前へ次へ   更新
14/85

料理教室

「最近、料理が苦手な女性が多いらしくてね。料理を教えて欲しいって言われているのよ」


 客のいない時間帯に昼食をとっていると、目の前に宿屋の女将が座り、こんなことを言ってきた。

 料理が苦手な女性か。そう言われて真っ先に思い浮かぶのは、独特な料理でお馴染みのコンギスの奥さん、セリフェイリだよな。

 最近は味がまともになったらしく、前にコンギスが自慢していた。


「そこで、今月末に試しにやってみようかと思っているのだけど、誰か料理に悩んでいる人知らないかしら? まずは少人数でやろうかと思って」


 パッと数人の顔が頭に思い浮かんだ。

 この街の住民もいれば、少し遠いところに住んでいる人もいる。

 この際だ全員に声をかけてみるのも悪くない。誰か一人でも『料理』スキルを覚えてくれるきっかけにでもなってくれたら、あとで買い取れるかもしれない。





「皆さん、今日は料理教室へようこそ。男を掴むにはまず胃袋から。凝った料理も悪くありませんが、簡単にぱぱっと美味しい料理を作れる方が、実は好感度が上がります。それに、美味しい物を食べるだけで人は幸せな気持ちになれます。料理はできて損はありません。頑張りましょう」


