬉しかった、まともにベッドから立ち上がることもできない娘を、元気にしてやることができる。その薬の存在を知った私は、いい歳して妻と抱き合って大泣きしてしまいまして」
当時を思い出したのだろう。赤い目をして鼻を指で擦っている。
親としては当たり前の反応。
愛されている娘さんだな。自分の幼少期と比べると、少し羨ましい。
「ただ、その治療薬はかなり高価でしてね。それを知ってからというもの身を粉にして、金を稼ぐことだけを考えてきました。ええ、それだけを考えて生きてきました。それ以外の事は何も考えないように……して。でも、それも今日までのことです。これでようやく目標金額に達することが……」
そう語る御者の顔から表情が消え、陰りが見えた。
濁った瞳が俺の顔ではなく、少し下の方をじっと見つめている。
治療薬を買うために相当な無理をしてきたのだろうな。……回りくどい雑談はこれぐらいにして、本題を切り出すか。
「貴方のスキルがあると色々便利ですよね。普通の人には聞こえない合図を『聞き耳』でいち早く捉え、待ち伏せの場所の目印も『鷹の目』で見過ごす事もない」
俺がそう言って御者に微笑むと、顔から血の気が失せていく。
御者の手の震えが伝わった手綱が細かく波打ち、馬が戸惑ったように足を止めた。
「な、何を仰っているので?」
惚けるのが下手だな。
顔面蒼白でガチガチと歯を鳴らしながら話す言葉を、誰が信用するのか。
「いえね。とある乗合馬車を営業している御方からの依頼でして。最近うちの荷馬車が頻繁に狙われているので、内部に裏切り者がいないか調べて欲しい、と。それでまあ、こうやって乗り遅れた振りをして、怪しい馬車に同乗させていただいたのですよ」
「な、なんのことを、言っているのですか。私を疑っているのであれば、見当違いですよ。私が乗った馬車は襲われたことがありません」
「はい、そうですね。でも不思議な事に襲われた馬車は、貴方の馬車から少し離れた後方を走っていたものばかりだそうですよ。それに何故か貴方の馬車の護衛は昼食時や野営時に、見回りと称して長時間姿を消すことが多い」
事前に情報屋のマエキルから得ていた情報を、笑みを崩さずに話していると、馬車の前方と後方に陣取っていた護衛が御者席の隣に並んでいた。
目を細めじっと俺を睨んでいる。その視線からは殺気がありありと感じられる。
「おや護衛のお二方ではありませんか、ご苦労様です。ところで護衛だというのに、『尾行』『隠蔽』『窃盗』といった盗賊に適したスキルが揃っているのですね」
俺の言葉に対する返答は――抜刀だった。
「ひぃぃぃ、私を巻き込まないでくれっ!」
情けない声を上げて御者席から転げ落ちた男は、地面に尻を突いたままその場から離れようとしている。
「やはりグルでしたか」
御者と盗賊が繋がっていて連絡を取り合い、乗客を狙い金品を強奪する。
定番中の定番。物語や演劇、冒険者達との会話等で何度も見聞きしたことのある、平凡な手口だ。
「はぁー、ここが潮時か。そいつが怪しまれちまったら、同じ手は使えねえな。ごくろうさんだったな」
護衛の一人が剣の腹で自分の肩を叩きながら、怯えている御者へ話しかけている。もう一人の護衛は俺に切っ先を突きつけ、「動くな」と脅す。
「こ、これで金は貰えるんだろ! もう、騙さなくていいんだろ⁉」
子供の治療費の為に盗賊連中と手を組んでいたのか。予想通り過ぎて驚く気にもなれない。
必死な思いが伝わってくるが、自分の娘を助ける為に何人……いや、何十人も犠牲にしてきたのだろう。
大義名分があったとしても、許される事ではない。
「おうさ、よくやってくれたぜ。お前が事前にそのスキルで情報を集め、その目で相手の特徴を事細かに伝えてくれたおかげで楽させてもらった」
