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偽りの聖女

 大地を蹴りつけ前へ前へと飛ぶように移動する。

 巨大な湖の水面を走り、垂直に切り立った崖を登り、道なき道を進む。

 凶悪な魔物が住むと言われている森にためらいもなく突入して、進行方向の邪魔な木々や魔物を蹴散らし、目的地へ向けて一直線に最短距離を駆け抜けている。

 拠点としている街からだと馬車で一か月は覚悟しなければならない距離なのだが、『跳躍』で障害物を飛び越え、『俊足』で馬よりも速く駆け、『超回復』で不眠不休の走りを可能にした。

 これなら半分……いや、もっと時間を短縮できる。

 (はや)る気持ちは地面にぶつけ、頭だけは冷静になろうと心がけてはいるが、頭に上った血が一向に下りる気配がないのは自覚していた。

 眠り姫とマエキルからもたらされた情報を聞いた俺は街を飛び出し、ある村に向けて走り出してから三日が経過している。


「いい加減、冷静にならないと」


 木陰から飛び出してきた魔物を軽く腕を振るって粉砕しながら、独り言を呟く。

 足を止める気はないが、判断力だけは正常に戻しておきたい。


「聖女か」


 二人から得た情報は、大陸の南に位置する小さな村についての噂話だった。

 その村には聖女と呼ばれる女性が住んでいる。村では医者や相談役として活動していて、村人からも親しまれているそうだ。

 それだけならなんの問題もないのだが、その女性は『鑑定』を所持していて村人や旅人に対しても無料で『鑑定』をしている。

 一番引っかかったのは、村に向かった有能なスキル所有者の何名かが行方不明になっている。という情報だ。


 更にその村から無事に戻ってきた人のスキルレベルを調べたところ――レベルが下がっていた。

 ここまで情報が出揃えば、嫌でもある人物を連想してしまう。

 レアスキル『強奪』を所有していた――俺の姉を。

 通常スキルレベルが下がることはあり得ない。『売買』や『強奪』でスキルを奪わない限りは。

 自分の知らない新たなスキルの可能性もあるが、この状況は以前姉が俺の住んでいた村でやっていた事と同じ。

 ――そこから考慮すると姉である可能性が高い。だが、今までその尾も見せていなかった姉が、こんなに分かりやすい事をするのか? という疑問は残っている。

 ……これが罠だとしても、あえて飛び込むつもりだ。


 あの惨劇の一夜から気の遠くなるような年月が流れた。あれから初めて得た貴重な情報。――姉に繋がる細い細い糸。

 この今にも千切れそうなか細い糸を辿っていくしか、今の俺に術はない。

 走りながら胸元から取り出した、肌身離さず持ち歩いている姉と自分の肖像画を取り出す。そこには優しく微笑む姉と無能だった頃の俺がいる。

 しばらく眺めていると、ほんの少しだけ心のざわつきが収まったので、再び定位置へとしまい込んだ。


「油断だけはしないでおかないと」


 右手でオーガの頭を握り潰しながら、落ち着くために深呼吸をする。鉄の錆びたような臭いが肺に流れ込む。


「血を洗い流さないとな」


 無意識に敵を粉砕していたようで全身が返り血で赤く染まり、体中に血の臭いが染みついていた。





 あれから数日が経過して、ようやく目的地へとたどり着いた。

 流石に頭も冷えたので道すがら村の情報を集めたのだが、二人から得ていたものと大差なく、二人の情報収集能力の優秀さを実感しただけだ。

 新たな情報として気になったのは、酒場で酒を奢って聞き出した話ぐらいで、


「あの村に一週間前ぐらいに行ったんだがよ。なんか、あれからちいと調子悪くて、ミスを連発してな。俺は『木工』スキルがあるんだが、どうにも体が重い気がしてよ」


 と首を傾げていた男にスキルレベルを尋ねると、調べたことがないという事だった。

 スキルレベルの話を聖女にしたのか問うと「話したと思うぜ。鑑定を無料でする前に、色々聞かれたからな。どんなスキルを持っているかとかよ」と答えた。

