繰り返す人
「お願いだ、私の村に来て欲しい!」
街道を相乗り馬車でひたすら東に進んでいると、目つきの悪い女性が進路方向に飛び出してきて、俺達に向かい叫んできた。
突然の行動に馬車が急停止したのだが、目の前の女性はギリギリで止まった馬に怯える素振りすら見せない。
光の加減によっては濃い緑に見える髪を、一つに束ねた若い女性。腰には剣を携帯しているので冒険者かとも思ったのだが、鎧は着ていない。
容姿は悪くないのだが、目の下の濃いクマと充血した目が全てを台無しにしている。年齢は二十前後に見える。
かなり切羽詰まっているのか、落ち着きがない。悪い人には見えないが。
鬼気迫る女性の態度に、馬車に同乗していた商人と冒険者が不審な目で見ている。
「何言ってんだ。俺達はずっと先の街に用があんだよ。邪魔だ、どけどけ」
御者が虫を追い払うかのように手を振るが、女性は微動だにしない。退く気はないってことだよな。
追い詰められた獣のように、気が張り詰めている女性。体に触れたら噛みつかれそうだ。
「この先の村にはこれから魔物の群れが現れるのだ! だから、力を貸してくれ!」
「魔物の群れだぁ? ここは雑魚しか出ねえ安全な地帯だろうが。その程度なら村人でも退治できるだろうが。馬車には優秀な冒険者様もいらっしゃるが、忙しいんだよ」
「おうよ。低級の魔物なんぞ、相手にしている暇はねえな」
冒険者の一人が腕を捲し上げて、実力をアピールしている。
さっき『鑑定』で調べたのだが、同乗している三名の冒険者は、中級クラスの実力はありそうなスキルを所有していた。彼の言う通り、この地帯に出没する魔物相手なら問題はない。
「違うのだ! 低級ではなく、もっと凶悪な魔物が群れで押し寄せるのだ!」
冒険者の言葉に安心することはなく、女性は今にも泣きだしそうな顔で俺達に来て欲しいと懇願し続けている。
嘘や冗談で言っているようには見えなかったので、『心理学』を発動させてみたが、女性の話していることは嘘ではないと、判断した。
『心理学』は心の動きをある程度読めるのだが、万能という訳ではない。『演技』スキルが高ければ心を読み取れずに、騙されることもある。
だが、俺の『心理学』レベルになると、欺くのは有名な舞台女優でも難しいだろう。
「群れで押し寄せるだぁ? お前なぁ、嘘を吐くならもっとましな嘘を吐きやがれ。それにさっき、これから現れるって言ったか? なんでわかるんだ?」
「そ、それは、私には『予知』のスキルがあるのだよ!」
嘘だな。『心理学』がそう判断している。
彼女の動揺を見れば、スキルを発動させなくても一目瞭然なのだが。
「けっ、見え見えの嘘を吐くんじゃねえぞ。そんなレアスキル持ってんなら、自分でどうにかしやがれ。どかないというのなら、このまま跳ねられても文句を言うなよ! はいよー!」
御者が手綱を振り下ろすと、馬が容赦なく前進を始める。
女性が慌てて飛びのくと、その脇を馬車が走り抜けていった。
「くそっ、くそうっ! なんで、なんで、誰も分かってくれないのだ! また、失敗するのか私は! なんて無力なんだ……。何回繰り返せばいい。皆が殺されていくのを何回見続ければいい!」
力なく崩れ落ち、拳を何度も地面に叩きつけている。
同乗者に別れの挨拶をして馬車から飛び降りた俺は、そっと彼女へと歩み寄る。
「そのお話、詳しくお聞かせ願えませんか?」
俺がいるとは思ってもいなかったのだろう。彼女は涙で濡れた顔で俺を見上げ、呆然としている。
彼女の言動が気になったのも事実だが、それよりも気になる点がある。高レベルの『鑑定』で辛うじて薄っすらと見ることができたスキルに興味があった。
『死に戻り』
これはおそらく、オンリースキルだ。
「私はリプレと申します」
深々と頭を下げるリプレは、一人残った俺の顔を見て安堵したらしく、今にも泣きそうな顔をしていた。
今もぐっと唇を噛みしめ拳を握り、必死になって感情を押し殺しているようだ。
「私一人では大した力にならないかもしれませんが」
「いえ、一人でも心強いです。話に耳を傾けてくれたのは、あなただけ。もしよろしければ、お名前を教えてもらっても構いませんか?」
「名前ではないのですが、皆さんからは回収屋と呼ばれて言います」
「回収屋……ですか?」
