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独身な王子様

 とある国に頭脳明晰で国民にも親しまれている王子様がいました。

 顔は女性と見間違えるほどに容姿端麗で背も高く、均整の取れた体をしているので人々の憧れです。

 そんな完璧とも思える王子なのですが、たった一つだけ問題がありました。

 二十代半ばにして未婚だったのです。


「よくぞ来てくれた、回収屋よ。そのようなところで(かしこ)まっておらずに、こちらへ」


「はい。失礼いたします」


 早朝に泊まっている宿屋に兵士が訪れたかと思えば、まさか噂の王子様の下まで連行されることになるとは。

 途中、兵士から聞き出せたのは「王子がお呼びだ」の言葉のみ。

 逃げ出すことは容易だったが、興味があったので大人しくついてきた結果がこの状況だ。

 噂通り美形の王子様だ。こんな男に甘い言葉の一つでも囁かれたら、大抵の女性は落ちるだろう。

 王子の私室は白で統一されていて清潔感があり、服装も無駄に飾り立てず柔らかい印象を与える。

 絵画から抜け出てきたのではないかと思わせるぐらい様になっているな。欠点など何もないように見える。――というのに、未だに独身。何か裏でもあるのか?

 不信感は顔に出さず、王子に招かれるまま対面の席に腰を下ろした。


「皆、下がってくれるかい。二人きりで話したいことがあるから」


「護衛としてお傍を離れるわけには」


「大丈夫だよ。この人に敵意はない。こういういい方はしたくないのだけど、これは命令だよ?」


「分かりました。何かありましたら、お呼びください。扉の前で控えておりますので」


「うん、ありがとう」


 護衛の兵士とメイドが扉の向こうへと消えていく。

 王子でありながら偉そうな態度もせず、むしろ腰が低いぐらいだ。

 『心理学』の判断だと、王子の行動は本心のように思える。

 厄介だな、この人。部屋に入ると当時に『鑑定』で王子のスキルを調べようとしたのだが、スキルが見えなかった。無能者という事ではなく、何かに阻害されいているようだ。

 それは以前、セラピーを見た時と同じ感覚だった。

 王子の胸元に視線を落とすと、セラピーも着用していた〈大いなる遺物〉のネックレスがそこにある。


「ああ、これかい。相手の『鑑定』を阻害する古代の魔道具だね。高価なものだけど、スキルを暴かれると外交上も問題があるから、肌身離さず持つように言われているんだ」


 意外と普及しているのか、この魔道具は。


「そうでしたか。不思議なデザインをしていましたので、商人としての血が騒いでしまいました。申し訳ありません」


 そんなにまじまじと見ていなかったと思うのだが、バレてしまったのなら即座に謝っておいた方がいい。こういう輩は機嫌を損ねただけで、牢屋に放り込まれて処刑という流れも珍しくない。


「いやいや、こんなことで処刑したりしないよ。大袈裟な」


「…………」


 苦笑いを浮かべながらさりげなく口にした言葉を聞き、俺は絶句した。

 こっちの考えが読まれた?

