スキルの価値
「という訳だ。ワシのスキルを全て買い取って、戦闘系のスキルを売って欲しいのだよ」
買い取りと売り渡しの依頼を同時に受けたのだが、どうにも反応に困ってしまう。
これだけ動揺したのは「若返りのスキルが欲しいのっ!」と金持ちのご婦人に迫られて以来かもしれない。
目の前の見事な白髪の老人は、老賢者と呼ばれるほどの知識を蓄え、教師として優秀な生徒を育て、多くの人に尊敬されている人物。
呼び出された住居も立派な屋敷で、メイドや執事が当然のように居たりする。
「ええと、本当に全部売ってしまうのですか? スキルは把握されていますよね」
「無論。『瞬間記憶』『速読』『計算』『理解力』『博識』『鑑定』『教育』『記憶力』だったか。おっと、『記憶力』だけは残してもらえるか。他は既に知識としてこの頭に入っておる。もう必要はあるまい」
数と内容にも驚きだが、更に度肝を抜かれたのは全部レベル20に達していることだ。
賢者と呼ばれるに相応しいスキルがずらっと並んでいる。どれか一つだけでも欲しがる人は山のようにいるだろう。
だというのに、惜しげもなく殆どを売り払おうとしている。
「それもかなり能力が高いようですが」
「だろうな。この年まであらゆる知識を求め、スキルも活用してきた。街の図書館にある本は全て暗記してしまったよ。あらゆる文献を読み漁り、人々の噂も集め、その結果……スキル回収屋と呼ばれる君の存在を知った」
凄まじいな。自慢するわけでもなく淡々と話している。
これだけのスキルに恵まれたら、努力をしなくても楽な人生だというのに、努力を忘れず知識を追い求めてきたのか。
「賢者様の耳に入ったとは、光栄ですね」
「そんな世辞など無用だ。私が求めておる回答は、可能か否か」
「可能です。ただ、どれも高価なスキルばかりなので、七つとなると買取金額が桁外れになります。手持ちで足りるかどうか」
商人や役人に需要があるスキルの数々。おまけに20レベルを超えているとなると、とんでもない金額を用意しなければならない。
「そんなもの、全部込みで十万で構わん」
事もなげにとんでもないことを口にした老賢者の言葉に、思わず目を見張った。
スキルの価値が分からないような相手じゃない。全てを理解した上での決断。
美味しすぎる商談だが、それ故に警戒心が増す一方だ。
「すみません。これはさすがに私が一方的に得をしすぎなので、反応に困ります」
「ふむ、それもそうだな。では、理由を話すか。ワシはこの年で知識だけを求め様々な書物に目を通してきた。それが当然だと思い、疑問を抱いたことすらなかったのだよ。だが、年を取るにつれて、このままでいいのかという疑問が生じての。見ての通りこの年齢だ。長生きしたとしても、あと十年生きられるかどうか。ならば、今までの自分をすべて捨てて、新たに冒険者として生きてみたいと思ったのだ」
生まれ変わりたいという願望。そういう望みは少なくない。
『幸運』になりたい。
人にモテたいから『魅力』スキルを売ってくれ。
虚弱体質の体を何とかしたいから『筋力』はないか。
という頼み事は何度も耳にしてきた。だけど、これは意外というかなんというか。
だが『記憶力』さえ残しておけば、確かに他のスキルはもう無用ともいえる。その頭には膨大な知識がありスキルの恩恵で忘れることはないのだから。
知識欲を満たしたことで、第二の人生を歩みたくなった。といったところか……。そういう老後もありかもしれない。
「ワシが求むスキルは『剣術』『体力』『怪力』『回復力』『潜伏』『尾行』といったところだ。可能か?」
「まあ、あるにはありますが」
「といっても、高レベルでなくてよいぞ。レベル5で構わん。この老体を補える程度でよい」
今、さらっとレベルについて口にしたぞ。『鑑定』のレベルが高ければ、相手のスキルレベルを確認することは可能だが、老賢者の『鑑定』レベルでは値は見えないはずなのだが。
「ふむ、驚いたようだな。『鑑定』が高レベルであれば見えるのだろう? ワシには見えぬが書物にそのようなことが書かれておったからな」
「博識でいらっしゃる」
「博識のスキルがあるからのう」