拠点としている街や権力者の間では結構有名なのだが、リプレは俺のことを知らないのか。この辺は訪れたことがないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「ご不要になったスキル、いらないスキル、邪魔なスキルを高額買い取りしております」
「スキルの買い取りですか。聞いたことがないのですが」
魔物襲撃にはまだ時間があるようなので、俺はリプレと肩を並べて村に向かいながら、お互いの自己紹介と状況の説明をしているところだ。
「ご内密にお願いしたいのですが、スキルの売り買いを可能としている私のスキル『売買』は……オンリースキルなのですよ」
「えっ、オンリースキル……」
リプレは息を呑むと、俯いてしまった。そのまま、何も言わずに黙々と歩いている。
やはり、この言葉に反応したか。彼女の『死に戻り』が俺と同じくオンリースキルであるなら、何かしらの反応があるとは思っていた。
『買取』と嘘を吐かず『売買』と正直に話したのも、こちらの手の内を晒して信用してもらうためなのだが。
「世の中には過去に数名しか所有していなかったと言われている、レアスキルというものが存在します。それよりも更に貴重な、現在過去を含めて世界でたった一つのスキル。それがオンリースキル。聞いたことはありませんか?」
リプレの能力を知っておきながら、あえて問いを投げる。
俯いていた顔を上げた彼女は意を決したのか、パンッと自分の頬を挟み打ち、俺と視線を合わせた。
「知っています。誰よりも知っています。私もオンリースキル……『死に戻り』を持っていますから」
「つまり、『予知』は嘘で本当のスキルは『死に戻り』だということですか」
「はい、嘘を吐いてすみません。私のスキルは説明しても誰にも信じてもらえないので」
オンリースキルは特殊な能力が多く、実際目にしない限り信用されないものが多い。
彼女の場合は気軽に人に見せられるような能力じゃないよな。名前からして。
「大体の予想はつきますが、詳しい能力の説明をお願いしても?」
「はい。私は死ぬとおよそ一日前に時が戻ります。私だけ記憶が残った状態で」
「時が戻る……と、仰るのですね」
予想はしていたが、実際口にされるとにわかには信じがたい。
スキルが見える俺ですら疑ってしまいそうになっているのに、普通の人を信用させるのは至難の業だろう。
「信じたいとは思っていますが、何かしらの証拠といいますか、決め手が欲しいところですね」
「それならば、そろそろ……時間ですね。あと数分で、この一帯に地震が発生します。それにより魔物が封印されていた洞窟の入り口が崩落してしまいます。その後、大量の魔物が現れ……地獄と化します」
淡々と口にしただけだというのに、無条件でその言葉を信じてしまいそうになる。
その目と表情に反論を許さない迫力と真実味があった。
黙り込んだ彼女が空を見上げ「来ますよ」と呟いた。
途端に足下から伝わってくる、立つことすら困難なほどの揺れが俺達を襲う。
これがリプレの言っていた地震か。これで確信がもてた。彼女は最低でも一度は、この未来を経験している。
「あなたは、どれくらい死に戻りを経験されたのですか?」
「八回、同じ日を繰り返しています。前回は時間の足りなさを補うために、あえて自殺をしました。回収屋さんと会えた街道まで行く時間を稼げたのも、そのおかげです」
八回も死を経験したというのか。
多くの死を見送ってきた俺は知っている。突然の死を受け入れられる人よりも、圧倒的に醜くうろたえる人の方が多いことを。
死の恐怖、痛み、後悔。それが死の瞬間に一気にあふれ出し、人は取り乱し、後悔を口にし、時に生あるものを罵る。
それほどまでに、死は恐ろしいものだ。
「苦労されたのですね」
「はい。毎回死ぬたびに、次は戻れないのではないか……今度こそ本当に死ぬのではないか。あの死の瞬間の冷たさ、命が消滅する感覚……慣れそうにありません」
『死に戻り』が無限かどうかも分からない。回数制限がある可能性だって考慮しなければならない。今度死んだら、死に戻る保証はどこにもないのだ。
だというのに、リプレは前回自殺をしていつもより早い時間に戻った。その勇気は尊敬に値する。
