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一子相伝

 武を重んじる一族の屋敷から少し離れた場所にある、木造の建造物に招かれた。

 その建物の入り口にはこの国の言葉で『鍛錬所』と書いてある。

 引き戸をくぐり中へ入ると、ここでの定位置である壁際に移動して、事の成り行きを静かに見守ることにした。

 中にいた老人と壮年と青年の男達に軽く頭を下げる。

 正座という膝を畳む独特な座り方で、座布団と呼ばれる四角いクッションの上に座り込んだのだが、経験上このままだといずれ足が痺れてくる。いつものように『肉体強化』をしておくか。

 ここは定期的に訪れる場所であり、訪問する時期が正確に決まっている。彼らも俺の到着を待ち望んでいたようだ。


「客人が来たようだ。始めるとするか。今日お前は二十歳になる。何故ここに呼ばれたのかは理解しておるな?」


「もちろんです、父上。一子相伝の武術を受け継ぐに相応しいか、それを見定める。その為に呼ばれました」


 父親の前で片膝を突いた状態で頭を垂れていた青年が、顔を上げて正面を見据える。

 彼は長男であり、一族の長となるべくして育てられてきた。

 父親は国で知らぬ者はいない、最強の剣士と呼ばれている男だ。

 この一族の長は代々優秀な人材を生み出し、この国で百年近く最強の地位を保持し続けている。


「ワシもこやつが二十歳の時に一族の長を譲り渡した。そして、お主も今日この場でこやつと立ち合い。一族の長の座を譲り受けねばならぬ」


 父親の隣で胡坐をかいていた男が、膝をバンッと叩きじろっと孫である青年を見据える。

 六十半ばでまだまだ精気に満ち溢れている老人。落ち着きのある佇まいで、威厳を感じる風格を兼ね備えているのだが……。昔はやんちゃ坊主だったことを俺は知っている。

 ここは代替わりが早く。二十歳を迎えたその日に現当主と立ち合い、家督を継ぐというのが代々の習わしになっていて、毎回この行事の際に俺は呼ばれているのだ。

 この一族とは何かと縁があるお得意様なので、今回の結末も見届けさせてもらわないとな。


「我が一族に生まれたからには最強の名を受け継いでもらわねばならぬ。一子相伝が一族の習わし。その為に幼き頃から鍛錬を強いてきた。その日々によくぞ耐えた。父として嬉しく思う」


「もったいなき、お言葉です!」


「我が流派は、体術、足運び、呼吸法、見切り、そして剣術。この全てにおいて他の追随を許してはならぬ。最強の名はそれほどまでに重い」


「重々承知しております」


 この一族の恐ろしいところは、代々最強の名を保持してきたことだ。

 年に一度、武術家を集めた大会が催されるのだが、百年に渡り一位の座を一度も譲っていない。ここにいる老人の今は無き祖父の代から、負けを知らない一族なのだ。


「無粋な語りはここまでにするとするか。あとは腕で語るとしよう」


「承知しました、父上!」


 継承の儀が始まるようだ。

 最強の武人として誉れ高い当主と、次期当主の一騎打ち。

 これは一族の者しか立ち会うことを許されない……。ということになっているが俺は毎回見物させてもらっている。

 子供が複数いる場合だと下の子が二十歳になるたびに、兄に挑むという形式になるのだが、一人っ子なので今回はその問題は回避された。

 壁際に掛けられていた木刀を手に取った二人は距離を取って、鍛錬場の中心部へと移動する。

 この戦いの結果は分かりきっている。俺は二人のスキルを既に鑑定済みなのだが、その数とレベルの差を比べ結末を予想……いや、確信していた。


「では、始めるがよい」


 祖父の開始の合図を聞き、青年が仕掛ける。

 鋭い斬撃や、独特な歩法から生み出される瞬間移動かと錯覚するような鋭い踏み込み。今までの跡継ぎの中でも、最もキレのある動きをしているな。

 風を切る音、気配の殺し方、緩急のつけ具合。正当な剣術の腕も大したものだが、虚をつく動きも目を見張るものがある。


「よくぞ、ここまで鍛えた」


 余裕を持って躱している父の頬が緩む。子供の成長を純粋に喜んでいるようだ。

 青年は本当に素晴らしい才能があった。だからといって慢心することなく努力によって、ここまでの高みに上り詰めた。

 だが――父親には及ばない。スキルレベルの数も差も開きがありすぎる。スキルスロットが多いので今後も伸びる可能性が高い逸材ではあるのだが、残念ながら今の状態では手も足も出ないようだ。