 王子も高レベルな『心理学』を所有しているのか? だとしても、『心理学』で心を読まれるような言動はしていない自信がある。


「心理学は持っていないよ」


 完全に心の声を聞かれた。ということは、もしや王子の所有しているスキルは――。


「さすがだね、回収屋さん。そう、『精神感応』だよ」


 にっこりと微笑む王子の言葉に嘘偽りはないのだろう。

 まさかのレアスキル『精神感応』を所有しているのか、一国の王子が。


「ということは、言葉で取り繕っても、何の意味も持たないという事ですね」


「うん、そうだね。だから、もっと気楽に接してくれていいよ」


「分かりました」


 このスキルは人の心の声を聞くことができるレアスキルだ。『精神感応』の前ではどんな嘘も通じず、どんな秘密も暴かれてしまう。

 王子が跡を継げば、この国はこれからますます栄えそうだな。暗殺も裏切りも事前に察知できる。彼の前では不正もできないだろう。

 王とは面識があるのだが、優秀な後継ぎがいるようで安心したよ。


「そうだね。一国を統治する者として恵まれた能力だと思うよ。回収屋さんは、スキルに詳しいから説明が(はぶ)けて楽だね」


「スキルの知識に関しては少し自信があります」


「みたいだね。かなり多くのスキルを所有しているみたいだし。……あっと、心を読まれないように閉じたのか、凄いね。『精神感応』で心が読めない人は、キミで三人目だよ」


「それを防ぐスキルもありますので」


 相手のスキルレベルは分からないが、防ぐ手立ては幾つかある。

 スキルに頼らなくても、無心になることで心を読まれることを防ぐことも可能だ。武芸の達人になると、そういうことも可能らしい。……俺はスキルで防がせてもらったが。


「それで、私をお呼びになった理由を聞かせてもらえますか?」


「堅苦しい言葉づかいは無用なのだけど、それが癖になっているみたいだね。回収屋さんを呼んだのは他でもない……」


 さて、一体何を要求してくるのか。

 一国の王子の秘密を知った今、断ったら無事で済まないのは確かだ。どんな無理難題でも要望に応えるしかない。

 そこから黙り込んだまま、じっと俺を見つめる王子の目は真剣そのものだ。

 ピンと張り詰めた空気の中、俺はそっと唾を呑み込む。

 王子は一度小さく息を吐くと、意を決して口を開いた。


「実は……心根の綺麗な女性を探して欲しい」


「はいっ?」


 深刻な表情で何を言った、この王子は。


「いずれは一国の王となるこの身。早く結婚をして跡継ぎを求められていることも重々承知しているのだ。だが、私は人の心の声が聞こえてしまう。どんなに綺麗ごとを並べても、醜い心が、奥底のどす黒さが聞こえてしまう」


「あ、ああ……」


 王子なんて立場でいたら、上辺だけは取り繕っているような連中ばかりを相手にすることになるだろう。

 うんざりするほど、人の汚い心を聞かせられてきたのか。


「私のスキルを知っているのは、王である父だけ。この力を知られると人は遠ざかるからね」


 そう呟く王子は平然としているようで、どこか寂しげだ。

 どれだけ清廉潔白に見えても、誰だってどこかしら汚い部分はある。心の声が筒抜けになっていると知れたら、誰だって近寄りがたい。


「幼少の頃から、人の醜い心の声を嫌というほど聞かされてきた。だから、純粋無垢な女性などいないことは知っている。でも、せめて、「結婚したら贅沢し放題だ!」とか、「顔はいいけど、あっちは小さそう。きっと行為も下手糞よね」とか、「こういう女っぽい男の人が、屈強な兵士に襲われるのって萌えるわよね」などと思わない妻が欲しい!」


「な、なるほど」


 また極端な思考の女性と出会ってきたものだ。

 そんなことを言われたら千年の恋も一瞬で冷めるぞ。結婚に二の足を踏むのも分かる。


「身分にこだわる気はないから、お忍びで街を散策して相応しい相手を探したことも一度や二度じゃない。街中で仲のよい恋人たちが口では、「愛してる」「ずっと一緒だよ」とか言っているのに、心の声は「こいつで妥協するべきよね。贅沢言ってたらきりがないし」「俺の顔だと、こいつぐらいが丁度いいや」と心でぼやいているのを聞いた日には……」


 頭を抱えて悲愴な声を漏らしている。

 俺が彼の立場なら、恋愛に関しての夢も希望も消滅していたな。


「別れ話をしている恋人たちに至っては、「暫くの間、会わないでいようよ。これからのことを一人になって真剣に考えたいの」と言っておきながら、心の中では「好みの男に告白されたから付き合うわ。相性悪かったり飽きたら戻ってくるから、キープな」と思っている酷さ! なんで泣きそうな顔をしておきながら、あんな恐ろしいことができるのかっ!」


 相当、鬱憤(うっぷん)が溜まっていたようで、体をのけ反らせ愚痴を吐き続けている。

 これは完全に……女性不信だ。

 いや、男性にも幻滅しているようだから人間不信か。


「私にだって醜い部分があることは認める。でも、あそこまで酷くはない……と思う。恋愛というものは、もっと崇高で心安らぐものであるべきだ。そう思わないかい、回収屋さん」


