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眠り姫

「眠くて眠くてしょう……が……くぅー」


 とある貴族のお屋敷に呼ばれ、スキルの買い取りを求められたのだが、話が一向に進まない。会話をしているというのに頻繁に眠るからだ。

 今も体を前後に揺らして居眠りしているのは依頼主の娘。美人というより可愛らしい外見をしている十代半ばの女性。

 銀色の髪は一度も切ったことがないそうで、足下まで髪が到達している。外出をしないので肌は雪のように白い。


「すみません……。こうやって、座っていても……。急に眠気が襲ってきて……。もう、限界に……すぴぃー」


 頭がカクンと落ちると、寝息を立て始めた。またかい。

 これが冗談でやっているなら腹を立てるべきなのだろうが、本気なのはさっき調べたスキルで理解している。

 他のスキルレベルは低いのに、断トツでレベルの高いスキル『睡眠欲』。それの影響で彼女は普通に起きていられない。

 一日の間で起きているのは夕飯時の僅かな時間だけで、今のように昼間から起きていることは滅多にないそうだ。

 彼女はその美しさと常時眠っていることを揶揄(やゆ)されて、屋敷の使用人たちには陰で「眠り姫」と呼ばれている。

 起きていても常に眠たげで、のんびりしている性格なので嫌われている訳ではないようだが。


「ええと、起きてもらっていいですか。もしもーし」


「へうぃっ? あっ、すみません。こんな感じで……眠くて眠くて。あの、それで私には『睡眠欲』スキルがあって、その影響で寝てばかりだと聞いたのですが」


「はい、そうですね。そのスキルのレベルが高いので、常に眠っているのだと思いますよ。あの、起きてください」


「ケーキのプールだぁー……。はっ、すみません。それで買い取ってもらえますでしょうか?」


「はい、買い取らせていただきます」


「ありがとうございます。これで、普通の人と変わらない生活が……すぅー」


 また寝た。寝る子は育つというが寝てばかりだと発育は良くないようで、ささやかな膨らみしかない胸が呼吸の(たび)に少しだけ揺れている。

 人間の欲望に関するスキルは買い取りの要望が多いので珍しいケースではないのだが、ここまでレベルが高いのは初めてだ。

 欲望関連のスキルが伸びる場合はなんらかの要因があるはず。

 買い取るだけなら簡単なお仕事なのだが、どうにも嫌な予感がする。これは『直感』や『第六感』のスキルが働いたのではなく、回収屋としての勘だ。





「キサマ、正直に話せ、娘に何をした! 我がままの一つも言わなかった娘が、お前の噂を耳にして、初めて口にした望みを叶えてやりたいと思い探し出したというのにっ! この仕打ちはなんだっ!」


 薄暗い地下室で椅子に縛られた状態で尋問されている。

 目の前で怒り狂っているのは、前回の依頼者である貴族だ。

 また頼みごとがあると呼び出されたかと思えば、いきなり屋敷の警備員に取り囲まれ、問答無用で地下室に放り込まれた。

 俺を呼んだのは目の前の男ではなく、眠り姫と呼ばれる彼女の要望だったのか。

 ……しかし、ほとんど起きていない眠り姫が噂とはいえ、俺のことをどうやって知ったのだろうか。使用人が話していたのを聞いたのだとしたら、回収屋の名が広まってきた証拠だが。


