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神に祝福された子

「おい、使えないスキル持ちが寄るんじゃねえよ!」


 村一番の悪ガキに右頬を殴られた。

 三歳も上のデブに殴られ吹き飛ばされた俺は地面に転がるが、すぐさま立ち上がり無駄に脂肪を蓄えた腹に飛び蹴りをかました。


「うがっ‼ やりやがったな! (しぼ)りカスのくせに生意気だぞ! みんな、やっちまえ!」


 デブの取り巻きが一斉に襲い掛かってくる。

 村長の孫だからって調子に乗りやがって。お前のスキルだって『威圧』『悪臭』『尾行』『透視』って犯罪者一直線だろ。


「権力に媚びる豚共が、かかってこいやー!」


 数の暴力なんかに負けるかよ。今日こそは全員叩きのめしてやる。





「見事にやられたものだね」


 キャンバスに向かって油絵を描いていた姉が振り返るなり、そんなことを言ってきた。

 今日はえらく小さな絵を描いているんだな。本の表紙より一回り小さいぐらいか。

 俺は外で暴れるのが好きだが、姉はいつも家で本を読んだり、絵を描いたりしている。何が楽しいのかサッパリだよ。

 長く美しい金髪を適当に紐で縛っただけで、化粧っ気の一つもない。それでも嫌味なぐらい美人な姉。

たった五歳の差だというのに、やけに大人びて見えるのは、姉が大人びているというより……俺がガキ過ぎるんだろうな。


「おう、ボッコボコにされてやったぜ」


「はははっ。水で傷口を洗い流したら、塗り薬塗っておくんだぞ」


「姉さんの薬はよく効くもんな」


「お褒めに与り光栄です」


 姉はわざわざ立ち上がると、貴族のように優雅に礼をした。

 どこに出しても恥ずかしくない姉。誰の目にも触れさせたくない恥部の弟。弟と真逆の優秀な姉。姉に全てのスキルを持っていかれた弟。姉の残りカス。

 それが俺達、姉弟に対する周りからの評価。

 そして、それは間違いじゃない。

 芸術、学問に関するスキルが十もある、才能あふれた姉。全てが生まれながらに高レベルで、こんな村に収まる人材ではないと将来を誰からも期待されている。

 それに引き換え、俺のスキルはたった一つ。それも能力と発動方法が不明で、なんの価値もないスキル。


「姉さんはいいよな。一つぐらい譲ってくれよ」


「それが可能なら、いくつでも譲渡するのだけどね」


 俺が愚痴をこぼし、姉が苦笑しながら返す。いつものやり取りだ。

 姉は冗談ではなく本気で譲ってもいいと考えている。

 期待されて産まれた俺が役立たずと知り、早々に見捨てた両親とは違い、姉はどんな時も俺をかばい、いつも傍にいてくれた。

 この家だって両親と俺との関係を不憫に思い、姉が絵を売って買った一軒家で、俺と姉しか住んでいない。

 両親は姉の稼いだ金を使って、首都で豪邸を買い暮らしているそうだ。

 いつだったか、そのことに腹を立てて姉に詰め寄ったことがある。

 その時、姉は笑いながらこう言った。


「両親に対する手切れ金のようなものだよ。あれを買い与えたら、わざわざここまで来ないだろ? 愛しい弟との貴重な時間を邪魔されたくないからな」


「キモいよ、姉さん」


「くーっ、そんな冷たいことを言われたら、お姉ちゃん泣いちゃうぞ」


 いつもは男口調のくせして、こういう時だけ甘えた話し方になる。

 自分だけが知っている姉の秘密。独占しているようで嬉しいのだが、それを表に出せるほど素直じゃない。


「姉さんは子供の頃から、神童って言われていたんだよな」


「そんなことはないぞ。十歳を幾年か過ぎてからだぞ、周りが褒めるようになったのは。ちょうど、今の弟ぐらいの歳だったかな。十歳までは自分のスキルも分からなかったからね。お転婆だった私に芸術や学問に関するスキルがあっても、宝の持ち腐れだったのだよ」


