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愚直な男

「スキルを買い取ってくれないだろうか。それの金で代わりにスキルを売って欲しい」


 冒険者ギルドで目ぼしいスキルがないか、『鑑定』で調べた帰り道。

 突然、背後から呼び止められた。


「私の事でしょうか?」


 惚けた声を出し、怪訝な顔を作って振り返る。

 そこには冴えない顔をした中年の男がいた。薄汚れた革鎧に長剣という格好から冒険者だということは理解できた。


「あんた回収屋だよな? 前にピーリ達が話していたのを耳にしてな」


 不機嫌にも思えるぶっきらぼうな口調で、おまけに声が低い。会話しているだけだというのに威圧感がある。

 でもそれは、不愛想なだけ。『心理学』で調べるまでもない。感情の表現が苦手なのだろう。


「はい、そうですが」


 彼の問いかけに頷く。

 回収屋であることを隠したりはしないが、スキルを売れることは一部の人にしか知られていない。

 いや――知らさないようにしている。

 買い取りよりも、スキルを与えられることの危険性を誰よりも知っているからだ。

 とはいえ、この街に長く滞在した結果、回収屋の名と『売買』のスキルは広まりつつある。

 最近では考えを改め、回収屋の名だけではなく、スキルを売れるという事実も広めようかと考え始めていた。

 こんな冴えない冒険者にまで知られているなら、今更広める必要もなさそうだが。


「その回収屋と知って、何のご用件でしょうか?」


「さっき言ったとおりだ。スキルを買い取って、売って欲しい」


 そう言って、男はスキル証を差し出してきたが、それを見るまでもなく『鑑定』でレベルまで見抜くことができる。

 頭上に浮かぶ文字を見た瞬間「ほぅ」と思わず声が漏れそうになった。

 冴えない冒険者だと思っていた男には『剣術』のスキルがありレベルが10を超えている。見た目に反して中級以上の冒険者なのかもしれない。

 だが、本当に驚いたのはそこじゃない。

 彼のスキルがたった一つ『剣術』だけであり、スキルスロットに――空きがないという事実。

 つまり剣術の才能しかなく、それ以上スキルが増えることがない。

 スキルスロットが存在しない無能者よりかは恵まれているが、他人と比べると才能がないと判断されてしまう。


「自分のスキルをご存知ですか?」


「ああ、剣術一つだけだ。このスキルのおかげで俺は冒険者としてやっていけた」


 承知の上か。そんな貴重なスキルを売りたいというのか。

 スキルを売る人の大半は自分にとって使い道のないスキルの処分だ。いらないスキルを処分できて金が入る。ためらう必要はない。

 次に多いのは金を必要とする人だ。借金や急遽大金が必要になった。職を失った。目的は人それぞれ。

 彼が後者であることは間違いない。


「そんな大切なスキルを売っても構わないのですか?」


「ああ、金が必要なんだ。自分で言うのもなんだが『剣術』には自信がある。これなら高額で買い取ってくれるよな」


 追い詰められた獣のような目をしている。

 怯えの中に鋭い光が宿った瞳。

 俺への質問ではなく詰問だった。否定は許さないと、目が語っている。


「ええ、このスキルであれば高額で買取させていただきます」


「そうか、ありがとう。なら買い取ってくれ。それで代わりに――」


 続く言葉に耳を疑った。

 どうやら俺の予想は外れたらしい。

 相手の顔を正面から見つめ、その言葉を確認しようとしたが……真剣な表情を見て口を(つぐ)む。

 男の要求するスキルは存在する。それなりの高レベルで買い取ったスキルだ。

 だが、冒険者である彼に必要だとは思えない。

 少なくとも『剣術』より価値のあるスキルだとは思えない。


「頼む、そのスキルを売ってくれ」


 俺は戸惑いながらも、彼にそれを売ることにした。





 数か月後、再び彼と会った。