「いい商売ですね。楽して情報を得ることが出来て、貴方達の仕事の成功率も上がる」
「分かっているじゃねえか、商人。おまけに今回は、大金をわざわざ運んできてくれた飛び入り参加の客もいるからな。一挙両得のぼろ儲けってのはこの事だ! 俺の方が商売人として大成すんじゃねえか? ふはははは!」
「ちげえねえやっ! ひゃははははは!」
元護衛二人が顔を合わせて大笑いしている。
今までこの手口で楽に儲けてきたのだろうな。勝利を確信するのは勝手だが油断しすぎだ。
「さーて、思わず笑っちまったが。ここまで楽に事が運んだのはお前のおかげだ。これは、その礼だ!」
元護衛は剣を掲げると、ためらうことなく御者の頭へと振り下ろす。
「話しが違っ!」
刃が御者の脳天を真っ二つに割る直前、俺は『怪力』『硬化』を発動させ護衛の剣を素手で掴んだ。
寸前のところで剣は止まったが、御者は目を限界まで見開いた状態で口から大量の涎を流し、そのまま白目をむいて倒れている。
「なっ、てめえ! 邪魔をする気かっ!」
「もう少し捻ったことを言いませんか?」
ありきたりな台詞と展開にうんざりしたので、さっさと終わらすことにした。
御者と元護衛をロープで縛りあげていると、馬車から四人の乗客が降りてきた。
小太りの男は好奇心に目を輝かせて縛られている男達に近づき、あらゆる角度から観察しては手にしたメモ帳に何やら書き込んでいる。
紳士と双子の女性は直立不動のまま、視線だけは小太りの男性を追っていた。
「いやー、実際の強盗というのは中々の迫力がありましたよ。やはり書物で知るのと実際に目の当たりにするのとでは雲泥の差がありますね」
「喜んでいただけたようで何よりです」
「ところで、この御者はどうするので? 犯罪に手を染めてはいますが、事情もあったようですし」
男は御者に対して同情しているようだ。話を車内から聞いていたのだろう。
「犯罪は犯罪ですので、裁きを受けてもらいますよ。とはいえ、娘さんの事柄に関しては同情の余地はあります。死刑になるか懲役刑になるかは分かりませんが、牢獄でスキルは必要ないでしょう。私が買い取ってご家族に料金を支払いますよ。それで治療薬も購入可能だと思いますので」
何人もの人を襲う手助けをしていたのだ、情だけで助ける訳にもいかない。
直接ではないが殺人犯の一味であることは間違いない。俺が無力だったらあの場で死んでいたかもしれないのだ。
娘を助けることを優先して人殺しの片棒を担いだ。相手に裏切られようが、その事実は消えることはない。
「そうですね。罪は罰せられなければなりません。それは私の作品でも共通しています。真実は小説より奇なり、と言われますが今回の場合はそうでもありませんでしたね」
残念そうに呟く小太りの男は――小説家だ。
以前、彼の住む島に招かれ編集の目を誤魔化す目的の為だけに、他殺に見せかけた死んだ振りをして、後で執事と双子メイドに散々怒られた問題小説家。
そんな彼は先日、締め切りから逃げて俺のいる街にやってきたのだが、そこで何か小説のネタになるような話はないかと相談されたのだ。
ちょうど馬車強盗の依頼を受けていたので、乗客役を頼むことにした。
彼と同行している執事と双子のメイドは元暗殺者なので腕っぷしは問題ない。万が一の事態になっても安心して任せられるので乗客役を任せられた。
そして予定通り裏切り者を発見。この展開で小説家も生の裏切りや、御者の葛藤を目の当たりにできて 創作意欲が増す。ついでに謝礼もいただける。
更に御者からスキルも買い取ることができた。
本命の馬車組合からの依頼料も手に入る。
――そういえば、この元護衛は偉そうなことを言っていたな。
抵抗する気力を失っている彼らを見下ろし、俺はゆっくりと口を開いた。
「商売をなめないでください。本当の一挙両得とは、この事ですよ」