白く立派な髭を指でしごきながらニヤリと笑う。食えないご老人だ。
「賢者であるあなたに今更説明は不要でしょうが、一応説明させていただきます。スキルというものは万能ではありません。例えば生まれつき『剣術』レベル10があり戦いの経験がない者と、剣術スキルがなくとも実戦と鍛錬で腕を磨いた達人が戦った場合、勝つのは達人です」
「分かっておる。単純に数値では表せぬが、あえて数値化するとするなら……元々の能力が0である物が『剣術』スキルの能力が加算されても0+10で10にしかならぬ。達人の基本能力が剣術スキルレベル20に匹敵する実力があれば、剣術スキルが無くても圧勝できる、ということだ。もちろん、それだけではない。戦いの勘や実戦の経験も大きく関わる」
賢者なだけある。こちらの説明は無用のようだ。
スキルというのは能力に加算される力だ。鍛え上げられた体はスキルがなくとも十分に強い。だが、身体能力が同等か少し劣る程度ならスキルが持つ方が有利となる。
「説明は不要でしたね、失礼しました。求められるスキルはそんなに高い物ではありませんので、買取金額から余裕でお釣りが出るのですが」
「ふむ、では、売ってもらうスキルに色を付けてもらえるか。そうだな、『尾行』と『潜伏』を少し高いレベルで売ってもらえると助かる」
「では、それで。ありがとうございます」
これでもこちらが大儲けなのだが、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。
老賢者は理解しているだろうからと説明はしなかったが、スキルを買うにはその人のスキルスロットに空きが必要となる。人には生まれ持って所有できるスキルの数に限度がある。老人の場合全てのスキルスロットが埋まっていたのだが、今回、七つも売ったことにより空きができた。
そこに買い取ったスキルを入れ込めば終了となる。金さえあれば、どんなスキルも好きなだけ得られるという訳ではないのだ。
商談成立の握手を交わそうと手を伸ばしたところで、ガチャリと音を立てて老賢者の部屋の扉が開いた。
「おじいちゃん、話し終わった?」
扉の隙間からひょこっと顔を出したのは、十代半ばに見える幼さを顔に残した少女だった。話しぶりからして、老賢者の孫だろうか。
短く切りそろえられた髪のせいで少年のようにも見えるが、よく似合っている。
「今、終わったところだ。どうかしたのか?」
孫と話しているというのに険しい顔つきをしている。孫には無条件で優しい祖父という訳ではないようだ。見た目通り、厳格なのか。
「明日、初めての冒険に行くから、一応伝えておくね」
「ふむ。冒険者は危険な仕事だということは、分かっておるのだな?」
「分かってるって、何度も言ってるでしょ。おじいちゃんは、本当に心配性だなー」
孫娘らしき少女は厳格な老賢者にひるむことなく、笑顔で接している。
少女の肝っ玉が大きいのか、老賢者は見た目に反して実は優しいのか。今日会ったばかりの自分には判断がつかない。
『心理学』に頼れば容易に見抜けるのだが、なんでもない場面で使うのは野暮ってものだろう。
「大体、私が冒険者を目指したのは、おじいちゃんが寝る前に色んな面白い冒険譚を話してくれたからなんだよ」
「それを後悔しておるよ、今は。前も言ったが、ワシの反対を押し切って冒険者なんぞを選んだのだ。二度とこの家に戻ることは許さぬ」
「分かってるよ。明日がおじいちゃんと会う最後の日だってこともね。……お客さん、ごめんねお邪魔しちゃって。おじいちゃんそんなだけど、実は優しい人なんだよ。だから、怖がらないでね」
「余計なことを言わなくてよい。用が済んだのなら、出ていくのだな」
「はい、はーい」
明るく人懐っこい子だ。会話内容からして、明日が冒険者デビューのようだな。
無断で申し訳なかったのだが、『鑑定』でスキルを調べさせてもらった結果、『弓術』『怪力』『健康』『気配察知』『俊敏』『鷹の目』と、冒険者としてはかなり恵まれたスキル構成だった。
「回収屋よ。スキルを見たようだが、どうだ」
「バレていましたか。すみません、職業病のようなものでして」
「そんなことはどうでもいい。孫娘のスキルで冒険者として活躍はできそうか」