 つまり、スキルレベルを知らない相手からは大量にスキルレベルを奪った……とも考えられる。

 姉である条件が揃えば揃うほど鼓動が激しくなり、息が苦しくなっていく。

 会える喜びと、姉に対する恐怖。そして――怒り。

 様々な感情が入り乱れ『精神異常耐性』を発動してみるが、感情を抑えるまでにはいかなかった。


「悩むのはここまでですかね」


 答えが出ないまま村が見える距離まで来てしまった。今は村の全貌が見える高台から『千里眼』で覗いているのだが、人々の顔は明るく治安もいいように思える。


「噂の聖女はいないようですが」


 その姿が見えないことを残念に思うよりも安堵を覚えていた。

 ここまで来て、これだけ長い年月が流れたというのに、まだ腹の決まらない自分に苛立つ。

 村では人々からスキルを少しずつ奪いながら、他から来た有能な者からは大量に奪う。時には相手を殺してでも。

 この予想が当たっているなら、弟として姉の愚行を止めなければならない。

 つまり、この手で――殺すということだ。

 その覚悟は出来ているつもりだった。その……つもりだった。


「人に偉そうなことを言っておきながら、このざまか」


 時に人を叱咤激励して、人生に関して偉そうに語ったことも一度や二度じゃない。

 そんな自分が、何年、何十年、何百年と悩んできたことに対してまだ迷いが生じている。


「会って決めよう……。いや、決めましょう」


 独り言とはいえ、いつもの話し方に戻す。こうすることで一歩引いた目線で辺りを見ることができる。あの情けなかった弟ではなく、回収屋としての自分として。

 まだ姉だと確定した訳じゃない。まずは今後どうするか決めないと。

 妥当なのが普通に商人として村を訪れる。だが、この場合は聖女が姉でなければなんの問題もない。ただし、姉だった場合は最良の策とは呼べない。

 このまま陽が落ちるのを待ち、闇夜に乗じて忍び込むというのもありだとは思う。『隠蔽』や『忍び足』や『隠密』といった諜報活動に適したスキルも揃っている。

 大まかな方針としては、この二択に絞られそうだ。

 忍び込むにしても既に俺のことを察知されている可能性もある。……このままだと堂々巡りだな。

 俺は懐に忍ばせて置いたお守り代わりのコインを一枚出した。

 それを指で弾くとクルクルと回転しながら空へ上っていく。


「表なら正面から。裏なら深夜にお邪魔する事にしますか」


 日の光を浴びて輝きながら落ちていくコインは、地面に落ちて一度跳ねるとその動きを止めた。結果は――。





「おんや、行商人かね。こんな僻地までよう来たなぁ」


「近くの村で最近この村が活気づいてきていると耳にしまして、何か儲け話はないかと」


「はっはっは、正直な商人じゃのう」


 丸太を突き刺しただけの塀で囲まれた村の唯一の入り口にいた門番に話しかけると、友好的な対応をしてくれた。

 ここは魔物の被害が少ないのか、門番は穏やかそうな老人が二人しかいない。


「見張りは二人で大丈夫なのですか? 強力な魔物が現れた場合どうなさるので」


「そりゃ、ワシらのどっちかがエサになっている間に若い衆を呼べばいいわな。ふぉっふぉっ」


「違いないな、はっはっはっ」


 パンパンと膝を叩き笑っている老人達の顔に悲愴さはない。手も足も細く、もう農作業や家で役立つことは少ないのだろう。

 ここが自分の最後の役割だと信じ、日々を過ごしているのか。

 そんな考えを村人の全てが当たり前のように持てる村だとしたら、掛け値なしに素晴らしい村だ。

 聖女が姉ではなく本当に聖女と呼ばれるに相応しい人格者であれば、何も問題はないのだが。


「そういえば、噂によると聖女様がいらっしゃるそうですが」


「おー、あんたも聖女様を目当てに来たんか。金色の美しい髪をした別嬪(べっぴん)さんじゃからのう、無理もない。気立てもええし、毎週無料で皆のスキルを『鑑定』してくれてのう。能力の伸ばし方についても助言をくれるのじゃよ」