 以前とは別の街で彼は噴水広場にいた。

 鎧の代わりに派手な配色の縞模様の服を着て、剣の代わりに手にした球をポンポンと放り投げている。

 彼は冒険者を辞めて、道化師になっていた。


 俺が彼に売ったスキルは『道化』だった。


 そのスキルを得た者は奇妙で滑稽な行動や、軽快な話術が得意となる。大道芸人として相応しいスキルではある……のだが。

 レベルは5まで売ったのでプロを名乗っても問題のない腕前だ。

 男の前に置かれた入れ物の中に、投げ銭が次々と放り込まれていく。

 彼の邪魔をするべきじゃないと判断して、『隠蔽』で気配を消し、観客と一緒に彼の芸を楽しむ。

 冒険者として鍛え上げられた肉体のおかげか、『道化』スキルレベル以上のキレがあり意外と向いていたようだ。

 芸が終わって観客が全ていなくなると、道化師となった男は道具を片付け始めた。

 道化師が商売道具をまとめて立ち上がろうとしたところで俺に気付くと、破顔する。


「回収屋さんじゃないですか。お久しぶりです」


 男の笑顔と愛想のよさに、思わず後退りそうになった。

 彼が変貌したのは『道化』スキルの影響だろう。それは分かっているのだが、話すたびに眉間にしわが寄り淡々と話す……不愛想だった彼の面影がない。

 顔に星や涙の絵が描かれているが、それがなくても男の顔は見違えていた。


「見事な芸でしたよ」


「ありがとうございます。これも回収屋さんのおかげですよ」


 誰だ? と問いかけたくなるぐらい、爽やかな笑顔だ。

 正直、彼は『剣術』を売ったことを後悔していると思っていた。それは杞憂だったようだ。


「感謝しているのですよ。何も言わずにスキルを買い取って売ってくれたことを」


 そう、俺は何の事情も聞かなかった。

 彼の愚直なまでに真っ直ぐな瞳を信じたというのもあるのだが、『道化』を売ったところで危険なことはないだろうと判断したからだ。


「もしよかったら、話を聞いてくれませんか」


 前振りもなく唐突に話を切り出すのは変わらないのだなと、苦笑しながら小さく頷く。


「実は、好きな女性がいるのです。その人の為に変わりたかった」


 彼を変えたのは恋なのか。

 頬を赤らめ照れる中年男性というのは、微笑ましいものがある。


「彼女は俺の元相棒の妻なのですよ。相棒はとても明るく、俺と真逆のいい奴でした。魔物討伐の最中に俺をかばって死んでしまいましたが……」


 そこで言葉を区切り、中ほどまで落ちかけている夕日を眺める。

 その横顔には哀愁があった。昔を懐かしみ、後悔している顔に見えた。


「それから、何かと気にかけていました。小さな子供もいて、女一人で世間を渡るのは厳しい世の中ですから。罪滅ぼしのつもりで、顔を見せ……いや、違いますね。昔から彼女のことが好きだった。だから、相棒の事を利用して頻繁に会っていました」


 自嘲した笑みを浮かべている彼は、目元の涙の絵も相まって泣いているように見えた。

 真面目な男だからこそ、引け目を感じているのだろう。


「亡き友の元妻を幸せにするというのは、罪ではありませんよ」


「そう、ですかね」


「ええ、そうですよ」


 俺の言葉で少しだけ罪の意識が薄れたのか、地面に視線を落として話を続ける。


「想いが彼女に通じたのか、いつしか彼女も俺に好意を抱いてくれるようになりまして。ですが彼女は常々「冒険者はやめて欲しい。もう大切な人が先に死ぬのは嫌だ」と口にしていました。だから、俺には――剣術はもう不要なのですよ」


 俺に『剣術』を売った理由がそれか。

 謎が一つ解けたが、もう一つ謎が残っている。何故、『道化』を選んだかということだ。

 手に職をつけるのであれば、もっと相応しいスキルは幾らでもある。


「後ろめたさを感じながらも、いつか彼女と結婚したいと思っていたのですが、問題は息子の存在でした。俺はご承知の通り不愛想で、子供に好かれた経験がありません。実際、彼女の息子は俺を見ただけで、隠れてしまうぐらいでしたから」