 生まれ持ったスキルは幼少の頃から才能の片鱗(へんりん)を見せる者もいれば、その使い道が分からずに子供時代を過ごした人も少なくない。

 教会での『鑑定』は高額なので手が出ず、金持ち以外は十歳になってから、合同で行う鑑定の儀式まで待つのが習わしだ。

 俺は十歳を迎える前に、こそっと姉に見てもらったので先にスキルを把握していた。

 最終的にはスキル証を得る必要があったので、二年前の春にみんなと一緒に鑑定の儀式を受けたのだけど。……姉の『鑑定』が間違っているのではないかと、わずかな期待を残して。


「さてと、そろそろ時間か。ちょっと行ってくる……お姉ちゃんがいないからって、下着をあさって、クンカクンカしてはならんぞ? ちなみに、お気に入りはタンスの上から二番目の黒だ」


「はいはい。また、鑑定に行くんだよな?」


 毎月、姉は村人たちに頼まれて『鑑定』をすることになっている。

 普通は大金が必要なのに姉さんは無料でやっているので、月に一度の鑑定の儀式は大人気だ。……不快なことに。


「なんで、あんな奴らのためにタダで鑑定してんだよ。姉さんの優しさに付け込んで、気軽に鑑定頼みやがって。そんな頻繁に調べたって、スキルなんて増えるかよ」


「鑑定ごときで恩に着てくれるのであれば、安いものではないか。それに、スキルはいつ目覚めるかなんて誰にも分からないのだよ」


 優しい目をして語る姉さん。

 俺だってスキルを覚えられる、と励ましてくれているのだろう。


「だが、それだけではないぞ。私にもメリットはある。スキルは使い込むことでレベルが上がる。それは教えたな」


「覚えてるよ。『鑑定』レベルが高い姉さんには、スキルレベルが見えるんだよな。村の連中はそのことを知らないみたいだけど」


「そうだ。私は『鑑定』を鍛えたいのだよ。レベルが上がれば……いつか、愛しい弟のスキルを把握できる日が来るかもしれない」


 そう言って悲し気に目を伏せた。

 優秀な姉ですら、俺のスキルは解読できなかった。

 教会でも前例がないレアスキルだと言われ、当初は期待もされたのにな。

 希望が大きければ大きいほど反比例するかのように、失望もまた大きくなる。

 発動条件も分からないまま一年が経過した頃には、今と変わらないこの扱いだ。


「このスキルって本当に発動するのかな……」


「以前も話したが、一般的なスキルは同じ能力のものが世界中に何千、何万と存在する。レアスキルと呼ばれる希少なスキルでも、過去に何度か存在していると文献にはある」


 姉がスキル大全集と書かれた本を本棚から抜き出すと、いつもの説明が始まった。

 手にしている本は我が家にあるスキル関連本の一冊。

 芸術系のスキルをフル活用して稼いだ姉が、金に物を言わせてかき集めた書物が本棚にぎっしりと詰まっている。かなり貴重な本もあるそうなのだが、俺にはよく分からない。


「知っているよ、何度も聞いているからね」


「うむ、そうだな。そして、レアスキルの中でもレア中のレア。二つとして同じスキルが存在しない……オンリースキル。それが我が愛しの弟のスキル! だと、私は睨んでいる」


