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有能と無能

 薄っすらと残っていた雪に赤い血が飛び散り、無数の魔物の死体が転がる光景は、凄惨でありながらも何処か幻想的な光景だった。

 中級ランクの魔物の死体が折り重なり山のようになっている。

 その山を登って頂上に立ち眼下を見ると、視線の先には雪の上に正座をして震えている冒険者が三人いた。


「ということで、話を聞いていただけますか?」


「は、はいいっ! な、なんでしょうか、回収屋さん!」


 血の気が引いた顔でガタガタと震えているのは、寒さだけが原因ではないのだろう。

 会った時の不遜(ふそん)なふるまいは何処に行ったのやら。無能者を侮蔑していた思い上がった態度は――。





「俺達があと一歩まで追い詰めていた、フロストジャイアントを横取りしやがってよ! だから無能者ってやつはクズなんだよっ!」


 山の(ふもと)にある宿場村の宿屋で冒険者の男が大声を張り上げていた。

 かなり酔いが回っているようで顔は赤く染まり、机の上には空のジョッキが並んでいる。


「だよなぁ。俺達が助けられたことになってるけどよ。あいつが美味しいとこ取りしただけだってえのぉ。それでも、相打ちが限界だったんだってなぁ」


「情けねえ話だぜ。ゲハハハハハ」


 話に便乗して好き勝手言っているのは、男の仲間だ。

 三人一組の冒険者で実力はそれなりらしいが、自信過剰で無謀な一面があるというのが冒険者ギルドでの評価だった。

 本来なら関わりたくもない連中なのだが、さっきの言葉を聞き逃すわけにはいかなかった。


「無能者ごときがよおっ、しゃしゃり出て勝手に死んでたら世話ないぜ!」


「そうだそうだ! あいつが助けに入らなくても俺達は倒せていたってのっ!」


「無駄死にだ、無駄死に!」


 こうやって酒場で大声を張り上げることで、あの出来事の真実を捻じ曲げようと必死なのだろう。

 友である無能者の老人に助けられたという事実を払拭しようと……。

 雪山で老人が命がけで救った三人の冒険。それが彼らだ。

 はぁ……。これ以上、耳障りな奴らの戯言を聞く必要もないか。


「あなた方は、あの有名な三人組の冒険者、暗黒の稲光(いなびかり)団では?」


 口にするだけで恥ずかしくなる名前だな。これを正々堂々と名乗っているという事実だけでも、彼らの面の皮の厚さが分かる。


「おうっ! 何だてめえは。商人みてえだが、なんか用か」


「ええ。皆様の勇猛果敢ぶりを耳にして、是非依頼を受けていただきたく――」


 相手をおだてながらそれっぽいことを口にして酒を奢ると、上機嫌で依頼を引き受けた。

 その内容は単純明快、とある山付近での魔物退治だ。

 無能者であった老人が亡くなってから、魔物を討伐する者がいなくなり近隣で魔物が異常発生している。

 彼の住居は魔物が大量発生している地帯との境界線にあり、毎日魔物が退治されることで、近隣の村は平穏な日々を過ごせていたのだ。

 実際の話、魔物を処理する人間がいなくなったことで、幾つかの村が滅んでしまっている。

 過去に会った奴隷となった人々も、知らないところで彼に守られていた村の住人だ。


 それを知って以来、こうやって彼の代わりに魔物を討伐しに来ていたのだが、まさか老人が命がけで助けた、三人組と再会する日が来るとは思いもしなかった。

 詳しく話を聞いてみると助けられてから直ぐにここを離れ、久しぶりに戻ってきたそうだ。あの時はかなりの重傷だったので記憶も曖昧(あいまい)らしく、俺の事は全く覚えてもいない。

 ただ、老人に助けられたことはハッキリと覚えているが、その事実を認める気はなく自分達の記憶を都合よく改ざんしようとしていた。

 そんな事を俺が許すわけがない。

 彼は恩を売りたかったわけでもない。こいつらがいなくともフロストジャイアントに挑んでいただろう。だが、だけど、友の死を侮辱するやつらをこのまま……放置する気にはなれなかった。