 昔の姉とやっていることが同じだ。赤の他人が同じことをしている、というのは無理がある……か。そうなると、覚悟を決めないとな。

 事前の情報と老人の話も一致している。聖女の見た目は金髪の美女。それも姉に当てはまる外見だ。

 特殊な方法でレアスキル『強奪』を分けたことも考えたが、『強奪』を分けることが可能なのは、俺の知り得る限りでは『売買』だけ。

 その方法は単純でレアスキルを全て買い取るのではなくレベルを残して買い取り、そのレアスキルを別の人に売ればいいのだ。

 これを使えばレアスキルを増殖することも可能。ただし、この方法を使えるのは俺だけ。

 実は『売買』がオンリースキルではなくレアスキルで、同じスキルを所有する者がいたら今までの考察は全て無駄となるが。


 オンリースキルの見分け方は二つあると言われている。


 一つ、過去に同じスキルが存在していたか。

 一つ、スキルのレベルが上がるか。


 つまり、過去に同じスキルが存在せずに何度使用してもレベルが上がらなければ、オンリースキルだと確定される。

 一般的には前者の過去に同じスキルがあったかどうかで見分けているようだ。

 そもそも後者の『レベルが上がらない』という認識を俺は覆そうとしているのだが。……今は考えないでおこう。


「その聖女様は何処に住んでいらっしゃるのですか?」


「村外れの建物に住んどるよ。おっと、妙な事を考えん方がええぞ? 聖女様は多彩な魔法も操れるからのう」


「肝に銘じておきますよ」


 あっさりと聖女の場所を教えたのは実力を信用しているからか。

 隣の老人も同意して大きく頷いている。

 二人に礼を言い、他の村人にも話を聞いたが返答はほぼ同じだ。

 誰も彼もが聖女を褒めたたえ、悪い話は一言も聞かない。崇拝と呼んでも過言ではないレベルで慕われている。

 家の場所は皆が把握していて、ためらうことなく教えてくれた。

 その家は村から少し離れた小高い丘の上。


「冗談でしょう……」


 丘の上にポツンと建つ建物を見て、思わず声が漏れた。

 姉と過ごした我が家を過去の記憶からそのまま持ってきたのかと見紛うぐらいに、類似した外観をした家。

 壁の傷も、花壇の花も、井戸の位置も……記憶となんら変わらない。


 一歩踏み出すたびに、過去の映像が頭に浮かぶ。

 一歩、だらしない姉に怒りながら洗濯物を干す自分。

 一歩、庭で写生をしている姉を眺めながら薪割りをしている自分。

 一歩、井戸に落ちそうになった姉を後ろから必死につかんでいる自分。

 何度も忘れようと思った幸せだった頃の記憶が、忘れていいのかと訴えかけてくる。


「いつまで姉に甘えているつもり……なのですか」


 頭を振りバカな考えも記憶も振り払う。

 目の前には家の扉がある。大きく息を吐き、ドアノブに手をかけた。

 警戒ランクを上げろ。慢心も油断も追想も必要ない。

 大きく息を吸い込み、勢いよく押し開く。

 室内は見慣れた我が家……ではなく、椅子もテーブルも家具が何一つない空虚な部屋があるだけだ。

 そして、その部屋の中心に立ち優しく微笑んでいる一人の女性。

 金髪の長い髪に黄褐色の肌。目は糸のように細く、赤く小さな唇が艶やかな笑みを浮かべている。年齢は三十手前ぐらいか。

 純白のワンピースを着た姿の女性をまじまじと見つめ、小さく安堵の息を吐く。


「……別人ですね」


「安心されましたか?」


 姉ではない女性が初対面にもかかわらず、親しげに話しかけてきた。

 まるで俺の心を見透かしたかのような事を口にする女性だ。

 外見は似ている。遠くから見たら姉と見間違える可能がないとは言えない。だが別人だ。間違いなく赤の他人だ。

 だからといって油断するわけにはいかない。得体のしれない相手であるのは確かなのだから。


「貴女が聖女と呼ばれている方ですか?」


「村ではそう呼ばれているようですね。貴方は回収屋様ですよね」


 問いかけてはいるが、質問というより答えが分かった上で確認しているかのようだ。

 俺が無言で頷くと笑みが深くなる。

 ――嫌な笑みだ。『演技』のスキルが高いのか、一見完璧な笑みに見える。だが、そこに心が感じられない上辺だけの作られた笑顔。

 まるで……姉のような。


「スキルが見えないのはスキル……。いや、鑑定を阻害する大いなる遺物を所有されていますね」


「ご名答です」


 聖女が胸元に手を入れると、三角錐を三つ混ぜ合わせた形の魔道具を引っ張り出した。セラピーや王子が持っていた『鑑定』を防ぐ大いなる遺物がここにも。

 さすがに近いうちに三度も経験すれば、直ぐにピンとくる。


「回りくどい問答をする気はありません。貴女と姉の関係は?」


 言葉遊びをする気はなかったので、いきなり本題を切り出す。

 眉尻がピクリと動き目が見開かれる。


「あら、せっかちですこと。殿方は少しもったいつけるぐらいの余裕を見せていただけないと。男女間での会話はいかにして相手の気持ちを汲むか。そこが重要なのですよ」


「この歳まで独身なのですから、そこは察してください」


 そのぐらいの軽口に付き合う余裕はある。

 姉ではなかったことで焦燥感に駆られそうになったが、それよりも安心が勝り心の余裕を生んでくれた。


「女性に対しての駆け引きが苦手ですのね。ここで惚けても時間の無駄なので、ハッキリ申します。回収屋様のお姉様は、私の(あが)める御方ですわ」


 あっさりと姉との関係を認めたか。

 ――繋がった。姉とようやく!


