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料理スキルの大切さ

「頼む、金ならいくらでも出すから、妻に料理スキルを売ってくれ!」


 彫りの深い顔をした男が涙目で懇願してきた。

 俺の手を握りしめ、必死の形相で頼む姿に思わず怯んでしまう。

 なぜ、こんなことになった。

 事の発端は以前『魔物寄せ』を売ったチャンピオンからの呼び出しだった。

 途中経過が気になっていったので自宅を訪ねると、知り合いらしき男性がいて彼の頼みを聞いて欲しいと言われたのだ。

 聞くだけならと、承諾すると……この展開だ。


「ど、どういうことでしょうか?」


 鬼気迫る表情に押され気味だが、何度も修羅場を潜り抜けてきたこの身。この程度で心を乱されるわけにはいかない。


「俺とレオンドルドは親友でな。昔は闘技場で共に戦った仲なんだよ。で、こいつにお前さんのことを教えてもらった」


 レオンドルドというのはチャンピオンの名前だよな。闘技場出身だから、この男はチャンピオンに負けず劣らず筋骨隆々なのか。

 短く切り揃えられた頭に、無駄に大きな目。人よりも野獣に近いような野性味あふれる顔だ。

巨体とその顔に迫られると、圧迫感が半端ない。熱苦しい。


「チャンピオン。スキルの売買は秘密にして欲しいと言いませんでしたか?」


「おう、だが信用できる相手一人になら、話していいってことだったよな」


 悪びれもせず、ソファーに踏ん反り返ったまま陽気に返してくる。

 チャンピオンの髪型は迫る男と対照的で、黄色に近い茶髪はまるで獅子のたてがみのようだ。


「はぁ……分かりました。順を追って説明願います」


「そうだな。まず、俺の名はコンギス。んでもって、俺の頼みは新婚ほやほやの愛しい妻に料理スキルを与えることだ!」


 拳を振り上げ熱弁を振るってくれるのは結構なのだが、そんなことでスキルを求めるのはやめて欲しい。料理の腕なんてちょっと練習したら誰だって上手くなる。


「ええと、料理を教えてくださる人に頼むとか、メイドを雇うとかすればどうでしょう? 私からスキルを買うより、安くつきますよ?」


「そんなことは俺も考えたさ。だがな、そんな次元じゃねえんだよ! うちの飯は! 頑なに手作りにこだわるしよ……。たまに外食で誤魔化してんだけどよ、それでも毎日ってわけにはいかねえだろ……。愛情は嬉しいんだが、不味いんだよ。ほんと、マジでええええっ!」


 机に突っ伏して大の大人が泣き崩れている。

 話の流れは見えてきたが、つまりそれって……。


「飯マズ妻ってことですか?」


「そうなんだよ! なんで、調味料の量を計らないんだよ! 料理本あんなにあるじゃねえか! 大匙はお玉じゃねえんだよっ! 調理本を見たら分かるだろ⁉ アレンジと称して、煮魚に果物を追加するのはやめてくれっ! 塩で辛くなったからって、砂糖入れたら味が戻る訳じゃねえんだよっ!」


 悲痛な叫びが心に響くなぁ。

 嘘や冗談で言っているのではなく、本気で悩まされているようだ。

 でも普通は、旦那さんが料理を食べて苦しんでいる姿を見たら、改善しようと努力するものなのだが……もしかして、この人。


「奥様に料理が美味しくないことを、指摘しましたか?」


「何言ってんだ。可愛い妻に、一生懸命作ってくれた料理がマズいなんて言えるわけないだろ!」


 胸を張って堂々と言われても困る。

 我慢をして、思ってもいないのに「旨い」を連呼してそうだな。それじゃ、いつまで経っても改善されないと思うのだけど。

 俺は意見を求めてチャンピオンに視線を向けると、すっと金属製の箱をこっちに差し出した。


「これが奴の嫁さんの料理だ。俺もにわかに信じられなかったからよ、試しに持ってきてもらった。ちなみに、俺もまだ中身は見てねえ。……なんかビビっちまってな。怖いもの知らずの、こいつをここまでうろたえさせるなんて、信じられなくてよ」


 百戦錬磨のチャンピオンを怖気づかせるとは、大したものだ。

 俺の『直感』スキルがさっきから警鐘を鳴らしているのが、非常に気になる。だが、ここで引くわけにもいかない。常連であるチャンピオンの頼みだしな。

 チャンピオンが容器のふたに手を添えて、俺をじっと見つめる。ゆっくりと頷くと、勢いよくふたが開けられた。


「うぐっ!」


「げはっ!」


 辺りに漂う異臭。目がひりひりとするレベルの刺激臭が一気に噴き出してきた。

 これは、危険だ! 『毒耐性』『結界』『耐久力』スキルを発動!