 片腕を振り上げ、恍惚とした表情で言い放つ……いつもの姉。

 俺を励ますために、使い道のないこのスキルを過剰評価してくれている。


「ねえよ。万が一、オンリースキルだとしても、名前からして……ろくなもんじゃねえ」


「そんなことを言わないでくれ。きっと価値があるスキルだと、私は信じている」


 真剣な顔でそんなことを言われたら信じたくなってしまう。

 諦めたつもりなのに、その可能性にすがりたくなる。


「って、姉さん。時間、ヤバいんじゃないの?」


「あああっ、そうだった! 今日は村長の親戚が来ているそうなので、少し帰りが遅くなるかもしれない。鍋のを温めて食べておいてくれ」


「分かったよ。気を付けていってらっしゃい」


「いってらっしゃいの、情熱的なキスはないのかね?」


 唇を突き出すな。他人に見られたら本気で誤解されるぞ。

 特に同年代の奴らに見られたら、暴行回数が倍増するのは間違いない。姉さんは男達の憧れの対象だからな。


「はぁー、早くいきなよ。本当に怒られるよ」


 投げキッスをしてきたので軽く躱すと、しかめ面で舌を出す。……子供か。

 何度も振り返っては大きく手を振り、村の広場を目指して走っていった。


「さてと、まずは……掃除かな」


 姉が絵を描いていた辺りに散らばるゴミと、出しっぱなしの本の山を見て、ため息が(こぼ)れる。

 なんでもできる万能な姉だが、後片付けと掃除の才能だけは、どこかに落としてきたらしい。これさえなければ、完ぺきなのに。


「そういや、何を描いていたのかな」


 キャンパスを覗き込むと、そこには俺と姉が笑顔で並んでいた。まるで実際の俺達を絵に封じ込めたかのような精密さ。


「凄いな、姉さんは。……本当に」


 それ以上は見ていられなかった。目を奪われるような絵を見て感動するよりも、嫉妬してしまった自分が許せなくて。





「えっ? いつの間に……寝てたんだ」


 掃除を終えて、早めの夕飯を一人で食べた……。ところまでは覚えている。

 それから、流しに食器を運んだところで、急に眠くなってソファーに座って……そのまま寝たのか。殴り合いで思ったよりも疲れていたのかもしれないな。

 窓ガラスの向こうは闇夜。虫の鳴き声が微かに響いてくる。


「この感じ、真夜中だよな。姉さん、姉さん、いるのかー」


 姉の部屋の前まで行き声をかけてみるが反応がない。

 扉を開けると鍵もかけてなかったので、あっさりと開く。

 ゴミ捨て場かと見間違えるほどに荒れ果てた室内。


「今度大掃除させないと。……いないのか」


 姉が帰ってきているなら、ソファーで寝ている俺を見つけたら毛布の一つでも被せてくれる。それが分かっていたから、帰ってきている可能性は低いと思っていたけど。


「迎えに行くか。一応、女だもんな」


 姉は多才で有能だが、スキルに戦闘系や肉体強化系が存在しない。

 身体能力だけなら、普通の女と同じ。

 扉近くに置いてあったカンテラに火を灯し、夜道を急ぐ。

 村に多額の寄付をしている姉に、手を出すようなバカな真似はしないとは思うが、理屈じゃなくて心配は心配だから。

 村外れに住んでいることが、こんなにももどかしく感じたことはない。

 心配はないと分かっているのに、気がはやる。なんでこんなにも焦っているのか。

 いつも傍にいる姉がいない不安。それだけのはず、それだけの……はずなのに。

 駆け足から、いつの間にか全力で走っていた。下り坂を一気に駆け下り、山沿いのこの道を曲がれば村が見えてくる。

 少しでも早く安心したかったので、勢いよく曲がり角を抜けて正面を見据えた。


「赤い……」


 そこには――業火に包まれた村があった。


「なにが、どうして……。ね、姉さん!」


 村がなんで燃えているのかも分からなかったけど、考えるよりも先に俺は走り出していた。

 村人の心配や村のことなど、俺にはどうでもいいことだ。姉が無事なのかどうか。それだけ分かればいい!