 熱く語るのは勝手だが、そこで同意を求められても困る。

 俺の心の声は聞こえないので、相手の求める答えを口にしてもいいのだが……。


「理想はそうかもしれませんが、色恋沙汰は大抵ドロドロしたものですよ。稀にお互いを尊重して思いやることができる、夫婦や恋人もいらっしゃるようですが」


「そうか。心が読まれていないのに本音で話してくれてありがとう。回収屋さんは信用に値する人物のようだ」


 買いかぶりすぎだとは思うが、信頼してくれたことは純粋に嬉しい。

 王子にとって心が読めない相手の方が、気持ちが安らぐというのも皮肉な話だな。


「いっそのこと、この『精神感応』を回収屋さんに売ってしまえば、楽になるとも考えたのだが、王になる身としてこれを手放すわけにはいかないのだ」


 このスキルがあるだけで、王として有利に事が運ぶのは間違いない。

 それに王子はそのことがなくても『精神感応』は手放せないはずだ。人の本音をずっと聞いて来た者が、相手の心が分からなくなると疑心暗鬼に陥る。

 何を言われても嘘としか思えず、誰も信用できなくなってしまうのだ。

 以前同じスキルを所有していた人の前例があるので、よく知っている。気が狂う一歩手前まで追い詰められ、スキルの買い戻しを要求してきた時の憔悴(しょうすい)しきった顔を、今でも鮮明に覚えている。