「崇める……ね。姉は新興宗教でも立ち上げたのですか」


 落ち着け、冷静さを忘れるな。

 昂る感情を押し殺し、平静を装い会話を続ける。


「宗教などと一緒にするのは、やめていただけませんか。弟様とはいえあの御方への侮辱は見過ごせません。我々が自ら(うやま)い慕っているだけですわ」


 胸に手を当て、光悦として語る聖女の言葉には狂気すら感じる。

 否定はしていたが熱心な信者そのものだ。――それも頭に「狂信的な」が付く。

 以前、邪神を信じ世界の破滅を目論む、怪しげな宗教団体に関わったことがあるのだが、そこの信者たちの何ら変わりない。……違うな、彼らより聖女の方が酷い。


「聡明でありながら美しく、気高く美しく、万能の力を所有し美しく、全ての生物の頂点に立つべき美しき御方」


「美しいの安売りですね」


「弟様とはいえ侮辱は許しませんと言ったはずですが?」


 うっとりとした表情で天井を見上げながら、どうでもいいことを話し続けていた聖女が、こちらをじろりと睨む。


「その美しい姉上様は今どちらに?」


 まともな会話は成り立たないと判断して、姉に関する事だけを聞き出す方針に切り替える。

 俺の発言に満足したようで、聖女は満面の笑みを浮かべた。

 意外と扱いやすいようだ。


「それは、知りません。我々は神託を待ちそれを実行するだけの存在なので」


 神託。それは姉の指示の事だよな。否定しておきながら姉を神扱いしているぞ。

 ここまで偶像崇拝が酷いと、姉の情報は必要最低限しか聞き出せない可能性がある。

 何よりも厄介なのは「我々」と口にしていることだ。姉を崇拝している面倒な輩が複数存在しているということになる。


「この村での行いは姉を真似ているのですか?」


「ええ。そういう神託をいただきましたので。あの御方が望まれたように生きているのです。幼き日々をどのように過ごしたのか、詳しく教えてくださいました。私の手を優しく握り「これは貴女のスキルにしか頼めない」と朝露に濡れた薔薇(ばら)のような唇で囁いてくださったのです。あの御方の人生を真似させていただけるなんて、光栄ですわ」