 安易にその場面が想像つく。

 以前の口調と声と態度だったら、間違いなく子供は懐かない。


「ある日、彼女達の買い物に付き合っていると、子供が足を止めたのですよ。広場で芸をする大道芸人の前で目を輝かせて見入っていたのです。……単純ですよね」


「いえ、立派ですよ」


 好きな人の子供の為に、磨き上げた『剣術』を捨て道化師になることを選んだ。

 その決断は、人として――男として尊敬に値する。


「そう言ってもらえて嬉しいです。このスキルもようやく馴染んできて、収入も安定してきました。なので、今日こそっ」


 ぐっとこぶしを握り締める男の顔には、決意の色が見える。

 それが何を意味するのか聞くまでもない。が、あえて口にした。


「プロポーズですか」


「ええ。回収屋さんとの再会は、この機会を逃すなという運命の後押しだと信じたいのです」


 運命なんて言葉を使ってはいるが、ようは踏み出す切っ掛けが欲しかったのだろう。


「応援していますよ」


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて立ち去る男の背はピンと伸び、堂々としたものだった。

 意を決したようだな。

 彼の話だけで判断するなら上手くいくと思うが、これは一方的な主観による意見だ。恋愛に関しては、どうしても冷静な判断ができずに思い込みが発生する。

 自分の都合のいいように考えてしまう。

 プロポーズの結果がどうなるかは分からないが、成功することを祈っておくよ。





 次の日。結果が気になっていた俺の足は、自然と広場へと向いていた。

 昨日と同じ場所に彼はいた。

 だが、道化師の格好ではなく私服で、噴水の縁に腰かけているだけだ。

 背中は猫のように曲がり、視線は石畳をじっと見つめている。

 俺は彼の隣にそっと腰を下ろしたのだが、気づきもしない。


「こんにちは。昨日ぶりですね」


 声を聞いて初めて俺の存在に気付いたようで、顔を上げてこっちを向いたのだが、その目には覇気がなく虚ろだ。

 ――これは結果を聞くまでもないか。


「回……収屋さん」


 声に力を感じない。今にも消えてしまいそうな、ろうそくの炎を連想させる、か細さだ。


「ダメでしたか」


 話を聞いた限りだと相思相愛に思えたのだが、彼が一方的に都合のいい解釈をしていただけなのかもしれない。


「お子様が原因ですか?」


 あの話を信じるのであれば、女性には問題なかったように思える。

 だとすれば、子供に受け入れられなかったとしか考えられない。


「それが……子供には気に入られたのですよ。ジャグリングを見せたら尊敬のまなざしで見つめられました。嬉しかったなー」


 遠くを見つめる顔は嬉しそうだというのに、哀愁を帯びている。

 子供は大丈夫だったということは、母親に受け入れられなかったということだ。……彼の独りよがりだったということか?


「子供に喜ばれて、これはいけると確信してプロポーズしたのですが……。したのですが……。結果は、ごめんなさいという、拒絶の言葉でした」


 がっくりと肩を落とし、大きなため息を吐く。

 こういう場合はなんて声をかければいいのか。何度かこういう場面に立ち会ったことがあるのだが、未だに慣れない。


「…………」


 結局、慰めの言葉が思い浮かばず、彼が話し出すのを待つことにした。

 詳しい事情も知らずに迂闊(うかつ)なことを口には出来ない。


「彼女はこうも言いました「物静かで言葉より行動で示すあなたの方が良かった。今のあなたはちょっと……苦手です」と」


 ――もう、何も言えない。

 彼女の為に子供の為に『剣術』を捨て『道化』を選んだ、彼の選択が間違っていたのか。

 これではまるで……。


「とんだ道化ですよね」


 俺は何も言わずに彼の肩を抱き、酒場へと向かった。

 今日は彼の愚痴にとことん付き合うことにしよう。


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