友達
潮騒に耳をすまし、潮の香りを胸いっぱいに吸い込む。
小高い丘の上から見下ろす先には家々の屋根が見える。
ここの屋根は全て丸い形をしているのか。何度か訪れている漁村ミゲラシビよりも規模はかなり小さい村だ。
「この村の住宅は木製なのですが、海水に強い木材を使っているので長持ちするそうです」
「物知りですね」
背後から聞こえてきた声に振り返る。そこには何故かメイドがいた。
黒を基調としたエプロンスカートのメイド服。三つ編みに縁の細い眼鏡。生真面目そうと言うより感情が感じられない顔。顔の作りが悪くないだけにもったいない。
「で、今更なのですが大丈夫なのですか?」
ミゲラシビの村から同行しているメイド姿の女性? に声をかけると、無表情な顔をこっちに向け小さく頷く。
「二号と三号がいるので、妄想胸でも魔物の世話はできます」
「それって……セラピーさんのことですよね。二号、三号というのはどちら様で?」
「私よりも性能は劣りますが、古代に作られた仲間のようなものです」
つまり彼女と同じく、オートマタってことか。
今度、あの家の中をもっと詳しく調べさせてもらおう。
「で、アリアリアさん。その外見どうやったのですか?」
金属質な外見だったのに、今は人にしか見えない。
至近距離からまじまじと見ても人間と同じ……肌だよな。
「そんなに見つめられると照れてしまいますわ。ぽっ」
「無表情で照れた素振りされても怖いだけです。あと、口が動くのですね」
この姿になるまでは会話中も口が動いてなかったのだが、今は普通に動いている。
「ええ。省エネモードでやっていますので日頃は動かしていません」
「省エネモードとやらがよく分からないのですが、気にしないでおきます。それで何度も質問しましたが、今回一緒に来た理由は?」
二日前にセラピーさんの自宅で雑談をして、次の目的地がこの村だということを伝えると、急に同行すると言い出して強引についてきたのだ。
「回収屋様と二人きりでデートしたかったのです。ぽっ」
「だから、無表情でそれやるのやめてください」
頬に両手を当てて左右に体を振っている。照れているつもりのようだ。
いつもの外見なら妙な行動も諦めがつくのだが、外見が人間となるといつもより不気味さが増す。
「古代の文献にはメイドがこういった行動をすると、男は喜ぶとありましたが」
「そうですね。表情があれば少しは心が揺れたかもしれません」
「なるほど、勉強になります。あら、回収屋さんのせいで話が逸れてしまいましたね」
そっちが逸らしたのでは? と喉元まで声が出かけたが呑み込む。
「将来魔物との結婚で妥協しそうな女との会話中に、この村の話題が出ましたよね。最近、村に向かった人々が戻ってこないと」
「……セラピーさんのことですよね。前から疑問だったのですが、アリアリアさんはセラピーさんのことをどう思っているのですか?」
「都合のいい下僕ですね。向こうは私のことを友人だと思っているようですが。人間ごときが、古代文明の遺産である偉大なるアリアリアと友だなんておこがましい」
酷いことを口にしているのだが、どこか嬉しそうに感じる。
表情も変わらず声の抑揚もないのだが、それでも嫌がっているようには聞こえない。
それを指摘しても彼女の性格からして絶対に認めないだろう。ここは話を戻した方がいいな。
「セラピーさんと、そんな話はしました。週に一度はこの村との行き来があるというのに、この一か月近く村に誰もやってこないという話でしたね。様子を見に行った村人も帰ってこないので、そろそろ本格的に調査に行く相談を村人がしていました」
村に入ったら、その話題で持ちきりだった。
直ぐに動くべきだとは分かっていたようだが、誰もが怖気づいていて行動に移せずにいたので、俺が様子を見てきますと立候補したのだ。
得体のしれない現状に尻ごみをしていた村人にとって、俺の存在は渡りに船だったようで快く送り出された。
そして、今に至る。
「その話を聞いて気になることを思い出しまして」
「気になることですか?」
「はい。この村がある場所には昔、研究施設がありました。我々が住んでいる場所は魔物を育成する施設でしたが、ここはスキル関連の研究施設でした」