少女が言っていたことは嘘ではないようだ。孫を想い心配しているのが雰囲気から伝わってくる。表情は変わらないが。
「そうですね。かなり優秀ですよ。順調に経験を積めば、冒険者として名を残せるのではないでしょうか」
「そうか……。スキルの上に胡坐をかかねばよいがな」
と言いながらも嬉しそうだな。ちょっとだけ、頬が緩んでいる。
才能だけなら十分なのだが、冒険は何があるか分からない。老賢者の心配は的を射ているのだ。知識と経験が豊富な老人だからこその言葉なのだろう。
商談が成立したので立ち上がり扉から出る直前、思わず足が止まる。
「迂闊な真似をせねばよいが」
『聞き耳』スキルが無ければ聞き逃していた微かな声。孫の身を案じる老賢者の本音に俺は一つサービスをすることにした。
次の日、冒険者ギルドがよく見える広場のベンチに座り、辺りを観察している。
今日が老人の孫娘のデビューなら、冒険者ギルドに集合するはずだ。
冒険者とは魔物退治、護衛、雑用などの依頼をこなす、言い方は悪いが何でも屋みたいな存在。戦闘に関わることが多いので、危険性は言うまでもない。
冒険者ギルドは、その冒険者達を取り仕切る組織だ。
孫娘には顔バレをしているので『変装』『
「おっと、孫娘さんのパーティーご到着ですね」
少し距離があるので『千里眼』で倍率を上げて、じっくり観察をする。
軽鎧の装備に短剣と質のいい弓か。仲間は合計三人でスキルバランスも悪くない。もう一人ぐらい仲間が欲しいところだが、まあ、これなら安心できるかな。
昨日、儲けさせてもらったお礼に、老人の孫を一日見守ることにした。
善意からのサービスでもあるのだが、ずっと気になっていることがあり、それを確かめるためでもあった。
街から出ていく孫娘一行から距離を十分にとり、尾行を開始する。老人に『尾行』を売りレベルは少し下がってしまったが、この状態でもまだまだ高レベルだ。
この『売買』のシステムは面白いことに、10レベルあるスキルを3レベルだけ売ると、自分のスキルが消滅するのではなく7レベルとなって残る。レベルの高いスキルは、少々売ったところで殆ど響かない。
レベルは少し下がったが、俺の尾行に気付く者は滅多にいないだろう。
数時間、後をつけると彼女たちの初戦闘に遭遇した。
危なげなく敵を倒し、デビュー戦とは思えない安定した戦いだったな。
これならご老人も安心できるだろう。
それから、日が暮れる前まで狩りを続けていた彼らを見守り、無事に冒険者ギルドに帰り着いたところで尾行をやめた。
俺は冒険者ギルドの入り口付近まで歩み寄ると、そこでフード付きの黒いローブを着てギルドの中を覗き込んでいる人物の肩に手をやる。
一日中、俺と同じくずっと彼女の後をつけていた人物。孫娘を尾行しようと思った理由の大半がこの人物の存在だった。
突然肩に手を置かれて驚いたのだろう。びくりと全身が縦に揺れる。
恐る恐る振り返った男の顔は見覚えがあった。
「お孫さんの活躍はどうでしたか?」
その人物とは――昨日、スキルの売買を依頼した老賢者その人だ。
立派な顎髭を摘まみながら、うろたえた顔で何かを言おうとしているのだが、驚きすぎて言葉が出ないのか。
「このためにスキルを入れ替えたのですね」
「バレてしまったか。ここでは孫に見つかるやもしれん、場所を移そう」
近くの飲食店に入り、軽食と飲み物を注文する。
目の前の老賢者はフードを外すと、大きく息を吐く。
「いつから気付いておったのだ」
「昨日、孫娘さんにお会いしてからでしょうか。購入されたスキルも冒険者と言うよりは盗賊向きでしたからね。私はスキルを売った後、犯罪行為に使用しないか暫く様子を見ることにしているのですよ」
スキルを売る前に対象の人となりを調べることは欠かさないのだが、それでも実際と情報では異なる場合がある。
なので、売った後はその人物が悪事に利用しないか、見張ることに決めているのだ。……過去の経験を踏まえて。
今回は依頼者の身内を見守るというのは完全にサービスとなるが、老賢者の選んだスキルと孫を心配する様子から、この展開は予想がついていた。