 青年は自分も実力の全てを出し切り、父はその全てを受けきった。


「そこまで!」


 祖父の言葉と同時に青年は床に倒れた。荒い呼吸を繰り返しながら天井を見上げている青年の顔には、大粒の汗が浮かんでいる。


「見事だったぞ。父として誇りに思う」


「あ、あ、ありがとう、ございま、す。はぁはぁ……。ですが、一本も取れず、これでは、当主の座を継ぐなど……」


 悔しそうに唇を噛みしめている息子へ、父が笑みを浮かべ手を伸ばした。

 かすりもしなかったことを悔やんでいるようだが、それを父も祖父も咎めることはない。

 この場にいる青年以外、この結果は分かりきっていたから。


「いや、お前は十分に強い。受け継ぐ素質はある」


「で、ですが。父上よりも若く体格も一回り大きいというのに、手も足も出ませんでした」


「それは仕方のないことなのだ。私も父には二十歳まで一度も勝てなかった。お前と同じなのだよ」


「ふぉっ、ふぉっ。そうじゃったな、懐かしいわ。そやつは負けず嫌いでな、伝承の儀の時なんぞ号泣して悔しがっておったわ」


「やめてくださいよ、父上」


 祖父がからかうと、父が頭を掻いて照れている。さっきまでの張り詰めた空気と、格式ばった口調は消え去り、和やかな空気で鍛錬場が満たされていく。


「息子よ。何度も言うが、負けて当然なのだ。お主が挑むのは、我が一族の歴史。代々積み重ねてきた歴代の猛者と戦っているようなものだ」


「そうは仰られても、ここまでの実力の差を見せつけられると……さすがに落ち込みます」


「まあ、そうだな。だがな、お前が勝てない理由があるのだよ。回収屋、来てもらえるか」


「はい。そろそろ出番のようですね」


 いつもと似たようなタイミングで声をかけられたので、座布団から立ち上がる。

 くっ、『肉体強化』をしていたのに若干足が痺れている。正座恐るべし。


「回収屋には会ったことがあったか?」


「いえ、初めてお目にかかります」


 青年の真っ直ぐな視線が俺を捉える。

 実は何度か会ったことがあるのだが、幼かったので覚えていないのだろう。


「実はこの継承の儀で最も重要なのが、回収屋である彼の存在だ」


「こう言ってはなんですが、部外者のこのお方が?」


「そうだ。私の継承の儀にも回収屋はいたのだぞ」


「えっ、ですが、この若さでは……。我らと同じように代々、受け継がれてきた職なのですか?」


「まあ、そういうことにしておこうか。回収屋は特別なスキル、オンリースキルを所有していてな。彼がいてくれたからこそ、我々は代々最強の座を維持できたのだよ」


「どういうことなのでしょうか……?」


 不安そうな顔をしている青年の顔を見ていると、思わず微笑みそうになる。

 この反応も前回、前々回と同じだ。


「言ったであろう。お前は歴代の猛者と、歴史と戦っていると。さあ、受け取るがいい。ご先祖様が磨き鍛え続けた数々のスキルを!」





 継承の儀を終え、俺はいつものように宴に招かれていた。

 身内しかいないので無礼講で穏やかな場なのだが、今日を境に当主となった青年だけが不満顔だ。


「どうしましたか?」


「回収屋さんですか。まさか、我が一族が強いのは代々に渡ってスキルを鍛え上げて、受け渡してきたからだなんて……思いもしませんでしたよ。ズルじゃないですか、こんなの」