 火の粉が降り注ぐ中、村の大通りを突っ切り広場を目指す。

 炎に包まれ崩れ落ちた民家から、木の焼け焦げた臭いと……肉の焼ける臭いが漂ってきた。

 ちらっと視線を炎へ移すと、真っ黒な人型が手を伸ばしていた。

 焼け焦げた誰かが、まるで俺へ助けを求めているかのようだった。それ以外にも無数の死体が転がっている。

 焼死体以外にも、両手両足を切り落とされた村娘。

 周囲が燃え盛っているというのに氷に包まれている男。

 悪臭を垂れ流し、恐怖に顔を歪め涙と涎で濡れ、息絶えている子供。

 他にも死因が異なる多くの死体が、広場を埋め尽くしている。


「うぐっ……。吐くな、吐くな! そんな場合じゃない! しっかりしろっ!」


 怯えるのも後だ。今は姉を探すことが最優先だろ!

 誰が死のうと関係ない。姉さえ、姉さえ無事でいれば!

 死に方がバラバラなのは盗賊の集団か魔法を操れる魔物の襲撃。そうとしか思えない。

 俺を無視して、邪魔者扱いしていた連中がどうなったって関係ない。そうだ、気にすることはないんだ。

 無理やり自分を納得させると、喉元まで上がってきたソレを呑み込む。

 あの焼死体は姉じゃない。それは断言できた。どんな姿になろうと姉を間違えることはない。それだけは自信がある。


「姉さん! いたら返事をしてくれっ!」


 呼び声に答える者はなく、炎に炙られ民家の崩れる音と熱気のみが空間を満たしている。


「考えろ、落ち着け、考えろ! 姉さんは、広場で鑑定をした後……そうだ! 村長、村長の屋敷だ!」


 村長の親戚が来ているってことは、屋敷で姉の自慢をする。あのハゲオークもどきなら、絶対にやる!

 まるで自分の手柄のように、姉の能力を自慢するような奴だ。親戚に自慢しないわけがない。

 火事の時は煙を吸わないようにすること。と姉に言われていたことを思い出し、口元を押さえながら村長の屋敷を目指した。





 街の大半は燃えていたのだが、村長の屋敷は大きな庭のおかげで燃え移っていないようだ。

 ここにいるなら、姉は無事だよな。

 安心してせいで足から力が抜けて、膝を突きそうになったがギリギリでこらえる。

 まだだ。姉の姿を確認するまでは!

 開けっ放しの門をくぐり、庭を抜け、屋敷の扉を叩こうとしたが……扉が開いている?

 こんな状況だから避難した村人が流れ込んでいるのかもしれない。

 姉の無事を信じ、期待を抱きながらそっと扉を押し開く。


 開け放たれた扉の先へ目をやると、そこは……更なる地獄絵図だった。

 真っ白な大理石で埋められた床石は血で赤く染まり、広場と同様に多くの村人が倒れ伏している。

 その中には俺をいじめていた村長の孫や取り巻きも……いるのか。

 いじめっ子達の哀れな姿に、悲しみも怒りもない。この短期間で死体に慣れたのか、感情が湧いてこない。


「や、やめろっ! な、何を考えているんだっ!」


 今の声は……村長! 

 呆けている場合じゃない。姉だ、今は姉のことだけ考えろ!