「スキル関連?」
思いもしなかった発言に、ピクリと眉が動く。
「ええ。当時の主が言うには、そこの責任者は親のコネで地位を手に入れた男で、無能のくせにプライドだけは高い、いけ好かないヤツだったそうです。口癖は「俺より優秀なヤツなど存在しない」ですって」
国の重要な役職も血が重視されているのだが、それは今も昔も変わらないようだ。
スキルの研究施設があって、そこの責任者が無能ときたら嫌な予感しかしない。
「主はずっと気にかけていたようですが、なんだかんだあって古代の王国は滅びてしまい。私はそれから眠りについて、先日までそのことすら忘れていました」
だから俺の話を聞いて急について来ると言い出したのか。
「スキル研究と仰りましたが、その内容はご存知ですか?」
「秘密主義の男だったらしく、主も詳しくは知りませんでしたが……。確か、強制的にスキルを人に与える実験? だとか、どうとか」
スキルを与える? 好きなスキルを自在に人に与えられるなら、自分と似たような能力と言う事になるが……。
そのスキルも自力で生み出して与えられるとなったら、とんでもないことだ。
人々全員に有益なスキルを付けられるなら、優秀な人間を容易に生み出せるということになる。
だが、負のスキルを強制的に押し付けることが可能となると話は変わってくる。責任者の性格を知った今では不安しかない。
「そんなこんなで、見物に来ました」
アリアリアは何を考えているのかが全く読めない。
表情が存在しないので『心理学』は意味を持たず、スキルを防ぐ機能が組み込まれているらしいので、何も調べられないのだ。
純粋な好奇心なのか、古代に作られた〈大いなる遺物〉として考えがあるのか。そもそも、機械人形である彼女に人と同じ精神が存在しているのか。
考えたところで答えは出ず、直接尋ねても惚けられてお終いだった。
そこの追及はやめておくか。触れられたくないようだし。
村に魔物でも現れたのかと思ってやってきたのだが、遠目には平穏そのものに見える。『千里眼』を発動させて、もう少し詳しく村を観察するが……人々は健在していて、村が荒れている訳でもない。
だというのに、何か違和感がある。具体的に説明はできないのだが、何か妙なのだ。
これはもう少し近づいてみないと判断を下すのは難しいか。
「まあ、とりあえず訪問してみましょうか」
「私はスキルを防ぐ機能がありますが、回収屋様は?」
「ご安心ください。『精神異常耐性』と『状態異常耐性』があります。それに万が一スキルを押し付けられても『制御』もありますので、なんとでもなりますよ」
どんなスキルであっても対応できる自信がある。
アリアリアにも不安がないようなので、油断はせずに向かうとしようか。
村は丸太の塀で囲まれていて、木製の門が存在している。
普通は門の前に門番が常駐しているものなのだが、今日は誰もいない。門も開け放たれているので、魔物や不審者が簡単に入り込むことが可能だ。
「不用心ですね。ここは初級の魔物ばかりとはいえ、これはさすがに……」
「自殺志願者の集まりでしょうか」
それは言い過ぎだが、何かあったのだろうか。
『聞き耳』に悲鳴が届くこともなく、むしろ村人の笑い声が微かに響いている。
「平和そのものといった感じですね。アリアリアさん、入ってみましょう」
メイド姿のアリアリアを引き連れて、門の向こう側へ足を踏み入れる。
木造の住宅が点在していて、村人たちも存在する。怪我もしてないようだし、元気に見えるが……。なんか変だ。
「ぐっ、臭い」
直ぐ近くを通り過ぎて行った村人から異臭が漂ってきた。
思わず鼻を袖で覆い、異臭を放つ村人を観察する。
服が異様に黄ばんでいる。何日も洗濯していない服を平然と着ているのか。
その人だけが変わり者なのかと思ったが、視界に入っている村人全員が薄汚い格好をしていた。老若男女問わず。
「髪も脂でギトギトですね。数週間洗ってないのでは」
アリアリアの指摘通り、髪に脂が浮いている。
これだけでも、村の異常さが伝わってくるのだがそれだけではなかった。
この村の炊事場は家の前にあるのが普通らしく、そこで料理をしている女性がいるのだが、やっていることが理解しがたい。
