難攻不落のラブストーリー
「好きな人に振り向いてもらえるスキルはありませんか!」
目の前にいる十歳ぐらいの女の子が、顔を真っ赤にしてそんなことを言ってきた。
ここは宿屋の一階にある食堂の片隅。
いつもの席で遅めの朝食を食べ終わり寛いでいると、目の前に金髪碧眼の女の子がやってきたのだ。
フリルのついた服と頭の大きなリボンが印象的な、見ているだけで微笑んでしまうような可愛らしい少女。
見覚えのない少女が唐突にそんなことを言ってきたので、驚きながらも好奇心が刺激された。
質のいい素材の服からして、それなりに高い身分か資産家の娘さんだろうな。
「ええと、それだけでは何とも言えませんので、詳しい説明をしてもらっても構いませんか? 立ち話もなんですからお座りください。飲み物はどうですか」
メニュー表を手に取り対面の席の前にすっと押し出す。
少女はコクコクと頷くと席にちょこんと座り、メニューを手に取った。
店内には自分と少女と看板娘チェイリ、店員のスーミレしかいないのだが、さっきの話を聞いていたチェイリとスーミレがこっちに向かって歩み寄ってきている。
注文を聞きに来るのに二人も必要ないのだが、両方譲る気はないようだ。向かってくるその顔には、抑えきれない好奇心がにじみ出ていた。
……女性って色恋沙汰好きだよな。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「このケーキセットお願いします」
「私は、これをもう一杯もらえますか」
「はい、少々お待ちください」
スーミレが注文を聞き店の奥まで引っ込んだのだが、チェイリはすっと後ろの席に座り聞き耳を立てている。
直ぐにスーミレが注文の品をもってきて並べると、当たり前のようにチェイリの隣に座りじっとこっちを見ている。
二人とも仕事はどうした。
「では、ご依頼の件について詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
少女が美味しそうにケーキを頬張り一息ついたタイミングで声をかけると、姿勢を正してこっちを見た。
「ええと、私には好きな人がいます。でも、その人は私に振り向いてくれなくて。こんな子供で魅力が無いから、好きになってくれないのかなと思っていたんです。そんな時に回収屋さんのお話をお友達から聞かせてもらって」
「差し支えなければ、お友達の事を教えてもらえますか?」
こんな小さな子に私の情報を流した人がいるのか。この子の友達と言う事は相手も子供だろうが、最近そんな小さな子にスキルを売った覚えはないのだけど。
「その人は年上のお姉さんで、最近まではずっと眠っていて、みんなから眠り姫って呼ばれていました。将軍である父上の関係で知り合った、素敵な女性です」
「ああ、あの方ですか」
天然で大人しい印象があった女性だったが、実際は曲者の眠り姫。
眠り姫がむやみやたらに『売買』の能力を人に話すとは思えないのだが、何か裏があるのだろうか?