 姉の指示に従ってここでの生活をしているというのか。

 その言葉に嘘偽りがないのであれば、姉は何のためにそんな事を……。それにもう一つ気になる点がある。


「姉が村で何をしていたのか知った上で、それを真似ているというのですか」


「ええ、私は誰よりも真似るのが得意なので。無能な村人からスキルを少しずつ奪いながら、めぼしいスキルは全て奪い証拠は隠滅する。幼くして素晴らしい行動力ですわ」


 姉の被害者なのかと同情する気持ちが少しはあったのだが、姉に心酔して盲目になっている外道のようだ。

 聖女と呼ばれる女性に、手心を加える必要は無くなった。


「姉の目的はご存じなのでしょうか」


「弟様が来ることになるとは仰っていました。私はその言葉を信じ日々を過ごしていただけですので」


 やはり俺を(おび)き出すための行動だったか。姉の事だ、何処かでこの光景を見ているかもしれないな。

 辺りに視線を走らせ『気配察知』も最大レベルで解放するが、姉らしき気配は感じない。


「どうかされましたか?」


「いえ、その後はどうしろと」


「私の判断に任せる、とのことでした」


 口角を吊り上げ白い歯をむき出しにして、今日一番の笑みを見せる聖女。この邪悪な笑顔を見たら誰も聖女と呼ばなくなるだろう。

 今日は質問ばかりだが、これが最後になりそうだな。


「それで、聖女様の答えは?」


「あの御方の足枷になる者は……。排除でしょうか」


「なるほど。そうなりましたか」


 想定内の答えだったので、俺も負けじと口元を歪める。相手とは違い苦笑に近いが。

 姉の信者が俺を同様に崇拝するとは、端から思ってもいなかった。

 故郷の村の連中と同じだ。姉に近づく者は俺を毛嫌いする。

 それは俺が無能なスキル所有者だったという問題だけではなく、姉が気に掛ける異性の存在が許せないのだ。それが血の繋がった兄弟であっても。

 それ程までに姉は魅力的だった。今思えば相手に嫉妬させる『魅了』系のスキルを所有していた可能性が高いのだが。


 敵対することが確定した今、真っ先に解明すべき謎がある。――聖女もどきのスキルだ。

 姉のように相手のスキルを奪っていたのであれば、『強奪』スキルと普通は考える。さっきの会話でも姉に「これは貴女のスキルにしか頼めない」と言われたと語っていた。

 ……かまをかけてみるか。


「しかし、姉と同じレアスキルを持つ人がいるとは思いもしませんでしたよ」


 自分が知らなかっただけで、『強奪』スキルは同時期に幾つも存在するスキルでレアではないのかもしれない。その可能性も否定できないので、相手の反応を確かめる。


「あの御方と同じスキルなんておこがましいですわ。『強奪』は唯一無二のスキルでなければ。私のは……」


 わざとらしく口元に手を当て、口を噤む。

 そこから先が聞きたいのだが話す気はないようだ。

 今のは『心理学』で嘘ではないと判定したが、彼女のスキルが見えない状態では『心理学』を信じ切るわけにもいかない。

 だが長年の勘が、彼女は嘘を言っていないと判断を下す。スキルではなく、回収屋としての経験がそう訴えている。

 となると、何のスキルだ。レアスキルも含めて世界中にあるスキルの大半を俺は理解しているつもりだ。知らないスキルがあるとすれば、それは――。


「オンリースキルですか」


「ご名答。腐ってもあの御方の弟ですね。肝心な能力はお分かりになりますか?」


 俺に対しての様付けは消えてしまったようだ。

 正直ある程度は予想がついている。ヒントは彼女の会話の中にあった。


「おそらく、複写、複製、模倣、といった、相手のスキルを真似ることが可能なスキルでは?」


「えっ」


 ようやく聖女もどきから笑みが消えた。ぽかんと口を開けて間抜け面を晒している。

 正解を引き当てたか。

 姉の彼女にしか頼めないという発言。真似るという行為に対する自信が見え隠れしていた。姉を盲信する彼女なら『強奪』を模倣しろと言われれば喜んで実行する。

 そう考えて駄目で元々、一番可能性が高い能力を口にしたのだが、どうやら的中してくれた。


「ふーん。私のスキルが『模倣』だと分かったところで、その条件も詳しい能力も不明でしょ。さあ、あなたのスキルも全て真似て差し上げるわ!」


 確かに、『模倣』が複数のスキルをレベルも含めて真似ることが可能なのであれば、安易には勝たせてくれないだろう。

 しかし、『模倣』自体はそこまで強力でも万能でもない。――と考えている。仮に相手のスキルを全て完璧に真似ることが可能だとしても、負ける気はさらさらない。

 俺は無言で一気に距離を詰める。『縮地』を発動して玄関から部屋の中央まで、瞬間的に移動をした。

 普通の相手なら俺の動きに対応できずに、腹に一撃をくらい悶絶するという流れだが、彼女は後方へ飛び退くと同時に右手を俺に向ける。


「弾けてっ!」


 手のひらに収束している赤い粒子が目も眩むような光を放つ。俺は咄嗟に『跳躍』を発動させて左へと全力で飛び、窓をぶち破り屋外へと退避する。

 一条の赤い光がさっきまで俺の居た場所を貫き、床へと突き刺さると大爆発を引き起こした。

 吹き上がる爆風が炎をまとい、瓦礫と化した家を粉砕しながら荒れ狂う。