 パンッと自分の頬を挟み込むように両手で勢い良く叩き、強引に正気を呼び戻す。

 すっと視線を上げると二階へと繋がる階段には死体が並べて置かれていた。

 犯人は何を思ったのか、階段の一段一段に死体を横たわらせている。上に行くなら、死体を踏んでいくしかない。


「悪趣味な奴だ……」


 ただ殺すだけじゃなく、こんなことをするなんて頭がおかしいのだろう。

 そんな連中に姉が見つかったら……。嫌な妄想を振り払うように、頭を激しく左右に振って、俺は慎重に階段を上がっていく。

 靴裏から肉を踏みつける感触が伝わってくる。

 下を見るな、下を見るな。

 前よりも少し上に視線を固定させて上がりきると、ほっと息を吐く。

 二階は一階ほど荒れてなく、廊下にポツンポツンと死体があるぐらいだ。それはまるで道案内の目印のようで、俺はそれをたどって先へと進んだ。


「どうしてだ! 何故、こんなバカなことをする!」


 うろたえる村長の声が鮮明になってきている。

 それ以外の声は聞こえてこない。姉の声がしたのなら迷わず駆け寄っていたが、村長だけならどうでもいい。姉の命に比べたら、他の人間の価値なんて無いに等しい。

 ……俺を見下していた連中を助ける気なんて、微塵も持ち合わせていない。俺には姉が、姉さえいればいい。

 村長の部屋の前まで忍び寄ると、扉に耳をくっつけて中の音を拾おうとした。

 何か村長が話しているのだが、さっきまでとは違い声が小さいので聞き取りにくい。


「……で……ぐまれている……何が不満……金なら……利用して……」


 よく分からない。ただ、命乞いをしているのは伝わってくるが、言い訳? をしているようにも感じる。こんなことをしでかした連中は村長の知り合いなのだろうか。

 相手も何か話しているのだろうが、そっちは聞き取れない。

 少しだけ扉を開けてみるか。村長があれだけ話していたら、扉の開く音は掻き消されるはず。ほんの少し隙間があればいい。そうすれば、中の声が聞こえる。

 ドアノブに手をかけ、そっと扉を押し開く。

 思ったより大きくカチャリと音を立てたことに、びくりと体が揺れるが相手に気付かれてはないようだ。さっきよりも、村長の声が鮮明に聞こえてきた。

 僅かな隙間から中を覗き込んでみるが、この位置からだと尻もちをついて必死に媚びている村長しか見えない。


「わしが悪かった! 名を利用して稼いだ金は全て返す! 村人たちにも一切手出しをせぬように言明させる! そうだ、この屋敷を譲ろう! 二人で暮らすには広すぎるぐらいだろう!」


 二人? これだけの大規模な殺人を行ったのが、たった二人だというのか。

 予想外だった。最低でも十人規模の盗賊団だと思っていたのに。

 相手の姿が見えないかと、覗き込む位置を変えてみたのだが、どうしても相手の姿が見えない。もう少し、扉を開くと見つかる可能性が高い。これで我慢するしかないのか。

 村長か相手が姉の安否か居場所を口にしてくれれば、直ぐにでもこの場を立ち去るのだが、未だに村長の言い訳が続いているだけだ。


「望みがあるなら、なんでも言ってくれ! この村が欲しいというのであれば、譲ろうではないか!」


「いらないわよ、壊滅した村なんて」


 初めて、犯人の声が俺の耳に届いた。

 その瞬間、俺は扉を開け放つ。

 室内には村長と、地獄を生み出した張本人である……姉がいた。


「もう目が覚めたのね。いらっしゃい。愛しい我が弟よ」


 妖艶に微笑む姉。いつもと変わらない地味目な服装に、相変わらず嫌味なぐらい美しい顔。

 俺の大好きな姉だというのに、今は、ただただ……怖かった。


「な、ん……で」


 辛うじて口から出た言葉はそれだけだ。

 目の前の光景を嘘だと叫び、何もかもを否定したかった。でも、姉の姿を見てその考えは消えた。

 俺が姉を見間違えることはない。あれは姉だ。どんなに恐ろしくても、姉なのだ。


「なんでって、この惨状のことかい? いやね、本当はもう少し『鑑定』のレベルが上がるまで大人しくしておくつもりだったんだよ。それが、村長の親戚に高レベルの『鑑定』所有者がいてね。私のスキルを見抜いたのだよ。誰にもバレないように『隠蔽』で隠してあったスキルを」