少女の父親が将軍だという話だが、眠り姫とどういう繋がりが……。情報屋のマエキルに調べてもらうか。
「一応、スキルを売れることは秘密となっていますので、公衆の場で口にするのは避けていただけると助かります」
「そうだったのですか。失礼しました!」
ペコペコと何度も頭を下げている。そこまで反省しなくてもいいのだが。
どこぞのチャンピオンなんて酔った勢いで知り合いに言いふらしていそうだから、今度しっかり釘を刺しておかないとな。
「これから気を付けていただけるなら構いませんよ。それで、好きな人を振り向かせるスキルですか……」
「そんな都合のいいスキルは、ありませんか?」
瞳を潤ませて懇願してくる少女。
あるかないかで答えるなら、ある。『魅了』を使えば一発で事足りるだろう。
相手の抵抗力が異様に高い場合や、『魅了』を防ぐスキルを所有していない限りは、レベル10もあれば簡単に意中の相手を落とせる。
だが、スキルを利用して相手の心を奪うのは正直、お勧めできない。それで好きになられても本来の愛とは言えないのだから。
「あるにはあるのですが……」
「お金なら払います! この宝石を売ったら足りますか?」
そう言って少女が取り出したのは、赤く輝く宝石をあしらったネックレスだった。『鑑定』を発動すると、それは本物の宝石でネックレスの細い鎖は銀だということが分かる。
捨て値で売ったとしても値段は法外なものになるだろう。
「うわっ、あの宝石って紅聖石よ。あの大きさならうちの宿屋余裕で買い取れるわよ」
「そ、そんなにするんですかっ⁉」
俺の後ろの席から覗き込んでいる二人の声が届く。
一応口元を押さえて声が聞こえないようにしているつもりのようだが、俺には筒抜けだ。
「お金の問題というより、スキルで人の心を操るのはどうかと思うのですよ。あなたを好きにさせることは可能です。ですが、それは本当の恋だと言えるでしょうか?」
「うんうん、そうよね。回収屋さんはいいこと言うわ」
「私もそう思います」
同意してもらえるのは有難いが、背後がうるさい。
盛り上がるのは自由だが、このままだと少女にも存在がバレてしまいそうだ。
「私もそれは理解しています。ですが、戦わずして逃げるなど武人にあるまじき行為だと、父上が常日頃から申しております。私は心配なのです。このままでは愛しいあの方の心が、あの女に向いてしまうのではないかとっ!」
必死な少女を見て、少し違和感を覚える。
子供同士の微笑ましい話かと思っていたのだが、今の発言内容はまるで成人の恋愛沙汰を思わせる発言だった。
環境と教育のせいか、普通の人よりかなり好戦的だ。
最近の子供はませているなー。という話ではない気がする。
「ええと、その男性と言うのはどういう方で」
「私よりかなり年上で、いつも落ち着いていらして優しい方ですわ」
「年上ですか、どれぐらいの年齢なのでしょうか?」
「おそらく、父上より年上かと」
最近の子はませているなー。では、すまないか。
小さい子が十以上の歳の差がある相手に惚れるというのは珍しくない。だが、親と同じかそれ以上となると、かなりのレアケースだ。
同世代の男の子にはない包容力に惹かれるというのは、よくある話なのだが……。そこまでの歳の差が。もし惚れさせたとしても、それは犯罪のような。
「なかなか、倫理的にも難しい問題ではありますね」
「それは承知しています。ですが、常日頃からあの方の隣にいる忌々しい女に、いつか奪われてしまうのではないかと、気が気でないのですっ!」
少女の見た目と声からは想像もできないような、女の嫉妬が口からあふれ出ている。
「か、過激なお子様ねぇ」
「うちの妹と変わらない歳なのに……圧倒されます」
少女の気迫に観客の二人も若干引いているじゃないか。
十歳前後に見えるが実際はもっと年上なのかもしれないな。若く見えるだけで。
「ちなみにあなたの年齢は?」
「十歳になりました」
……見た目通りだったか。
これはやんわりと諦めさせた方が少女の為だよな。
「意中の相手の……ライバルはどのような方で?」
「思い出すのも忌々しいですが、目が細くて、悔しいですがまあまあの美人ですわ。胸も尻も無駄に大きくて、わざとらしく色目を使っているいやらしい女です!」
これが妙齢の女性の嫉妬なら見慣れたものだが、この若さでも立派に女なんだな。
ハンカチを噛んでバタバタ暴れている。