「あ、あんた、一体何者なんだ⁉ 商人が何でそんなに強いんだよ!」


 山の事情も知らずにのこのこ討伐に向かった奴らを待っていたのは、中級ランクの魔物の群れだった。

 あっという間に叩きのめされた連中と魔物との間に割って入り、あっさりと蹴散らして今に至る。


「そんなことはどうでもいいのですよ。さて、皆さんに改めて依頼があります」


「ど、どういうことだ。依頼はここの魔物討伐だろ?」


 男の一人が立ち上がり俺に文句を口にした。

 未だに自分達が置かれている状況を理解していないようだ。


「はい、そうですね。あと、次に足を崩したら……その足は必要ないと判断して斬り落としますよ」


 俺が『威圧』を発生させて凄むと、慌てて正座をした。

 残りの二人も何か言いたげだが、仲間を見てその無謀さを知ったようだ。


「では新たな依頼ですが、今は冬も終わりかけ春も近づいています。ということで、この山頂にある家を自由に使っていいですから、一か月後の春まで生き延びてください」


「なっ⁉」


 顎が外れそうなぐらいに大口を開けているな。俺の言葉の意味が時間の経過と共に浸透してきたらしく、今度は口を閉じて仲間同士で顔を見合わせている。


「この魔物がわんさかいやがる、ここで自給自足で生きろっていうのかっ⁉」


「お節介で助けた無能者の彼は、数十年一人で生き抜きましたよ? スキルが豊富で実力のある皆様なら余裕ですよね?」


 優しく語り掛けながら、穏やかに微笑む。

 彼ら三人の顔に並んで浮かぶ感情は、絶望の二文字。


「あ、あの。もしも、もしも、その依頼を断った場合はどうなるのでしょうか?」


「そこら辺に散らばっている魔物と、お友達になるだけですよ」


 それだけで十分だったようで、三人組は残像が見えるぐらい頭を上下に素早く振っている。

 少々強引だったが、無能と罵った彼の凄さを少しでも知るべきだよ。





 初日。

 老人の家まで連中を送り、近くに潜みつつ彼らを見守っている。

 夜が明けて数時間が過ぎ、ようやく連中が老人の家から姿を現した。


「くっそ、寒ぃなあっ!」


「なんで、俺達がこんなことしないといけないんだよ」


「逃げちまおうぜ。一晩経ったんだ。あいつも雪の残る中、野宿して見張ったりしてないだろ!」


 残念、スキルを活用して野宿していました。

 『防寒』があれば、この程度の寒さ全く苦にならない。眠らなくても疲労を感じなくすることぐらい容易く、『超回復』を発動すれば疲れるどころか回復していく。


「逃げようぜ! 様子を見に来るかも知んねえが、今の内なら見つかることはねえって!」


 頷き同意した二人と一緒に駆け出そうとした連中の足下に、斧を投げ込んだ。

 その斧は薪割りや木材採集に有効活用してくれ。

 慌てて辺りを見回しているが、俺の姿を見つけられない。一人は『気配察知』を所有しているが、そのレベルでは俺の『隠蔽』は見破れないよ。


「ど、ど、ど、どこにいる!」


「どうするよ! なあ、どうするんだよっ!」


「逃げたら殺されるぞ! 確実に殺されるぞ!」


 これで逃亡をあきらめてくれたらいいが、逃げようとするなら何度でも繰り返すまでだ。

 仲間と争いながら小屋に逃げ込むと、今日はそれから出てくることはなかった。

 引きこもり生活がどれだけ続くのか、見物させてもらうよ。





 一週間後。

 四日間、何度も逃亡しようとしては、俺にお手製の槍や丸太を投げつけられ心が折れた連中は、なんとか生活を続けている。

 三人が一週間過ごせる食料は用意しておいたが、そろそろ自力で食料を得る必要が出てきた。

 彼の小屋には近隣で何が採れるか、何が食べられるかといったお手製の図鑑と資料が残されている。それは彼が新たな才能に目覚める可能性を求め、必死に足掻いた証拠だ。

 武術でスキルに至らないのであれば、芸術の可能性を信じ……。

 初めの頃の書いた図鑑の絵は酷いものだが、後半になるにつれてその絵は、精密で見事な出来栄えに進化していた。


「俺は魚を釣ってくるぞ。あれによると、東側の滝近くがよく釣れるらしい」


「じゃあ、山菜を探してくる。地図だとこっちだよな」


「俺は……山菜採りに付き合うよ。そっちは魔物が多いって、あの本に書いてあったからな」


 どうやら自活はできそうだな。彼の資料も活用されているのか。

 無能と軽蔑した相手に助けられる気分はどうだい。

 彼の人生に触れて、無能者の苦悩を少しでも知って欲しい。それでも変わらないのであれば、そういう連中だとあきらめもつく。

 今のところ俺が魔物を討伐しているが、そろそろ新たな条件を付け加えておくか。





 二週間後。


「くそっ、そっちに行ったぞ!」


「うおおおおっ!」


「援護するぜっ!」


 全身真っ白な体毛で覆われた猿型の魔物、イエティ相手に三人組が奮闘している。

 三対三なら実力は連中の方が上だ。

 しかし、ここは足場の悪い山の中で、尚且つまだ雪が残っている。足下に気を配りながら、立ち回らなければならない。

 以前の彼らなら倒されていただろうが、ここでの生活で彼らは山の恐ろしさを知った。

 今の実力なら負けることはない。いざとなれば助けに入るつもりだが。