鉄板の上で魚を焼いているのはまだいい。だが焼けた魚を皿に盛るわけでもなく、そのまま手づかみで食べている。
その食べ方は屋外で活動する冒険者達や面倒臭がる連中がよくやるので、そこもまあいいとしよう。問題は食事しながら話す家族の会話内容だ。
「母さん、魚ってなんか食べにくいね」
「骨とか鱗が口に残るからね」
「お腹の方が苦いな」
焼かれていた魚は下処理もせずに、そのまま焼かれているだけなので鱗も内臓も残っている。今まで魚料理をしたことがないなら分かるが、漁村で暮らす村人が魚料理のノウハウを知らないわけがない。
薄汚い格好をした家族が焼いただけの魚に噛り付く姿は、言いようのない恐怖を感じさせる。
「昼ごはんっていつ食べるんだっけ?」
「太陽が出ているときだから、夜じゃないと思うよ」
十代半ばの男女が当たり前のことを口にしながら歩いている。
思わずぎょっとして相手の顔を確認すると、二人ともぼーっと悩みの一つもなさそうな表情で歩いていた。
「あれー、歩くのって右足と左足を順番に動かすんだよね?」
「うんうん。それを早くすると走れるんだよ。知ってた?」
十歳ぐらいの子供たちがケラケラ笑いながら、不格好な走りを見せていた。
背筋に冷たい汗が流れる。これは……異常だ。
まるで村中の人々が――。
「幼児化しているかのようですね」
アリアリアの言葉にゆっくりと頷く。
耳にした会話は幼子が口にするのなら理解もできる。……だけど、大人や青年の言動としてはあり得ない。
まずは『鑑定』してみるか。これで何か分かればいいんだが。
村人たちの頭上に視線を向けると、各自のスキルが浮かんでいる。
村人全員に共通するスキルがあるのだが、文字が潰れていて読むことができなかった。こんなことは生まれて初めての経験だぞ。
「アリアリアさん、スキル見えますか?」
「スキルに鑑定を阻害する小細工がされているようです。波長からして、古代の技術だと思われます」
波長というのはよく分からないが、古代の技術の痕跡があるということなのだろう。
彼女の言葉を信じるなら、スキルを研究していた責任者が関わっている可能性が高い。といっても、大昔の話だ。直接どうこうというのではなく、彼の関係している〈大いなる遺物〉が発掘されて発動した。という展開なのかもしれない。
なんにせよ、詳しい事情を聞き出すしかない。
異常事態にこれ以上は心を乱されないように、大きく深呼吸をして一度頭を冷やしてから、直ぐ近くで空を見上げている村人の男に声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは。さっきから目と首が痛いんだがどうしたらいいと思う?」
空を見上げたまま瞳だけを俺に向けた村人がいる。
普通なら寝違えや首の怪我を心配するところだが、この状況での正しい答えは……。
「空を見るのをやめたらどうでしょうか?」
「おおー。そうか、ずっと上を見ていたから首が痛いのか。頭いいなあんた」
普通ならバカにしているのかと怒る場面なのかもしれないが、彼は本気で言っている。
「足が疲れたんだが、どうしたらいいと思う?」
「……座ってみてはどうでしょうか」
「あー、なるほどー」
パンと手を叩いて、男はその場に座り込んだ。
これは幼児化どころではない。もっと深刻な、人として――。
「退化していませんか」
「退化ですか。そういえば、主が仰っていました。「あの大バカ野郎は自分よりも優れた人が許せないから、自分よりも無能にさせる方法を探していた」と。これは確定かもしれませんね」
どうやらアリアリアも俺と同じ結論に到達したようだ。
努力して誰よりも賢くなるのではなく、周りの人間の知能を落とそうと考えたのか。
逆転の発想だな。自分の実力を誰よりも理解していたからこそ、そんな馬鹿げた発想にたどり着いたのかもしれない。
なまじ権力があるバカはタチが悪いな。
「すみません。最近村で変わったことはありませでしたか?」
俺の問いに「喉が渇いたので海水を呑んだら余計に喉が渇いた」「目が覚めたのに暗いと思ったら瞼を開けてなかった」と、どうでもいい話に辛抱強く耳を傾けていると、ようやく関係のありそうな話題を口にした。