 全力で爆心地から離れたので俺に被害はないが、元家のあった場所には巨大な窪みが出現している。

 あれは上級魔法の一つだ。風属性と火属性を習得した魔法使いにしか放てない混合魔法。


「避けられましたか。残念」


 爆炎の中から無傷で現れた聖女もどき。あの炎の中にいたというのにワンピースに焦げ目の一つもついていない。

 面倒な相手だ。後方へ素早く退いた動きも、戦闘系スキルを幾つか組み合わせたとしか考えられない、不自然な回避速度だった。

 『模倣』で他人の『上級魔法』を真似たのか、それとも姉の『強奪』に化け奪ったのか。その答えを知りたいとは思うが、それは後回しだ。


「幾つものスキルを得たこの私に、あの御方のまがい物が勝てるとお思いですか」


「まがい物ですか。それは貴女の事でしょう」


 いずれ姉と対するときの参考にさせてもらうつもりだったが、物真似であれ油断すべき相手ではない。ならば、速攻で勝負をつけるのみ。

 またも『縮地』で距離を詰める。とはいえこのスキルは移動限界距離が短いので、さっきよりも距離が遠い状態で発動すると、彼女の数メートル手前で止まってしまう。

 そんな俺に視線を向けると、今度は右手だけではなく左手も突き出す。

 俺が目測を誤って、隙を見せたと思ったのだろう。

 相手が魔法を放つ前に懐に手を入れると、肌身離さず持っているそれを聖女もどきの顔面へ投げつける。


「こんな飛び道具、でっ⁉」


 少し体を横にずらすだけで(かわ)すことが可能だったというのに、彼女は避けずに顔面でそれを受け止める。

 鈍い音が響くと頭が後方へのけ反る。一足飛びで彼女の懐へ滑り込むと、拳を腹部に叩き込んだ。

 その一撃で彼女は白目をむき、地面へと崩れ落ちる。


 投げつけた――姉と俺が描かれた絵を拾い、懐へと戻す。


 崇拝している人物の描いた精密な絵。自分の動きを目で追えていた動体視力なら、投げつけた絵がなんであるか咄嗟に判断できると考えた。

 動揺を誘えればいい程度の期待だったのだが、まさか顔面で受け止めてくれるとは。彼女の信仰心を甘く見ていたようだ。

 気を失った彼女の首から下がっていた魔道具を外し、『鑑定』で調べる。


 そこには『模倣(強奪)』のスキルが存在し、その他にもレベルの高い有益なスキルがずらっと並んでいる。他のスキルは普通に見えているということは、『模倣』で真似たスキルではないという事。

 つまり、このスキルは一つのスキルだけしか真似できないのか。

 面白そうなスキルではあるが、強力かどうかと問われれば微妙だと言わざるを得ない。

 さて、色々情報を引き出したいところだが、彼女がそう簡単に口を割ったりはしないだろう。だが尋問関連のスキルも充実しているので、聞き出すことは不可能ではない。

 彼女は戦闘系のスキルは充実しているが、精神に影響するスキルは少ない。スキルスロットが10もあるが、その全てが埋まっている。

 俺のように『制御』があればスキルの入れ替えや、負のスキルの性能を抑えることも可能だが、それがなければスロット数を超えるスキルを操ることは不可能。


「このスキルとレベルなら私が負ける要素はありませんが。この『契約』が気になりますね」


 スキル欄にある『契約』の文字。契約の魔法が行使されスロットに埋め込まれたのは理解できるが、問題はその内容だ。

 おそらくこの『契約』を交わしたのは姉だ。考えられる契約内容は姉の秘密をもらさない、といったところか。

 そうなると、どうにかして『契約』を買い取るところから始めなければならない。面倒なことをしてくれる。


「うっ、あっ。私は負けたの……ですね」


 頭を振り上半身を起こした聖女もどきは、自分の置かれた状況を直ぐに理解したようだ。


「はい。スキルも見せてもらいましたので、再戦したところで勝ち目はありませんよ」


 彼女から奪った魔道具のネックレスを持ち上げる。

 それを見た聖女もどきが自嘲するような笑みを浮かべると、瞳の光が弱まった。

 その瞬間、『直感』スキルが警鐘を激しく鳴らし、俺に危機を告げる。


「さようなら――様」


 考えるよりも先に『結界』を発動した直後、視界が赤で染まる。

 結界の外で荒れ狂う爆炎は、彼女が俺に放った上級魔法を故意に――暴走させたものだろう。威力はさっきの比ではない。

 爆炎も巻き上げられた粉塵も消えると、真っ赤に焼けただれ溶岩のようになった地面が一面に広がっているだけだった。


「自害する契約。……もしくは、自らの判断か」


 どの行為が契約内容に触れたのかは、もう調べる術はない。

 ようやく姉の尾を掴んだと思えば、それは無数にある尾の一本でしかなく、それを切り離してまた遠くへ去ってしまった。

 懐からもう一度肖像画を取り出し、姉の絵を眺める。

 俺は視線を絵から上空へ向けると、雲一つない空が広がっていた。

 爆音を聞きつけた村人が迫る気配を察知した俺は、その場から立ち去る。


 歩みを止めることは許されない。


 また一歩踏み出さなければならない。


 姉を求める長い長い旅は、まだ終わらない――。


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