「村人には、魔物が押し寄せてくるから逃げて欲しい、と頼んでも誰も信じないで村と運命を共にしたのが三回。無謀にも洞窟を確認に行って中に入り込み殺されたのが一回。信じた者だけを連れて逃げたが魔物に追われ殺されたのが二回。自殺したのが前回。残りの一回は訳も分からず死んだ最初の一回です」
足掻いて足掻いた結果が今なのか。
あの時の必死な様子が、この説明で納得がいった。
今度も失敗したらまた、『死に戻り』が発動するかもしれない。だが、体が元に戻っても心は元には戻らない。
あと何度、彼女の心は死に耐えられるのか。その瞳には執念の炎が宿っているが、それは激しく揺れていて今にも消えてしまいそうに思えた。
「リプレさんは、この後どうする予定だったのですか?」
「冒険者に力を借りられたら、洞窟をなんとかもう一度封印するつもりでした。ですが、この状況ではそれは無謀ですよね」
彼女は俺の実力を知らない。なので、正直戦力になるとは思っていないだろう。
リプレのスキルは他に『剣術』『頑強』とある。空いているスロット数は多い。
どうするかな。俺が洞窟に挑めば、たぶん勝てるだろう。スキルを活用して本気を出せば、負ける気はしない。
だが、それじゃダメだ。村は救われるだろうが、この物語の主役はリプレ。決着は彼女につけてもらうべきだ。
彼女の今までの苦労と努力が報われなければならない。
「リプレさん。私と一緒に洞窟に行って、魔物を退治しましょう」
「それは無理ですよ。相当数の魔物と中級も大量にいましたし、死ぬ直前にチラッと上級の魔物を見た気もします。とてもじゃないですが、二人では手も足も出ません。悔しいですけど……」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたは『死に戻り』で、何度も死にながらも、この可能性を掴み取ったのでしょう。ならば今度は私が『売買』で、あなたの絶望を買い取り、希望をお売りしましょう」
事前に聞いていた通り、数えきれない量の魔物が我先にと洞窟から飛び出してくる。
それを迎え撃つのは回収屋である俺と、剣士でもあるリプレの二人。
普通なら無謀極まりない戦いなのだが、圧倒的な暴力の前に敵が無残に切り伏せられていく。
俺が倒しているのではない。リプレが一人で敵を葬っているのだ。
「これが、『上級剣術』! いくら戦っても疲れない『体力』! 『見切り』とはこんなにも優れたスキルだったのかっ! 敵の動きが止まって見えるぞ!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、歓喜の声を上げ縦横無尽に戦場を駆け回っている。
ちょっと、スキルを渡しすぎたかな。でも、ここまでの日々を考えたら、これぐらいのご褒美はあってもいいはずだ。
と言っても後で返してもらう約束はしているが。
ちなみに純粋な優しさだけでスキルを貸した訳じゃない。
万が一の事態なのだが、この状態で彼女がもう一度『死に戻り』を発動させた場合、渡したスキルがどうなるのか。それに興味があるのだ。
体の状態や服の汚れや傷は元の状態へと戻る。それは分かっているのだが、リプレは記憶を維持したまま過去へと戻っている。
つまり、内面は元に戻っていないということだ。戻る前に何かを覚えておけば、その記憶は彼女に残るのだ。
ということはスキルが元に戻らない可能性が高い。俺が与えたスキルは死に戻った後も彼女に残り続けている。
この憶測が当たっていれば、更なる可能性が期待できないだろうか。
彼女にスキルを渡せば、俺からスキルは減る。過去に戻った彼女だけは内面が元に戻ることはないが、他の人々は前と変わらない状態に戻る。
これを利用したら、スキルの増殖が可能じゃないか?
レベル10のスキルをリプレに渡して死に戻ったとしたら、俺は与えたレベル10は元に戻っている。そして、彼女はスキルレベル10が残ったままとなる。
……何もしないで、スキルが10増えるということにならないか。
でも、これは彼女が死に戻ることが前提の策なので、立証されることはないだろう。
「もう、これで二度と死に戻ることもない! この力があれば村人だけではなく、もっと多くの人々を救える!」
なんか勇者みたいなことを口にしている。ちょっと、力に酔ってないか?