 いつもと変わらぬ口調。悪びれることもなく、食事中に交わす雑談のようなノリで話している。


「隠していたって……姉さんは、もっとスキルが……あるってこと?」


「うん、そうだ。戦闘系のスキルや魔法のスキルだってあるぞ。もっとも、そのスキルの大半は村人が所有していたスキルなのだけどね」


 あっけらかんと言い放たれた言葉に衝撃を受け、膝から崩れ落ちそうになる。

 ただでさえ、優秀だった姉がその力をまだ隠していた。大量殺人よりも、そのことにショックを受ける自分が……少し恐ろしい。

 姉との格の違い、その差がますます広がったことが悔しく、情けなかった。


「ど、どういうことだ! 村人のスキルとは、どういうことだ!」


「うるさいなー。弟との時間を邪魔する者は許さないよ」


 姉が軽く腕を振るうと、村長が縦に両断された。

 どうやったのかは分からないが、スキルを使用したことだけは理解できる。


「無粋なおっさんは困る。さて、話の続きなのだが村人のスキルというのはそのままだよ。私は人のスキルを奪う『強奪』というスキルを所有している。耳にしたことぐらいあるだろう? 亡国の略奪王や闇に堕ちた勇者が所有していたと言われている、あの有名な呪われし、レアスキルだ。これを隠していたというのに、看破され指摘されてしまったから、ついやってしまった」


 頭を拳で小突いて舌を出す姉。通常時なら可愛いと思えたのだろうが、今は姉の異常さを増す行為でしかない。


「鑑定の儀式も相手のスキルを奪うために、やっていたのか」


「ご名答。さすが、我が弟だ。優秀な弟を持つと姉として鼻が高い。奪うと言っても、全部奪ってしまったらバレてしまう恐れがある。なのでスキルから1レベルだけ奪っていたのだよ。そうすれば、相手も気づかずお姉ちゃんもスキルを得ることができる。持ちつ持たれつの関係だとは思わないかい」


「一方的に姉さんが得しているだけじゃないか」


 姉は村人に利用されていたのではなく、利用していたのだ。

 村人たちからスキルを少しずつ奪っていき、自分のスキルを充実させていた。

 俺は毎日顔を合わせていながら、姉の本性に少しも気づいていなかったのか……。


「私の本性を見抜けなかったことに後悔しているようだね。『心理学』がそう教えてくれているよ。でも、安心していい。以前、この村を訪れた劇団を覚えているかい? あの連中の講演が終わって村から出たところで襲い、もらい受けた『演技』のスキルがあったからね。見抜くのは至難の業だよ」


 劇団……。数年前に姉が自腹を切って村人と俺のために呼んだ、首都で有名な劇団の一行のことか。

 あの人たちも犠牲になったというのか……。


「姉さんは、何がしたいんだ。こんなことをして、ただで済むわけがないよ! なんで、こんなバカなことを!」


 凶行に及んだ姉が怖い。怖くてたまらない。

 だけど、俺は叫ばずにはいられなかった。

 ずっと、一緒にいた姉の全てが嘘だったとは思いたくもない。何か大きな理由があった。そう思わなければ、心が今にも壊れてしまいそうだったから。


「理由はそうね……羨ましかったからかな。生まれつき『強奪』しかなく、スキルに恵まれなかった私。そんな私に対して、神に祝福されたかのように多くのスキルを与えられ生まれてきた――恵まれた弟を見て、この世の全てを奪いたくなった」


 ……何を言ったのかが分からない。

 今、姉は、何を、言った。今、何を、今、何を……言った。


「俺が、多くのスキルを持っていた? 冗談……だよね?」


「そう思うかい。本当に」


 その言葉に嘘はない。信じたくないというのに、言葉が俺の中へ滑り込み浸透していく。

 心が真実だと認めてしまっている。だけど……。


「ここからが面白いのだから、ちゃんと聞いてくれよ。私が幼い頃から多くのスキルを所有しているのは知っているよね。だが、それは全て弟である……キミのスキルを奪ったからだ。あの時は嬉しかったよ。両親から失望されていた私と違い、神からも祝福されていた弟。お前を殺したいと妬んでいたら、すっと何かが自分に入り込んだ感覚がしてね。無意識のうちに『強奪』が発動していたのだよ。それからの人生はバラ色だったさ」