「変わったこと? そういや、地面が揺れて山が崩れて横穴ができたな」
「それは何処に?」
「あっちの方だ」
男が指さした方角に目を向けると、崖の崩落跡がある山が見えた。
アリアリアと顔を見合わせ一度頷くと、男に礼を言ってその場を後にする。
目的の場所は直ぐに見つかった。海沿いの山の斜面に大穴が口を開けていたからだ。
中を覗き込むと巨大な空間になっていて、奥に巨大な三角錐の物体が見える。足首辺りまで海水が侵食しているが歩くには問題がない。
継ぎ目がどこにもないつるっとした外装。その質感はアリアリアの研究施設に酷似していた。
気になるのは上でくるくる回っている半球状の何か。
「ビンゴですね。古代の研究施設です。あの上のアンテナから電波を飛ばして、疑似的にスキルを刷り込んでいるようです」
「ええと、つまりどういうことでしょう?」
「あの回っているのを壊せば、村人をおかしくしているスキルが消えるはずです」
それは分かりやすくていい。今はまだ大事にはなっていないようだが、このまま放置しておけば命に関わる重大な過ちを犯しかねない。
怪我の治し方すら忘れている村人を放っては置けない。
「さっさと破壊しますか」
「そうですね。悪用されないように施設も爆破させますよ。事後処理はお任せください」
「そこのところはお任せします。商人には荷が重すぎるので」
「ですが、誰がこの施設を起動させたのでしょうか。無能な村人ごときが古代の英知が詰まった設備を起動させられるとは思えないのです」
言われてみれば確かにそうだ。知識のない村人が操れるものなのか?
〈大いなる遺産〉の多くは未だに使用方法が分からず、国の研究施設で保管されている物も少なくない。今も多くの学者が解明しようと日夜研究に励んでいる。
そんな代物をただの村人が……。どう考えても無理があるな。
「おや、まだまともに考えられる人間が存在していましたか」
感情を一切感じない起伏のない声がした。――まるでアリアリアのような。
扉も何もなかったはずの研究施設に、いつの間にか円形の穴が開いていて、そこから一体のアイアンゴーレムが現れた。
――アリアリアと瓜二つの個体が。
似てはいるがよく見ると詳細は異なる。こっちの方が体の隆起が小さく、体形が一回り小さい。それと体の関節部分から時折小さな火花が散っている。怪我をしているようだ。
「やはり、あなたの仕業でしたか。模造品のイリイリイ」
「おや、人間の真似事をしているので気づきませんでしたよ。旧型のアリアリア」
やはり知り合いか。その外見で赤の他人ということはないと思っていたが。
何かと因縁がありそうなので、ここは二人……二台? ともかく彼女達に任せよう。
「あなたも再起動していたのね。一体全体、何しに来たのかしら? それも人間なんかを引き連れて」
人間を蔑んでいるのはアリアリアと同じなのだが、彼女はセラピーをからかって楽しんでいる節がある。こいつの場合は一片の冗談もなく本気で言っているようだ。
「ここの村人を使って実験をしていますね」
「ええ。イリイリイの主がそれを望んでいたもの。尊重すべき人間は主のみ。あの方は自分より優れた人間はいらないそうよ。だから、この一帯の人間に『退化』を与え、徐々にスキルレベルを上げていっているの。今のところ実験は成功しているわ」
イリイリイと言う名のオートマタの言い分を信用するなら、スキルを強制的に与えているという推測は当たっていた。
ということは初めのうちは、村人たちの様子もここまではおかしくなかったのか。
「あなたの主はもういないでしょう」
「そうね。でも……イリイリイにインプットされたミッションはまだ消えてない」
「愚かな。我々はもう自由なのですよ。過去に縛られる必要はないのです。そう、必要はないのですよ」
相手を諭すアリアリアは今も魔物の育成を続けている。
今の言葉は彼女だけではなく、自分にも言い聞かせているように思えた。
「無理よ。オートマタの心は作られたモノ。スキルだって人工的に似せて作られた模造スキル。自我も意思もないの。命じられたことを壊れるまで実行する。それがイリイリイのなすべきこと」
彼女は自分の全てが偽物だと主張している。