相手の女性は大人の魅力があるようだ。小さい子供と色っぽい大人の女性。男性の性癖が特殊なものでない限り勝ち目はない。
「う、うーん。相手は強敵のようですね。ここは潔く身を引くというのもありで――」
「ありません! あの方は運命の人なのです! あんな男に媚びるような女に負けるわけにはいかないのです! 全身全霊をもって討伐すべき対象なのです!」
引く気は微塵もないようだ。
戦う前から勝敗が決まっているが、これなら少しだけ力を貸してもいいかもしれない。あまりにも戦力差がありすぎる。
「そうですね、『話術』はいかがでしょうか?」
「スキルを……売ってくださるのですか?」
「ええ。ただし直接相手を惚れさせるようなスキルはダメですよ。少しだけあなたの恋心を後押しさせていただきます」
彼女は提供されたネックレスから分かるように資産家であるのは間違いない。嫉妬深いようだが、この若さで頭の回転も速く口も達者だ。
こういう人物に恩を売っておいて損はない。それに若いうちにスキルを与えておけば成長も期待できる。
「ありがとうございます!」
俺の手を握って満面の笑みを浮かべている。
彼女が犬なら尻尾を激しく振って喜んでいそうだ。
「どのようなスキルが相応しいか見極めるために、敵情視察と参りましょうか」
今日は一日暇なので少女にとことん付き合うことにした。
相手を見て判断してから、適度なスキルを提供することにする。意中の相手を落とせるスキルを渡さないように調整しないとな。
「スーミレちゃん、じゃんけんしましょう。勝った方がついていって、負けた方がここで仕事よ」
「分かりました。負けませんよ!」
背中越しに盛り上がっている二人の声がする。
あなた方は仕事しなさい。
「回収屋様が力になってくださるのなら、あの女には負けませんわ!」
「がんばってね。お姉ちゃんも応援しているから」
「ありがとうございます、スーミレお姉ちゃん」
目的地に向かう途中なのだが、二人はかなり打ち解けている。
盗み聞きしていたことを明かし、素直に謝罪するスーミレに少女は「気にしないでください」と穏やかに笑みを返した。
恋愛が絡まなければよくできた少女だ。
少女に先導されるがままに歩いているが、この道は以前歩いた道だよな。
この先には確か、アレがあるはずだが。
「あの、目的地はこの先で間違いないのでしょうか?」
「はい。あの方はこの先にいらっしゃいます。今日は外出する予定もないはずですわ。本陣へ乗り込み、今日こそは大将の心を射抜いてみせます!」
相手の予定を把握していることには突っ込まないでおこう。そこは詳しく知らない方がいい気がする。
会話をしていて若干気になるのが、この少女はいちいち戦いに例えないと会話ができないのだろうか。
「ところで、あの女に勝つためにどのようなスキルを売っていただけるのでしょうか。『話術』もありがたいのですが『色気』や『魅了』は無理でしょうか? それさえあれば仕留められると思うのですが」
「そうですね。そういったスキルはあるにはあるのですが、人気があるのでかなり高額ですし、個人的にはお勧めできません」
それに少女の外見で『色気』があっても不釣り合いだ。『魅了』があると性犯罪に巻き込まれる可能性だってある。少女である彼女にはリスクを伴うスキルだ。
「それは無念です。回収屋様、到着しましたわ」
彼女が小走りで駆けていく先に見えるのは――教会だった。
やっぱり、以前訪れたことのある教会への道だったか。この教会にいる人物と言えば。
「神父様ー。いらっしゃいますかー」
「おや、その声は」
教会の扉から歩み出てきたのは、壮年の男だった。白髪交じりの髪を後ろに撫で付け、整髪料でしっかり固めている。
体は筋肉質で神父らしくない体型なのだが、顔には穏やかな笑みを湛えている。……見知った顔だ。
あの人は――落とせない。そう断言できる。
「お久しぶりですわ、神父様」
「昨日お会いしたばかりですが。お父様はいらしていないのですか?」
「はい、今日はこの方と――」
「神父様ぁ~。どこにいらっしゃいますかぁ」
声を聞いただけで背筋がぞくりとする感覚。この声はあの人で間違いない。
神父の後を慌てて追ってきたのだろう。どこかで引っかけたらしく、修道服の胸元が裂けて谷間と下着が丸見えになっている。
……そして、本人は気づいていないと。