「な、涙が止まらねえっ! なんじゃこりゃ!」


「バカ野郎! 風の通らない場所で、開けるんじゃねえよっ!」


 慌てて部屋中のドアを開け、全員が窓から半身を乗り出し空気をむさぼる。

 俺は一息だけで済んだが、チャンピオンは叫んだせいでかなり吸い込んだらしく、顔色が悪い。コンギスは慣れているのか、むせこんでいるだけで平気なようだ。


「おいおい、涙なんて流したの久しぶりだぞ。魔物に毒液を吹き付けられた時も耐えたってのによ」


「すまねえ……。最近、普通の料理では飽き足らず、魔物を使ったゲテモノ料理に凝り出してな。その結果がこれだ」


「正気ですか……」


「残念なことにな。妻は美味しく作っているつもりなんだよ」


 コンギスの答えに言葉を失う、俺とチャンピオン。

 これはアレンジうんぬんではなく、殺しにかかってきているのではないだろうか。


「奥さんに恨まれるような覚えは」


「毒殺目的じゃねえよ」


 即答するが、その表情に陰りが見える。口ではそう言いながらも、こんなものを食卓に出されたら疑ってしまうよな。


「ちなみにこれを奥さんは食べるのですか?」


「それが……平然と食うんだよ」


「う、そ、だろ?」


「えっ……本当に?」


 チャンピオンと顔を見合わせると、眉根を寄せて理解不能と顔で表現していた。

 たぶん、俺も同じ顔をしている。

 窓を全開したおかげで臭いがかなり抜けたのを確認してから、俺は恐る恐る容器へと近づいていく。

 咄嗟に発動させた『結界』のおかげで臭いは遮断されているので、もう悪臭の影響はない。

 強烈な臭いのインパクトにやられてしまったが、見た目は大したことがないというオチもあるだろう。

 淡い期待を込めて容器をのぞき込むと、そこには――魔界と繋がる穴があった。


 いや、そんなことはあり得ないのだが、そうとしか表現できないのだ。

 どんな食材を使えば可能なのか理解できない紫色の粘着性のあるソース? が敷き詰められているだけでも驚きなのだが、何故かブクブクと泡が浮かび上がっては破裂している。

 毒の沼地としか表現できないソースの中心に円がある。それは地面に空いた大穴のようで、そこから無数の触手のようなものと、手や足が這いずり出ようとしている。

 もしかして、小動物の手足を焼いた物? 触手はパスタ……なのか?


「これは黒魔術……」


「楽園の幸せてんこ盛り、らしいぞ。妻に言わせると」


 驚愕する俺の背後に、いつの間にか立っていたコンギスが疲れたように呟く。

 楽園? えっ? これは『料理』スキルだけじゃなくて、『芸術』も必要なのでは。


「もしかして、奥さんは魔界の住民なのですか?」


「人間だよ! たぶん……きっと……」


 怒鳴るように言い放っておきながら自信がなくなったのか、声がかすれて消えていく。

 本気で悩み始めたようで、首を傾げて唸っている。


「そこは自信持てよ。あれだ、臭いと見た目がアレなだけで、味はそこまで酷い物じゃねえかもしんねえぞ」


 いやいや、これで旨かったらスキル全部タダで売ってもいい。絶対にあり得ない。

 実際、コンギスが不味いって断言していたじゃないか。


「一つだけ言っておきたいことがある。死にはしない。そう、死にはしない」


 悲痛な顔でそんなことを言われて安心できる人がいたら、治療院に通院することをお勧めする。

 この造形を見てからだと、死ぬ事がないのは安心だ、と一瞬でも思ってしまった自分が怖い。それぐらい、この料理……料理と呼ぶのもおこがましいナニかの、おぞましさのレベルが尋常ではないのだ。

 こうやって見ているだけでも、精神が削られていくような気すらする。


「死なねえなら、問題はねえよ。魔物の肉は何度も食ったことがあるからな」


 そう言って、ソレをスプーンですくうと豪快に口の中に放り込んだ。

 さすが『剛毅』のスキルを持つ男だ。物事にひるまないな。

 口に含み、咀嚼を始めたところで……ピタリと動きが止まった。


「あの、チャンピオン。どうしました?」


 声をかけたというのに反応がない。手足も口も微動だにしない。

 虚空を見つめる目……黒目がないな。白目剥いて気絶しているぞ。


「まあ、こうなるよな。俺は徐々に体が慣れているから、ギリギリで耐えられる。だが、初っ端で進化した料理を口にしたらこうなっちまうよな」


 しみじみと頷いているコンギスが、とても哀れに見えてしまった。

 だから、この人の『毒耐性』レベル高いんだ……。

 もうこれは開き直って、毒薬として売り出すのはどうだろうか。


「なるほど、よーく分かりました。ですが、ここまでくると料理が下手という次元を超えています。何かしらの負のスキルがあるのではないでしょうか。スキル証を見せてもらわなかったのですか?」