 今日だけ料理教室となった宿屋の一階で真剣な面持ちで話を聞く、知り合いの女性達。


「あの人に、もっともっと美味しい料理を食べさせてあげないと」


 新婚のセリフェイリの頭にはコンギスの顔が浮かんでいるのだろう。

 あの人なら何を食べても、大抵のものは美味しいと言いそうだが。


「冒険者に料理は必要とは思えないんだけど、ルイオが料理はできた方がいいって口うるさいのよね。お爺ちゃんも同じこと言ってたなぁ」


 包丁を手の中でくるくる回しているのは、老賢者の孫娘ピーリだ。

 前にルイオと飲んだとき、家にメイドがいるのでピーリは料理を殆どした経験がなく、嫁にいけるのか不安だとこぼしていた。


「料理はできて損はないよ、ピーリ。あのバカも料理を食べている時だけは静かだし」


 ピーリの隣にいるのは冒険者仲間のサーピィ。

 口ぶりからして彼女は料理がある程度はできるみたいだな。


「ここで料理の腕を上げたら、宿屋のお仕事でやれることが増えますよね。女将さんの力になれるように頑張ります」


「そんなに意気込まないでも大丈夫だって、スーミレちゃん。料理なんて食べられたらいいのよ」


「あんたは料理できないのに偉そうね。はぁー、ここでちゃんと躾し直してあげるから、覚悟なさい」


 拳を握り気合を入れている、元花売りのスーミレに対し、やる気のない態度の宿屋の看板娘チェイリ。そして、そんな娘を見て目つきが鋭くなる宿屋の女将。

 宿屋の娘なのに料理ができないのは意外だな。母親の料理が美味しいので自分で作る気にもならなかったのか。


「神父様がぁ、最近元気ないのでぇ。性の付くものをぉ、食べてもらわないとぉ」


 修道服姿のシスターが腰をくねらせ頬に手を置いている。

 この人を誘ったのは間違いだったかもしれない。そっち方面は神父さん、これ以上元気になったら色々危ないと思う。


「アリアリア、料理は花嫁修業に必須よね!」


「セラピーはそれ以前に改善点が多すぎます。料理ができたところで、さほど変わりませんよ。今更感バリバリです」


 この街から遠いので来ることはないだろうと思いながらも話を振ったら、アリアリアが面白がってやってきた。

 簡単に来られるような距離じゃないのに、一瞬にしてここにやってきたそうだ。

 〈大いなる遺物〉の力を使って、瞬間移動したらしい。

 料理を学ぶために、やることなのか? と疑問に思ったが本人たちが楽しそうならそれでいいか。

 セラピーは両親がいなくなってから一人で暮らしていたはずなのだが、料理が下手らしい。海鮮料理が有名な街なのに色々もったいない人だ。

 アリアリアは全身を覆うコートを着込み、つばのない大きな帽子と色のついた眼鏡、そして口元は布で覆っている。パッと見は変質者だな。

 肌はどうやったのか分からないが、人と同じように見える。これも古代の技術なのかね。

 しかし、もうちょっと変装はどうにかならなかったのだろうか。アリアリアの性格からしてわざとやっている気もするが。


「料理……料理ですか。いざとなれば、戻って……」


 食材を手にしてじっと見つめながら、物騒なことを呟いているリプレ。こんなことで死に戻りしないでくれ。

 村を救ったことが評価されて、村人から英雄扱いされて居づらくなったらしく、この街に息抜きにやってきたところに遭遇した。

 料理教室の話をしたときは、やる気がないように見えたのだが来てくれたのか。


「はい、皆さん注目してくださいね。料理してもらうのは、海鮮料理です。魚や貝からは出汁も取れますので、煮込むもよし、焼いてもよし、それは皆さんの感性にお任せします」