この人達は以前、『性欲』を買い取ろうとした神父と、『色気』『煽情』『魅了』が揃っているシスターだ。
まさか意中の相手とライバルが、馴染みの二人だったとは。
眠り姫はこれを全て把握したうえで、面白がって俺を紹介した可能性が高いな。本当に食えない女性だよ。
「神父様にみだらな格好で近づかないでください! 迎撃しますわよ!」
「あらあらぁ。今日もいらしたのねぇ。よしよし」
「気安く頭を撫でないでっ! 敵軍に懐柔なんてされませんからっ!」
シスターは嫌われていることに気付いてないようだな。さすが『鈍感』の所有者だ。
神父の腕にしがみついている少女は、今にも噛みつきそうなぐらいシスターを警戒している。縄張りに入った相手を威圧している猫のようで、怖いというより可愛らしい。
「あちらのシスター様は、確か料理教室にいらした方ですよね?」
「そういえば、一度お会いしたことがあったのでしたか」
スーミレは初対面じゃなかったな。あの時は色気あふれる格好で性欲漲る料理を作っていた。
「前も思ったのですけど、すっごく色っぽいですよね。女として羨ましいです」
「そうですね」
彼女の意見に相槌を打つと、スーミレが少しムッとした顔になり、自分の胸元をじっと見ている。
ここで口を挟むと話がややこしくなるので話題を変えよう。
「彼女の相手がシスターでは、かなり難しいですね」
「こう言ってはなんですけど……。勝ち目ないですよ」
外見でまず完敗しているところに、あの凶悪なスキルが三つ。正直、勝つ可能性は皆無だ。
尚且つ、神父の『理性』スキルレベルがあれからまた上がっている。鋼の理性を持つ神父を誘惑するのはほぼ不可能に近い。――シスターを除けば。
これは難攻不落の城砦に挑む、新米兵士ぐらいの絶望感がある戦いだ。
「すみません、ちょっと回収屋様とお話がありますので」
シスターとの口喧嘩を終えて、少女がこっちに駆けよってくる。
神父とシスターも俺の存在に気付いたようで、軽く頭を下げている。俺も同じように会釈を返した。
「ご覧いただきましたか。あれが神父様に付きまとう、女ですわ!」
吐き捨てるように口にしている姿は、あまり可愛らしくない。
適当なスキルを売ってお茶を濁すつもりだったが、あのシスターと争うなら話は別だ。
「あの方は強敵です。協力を惜しみませんよ。スキルをお売りしましょう」
「ありがとうございます! これであの女に負けませ……。あああっ、倒れる振りをしてまた神父様に胸の脂肪を押し付けてっ! こらーっ!」
話の途中でシスターの無意識お色気攻撃を探知した少女が、全速力で神父の方へ走っていく。
少々甘い気もするが、神父をレベルの低い『話術』ごときで誘惑することは不可能だ。
ここは幾つか異性を落とすのに使えそうなスキルを売ってみることにしよう。シスターの所有するスキルとは別方面のスキルで神父を揺さぶれないだろうか。
これは少女に同情しただけであって、スキルに対する実験や好奇心ではない。
決して、あそこまでレベルの上がった『理性』なら、もう少し追い込めば上位スキルに変化するのではないかという、期待と打算が生じた訳じゃない。
毎日シスターの誘惑に耐えている神父様なら、きっと耐えてくれる。
そして上位スキルに進化さえすれば、神父は二度と誘惑に負けることは無くなるだろう。
これは俺にとっても神父にとっても少女にとっても、利益の生じる取引なのだ。
正直、冗談ではなくここまで『理性』のレベルが上がれば、少女に高レベルなスキルを与えたところで効き目は殆どない。と思う。
「いいんですか、回収屋さん? 色恋沙汰にスキルを使用するのはよくないって」
「スーミレさん。恋は盲目と言いますよね。周りが見えなくなった少女に手を貸して、導いてあげるのは大人として当然のことではないでしょうか。敵わない想いだとしても、出来るだけ後悔のないように……してあげたいじゃないですか」
「そうですよね。失恋に終わっても、いい思い出として残してあげたいですから」
俺の考えに理解を示したスーミレが、俺を見つめ小さく頷いた。
――建前はさておき、難攻不落の城砦に武器もなく挑むのは愚の骨頂。
同時に侵攻するシスター軍は大量の破壊兵器を所有している。
新米兵士に武器ぐらいは支給しないと、戦いにすらならない。
商人としては戦争が長引くほど利益が生じる。なので城砦が落ちない程度の武器しか売れないけど……。頑張ってくれたまえ、新米兵士よ。