 スキル証とは、神殿から発行される自分のスキルが書かれた証明書のことだ。これは、当人が証明書を掴んだ状態で念じなければ、文字が浮かび上がらないので機密性も優れている。


「俺もそれを考えて、ちょっとスキル証見せてくれよって頼んだんだが……。抵抗しやがるんだよ。絶対に見せねえって」


 これは妙なことになってきた。

 一般家庭であっても十歳までには『鑑定』を受け自分のスキルを把握するものだ。貧乏な身寄りであれば、今まで調べなかったということはあり得るのだが。


「失礼ですが、奥さんは『鑑定』を受けられないような環境だったということは」


「それは、あり得ねえ。身元はしっかりしている。俺の知人の紹介だからな」


 ということは、スキルを見せたくないということか。

 なら解決の方法は簡単だな。


「では、明日ここでホームパーティーを開くので、奥さんを呼んでください。その際に私の『鑑定』でお嫁さんのスキルを調べてみますよ」


「おいおい、勝手に決めるなよ」


「いいではないですか、お友達のためです」


「すまん、レオンドルド。今度借りは返す!」


 両手を合わせ拝むようにして頼み込む友に負け、チャンピオンは許可を出してくれた。

 これで明日には解決するだろう。望ましくない効果のスキル――別名、負のスキルがあるのであれば、買い取ればいいだけの話だ。

 料理スキルも結構買い込んでいるので、少々売ったところで問題はない。

 では、明日の料理は場所代として、私の『料理』スキルにより至高の料理を提供するとしましょう。





 翌日、チャンピオンの屋敷にいる使用人たちに協力して、飾りつけや料理を手伝い、予定の時間までに完璧に仕上げておいた。


「回収屋様、お見事なお手並みでした。執事としての未熟さを痛感させられました」


「私もメイドとして、家事をもっと真剣に誠実に頑張ります!」


「今回はおいらの負けだが、次に会う時までにはもっと腕を磨いておくぜ。だから、また料理勝負受けてくれよな!」


 執事、メイド、料理人が俺を取り囲んで称賛してくれている。

 人から買い取ったスキルでやったことなので、正直イカサマをしたようなものだ。そこまで褒められると、申し訳ない気持ちになるよ。

 こういったやり取りは、何度繰り返しても慣れない。


「半日で使用人たちに溶け込んでいるじゃねえか」


 テーブルに並べる前の料理を摘まんでいるチャンピオンが、俺を見てニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「スキルの恩恵ですよ」