「せめて、恋愛に夢が持てるような夫婦や恋人が見られたら、もう少し結婚に積極的になれるのだが」


 肩を落として呟く王子に同情してしまう。この国の為にも何とかしてあげたいところだが。

 王子の要望に応えられる人はいないか、知り合いの顔を次々と頭に思い浮かべていく。――何人か会わせたら面白そうな人がいるな。

 これが成功して結婚に乗り気になったら王も喜ぶだろうし、この国との太いパイプが繋がることにもなる。

 ダメで元々、やってみるか。


「では後日、一緒に街を散歩しませんか?」


 突然の提案に、王子は眉根を寄せて不審そうに俺を見ていた。





 王の許可を取ってから、お忍びで王子を街に連れ出した。

 この国の王とは縁があって懇意にさせてもらっているので、意外にあっさりと許可がもらえた。


「まずは新婚夫婦をご覧いただきます」


「新婚か。一見仲がよさそうに見えて、結構腹黒いものなのだが」


 目的地へ向かっている最中なのだが、王子の不信感はちょっとやそっとでは拭えそうにないな。

 でもあの新婚ほやほやの夫婦なら、要望に応えられると信じている。

 閑静(かんせい)な住宅地にある、手入れが行き届いた庭が広がる家の前に着くと、門に備え付けられているベルを鳴らす。

 すると、家の中から一人の薄化粧をした美しい女性――セリフェイリが現れた。

 顔の右半分を占める火傷の跡はどこにもなく、相変わらず見事な化粧の腕だ。


「あらっ、回収屋さんではありませんか」


「こんにちは。コンギスさんはいらっしゃいますか?」


「はい。昨日遅かったのでまだ寝ているのですが、起こしてきますね。その間、中でお待ちください」


 すっと半身を引いて家の中で待つように促されたが、ここで十分だと丁寧に断っておく。

 家の中に消えた彼女の背を見つめていた王子は、真剣な顔で何度も頷いている。


「素晴らしいご婦人だな。突然の訪問に驚きながらも、心から喜んでいた。私のことも気になっていたようだが、追求しない心遣いも嬉しいところだ」


 第一印象は好評のようだ。人の心を勝手に読ませるという行為に若干の後ろめたさはあるが、これもお国の為。

 決して、俺の好奇心で彼らの本音が聞きたいわけじゃない。


「なんだ、回収屋か。どうした、家を訪ねるなんて珍しい」


 扉から姿を現したのは、筋肉の塊に彫りの深い顔が乗っかった偉丈夫、コンギスだ。


「見事な体躯だな……」


 鍛え上げられた肉体を前にして、王子が感心している。

 この肉体を前にすると殆どの人が圧倒されるからね。


「掘り出し物の宝石が手に入りましたので、新婚のお二人にお似合いかと思いまして。こちらの方は商人見習いで、今日は勉強も兼ねて同行してもらっています」


 という設定になっている。


「初めまして、よろしくお願いします」


 王子も役柄に合わせて対応してくれた。

 背負い袋から頑丈な箱を取り出し、蓋を開く。

 そこには色とりどりの宝石がずらっと並べられていて、一瞬セリフェイリの目の色が変わったのを見逃さなかった。

 必要以上の贅沢を好まない彼女の性格は知っているが、宝石の輝きは人を……特に女性を魅了する。

 心の揺れを聞き取ったのか、王子の顔がしかめ面になったが、直ぐにその表情は驚きへと変化した。


「綺麗な宝石ですが、私には必要ありませんわ。せっかく持ってきていただいたのに、申し訳ありません」


「いらないのか? 一つぐらい遠慮せずに買っていいんだぞ」


「いえ。あなたは飾らない私が好きだと言ってくれました。だから、今のままで十分なのですよ」


 微笑むセリフェイリを見て、王子が目を見開いている。

 遠慮する彼女に負けてコンギスが引いたので、商談は成立しなかった。

 二人に礼を言って家から離れると、王子が大きく息を吐き、パンッと自分の頬を挟み込むようにして軽く叩く。


「いるのだな。お互いを思いやり、愛し合う夫婦というのは。自分の事よりも相手の事を優先にして考えられる……。羨ましいと、心から思えたよ」


 王子の心が良い方向に少し動いたようだ。

 あと一組、理想的な恋人同士を見せれば、恋愛にもう少し積極的になってくれるだろう。

 となると、誰を紹介するか……。ここは口とは正反対に互いに好意を抱いている、冒険者のセマッシュ、サーピィの幼馴染はどうだろう。

 彼らもまた違った恋愛の形だしな。よっし、それでいくか。


「では、王子。次はまだ恋人未満ですが、互いに――」


「おや、回収屋さんではありませんか」


 話の途中で声をかけてきた人物の声に聞き覚えがある。

 渋く通る声。ハキハキとした活舌のいい話し方。彼だけなら問題はないのだが……。

 嫌な予感がしつつ、声のした方向へ体を向けると、そこには神父がいた。

 いつものように穏やかな笑みを浮かべる神父。

 ――だけなら問題はなかったのだが、その隣には仕立てのいい服を着た少女と、体に密着した修道服を着たシスターがいた。


 あっ、これはいけない。


「神父様に近づかないで、この淫乱シスター!」


「あらあらぁ。淫乱なんて難しい言葉を知っているなんて、お利口ねぇ」


 神父を挟んで、いつものやり取りをしている二人。

 少女は恋敵であるシスターに食って掛かっているが、いつものように気にも留められていない。シスターの『鈍感』スキルは今日も絶好調のようだ。


「こらこら。女の子が淫乱なんて言葉を使ってはいけませんよ。騒がしくて申し訳ありません。回収屋さんとお話しがありますので、静かにしてくださいね」


「分かりましたぁ」


「神父様がそう仰るなら」


 少女は嫌悪感を隠そうともせずにシスターを睨んでいるが、彼女は笑みを浮かべ頭を撫でようとしては、手を払われている。


「なんという罵倒の嵐。対するシスターは、晩御飯を何にするか献立に悩んで……全く関係ない事を考えているっ⁉ あの憎悪に気が付いていないというのかっ」


 二人の心の声を聞き、驚愕で頬が引きつっている。

 彼にとってこの状況は危険すぎるか。早めに離脱した方がいいな。


「神父様。今日はお出かけですか?」


「買い物の帰りでして。シスター一人で買い物に行ってもらうと、色々と問題がありまして……」


 困り顔で頬を掻く神父の言いたいことは分かる。『色気』『煽情』『魅了』が高レベルで揃っているシスターが街をうろつくだけで、男たちの視線を独り占め――どころの騒ぎではない。

 神父がいなければ数歩進むごとに、男どもが灯りに群がる虫のように寄って来る。ナンパだけならまだいいが、痴漢行為や連れ去ろうとする者まで現れる始末。

 最近気づいたのだが、神父の『理性』はレベルが上がったことで、自分だけではなく周囲にいる人の精神にも影響を与えているようだ。

 なので、神父と一緒に行動していれば、バカな真似をする者も出てこない。

 実際、あれだけ人を誘惑するスキルのレベルが高いシスターと、教会という空間で一緒にいる信者がよく我慢できるなと疑問だったのだが、神父の『理性』が働いていたとなると納得もいく。