責任感と正義感が強いとは思っていたが、別の方で危ないことにならないだろうか。あげたのではなく、一時的に貸しているだけだということが頭から抜けてそうだ。
あれだけのスキルがあれば負けることはない……はずだが、力に溺れて注意力が散漫になってきている。ここは手を貸さないといけないか。
「私も加勢しますよ」
後方で傍観していた俺はすっと前に踏み出したのだが、彼女は武器を持っていない方の腕を横に伸ばし、俺の進路方向を塞いだ。
「心配はいりません。この力があれば、どのような敵が相手でも楽勝です!」
力を得ると調子に乗る性格だったか。戦いの最中に振り向くな。
それも、上級魔物が迫ってきている最悪のタイミングでやらかしやがった。
『縮地』『跳躍』『瞬発力』を発動させて、十数歩の距離を一気に縮めた……が、目の前に飛び出してきた魔物を蹴散らしている間に、彼女の脳天に魔物の振り下ろした巨大な剣が――落ちた。
街道を東へと進む乗合馬車の中で俺は暇を持て余していた。
同乗しているのは三人組の冒険者と親子の一組。
いつもは一人旅なのだが、たまにこうやって馬車に揺られてのんびり旅を楽しむのも悪くない。馬車の目的地は炭鉱の街なのだが、用があるのはその途中の移民村だ。
隣国から大量に人が流れてきたらしいので、そこで有益なスキルがないか調べにいく最中。
冒険者達のスキルは既に調べ終わっていて、全員が中級クラスの冒険者のようだ。
どれも有益なスキルなので買い取りたいところだが、冒険者がそれを売るとは思えない。
時間が余りに余っているので、自分のスキルを確認しておくか。毎日、寝る前にやっているのだが、窓の外を眺めながらのんびりとスキルを見返すのも悪くない。
長年集めた成果なのだが、自分のことながらとんでもない数のスキルを集めたものだ。
一つ一つのレベルもおかしなことになっている。特に集めやすい『剣術』や……。んっ? あれ、『上級剣術』のレベルが減ってるぞ。どういうことだ……。
他にもいくつかの需要がある戦闘系スキルのレベルが激減している。
訳が分からないぞ。俺がスキルを売り払ったことを忘れるわけがない。毎日確認をしているが、昨晩は問題なかった。
「どうしたんだ、にいちゃん。顔が暗いが」
「ちょっと、昨日の商売のことを考えていまして。赤字だったので」
「人生そんなこともあらーな」
声をかけてきた冒険者を適当にあしらう。気を使ってくれたようだが、こっちはそれどころじゃない。これはとんでもない事態だぞ。
記憶を消されたのか? いや、晩飯の献立から誰と会ったかも詳細に覚えている。となると記憶の改ざんも考えられる。実際、人の記憶を書き換えるスキルは存在しているが、俺にそれが通用するとは思えない。
何が起こったんだ……。俺を出し抜くような相手が存在するとしたら、それは――。
「すまない! 止まってくれ!」
車内にまで響いてきた女性の大声で、俺は深く潜っていた思考の海から呼び戻された。
煮詰まっていた頭を冷ましたかったので、興味本位で車窓を開けて声の主を確認する。
光の加減によっては濃い緑に見える髪を、一つに束ねた若い女性。腰には剣を携帯しているので冒険者かとも思ったのだが、鎧を着ている訳でもない。
容姿も優れていて、その声と立ち姿は堂々としており自信に満ちている。
「いましたね、回収屋さん。リプレです。前回はお世話になりました」
見ず知らずの女性が俺に頭を下げている。
えっ、誰? 親し気に話しかけてきているが見覚えはない。
スキルレベルが減っている理由も彼女が関連しているのだろうか。
「私が油断したばかりにご迷惑をおかけしてしまって。今度こそは上手くやりますので、安心してください!」
よく分からないが、彼女の話を聞くべきだと判断した。
どこぞの誰かさんのように妄想癖がある人という可能性も捨てがたいが、彼女のスキルを調べて瞬時に状況を把握する。
俺から消えたスキルの全てがそこにあった。『誠実』のスキルレベルが高いのは、俺の知らない俺が仕組んだことだろう。
そして何よりも気になるスキルが一つ。
知らない未来に何があったのか、おそらく初対面ではない彼女の口から、直接聞かせてもらうとしよう。