謙遜(けんそん)すんなよ。無理やり奪ったわけじゃねえんだろ。自分で交渉して買い取ったスキルだったら、それもてめえの実力だ」


「そういうところが、あなたの凄いところですよね。ありがとうございます」


 俺の能力の大半は貰い物だ。だから、勝負を挑み負けた者の殆どが卑怯者と(ののし)る。

 チャンピオンのように認めてくれる人は希少だ。


「レオンドルド様、回収屋……様。お客人がお見えになりました」


 申し訳ない。回収屋に様をつけるのは言いにくいよな。

 本名は明かさないことにしているので回収屋で構わないのだが、そういう訳にもいかないようだ。


「んじゃ、あいつの嫁さんを見物させてもらおうぜ」


「楽しそうですね」


 俺は好奇心よりも恐怖が若干勝っている。

 あんなものを作る人が美人だったとしても、逆に怖い。


「おう、お邪魔するぜ」


「あなた、もう少し丁寧に。お邪魔しますわ」


 コンギスと並んで入ってきたのは若い女性だった。

 髪留めでまとめた長い髪を肩から前に流し、細く整えられた眉。目鼻立ちがくっきりしていて、薄い紅の唇。白い肌にはシミ一つない。

 際立った美人ではないのだが、欠点の見当たらない女性。どことなく気品もあり、隣に並ぶコンギスが対比として粗野な男に見えてしまう。


「なんつうか、気立ての良さそうな嫁さんだな。しっかし、似合わねえというか、もったいねえというか。犯罪まがいのことをして無理やり奪ったのか?」


「もったいないですよね」


 思わず本音が口から漏れた。


「おいおい。ちゃんとした恋愛結婚だぞ! 相思相愛だ!」


「ええ、そうですね。むしろ、私が惚れて強引に迫ったのですよ」


 にわかには信じられないが『心理学』のスキルは嘘を言っていない、との判断をくだした。

 色恋沙汰はどんなに月日を重ねても、未だに謎が多く理解が及ばない領域だ。


「初めましてだな。俺はレオンドルド、こいつの悪友だ」


「主人がお世話になっております。妻のセリフェイリです」


 俺も挨拶をしておかないと怪しまれるな。

 こういう場合、嘘を吐くよりも怪しまれない程度の真実を伝えておく。

 嘘を吐いた場合、その嘘を守るために更なる嘘を重ねていかなければならなくなり、最終的に自分の首を絞めかねない。


「レオンドルド様にお世話になっております、しがない商人です。様々な売買をやっていまして、何か物入りの時はご相談ください」


「そうですの。主人が妙な物を買おうとしたときは、止めてくださいね」


 商人相手だからと見下すこともなく、上手く返してきた。

 外交的で、いい奥さんじゃないか。……ここまでは。

 コンギスが視線で早く鑑定しろと訴えかけているな。この距離なら相手のスキルとレベルまで見抜くことが可能だ。さて、どんなスキル構成なのか。


 スキルは全部で五つ。数としては優秀な部類だ。肝心の内容は……ええっ。

 二つはありきたりなスキルだったが、残りの三つがとんでもないぞ。スキルレベル10を軽く超えている。これは驚きだな。

 以前、売買を行った老賢者と比べると大したことではないように思えるが、問題はそのスキルの内容だ。


 その三つとは『独創性』18『味音痴』25『化粧』27


 これは、なんというか……言葉がないよ。

 あの独特すぎる料理のセンスは『独創性』のなせるわざか。このスキルは良い方に転ぶと芸術家として大成するのだが、見事なまでに悪い方に転がった例だな。

 もう一つの『味音痴』は予想通りだ。これが全ての原因と言っていい。これさえ、どうにかすれば彼女の料理は食べられるレベルにはなる。

 そして、奥さんが頑なにスキル証を見せなかった理由が、最後のスキル『化粧』だろう。

 これだけレベルの高い『化粧』なら、自分の顔を別人のように変身させることも可能となる。おそらく、化粧を落とした顔は今の顔と判別がつかないぐらいに変貌する。


 生まれつき『化粧』のスキルを得ていたとしても、ここまで高いスキルを持つことは少ない。彼女がスキルを使い込み磨き上げた結果だろう。

 そのことが夫であるコンギスにバレることを恐れていた。そう考えれば、すべてに合点がいく。

 これはコンギスに教える前に、奥さんと話をしておくべきか。

 パーティー中にコンギスからの催促を何とか誤魔化し、奥さんに近づく。


「スキルの件でお話があります。あちらの別室にいますので抜け出してきてください」


 それだけ耳元で囁くと、表情が一変した。

 あまりの動揺に掴んでいたグラスを落としてしまい、慌ててメイドが掃除をしている。

 俺は先に部屋へと移動して、暫く窓から空を眺めていると、静かに扉が開いた。


「お待ちしておりました。ささっ、中へ」


「はい……」


 悲愴な表情をしている。私の発言を脅しと勘違いしているようだ。

 素早く連れ出すためとはいえ、もう少し考えて発言をするべきだった。まずはその誤解をなんとかしないと。


「申しわ」


「このことは、主人には黙っていてください! お願いします!」


 俺が謝罪するよりも早く、床に膝をつき懇願し始めた。

 これは予想外すぎる展開だ。そんなことをさせるつもりはなかったのに。


「いえ、別に脅すわけでは」


「お金が必要ならできる限り用意させてもらいます! だから、主人には! 主人には!」


 こんなにも必死になるということは、本気で今の生活を守ろうとしているということだ。コンギスは闘技者としても優秀で荒稼ぎした後に、今は冒険者としても名を馳せているらしい。