 女将が手を叩いて全員の注目を浴びると、食材となる海鮮を取り出して机の上に並べた。

 エビ、魚、貝が大量に置かれている。野菜もふんだんに用意してあるので、どんな料理でも作れそうだ。


「まずは皆さんの実力を見せてください。口出しは一切しませんので、好きに作ってみてくださいね。料理の評価は回収屋さんにしてもらいます」


「はい? そんな話、聞いていませんが」


「そりゃ、今話しましたから。男の胃袋を掴むのが目的の一つですからね。回収屋さんが食べるとなると、気合入る子もいるでしょうからねぇー」


 初めからその気だったな女将さん。

 料理を食べるくらいなら構わないのだが、若干不安になる面子がいる。

 こんなことになるなら、絶対に誘わなかったのだが……。

 料理開始の合図と共に、全員が料理に取り掛かっていく。

 手際よくこなしているのは、スーミレとシスターとサーピィか。

 スーミレは母親の代わりに妹たちの面倒を見ていただけはあって、家事は一通りこなせるようだ。

 サーピィも見ていて安心感があり、迷いなく食材を刻んでいる。

 ドジなところがあるシスターが料理できるのは意外だったな。修道服の上からエプロンをしているのだが、エプロンのサイズが小さいようで胸の膨らみが強調されている。

 あれがワザとじゃないところが恐ろしい。神父の『理性』スキルまた上がってそうだ。

 この三人は安心して見ていられるが、問題は残りだ。


「母さん、いつもこんな感じだったわよね。えっ、皮むきってこんなにも難しいんだ」


 チェイリが芋の皮をむいているのだが、皮に残った身の方が多くないか。


「料理なんて食べられたら問題ないのに、なんでこんな面倒な事するのかな」


 そんな彼女もピーリに比べたらましだ。彼女は皮もむかずに食材を豪快に切って、鍋に放り込んでいる。

 出来上がりの品が容易に想像できてしまうな。


「料理、料理、これも繰り返せば、少しはましになるのだろうか」


 慎重に調理をしているのはリプレか。彼女も経験不足は否めないが、それでも調味料を計り、周りの料理ができる面々を参考にしながらやっている。

 こういう人は直ぐに上達するし、味も悪くない。ちゃんと味見もしているから、大丈夫だろう。


「独身女性の実力を見せつけてあげないと。こういうのは手際よ手際」


 セラピーは滞りなく調理を進めている。手慣れている感じはするが、料理が好きという感じではない。


「成分解析開始。栄養バランスを考えて、ビタミンが豊富な葉物野菜を追加」


 ガシャンガタンピーピー。と料理中とは思えない音を出しながら、目にも止まらぬ速度で食材を粉砕しているアリアリア。料理というより学者の実験に見える。

 とまあ、それぞれの個性が出た調理風景なのだが……。意識して見ようとしなかった一角に視線を向ける。

 鍋が見えるのだが、そこから時折、人の手のようなものが飛び出しては沈んでいる気がするのだが、食材は野菜と海鮮しかない。

 ……気のせいだ。うん。

 セリフェイリの方は見ないことに決めて、料理が出来上がるのを待つことにした。

 処刑台に上る前の囚人はこんな心境なのだろうか……。





「はい、では出来上がった人から順に、回収屋さんに料理を運んでくださいねー」


 女将の声に反応して真っ先に持ってきたのは、老賢者の孫娘ピーリか。


「若い子の手料理が食べられるなんて、幸せだねー回収屋さん」


 そう言って目の前に置かれたのは、食材が豪快に浮かんだごった煮だった。

 あく抜きや臭みを取ることすらしなかったのだろう。磯の香りが複雑に絡み合い、悪臭を生み出している。

 『味音痴』全部売るんじゃなかったな……。

 食べなくても分かる、これは不味い。だが、口にしないのは失礼だ。一口いただくことにしよう。

 匙ですくって口へと投入すると、磯の臭みが口内で暴れている。鼻から抜ける息すら臭い。

 だが、数多の修羅場をくぐってきた俺がこの程度では怯みはしない。強引に呑み込み、目の前で感想を求めて目を輝かせているピーリに感想を伝える。


「魚の下処理をしていないので、苦みと臭みが強いです。内臓ぐらいは取った方がよろしいかと。あと味見はしてください」


 こういった場合で気を使って「おいしい」という男もいるだろうが、それは誰のためにもならないと考えている。

 相手の料理が上達する機会を逃しているようなものだ。


「やっぱ、そうなんだ。いやーもったいないから、内臓も放り込んだんだけどダメだったかー。失敗失敗」


 悪びれもしないで、楽しそうに笑っている。後は老賢者に任せた。

 続いて、サーピィの料理を口にしたのだが普通に美味しかった。これが幼馴染の胃袋を掴んでいる味か。

 リプレは料理をしたことがないという話だったのだが、見た目はいまいちだったが、味は少し辛いが食べられないほどじゃない。

 看板娘チェイリの料理は見た目が悪いのだが味は悪くない。これは意外だった。

 顔を真っ赤にして運んできたスーミレの料理は文句なく美味しい。下処理も丁寧だし、変なアレンジも入れてないので、ほっとする味だ。


「とても、美味しいですよ。スーミレさんは料理がお上手なんですね」


「あ、ありがとうございます! 嬉しいですっ」


 お盆を抱きしめてスーミレは花が咲いたように笑う。

 いい子だな彼女は。若い頃なら、その笑顔に魅了されていたかもしれない。


「むむっ、私ももう少し料理頑張ろうかなぁ」


 スーミレに触発されてチェイリも料理に対する意欲が増したようだ。