 姉は今、スキルが元々俺のスキルだったと……言ったのか。

 にわかには信じられないが、この状況で嘘を吐く必要なんてない、よな。

 優秀だと思っていた姉が、俺のスキルを奪って、人から称賛されていた。

 こんなみじめな思いをしてきたのは全て……姉のせいだというのかっ。


「冗談だよな、嘘だよなっ! 姉さん、嘘だって言ってくれ!」


「真実だ。弟がまだ幼かった、ある日。たまたま村に『鑑定』スキルを持った人が訪れていてね。両親がお金を払って弟の『鑑定』を頼んだのだよ。私は人々から忌み嫌われる『強奪』のスキルのみ。両親が必死になって隠していたから、それを知っているのはごく一部だったけどね。私は蔑まれ、恥だと罵られていたのに、キミは信じられないほどの数のスキルを与えられて生まれてきた。悔しかった、本当に悔しかったんだ。そして……羨ましかった」


 そう言って俺を見る姉は優しい目をしている。

 いつもと変わらないというのに、俺には泣いているように見えた。


「その想いがあったからこそ、使い方がわからなかった『強奪』が発動したのだろうな。弟のスキルを奪った後に男から『鑑定』を奪い、そいつと両親のスキルを調べた。そのスキルの中に相手の記憶を改ざんできるものがあったから奪い取り、時間をかけてスキルを磨き、両親と弟と村人の記憶を徐々にねつ造していったのさ。面倒の元になりそうな男は……後で殺しておいたけどね。おっと、話が脱線してしまった。つまり……私がほとんど取ってしまったから、愛しい弟は搾りかす状態だったのだよ」


「俺が役立たず扱いされていたのは……」


「私が奪ったからだね」


「周りから期待されていた神童は……」


「愛しい弟のことだね」


 悪びれもせずに、あっさりと口にすると、じっと俺を見つめている。


 姉は優しい。

 姉はこの世でたった一人、俺を認めてくれている。

 姉は俺の為に自分を犠牲にした。

 姉だけは、俺の味方だと、思って――いた。


「嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だああああっ!」


 嘘に決まっている! 姉は自分を犠牲にして、俺と一緒にいてくれることを選んだ!

 嘘に決まっている! 俺に残された唯一の身内だ!

 嘘だと言ってくれ! 頼むから、頼むから、嘘だって……言ってくれっ!


「凄い顔をしているぞ。泣いているのか怒っているのか、どっちなんだい? うーん、最高の気分だよ。その顔、そう、その顔だ! それが見たかったんだよ! 神に愛された者が絶望に染まるその顔をっ! あはっ、アハハハハハハハハ!」


 狂ったように笑い続ける姉を、俺はボーっと眺めていた。

 視界がぼやけているのは、泣いているのか俺は。

 なんで、泣いている? なんで姉は姉は俺は俺は俺は姉は俺は。


 視界が絶望と言う名の闇で染まる。

 頭の中でキリキリと軋む音がする。

 何かが、

 大切な、

 辛うじて、

 砕け、

 散った、

 繋いでいた、

 音が――した。


 笑顔だね姉さん。楽しそうだなぁ……。

 姉さんがあんなに感情をあらわにして、笑っているの……初めて見たよ。うん、幸せそうでよかった。

 たいせつなあねが……うれしそうで。

 よかったね、ねえさん。


「はははははははははははははは」


「あれぇー、壊れちゃったのかい? そんな弱い子に育てた覚えはありませんよっ! しょうがないな。えいっ」


 つめたい、つめたいよ、ねえさん……冷たい?

 額に冷たい指が当たったかと思うと、頭にかかっていた(もや)がすっと晴れた。

 えっ、今、何を……。


「現実へお帰り。まだ説明の途中なのに逃げちゃダメだろ。そう簡単には逃がさないよ」


 話の途中で俺は……記憶がない。もしかして、我を見失っていたのか。

 現実に耐えられなくなって、意識が逃避したのか?

 しっかりしろ、こんな時だからこそうろたえるな! 冷静さを失うな。深呼吸をして、落ち着くんだ。

 大丈夫、俺は正常だ。壊れていない、壊れていないっ!