「バレてしまっては、今更取り繕う必要もあるまい。そうだ、孫娘が心配でな。ワシはもう自分の人生を謳歌した。いつ死んでも構わぬ。だが、大切な娘が残した……たった一人の孫を失うことには耐えられん」
だから、自分のスキルを売って空きを作り、そこに冒険者の孫娘を見守れるだけのスキルを求めた。本当に孫に優しいお爺ちゃんだ。
「どうでしたか、一日ですが見守ってみて」
「大丈夫だとは思うのだが。それでも……心配でたまらぬよ」
それはそうだろう。今日は無事に終えたとしても、人生なんて何があるか分からない。
無傷で帰ってきたとしても、心配が消えることは一生ない。それが家族というものだ。
「このまま、ずっと尾行する予定ですか?」
「この体がもつ限り、そうする予定ではあったのだが……一人だと、何かと不便が多く、死に
身体能力をスキルで底上げしているとはいえ、一人で戦うには不安がある実力だ。……こそっと、望まれたスキルレベルより多めに渡したとはいえ。
見守っている最中に老賢者が命を落とす可能性は、かなり高いだろう。
しかし、昨日から今日にかけて老賢者を見ていて、疑問を抱いたことがある。
「なぜそこまで孫娘に構うのです? 正直、過保護にすら思えるのですが」
「理由か。そうだな、これだけ無様な姿を見られてしまったのだ、隠す必要もあるまい。これは、償いなのだよ。妻と娘に対する……償いなのだよ」
その言葉を口にした途端、大きく……魂ごと吐き出すようなため息を吐いた。
虚ろな目と自虐的な笑みを浮かべた口。老賢者と呼ばれた男とは思えない、疲れ果てた老人が目の前にいる。
「私は自分のスキルに溺れ、知識を求め続けた。己が欲望は知識を得ることだけ。それ以外のことは全て煩わしく思っていたのだよ。そんな日々を過ごしている最中、一人の女性を紹介された、それが妻だった」
普通は人の色恋沙汰には興味もないのだが、今回の話は腰を据えて聞き漏らさないようにしなければならない。
老人の話す過去にはそれだけの価値があると、直感していた。
「当時、家事をする時間も惜しかったワシは、妻を家政婦代わりにと考え結婚した。酷い話だが、相手の顔を覚えようともせんかった。ただ、便利な身の回りの世話をする人間が欲しかった、それだけだったのだよ」
当時を悔やんでいるのだろう、遠い目をした瞳に光はなく懺悔の色で染まっている。
「それでも偽りの仮面を被り、自分では上手く夫婦生活を営んでいるつもりだった。そんなある日、周囲から有能な血を絶やさぬように子供を作るように勧められ、乗り気ではないが子を成したのだよ。周囲の期待を一身に背負って生まれた娘は……無能だった」
「無能……。つまり、生まれ持ってスキルが一つもない子供のことですね」
こんな商売をしていると、スキルに対しての情報は自然と集まってくるので、無能の存在は熟知している。
実際、スキルを一つも持たない人を何度か目撃したこともあり、客にも無能者が……それは今、どうでもいいことか。
「有能で高レベルのスキルを、いくつも所有しているワシの子が無能。それには驚いたが、何よりも妻がショックを受けていた。だがっ、そのことに当時のワシは気づかなかった。いや、気づこうともしなかった……。無能であることで興味がなくなり、子供も妻の存在もどうでもよくなっていたのだ」
正直、酷い話だと思う。後悔はしているようだが、当時の子供や奥さんのことを考えると、老賢者に同情する気は起きない。
「娘から結婚するという報告を受けた時も、正直どうでもよかった。そして、数年の時が過ぎた時、ワシに心境の変化が訪れた。知識を求めることに飽きてしまったのだよ。……町中の書物を読み切り、近隣の諸国にも赴いたが、既にワシの知識欲を満たしてくれる書物は……もう、何処にもなかった」
この世界で最も蔵書が多いと言われている、この街の図書館の本を読み終えたということは、世の中に普及している本の七割を読んだに等しいと言われている。
普通なら生涯かけても読み切れるものではないのだが、『速読』『瞬間記憶』『博識』『理解力』『記憶力』があれば難しいことではない。