「仕打ちも何も、どのような用件で呼ばれたのかも不明なのですが?」


「白を切るな! お前がスキルを買い取ってから、数日は娘も元気で起きていたのだが……。また一日中、ずっと眠るようになったではないかっ!」


 嘘や冗談で言っているのではない。『心理学』を発動中の俺には分かっている。

 妙なことになった。スキルは買い取ったので、眠り姫の『睡眠欲』スキルは消えたはずだ。


「と言われましても、『睡眠欲』スキルは買い取りましたが?」


「先日、鑑定で調べ直してもらったが、『睡眠欲』は消えてなかったぞ! この詐欺師めっ!」


 信頼と実績の回収屋を詐欺師呼ばわりするとは。

 荒縄で椅子に固定された状態で罵倒の言葉を聞かされ続けているが、こんなもの逃げようと思えばいつでも逃げられる。

 今のところ暴力を振るわれてもいないので、抵抗せずに身を任せている最中だ。力任せに解決するのは主義じゃないので、まずは情報収集。

 現在、地下室にいるのは依頼主の貴族と屈強な護衛が二人。そして、初めて見る人物が一人いる。

 依頼主の後ろでにやけ面をして、こっちをじっと見ている青年。貴族にありがちな蔑んだ目で俺を見て、ずっとニヤニヤしていて気持ち悪いな。


「息子が連れてきた鑑定士によると、娘の『睡眠欲』レベルは高く、買い取ったというのは虚言だと申しておった。そうだな」


「はい、父上。こやつの言っていることは嘘です。騙されないようにしてください」


 父親である依頼主が振り返ると、貴族の青年の表情が一変する。にやけ面が消え、妹を心配するかのような顔を作り上げていた。

 『演技』スキルが高いだけのことはある。他にも気になるスキルがあるが、父親は気づいてないのだろうな。

 見るからに怪しすぎる男だ。眠り姫の兄らしいが今回の一件に関わっているのは確かだろう。というか、犯人だろ。

 俺にバレても平気だと高を(くく)っているようで、親父の視線が外れると性格の悪さが表面に現れる。


「あのー、ちょっといいですか?」


「詐欺であることを認める気になったか」


「いえ、また眠っているそうですが、眠っている時間は前と比べてどうなっています?」


「まだ惚ける気か。いいだろう、教えてやろう。娘は三日前に眠りについてから、一度も起きておらぬ! 食事をしなければ、このままではっ!」


 なるほど。依頼主に余裕がない理由は把握できた。

 ずっと眠っているのであれば、そう簡単に餓死はしないが着実に衰えていく。傍観していられる状況ではないか。


「別の人を呼んでスキルを調べ直してもらってください。おそらく、結果が異なるはずです」


「キサマ! 僕が連れてきた鑑定士が嘘を言っているとでも、言いたいのかっ!」


 激怒している芝居が見事だ。本当に妹の身を案じているようにしか見えない。

 ここまで見事だと父親が騙されてもしょうがないな。演技力だけなら、宿屋の看板娘チェイリより上だ。

 俺に罪を擦り付ける気が満々のようだ。


「父上、ここはお任せください。必ず吐かせますので」


「それは許さぬ。確信に近い疑惑ではあるが証拠はない。手荒な真似は許さぬ」


「ですが、父上! 早くしなければ、愛しい妹がっ!」


 迫真の演技を聞いて苛立ちが高まっていく。

 そんな気もないくせに、愛しいなんて言葉を使うな。その発言だけは許す気になれない。


「嘘か(まこと)か調べてもらえば分かるはずです。それとも、調べられては困るのですか?」


 俺が眠り姫の兄を挑発すると、目つきが変わった。俺を今にも射殺しそうな冷たい目。

 怒っている真似をしている顔より、こっちの方が素顔に近いのだろうな。


「そこまで愚弄されては黙っていられません。では、教会から派遣していただきましょう」


「そうだな。息子を信じないわけではないが、こやつの言い訳の材料を増やしたくはない。ワシが直接教会に赴き、頼んでくるとしよう」


「ち、父上自ら行かなくとも……」


 おー、焦ってる焦ってる。

 父親は冷静さを完全には失っていないようだな。これで、もう一度鑑定してもらえば、俺が嘘を吐いていないことが分かってもらえる。

 おそらく眠り姫は兄に睡眠薬を盛られているのだろう。兄のスキルに『金欲』『物欲』があるので、妹が死ねば遺産を独り占めできるという安易な発想からの行動。

 眠り姫の『睡眠欲』スキルが高かったのも、幼い頃から睡眠薬を飲まされ、寝ることに体が慣れてしまったから。……どうせ、そんなオチだ。





 もう誤解が解けるのを待つだけだと思っていたのだが。


「どう、言い逃れをするつもりだ……回収屋よ!」


 こめかみに血管を浮き立たせて、俺を怒鳴りつける依頼主。


「念には念を入れて、三人もの宗派の違う神父にご足労願ったが、全員が『睡眠欲』スキルはあると断言したではないか!」


 あれ、おかしいな。俺の憶測は間違っていたのか?