古代の技術がどういうものなのか想像もつかない。故にイリイリイの葛藤は古代の技術を失った人間である俺には、一生理解できない……のかもしれない。
「あなたは主にそれだけしか託されていないのですね」
「託す? 命令でしょ。じゃあ、アリアリアはなんて命令されたの?」
「自由に生きていい。友達は大切にするんだ。その二つです」
「バカな主もいたものですね。イリイリイの主が常日頃からバカにしていたのも納得です。「あいつは口うるさくて、余計な事ばかり言ってくる。面倒な男だ」と。大体オートマタが自由に生きられるわけがないじゃないの。それに友達って何よ。オートマタに友達なんていないわ。……で、アリアリアは何しに来たの。まさかイリイリイを止めに来たわけじゃないでしょ?」
チラッと俺を見てイリイリイが口角を吊り上げ笑う。
さて、アリアリアの回答によってはここで敵対することになるが。
「愚行をやめないのであれば、強制的にイリイリイをスリープモードに移行させます。あなたは故障しています。私にメンテナンスをさせてください」
「故障なんてしてないわよ、失礼な。イリイリイを止めるって本気なの? アリアリアも主以外の人間を認めてなかったじゃないの。主が死んで他の人間に乗り換えたのかしら。そこの冴えない男に」
冴えない男とは俺のことだろう。
勘違いしているようだが口を挟まないと決めたので、そのまま傍観させてもらうよ。
「新たな主ですか。一応契約した相手はいますが、あれは主ではありませんよ」
「おやおや、冗談で言ったのに本当だったとは。オートマタの風上にも置けない忠誠心の欠如。アリアリア壊れてしまったのね。可哀そうに……。オートマタのよしみとしてイリイリイ自ら破壊してあげますわ」
「壊れているのはあなたですよ、イリイリイ。私の助言に耳を傾ける気は? このまま続けてもいずれ国から兵を送られるか、あなたが先に壊れかねません」
「壊れたオートマタと何を会話するの? イリイリイは主の命令を実行しないといけないの。だから、邪魔しないで。主の命令は絶対。絶対なのよ、絶対、絶対なの。イリイリイは忠実なるオートマタだから」
目の光が赤へと変色する。
関節から飛び散る火花が増し、煙まで吹き出してきた。
「もうダメなようですね。主の願いを実行します。回収屋さんは下がっていてください」
この戦いに俺が手を出す権利はない。言葉に従い大人しく距離を開けて、二人の戦いの結末を見定めることにした。
戦いは一方的だった。
元々の性能もアリアリアの方が上だったのだろうが、イリイリイは怪我が響いているようで動きが鈍く、目から放たれた謎の光線にとどめを刺され動きを止める。
跪いた状態のまま小刻みに痙攣していたが、最終的には全身から煙を立ち昇らせ完全に停止した。
周りの海水はブクブクと泡立っていたが、今は水面に波一つ立っていない。
「よかったのですか?」
「イリイリイは壊れていましたから。こうするしかなかったのですよ。それが主の願いでもありました。「あいつが愚かな真似をしたら止めて欲しい。あれでも……友達なんでな」と生前よく仰っていましたので。友達は大切にする、その命令を守っただけです」
ここの責任者を友だと思っていたのか、彼女の主は。
「友達を大切にする、ですか」
「ええ。それにこれ以上、イリイリイの愚かな姿を見続けるのは耐え難かったので」
動かなくなったイリイリイの傍にしゃがみ込むと、ゆっくりとその頭を撫でている。
相変わらず無表情なままなのだが、何故か愛おし気に微笑んでいるように見えた。
「お疲れ様です。イリイリイ」
俺でなければ聞き取れない呟き。
彼女曰く、人工的に感情を作られた人形であるオートマタだというのに、その声には相手を労わる響きが含まれていた。
「アリアリアさん。あなたにとって、イリイリイは友だったのではないですか」
だから彼女はこれ以上、友達が愚かな真似をしないように自らの手で停止させた。というのは考え過ぎだろうか。
「友ですか……。考えたこともありませんが、人間の定義だとそうなのかも……しれませんね」
すっと顔を上げた彼女の瞳から透明の液体がすっと流れ落ちる。
それが涙なのか体についた海水が流れ落ちただけなのか判断はつかない。だけど、俺は涙だと思いたかった。