 そんな彼は裕福な暮らしをしている。それを手放したくない、という欲望による行動なら俺はコンギスに打ち明けるつもりだ。

 だが、彼女は。


「あの人に嫌われたくないのです。本当の私を知られて、あの人に捨てられたくない……それだけはっ!」


 コンギスに嫌われることを本気で恐れていた。それは『心理学』の結果を確認するまでもなく、言動から伝わってくる。

 料理をどうにかする話から、なんでこんな展開になったのやら。

 これは黙っておくべきなのだろうか、それとも話すべきなのか。

 個人的には化粧で作られた顔で惚れさせたとしても、相手の前ですっぴんを見せないのであれば、それは自分の顔でいいと思っている。


 だけど、これは個人的な意見なのでコンギスがどう思うかは別の話だ。

 それに、奥さんが化粧をしている理由は美人に見せたかった、という単純な理由じゃない。

 俺の『透視』スキルが化粧だけを透かして、彼女の本当の顔を見せてくれている。


「化粧で顔の火傷跡を隠しているのですね」


「ど、どうしてそれをっ!」


 化粧で見事に隠されているというのに、顔の右半面を隠すように押さえる。

 俺の目には顔の半分を占める、醜く焼けただれた跡がくっきりと見えていた。


「私は『透視』のスキルを所有していますので」


「そう、ですか……。見抜かれてしまっているのですね、何もかも。はい、幼い頃に負った大きな火傷跡があります。これが原因で、ずっと独り身で生きていくことを決心していました。そんな私が主人と出会ってしまい、本気で惚れてしまったのです」


 野獣のような厳つい顔をした彼に本気で惚れる……。人の好みはそれぞれ、そこは口を出すべきじゃないな。なんせ奥さんは『独創性』のスキル所有者だ。


「私としては、黙っていてもいいのですが」


「いえ……。想いを吐き出して分かったことがあります。今、私はとても幸せです。ですが、主人を騙しているという心苦しさが、常に付きまとっていました。ちょうどいい機会です。全てを打ち明け判断を仰ごうと思います」


 さっきまでの取り乱しぶりが嘘のように、落ち着き払った奥さんがそこにいる。

 んー、この罪悪感はきついな。これで元の鞘に収まるのなら、夫婦のわだかまりが一つ消えて万々歳なのだが、最悪の展開になると……。

 いざとなったらスキルで奥さんのフォローに回るか。

 そんなことを考え、黙り込んでいると、


「話は聞かせてもらったぞ」


 扉を勢いよく開け放ち、コンギスが乗り込んできた。

 このタイミングで乱入してくるのか。

 実は奥さんが動揺しすぎていて扉をきちんと閉めてないことも、話の途中から扉の向こうでコンギスとチャンピオンが聞き耳を立てているのも、『気配察知』で知っていた。

 俺が話すより、奥さんの本音を直に聞いた方がいいと判断したのだが。


「あ、あなた……」


 今にも消え入りそうなぐらい弱々しい声を発し、奥さんが夫を見つめている。

 コンギスは腕を組んだ状態で、ムスッとした表情をしている。一見、怒っているように見えるので、奥さんが恐縮しているが……。


「セリフェイリ、俺を見くびるなよ。お前の火傷跡を気にするような男だと思ったのか。傷は人生の勲章だろうが。俺はお前の全てが好きなんだ。火傷跡だって愛してやる」


 そう断言するコンギスが、会ってから初めて男前に見えた。

 奥さんは口元を押さえて、ボロボロと涙を流している。あれは安堵して零れ落ちた涙なのだろう。

 俺はチャンピオンと顔を見合わせると、笑みを浮かべ肩をすくめた。

 抱擁する二人を部屋に残し、俺達はご馳走の並ぶパーティー会場へと戻る。

 これにて一件落着。スキルに関しての話し合いは落ち着いてからでいい。独り身の俺達はここで祝杯でもあげるとしますか。





「ってことで、料理についてなんだが」


「奥さんの料理の腕は問題ないのですが、『味音痴』が問題ですね」


 後日、コンギスから改めて相談を受けたので、奥さんのスキルを教えることにした。

 ただし、『独創性』について教えるつもりは……ない!

 別に、

「悩みを打ち明けてくれてから、これまで以上にべったり甘えてくるようになってきてよー。可愛くて可愛くてしょうがねえんだよ! 早く子供も欲しいしなぁ。化粧だって俺の前ではしなくていいって、言ってんのによ「あなたの前では綺麗でいたいの」だってよ。かあーーーっ! うちの妻、可愛すぎるだろ!」

 と、さっきから奥さん自慢がうっとうしいから、というわけじゃない。


「妻も俺に、美味しい物を食べて欲しいって、願っているから『味音痴』買い取ってもらえるか?」


「はい、分かりました。かなり強力でメリットが見当たらないスキルなので、料金をいただくことになりそうですが、構いませんか?」


「おうよ。可愛い妻のためだ。いくらでも出すぜ!」


 即断即決か。ベタ惚れなのだな。

 じゃあ、買い取りに行くとしますか。ただ、『味音痴』レベル1は残しておくよ。

 努力次第でレベル1程度なら、一年も経たずに克服できるはず。

 料理も人生も、ちょっとしたスパイスが効いている方が、飽きずに刺激的でいいだろうから。


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