 彼らが魔物退治を始めたのは自主的な行動ではない。俺が新たな依頼を書いた紙を家に忍び込んだ際に置いてきたからだ。


 その内容は――『残り二週間で最低魔物を二十体以上、倒すように』


 俺の恐ろしさを知っているだけあって、素直に従ってくれている。

 たった二週間だというのに彼らは(たくま)しくなった。頬も少し肉が落ちて精悍な顔つきになり、前よりも魅力的に見えるな。

 感心している間にイエティは倒され、彼らは死体を手際よく捌くと、長い棒に括り付け手際よく運んでいく。

 魔物の肉は食べられはするのだが、肉質が硬いので好んで食べられることはない。

 だが、調理法によっては問題なく口にできる。その方法も老人の残した資料に書いてあった。


「本当に……逞しくなりましたね」


 元から素質があったのはスキルを見て把握していたが、才能の上に胡坐をかいていたのだろう。必死になって努力したことがなかったのかもしれないな。

 この急成長ぶり……。あと二週間。これは期待できるか。





 あの日から、一か月後。


「これは、回収屋のアニキじゃないっすか! てめえら、アニキが来たぞ!」


「ようこそいらっしゃいました! お待ちしてましたぜ」


「直ぐにお茶と、焼き菓子用意しますんで!」


 約束の日に家の前で薪割りや洗濯をしていた彼らに歩み寄ると、何故か歓迎されている。

 彼らにアニキ呼ばわりされる意味が分からない。いつの間に好感度が上がったんだ?

 運ばれてきたお手製の椅子に座らされ、目の前に机も置かれた。これも最近木を彫って作った物だったか。


「変わりましたね、皆さん」


「ええ。以前の自分達を思い出すと、恥ずかしさで自害したくなりますよ……」


 そう言ったリーダー格の男の後ろに並ぶ二人も、神妙な顔で頷いている。

 予想以上の心境の変化だ。何が彼らを変えたのか、ある程度は予想がついている。それについては彼らから切り出すのを待つとしよう。

 クッキーのようなものが置かれ、お茶がカップに注がれたところでリーダーが切り出した。


「あの家には娯楽の一つもなくて、ある物といえば家人が書き残した書物だけ。そこに回収屋のアニキの事も書かれていました。初めは暇つぶしとして、日記や図鑑を読んでいたんです」


 そこで言葉を区切ると、唇を噛みしめて俯く。

 やはり、あれを読んだのか。それで俺に対する態度が尊敬に変化したと。……彼の事だから、俺の事を大袈裟に褒めてくれていたのだろうな。


「壮絶な人生が(つづ)ってありました。無能者である、あの人がいかに努力し、苦労してきたか。俺達がどれだけ恵まれた人生を歩んできたか……。ほんと、情けないっす」


「自分の愚かさに泣きそうになりました」


「助けられたこの命。生まれ変わったつもりで、頑張ろうってみんなで決めたんです」


 元々感化されやすいタイプの人なのかもしれないが、逆境に置かれ彼の人生に触れているうちに、悔い改め自分の人生を見直す機会を与えられた。

 無能者であった彼が三人を更生させたのか。


「回収屋のアニキ。今日までという約束でしたが、一つ願いを聞いてもらえませんか」


 三人がその場に膝を突き、俺が前に教えた正座をする。

 そして膝に手を添え、正面から見つめた。強い意志を感じる瞳だ。

 一か月前とはまるで別人だな。


「なんでしょうか」


「このまま、ここに住ませてもらえませんか? 俺達はここで自分を見つめ直し、鍛えたいんです! 甘ったれていた自分を叩き直さないと気が済まないんすよっ!」


「俺もです!」


「お願いします!」


 地面に頭を擦りつけ頼み込む、彼らの申し出は……望むところだった。

 定期的に俺が魔物を討伐していたが、年に数回だが遠出しなければならない。冒険者ギルドに討伐依頼を定期的に出してはいるが、処理が追い付かないというのが現状だ。

 ちょうどここに滞在して、魔物を狩ってくれる人材を探していたところだった。

 彼らが思い通り、……いや、それ以上の成長をしてくれて正直助かる。


「そうですか。ええ、私からも是非お願いします。彼の想いを継いでくださると、私も嬉しいですから」


「はい! ありがとうございます!」


 三人が手を取り合って喜んでいる。

 永遠にこの場所にいることがないとはしても、これで暫くはこの一帯も安定するだろう。定期的に冒険者ギルドから様子を見に行ってもらうことにしよう。

 もちろん、俺もちょくちょく顔を出すつもりにはしているが。


「回収屋のアニキ。無能者ってなんなんっすかね。スキルがないだけで、人間としては立派じゃないっすか。なんで、神はスキルをみんなに均等に与えなかったんですかね」


 綺麗に掃除されてお供え物まで置かれた彼の墓標を見つめ、男が真剣な顔つきになる。

 友である老人の日記にもその苦悩が書き込まれていた。それを目にして、彼らも思うところがあったようだ。


「無能者というのは、神が試練を乗り越えられると信じた人。……スキルに頼らなくても生き抜く強さを持った人。それが無能者なのかもしれませんよ」


 スキルを生まれ持ってきた者の方が――本来の無能者。

 だとしたら、俺が多くのスキルを持って生まれたのも納得がいく……な。


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