 怒り心頭の父親の後ろで、ドヤ顔をしている兄が目障りだなぁ。

 この男が既に手を回していたのか? 金で神父たちを買収したとも考えられるが、鑑定した神父の名を尋ねると、その中に『性欲』でかかわったことのある神父の名があった。

 あの人が金に目が眩んで鑑定結果を偽ることはあり得ない。となると、本当に『睡眠欲』スキルが消えてなかったということなのか。

 しかし、俺がスキルの買い取りを失敗したことは一度もない。

 となると、考えられるのは……。『睡眠欲』スキルの復活か。

 こんなに短時間でスキルが発生するということは、彼女に才能があった。もしくは、彼女自身が強く願ったか……。


「レベルは調べられましたか?」


「まだ言い訳を……。レベルを調べるとなると高司祭様しかいないではないか。今は違う街へ向かわれている。多忙な方なのでな、そう簡単には捕まらぬ」


 『鑑定』スキルを所有する者は多いのだが、相手のレベルを調べられるぐらい鑑定を鍛えた者となると滅多にいない。

 レベル鑑定が可能になると需要が一気に増えるので、金持ちや権力者に呼び出され忙しく各地を回ることが多い。必然的に地位も高くなるので、接触することすら困難になる。

 ということは、レベルは不明なまま。新たにレベルが1だけ増えていたとしても、分からないということだ。

 さて、どうするか。まずは普通に説得してみよう。


「話を聞いてもらえませんか」


「罪を白状するのであれば聞こうではないか」


「このような者の言葉に耳を傾ける必要はありません、父上」


 犯人だと断定されている。

 この状況で相手の立場になって考えると、俺を怪しむのも無理はない。


「罪も何も、私はスキルを買い取りましたよ」


「この期に及んで……もうよい。私は娘を起こす術を探さねばならん。後は任せたぞ」


「はっ、お任せください!」


 地下室から立ち去る父親の背を見つめる兄の顔には、邪悪な笑みが浮かんでいる。

 勝ち誇っているな。思い通りに事が運んで笑いが止まらないといったところか。

 父親が退室し、完全に離れたことを確認した兄が、口が裂けたかのように口角を吊り上げた顔で、俺を見下ろしている。

 偽りの偽善顔より、そっちの悪魔じみた顔の方が似合っているよ。


「くっくっく、あはははははっ! ここまでうまく事が運ぶと、笑いが止まらぬな!」


 護衛が二人残っているのだが、そいつらも仲間らしく笑みを浮かべている。


「そうですね。こりゃ傑作です。アハハハハハハ」


「おい。なんでお前も笑う」


「空気を読んで一緒に笑ったのですが?」


 楽しそうなので参加してみたのだが、不評だった。

 この状況で笑う俺を訝しげに睨んでいる。


「この状況を理解しているのか?」


「ええまあ。姑息な三下の悪巧みに巻き込まれて、罪を被せられているところですよね」


「ほう、そこまで分かっているのか。庶民にしては頭が回るじゃないか」


 貴族や王族以外を庶民と呼んでしまう人か。中々こじらせている。権力に酔っている人でたまにいるタイプだ。

 小物臭がするので、こういう言動はやめた方がいいと思う。


「やはり、あなたが妹さんを眠らせていたのですね。睡眠薬でしょうか?」


「おー、庶民だと甘く見ていたことを謝らねばならんようだ。正解だ、回収屋よ。お前が妹のスキルを買い取った時は焦ったぞ。あのまま、一日の大半を眠っているだけなら、俺も放置してやるつもりだったのだがな」