「次はぁ、私ですねぇ。ふぅー」


 頬に指を当てて悩まし気に吐息を漏らす。仕草がいちいち男の情欲を刺激するのだが、ワザとじゃないんだよな。

 シスターは無駄に男を魅了するスキルが充実しているから、本当に困る。

 出された料理は見た目は普通で味もよいのだが、食べた後に体が熱くなって動悸が激しくなるのはやめて欲しい。


「回収屋さん。私のも食べてくださいね」


「食べ過ぎで胃もたれしてませんか。アリアリアは飲み物を用意しました」


 今度は二人同時か。

 セラピーは魚の切り身をソテーしたのか。盛り合わせの野菜も悪くないバランスだ。

 口にしてみたのだが、悪くないけど、なんと言うか……普通だ。不味いよりはいいのだけど、反応に困る。

 喉が渇いてきたのでアリアリアの用意した木のカップを手に取る。中を覗き込むと、おそらくスープなのだろう。澄んだ液体が(たた)えられていた。

 すっと顔を上げてアリアリアに視線を移すと、一度頷かれた。……意味が分からない。

 変なものを出されるよりかはマシなので、その液体を一気に飲み干す。

 えっ、なんだこの濃厚なコクとうま味は。脳天を突き抜けるような味の衝撃に体が身震いする。


「旨い、なんですかこれは」


「うま味のエキスだけを抽出して、こしたものです。水のように見えて違ったでしょう」


 布と眼鏡と表情の変わらない魔法金属の後ろに、ドヤ顔が透けて見えた気がした。

 今まで食べた中で、最高の一品がアリアリアの水のようなスープだとは。


「さて、ご馳走様でした。皆さんの料理堪能させていただきましたよ。では、そういうことで私は帰りますね」


 お礼を口にしてから席を立とうとすると、その肩を掴まれた。

 見たくないがその人物を確かめると……新妻セリフェイリがにっこりと微笑んでいる。

 でた、真打。彼女の料理には一度痛い目を見ているので、苦手意識というか命の危機を感じてしまう。

 あれから『味音痴』はレベルが1となり、それも克服されている。スキルを確認すると『味音痴』は完全に消えていた。だから、安心して食べられる……と分かっているのだが。


「回収屋さん、まだ私の料理が残っていますよ。あなたのおかげで夫も、前よりもご飯を楽しみにしてくれています。その感謝の気持ちを込めて作りました。おあがりください」


 そこまで言われたら、食べない言い訳を口にできるわけがない。

 もう一度席に座り、提供された料理に視線を落とした。

 そこには――混沌があった。これは、煮物……いや焼き……スープ……どれとも判断が難しい。

 大皿の縁に沿って、魚の切り身を軽く炙り黒く変色した元魚が並んでいる。その上にソースがかけられているのだが、鮮やかな赤いソースはまるで岩に飛び散る鮮血のようだ。

 そして、切り身の円の内側にはスープが敷かれている。


 それは漆黒。闇夜のような黒をどうやって作り上げたのか想像もできない暗闇が、そこに佇んでいる。そして、闇から救いを求めるように人の腕が無数に伸びている。

 腕だよなこれ。こんな小さな腕が存在するわけがないのだが、わざわざ野菜を腕の形に細工しているのか。無駄に凝っているな、しなくていいのに。

 中心部に盛られているのは髑髏(どくろ)の山。これも野菜を削って作ったのか、器用だなぁ。

 『独創性』のレベルが上がり、新たに『精密動作』が加わっていたので嫌な予感はしていたのだが、その成果がこれか。

 味は大丈夫だと分かっているのだが、これを口にするには勇気が必要となる。


 もう一度、彼女のスキルを確認するが『味音痴』は確かに消えていた。

 よっし、食べよう。こういうのは間を置けば置くほど、食べられなくなる。……いくぞ。

 鮮血に濡れた――ソースのかかった切り身をフォークで刺し、闇に浸し口に運ぶ。

 おっ、これは……いけるな。いや、これ美味しいぞ。見た目に反しまくって、味付けは悪くない。むしろ、薄味で好みだ。

 この見た目で薄味なのが意外すぎるが。


「セリフェイリさん、上達しましたね。旦那様も大満足でしょう」


「ありがとうございます。これも回収屋さんのおかげです」


 この笑顔が見られただけでも、今回の料理教室に参加した意義があった。

 各々が各自の料理を食べて感想を言い合っている。一番人気はアリアリアのスープで、全員が興味津々なのはセリフェイリの闇料理だ。

 今日は女性陣から料理を振る舞われるという男冥利な時を過ごさせてもらったのだ、今度は俺が腕を振るうとしようか。

 女将さんに耳打ちすると、快く許可ももらえた。


「皆さん、今日のお礼に今晩は私が料理を提供しますよ。『料理』スキル全開の至高の料理を堪能してください。ご家族、知り合いもお呼びくださいね」


 俺がそう言うと、女性陣から歓声が上がる。

 お世話になった人々、お世話をした人を集めてのパーティー。

 出会いもあれば別れもあった。このような日々はまだまだ続くのだろう。

 目的を達成する日はいつになるのか。一人の女性の顔が頭に浮かぶが、今日ばかりはその存在を忘れよう。

 新たな友や古い馴染みと、今晩だけは何もかも忘れて楽しむことにするか。

 この先どうなるかなんて、どれだけ生き続けても分からないものだ。

 長年にかけて集めたスキルの数々。これを一晩の宴のためだけに活用する。そんな無駄遣いも悪くないよな。





ここから投稿のペースが落ちます。

仕事が忙しくなりそうなので、週二、もしくは週一になるかもしれません。

ご了承ください。

 前へ次へ 目次  更新