「……だったらなんで、俺を捨てなかったんだよ。スキルを奪ったら、用はないだろ」


「あるのだよ、まだ利用価値が。唯一残されたスキル。それが奪えなかったのさ。オンリースキルは奪えない。その事実が許せなくてね。鑑定と強奪をこの村で鍛えて、奪えるようになったら捨てるつもりだったよ」


 俺を捨てる。一番聞きたくなかった言葉が、姉の口からさらっと飛び出た。

 もう……俺を愛してくれていた姉はいない。

 村を壊滅させた犯人が姉だと判明して、今まで見てきた姉が作られた存在で、幻想だったことは……理解しているつもりだ。

 それでもまだ、心のどこかで姉の幻にすがりつこうとしていた。

 もう、無理だ。

 もう、限界だ。

 もう、立っていられない。

 もう、動きたくも、考えたくも……ない。


「結局、最後までそのスキルは奪えなかったか。仕方がない、そのスキルは預けておくよ。いつか強奪しに行くその日まで、いっぱいスキルを集めてレベルを上げておいてくれ。あ、そうそう。まだ発動条件もスキルの効果も知らなかったんだよね。教えておくよ……」


 辛うじて意識を保つのが精一杯だった俺の耳元で姉が囁く。

 その言葉は不思議なことに俺の意識へと滑り込み、心に頭に刻み込まれた。


「さてと、私はもう行くよ。糧になってくれた愛しい弟よ。お姉ちゃんのために頑張って働くんだよ。次に会う日を楽しみにしているからね」


 頬に唇が触れた感触があるが、もうどうでもよかった。

 楽しそうに腰をくねらせながら扉を出ていく姉をぼーっと見つめていた。その姿が消えても、俺はずっとずっと、姉が消えた場所を見続けていた……。





「……屋さん。回収屋さん!」


 目の前にスーミレの顔がある。

 過去に想いを馳せていて、彼女の存在に気付いていなかった。


「すみません、なんでしょうか」


「ご注文を聞きに来たのですが、どうしたんですか。ぼーっとしていたようですが」


「ちょっと、昔を思い出していただけですよ」


「そうなんですか。あっ、その絵、素敵ですね!」


 俺の肩に体を寄せ後ろから手元の絵を覗き込んでいる。

 これを見ていたから、あの出来事を思い出してしまった。

 あの日、姉が描いていた絵。それを劣化しないように魔法で作られた強化ガラスで包み、常に持ち歩いている。


「うわぁ、綺麗な人ですね。それと、やんちゃそうな男の子も可愛らしいです。見ているこっちが嬉しくなる、幸せそうな笑顔。……はっ、もしかしてこの女性が奥さんで、この子は息子さん……」


 口元を押さえて目を見開いている。

 面白い誤解をしてくれたものだ。


「違いますよ。姉と幼い頃の自分です」


「そうなんですか! そうですよね、うんうん」


 スーミレはほっと安堵の息を吐き、胸を撫で下ろしている。

 分かりやすい反応だけど、ここは気づかないふりを通しておこう。


「素敵なお姉さんですね。今はどうしているのですか?」


「さあ、ずっと会っていませんからね。どこで、どうしているのやら」


 あれから情報を集めてはいるが、所在は不明なままだ。

 狡猾な姉が簡単に尻尾を掴ませるとは思ってもいないが、再会するのはいつの日になるのか。


「会いたいですか?」


 心配そうに俺を見つめている。

 同情されるような顔していたのか。指摘されるまで気づかなかった。


「会いたいですね。そのために生きているようなものですから」


 俺は姉の言いつけを守り、今も多くのスキルを集めている。

 長い時を生き回収屋をしているのも、その為だ。

 自分の中にある、無数のスキル。これも全て……。

 早く会いたいよ、姉さん。

 俺は今日もスキルを回収するだろう。姉といつか再会する日を……夢見ながら。


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