「起きられて資産を分けるのが嫌だったとか?」


「そうだ。ずっと寝ているだけの妹に、紙の一枚もやるつもりはない! 妾の子なんぞにっ!」


 そういうことか。正妻の子供と妾の子。権力者にありがちな話だ。

 兄と妹にしては仲が悪いと思ったが、そういう理由なら納得もいく。


「昔から、間抜けでのろまな妹だったよ。役立たずのくせに、いつも笑っているのが苛立たしくてしょうがなかった! 眠るのが好きだと言っていたから、睡眠薬を食事に仕込んでやったら毎日ぐっすりさ。あのまま、じわじわ眠るように死なせる予定だったのだが、余計な真似をっ!」


 聞きもしないことまでべらべらと。

 さっきは放置しておいてやる、とか言っておきながら最終的には殺す予定だったのか。


「まあいい。予定は狂ったが、キサマに全ての罪を押し付けてやる。墓ぐらいは立ててやるから、安心して死ぬがいい。おい、お前らやれ」


 言いたいことを吐き出してスッキリしたのか、俺に背を向けて立ち去ろうとする。

 護衛の一人が剣を抜き、椅子に縛り付けられたままの俺に剣を振り下ろす。

 ひょいっと、椅子ごと横に跳んであっさり躱した。

 男たちが目を見開き、唖然とした顔でこっちを見ている。

 ため息を一つ吐いて肩をすくめてみた。

 今度はもう一人も鞘から剣を抜き斬りかかってきたが、体重移動とバランス感覚のみで避け続ける。

 本気の『見切り』『直感』『曲芸』スキルの前に、攻撃が当てられるとは思わないことだ。


「おい、騒がしいぞ。さっさと殺せ……はぁっ?」


 椅子に乗ったまま器用に動いている俺を見て、バカみたいに大口を開けている。

 こうなったら、さっさと終わらせるか。力で解決するのは望んだ展開ではないが、聞きたい情報は得たからよしとしよう。

 今の会話は全て〈大いなる遺産〉で録音済みだ。こんな便利な魔道具を売ってくれた、アリアリアには感謝しないと。


「くそっ、逃げ回るなっ!」


「なんで、こんなに動き回れるんだっ!」


 必死に剣を振り回す相手をからかうのにも飽きてきたから、決着をつけるか。

 椅子の脚を利用した回転体当たりで、一人を吹き飛ばし椅子のまま跳ねると、男の上に着地した。


「椅子に縛られた商人にやられるという屈辱を、売って差し上げますよ」





「回収屋さん、ご迷惑をおかけしました。そして、大変お世話になりました」


 眠り姫のベッド脇に座った俺は、お礼と謝罪を受けている。

 彼女の兄と護衛を叩きのめし、事の顛末を依頼主である父親に話すと初めは信じなかったが、録画した映像を見せると渋々だが納得したようだ。

 結局、兄の処罰は遥か遠方の僻地へ飛ばされることで落ち着いた。妹を殺そうとしておいて軽すぎる罰だとは思うが、親の情は捨てられなかったのだろう。


「お礼は弾みますので、このことはどうか内密にお願いします」


「はい、それはもちろん」


「父も今回のことは反省しているようなので、これからは兄を甘やかすこともないでしょう。今までは兄の素行の悪さを知っておきながら、そ知らぬふりをしていたようですが」


 そう言って穏やかに微笑む眠り姫の目は笑っていない。

 彼女は『睡眠欲』を売る前よりもはきはきとした口調で、しっかりとした意見を口にしている。まるで――別人のように。


「あなたはお兄さんに薬を盛られているのを、知っていたのではないですか。分かっていながら、自分の命を守るために睡眠薬を飲んでいるふりをしていたのでは。『睡眠欲』はあなたが身を守るために、自ら眠り続けることでレベルを上げた。……というのは考えすぎでしょうか」


 彼女の態度を見て、ふとそんなことを思った。

 俺を呼んだのも、この展開を期待してのことだとしたら……先見の明がある、どころの話ではない。見た目に反して、かなりのキレ者ということになるが。

 それに対する返答は曖昧(あいまい)な笑み。

 小さいあくびをして目元を擦った彼女は、最後にこう言った。


「これで今日から、ぐっすり眠れそうですわ」


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