「そこでワシはようやく家族へ目を向けることにした。だが、それは遅すぎた。……家族と向かい合った時には妻も娘も流行り病に侵されておったのだよ。ワシの知識があれば病気の予兆を見つけることは容易かった。そして、初期治療であれば妻も子供も救えたのだ」
膨大な知識を得た老賢者なら、確かにそれは可能だっただろう。
「末期状態の二人を救う術はなく、息を引き取るのを見ているしかできなかったのだよ。そして、妻と娘が最後に託したものが……孫だ。それ以来、罪滅ぼしにすらならぬのだろうが、孫の成長を見守ってきた。ワシは自分が息を引き取る、その瞬間まで孫を見守っていたい。ただ、それだけなのだよ」
最低な夫であり父だった。と独白する老賢者。
今までの人生を後悔した老賢者は、自分を支えてきたスキルを捨ててまで、孫の為に生きようとしている。
人として、スキル回収屋として、その想いに応えてあげたい。
「本当に自分の全てを投げ捨ててでも、孫娘の今後を見守りたいというのであれば、とっておきのスキルがあります。スキルスロットが一つ余っていましたよね。これを買い取れば、あなたが人生を終える日まで孫娘を見守れるかもしれません」
「そんなスキルがあるのか! 金ならいくらでも払う! 頼む、買い取らせてくれっ!」
初めて俺の前で感情をあらわにして、手を掴んだ。
孫に対する想いが痛いほど伝わってくる。
「分かりました。ですが高いですよ。このスキルは特殊でして、あなたに売るには最低レベル50は必要になります。それだけ高レベルのスキルを売るとなると、全財産を投げ出す必要があります。さて、どうしますか?」
「答えは決まっておる」
俺の目を正面から見つめ、即答した老賢者に俺は大きく一度頷いた。
次の日、同じように広場から冒険者ギルドを眺めていると、孫娘のパーティーが出てきた。今日は昨日と違いメンバーが一人増えている。
男盛りの年齢で精悍な顔をした一人の男。無精ひげすら生えておらず、髪は特殊な染料で染めたので燃えるように赤い。
剣が得意なので背中に見事な長剣を背負っている。
『聞き耳』で会話を拾っているが、孫娘に一方的に話しかけられて、相槌を打つのが精一杯のようだ。
「老賢者さんは、上手く合流できたようですね」
昨日、俺は老賢者が屋敷を売ったお金から、使用人に支払った退職金を除いた金額を受け取り、とあるスキルを一つ売り渡した。
そのスキルは『若作り』という。昔『若返り』の要望があったので、それを求めて各地を歩き回っている最中に、長寿で美しく若い体を維持し続ける、エルフという種族がいる村を訪れたことがある。
その際にスキルを調べたのだが、全員が『長寿』と『若作り』というスキルを所持していたのだ。どうやら生まれつき種族に備わっているスキルらしく、このおかげで死ぬまで若く見える体を維持できるそうだ。
ただ、若く見えるだけで実際は若くない。『長寿』の効果なのか人より身体能力の老化速度は遅いのだが、それでも年を取れば体にガタもくるので、見た目は若々しいまま老人のような動きをするエルフに戸惑ったものだ。
そして、『長寿』『若作り』のスキルは少し特殊で、レベルがその年齢に比例するのだ。
『長寿』のレベルが50であれば、寿命より50歳長く生きる。
『若作り』のレベルが50ならば、実年齢より50歳若く見える。
この二つのスキルは永遠に若さを持続させるものではないのだが、金持ちや権力者に大人気のスキルで、このためになら金を惜しまない客が山ほどいるのだ。
老賢者は若返ったわけではないので、見た目だけが若い頃に戻った。
衰えた体はスキルで十分補え、その知識量は間違いなくパーティーの役に立つ。老人の若い頃の顔など知りようもない孫娘には、見た目でバレることはないだろう。
老人が残していた『記憶力』も売ってもらえれば、もう一つ『長寿』も購入してもらう予定だったのだが、どうしてもそれだけは売る気がないようだ。
その理由と言うのが、
「無駄に長生きをしたいわけではない。それに……妻の顔や、孫との日々を忘れたくはないからな」
と照れながら言った老賢者の顔を思い出すと、自然とにやけてしまう。
孫と肩を並べ、今から冒険に旅立つ姿が、俺の目には微笑む老人と幼い孫娘に見えた。