「シスターは一人にすると問題がありますからね。できるだけ目を離さないようにしてあげてください」


「はい。承知しております」


 後方の二人を見つめたまま微動だにしない王子が心配になってきたので、その場を離れようとした、その時。


「貴方様ぁ~」


 甘ったるい声を出しながら何かが飛び込んできた。

 ソレは短パンにへそ出しのシャツという露出度の高い服装で、迷うことなく神父に抱き着く。

 その瞬間、ギシリと空間に亀裂が入ったかのような音が響いた。


「ひいいっ」


 王子が血の気の引いた顔で震えながら見つめる先には、神父に抱き着いている女性を射殺すかのような目で睨んでいる、少女とシスターがいた。

 そんな視線に晒されているというのに、露出度の高い女性は平然としている。

 この状況で動揺もしない肝の据わった女性の顔を見て、違和感を覚えた。

 女性の顔、どこかで見たことがあるような……。服装に見覚えはない。だがシスター程ではないが色気を感じるこの女性どこかで……。


「離れてください。悪魔が神父と一緒にいていいのですか?」


「恋の前に、種族の壁なんて関係ないわ! あの日、魅了されなかった貴方様に助けられ、私は魅了されてしまったの!」


 二人の会話で彼女の正体が判明した。

 以前、『支配』スキルを悪用してこの国に攻めてきた男の配下にいたサキュバス。それが彼女か。羽も尻尾もないので分からなかったが、この顔は確かにあのサキュバスだ


「ちょっとおおおおっ! 何よあんた! 神父様から離れなさい! 無駄に大きな胸に風穴を開けるわよ!」


「神父様が嫌がっているじゃないですかぁ。離れてくださぃー」


「嫌よ! 私と神父様の濃密な交わりを邪魔しないで!」


 少女がサキュバスと神父の間に入り込み、必死に踏ん張って引き剥がそうとしている。

 シスターは神父の腕を胸で挟むようにして抱え込み、サキュバスを睨む。

 ……あっ、神父の『理性』レベルが上がった。


「こ、この嫉妬の渦中にいるというのに、神父の心は平穏そのもの……だと。声が全く聞こえてこないっ!」


 王子が信じられないものを見る目をしている。

 神父の心の声は聞こえないようだが、それは『理性』が『精神感応』を阻害しているのか、それとも『理性』が高すぎて無我の境地に到達して、心が無なのか。

 どちらにしろ、さすが神父と言わざるを得ない。

 しかし、ここにきて新たな挑戦者が登場か。サキュバスまで加わるとなると、神父の身が心配になるが……。もう少し様子をみてみよう。

 そろそろ、高位スキルに目覚めそうだ、という打算があるわけじゃない。

 心の声が聞こえる王子がそろそろ限界っぽいので、神父達と別れ城への帰途につくことにした。


「女性怖い……。嫉妬怖い……。平然としている神父も怖い……」


 廃人のように同じ言葉を繰り返している王子は顔面蒼白。

 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が飛び交っていたらしい。

 ――女性不信が悪化してしまったか。

 いかんな。このまま帰したら王に何を言われるか。やはり当初の目的通り、幼馴染のあの二人と合わせるか。

 城に戻る予定を急きょ取りやめ、この時間帯なら宿屋の一階で食事をしていることが多いので、そこに連れていくことにした。

 意気消沈している王子を連れて宿屋の扉を開き、中を確認する。

 まだ来ていないのか。二人だけではなく、老賢者と孫もいないな。


「回収屋さん、お帰りなさい」


「今日は遅くなるんじゃなかったの?」


 店員のスーミレとチェイリが歩み寄ってくる。

 客が誰もいないので、二人とも手持ち無沙汰(ぶさた)のようだ。


「ルイオさん達は、まだ来ていませんか?」


「今日は見ていませんよ。あの、隣の方が顔色悪いようですけど、お水持ってきましょうか? 席に座って体休めてくださいね」


 スーミレが俯いていた王子の顔を覗き込み、心配してくれている。優しい子だ。

 そんなスーミレをじっと見ていた王子の頬が赤くなり、生気の失われていた瞳に光が戻っていく。


「だ、大丈夫です。あの、その、名前を教えてもらってもいいですか?」


「スーミレですが」


「スーミレさんですか。心と同じく美しく澄んだ、心地のいい名前ですね」


 もしや、これは……。


「回収屋さん。今日はありがとうございました。おかげさまで、結婚に希望が見出(みいだ)せそうです!」


 突如復活した王子はピンッと背筋を伸ばし、俺に礼を言うとそのまま宿屋を飛び出し、走り去っていった。

 ずっと周辺で様子を見守っていた護衛の連中が、慌てて後を追っているので俺が送らなくても大丈夫だろう。


「どうしたのでしょうか? 体調がよくなったのならいいんですけど」


「さあ、どうしたのでしょうね」


 一目惚れか。

 正確にはスーミレの心の声を聞いて、彼女の純粋さに心を奪われたのだろう。

 神父達との一件での衝撃は消えたようだが、厄介ごとを増やしただけの気がする。

 どうにも嫌な予感がするが、あえて『直感』のスキルはつけないことにした。それをすると、予感が確信に変わってしまうから。





 数日後、再び宿屋に姿を現した王子がスーミレの心の声を聞き、俺を恋敵だと勝手に認定して睨むようになったのだが、それは余談か。


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