 生真面目そうな青年だったから、この反応は予想していた。

 先代も先々代もその前も似たような感じだったからね。


「ですが、このスキルを受け継ぐにも相応しい器が必要なのですよ。あなたはその器として相応しい。スキルの高さに体がついていかない場合もありますからね」


「だから、基礎訓練を徹底的に仕込まれていたのですか。納得です……」


 そう言いながらも、落ち込んでいるな。その気持ちは分からなくはない。


「スキルが一気に増えて、体が嘘のように軽いです。こんな力があれば、誰にだって勝てます。私は世界最強になってしまったのですか」


 継承後に父親と手合わせしたのだが、青年の圧勝。

 初めは新たなスキルに振り回されて制御が甘かったが、それでもスキルのレベルが激減した父親に負ける訳もなく、自分が手にした実力に驚いていた。


「これならもう、鍛錬の必要もありませんね。もう、誰にも負ける気がしない」


 青年は握りしめた拳に視線を落とし、口元を歪める。嫌な感じの笑みだな。強大な力を手に入れて、調子に乗ってきている。

 彼らとの血の繋がりを感じるよ。ここまでの展開も何度か経験してきている。

 祖父と父に視線を向けると、息子の異変に気付いた両者とも苦笑いを浮かべていた。

 過去の自分と照らし合わせて、笑うしかなかったようだ。


「その強くなった力を、思う存分振るってみたくはないですか?」


「ふむ。だが、今の自分が本気を出したら手を抜いても殺しかねないからな。誰も手も足も出まい。最強の男となった俺には」


 おー、口調まで偉そうになって。

 祖父と父が見ていられなくなって、顔を背けているじゃないか。痛々しい思い出が鮮明に蘇っているのだろう。

 ここまでの展開は多くの継承者が通る道。

 毎回、レベルの上がった大量のスキルを与えられ、最強になったと調子に乗る。ここまでが定番なのだ。


「では、継承の儀の締めくくりを致しましょう。代々の当主が行ってきたことですので」


「まだ終わりではないのか? 最強の我に何をしろと?」


 我って……。この人、歴代の中でも痛々しさは断トツかもしれない。


「私との手合わせをお願いします。もし、あなたが勝利されましたら、お好きなスキルお一つですが、お祝いとして差し上げますよ」


「なるほど。継承の祝いとしての貢物か。よいだろう、我が力を見るがいい」


 お爺さん、お父さん。あなたの息子がこんなにも調子に乗ってますよ。

 肩を震わせてそっぽ向いてないで、自分たちの教育の賜物(たまもの)から目を逸らさないでください。





「ば、バカな。こんな一方的にっ⁉」


 鍛錬所の床で倒れ伏す現当主が、全身を震わせ驚愕に目を見開いている。

 新たな力を得て万能感に酔いしれている継承者を叩きのめす。ここまでが依頼内容に含まれている。

 大きすぎる力は慢心と過信を生み、人を増長させる。稀に力に溺れず能力を磨く者もいるのだが、大概はこの結果へとたどり着くのだ。

 最強になったことで人を見下し、鍛錬を忘れ調子に乗る。そんな継承者に上には上がいることを教え込み、長くなり過ぎた鼻をへし折るお仕事。


「この国では確かに最強かもしれませんが、世界は広いんですよ。あ、そうそう。五年ごとに様子を見に来ますので、その時に鍛錬を怠りスキルレベルが一つも上がっていない時は没収する約束となっていますので、努々(ゆめゆめ)お忘れなきように」


 こうやって鍛錬に手を抜かないように釘を刺しておく。

 ここまでの内容は全て、初代との約束なのだ。努力を惜しまず最強を目指し続けた男の願い。自分の代では到達できなかった高みへの希望を子孫に託した男。

 彼との約束をずっと守り続けている。子孫が約束を(たが)えるか、人の道を外れた時は、そのスキルを全て俺が譲り受けることになっており、その『契約』も代々受け継いでもらっている。


「では、五年後またお会いしましょう」


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