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奴隷の証

「雨が酷いですね」


 隣の国からやってきた移民が作った村があると聞き、新たなスキルを求めて向かっている最中に豪雨と遭遇した。

 伸ばした手の先が見えなくなるほどの雨なので、街道沿いに建てられた簡素な休憩所に逃げ込み、雨が止むまで足止めされている。

 屋根と四本の柱があるだけなのだが十分な広さがあり、これなら馬車が二台ぐらいなら並列して停められそうだ。

 こういう時は焦ったところでどうしようもないので、休憩所の隅に設置されている石造りのかまどを使わせてもらい、昼食を調理することにした。


 ついさっき、巨大な獣を仕留めて血抜きをしておいたものがあるのだが、かなりの大物だったので一人で食べきることは不可能だろう。

 ここは『大食い』スキルを発動させて食べきるか。これを使えば相当な量が食べられるので、一人で焼き肉祭りでも開催するか。

 背負い袋から愛用のフライパンを取り出す。実はただのフライパンに見えて〈大いなる遺物〉なのだ。劣化することなく食材もこびりつかないので、さっと水で流すだけで簡単に汚れが取れる優れもの。

 それに加え『料理』スキルを活用して事前に制作しておいた、この焼き肉のタレがあればなんでも美味しくいただける。

 肉を全て処理して、あとは焼くだけになると遠くから雨音に紛れて、馬の足音が流れてきた。


「二頭立てで一台ですか。結構大きめの馬車ですね」


 『聞き耳』が音だけで対象が何であるかを教えてくれる。

 こういう街道で遭遇する場合は商人か冒険者であることが多いのだが、稀に引っ越し中の村人や……山賊やその類と出会うこともある。


「一応、警戒しておこうか」


 スキルを戦闘系に入れ替えて、気づかないふりをしながら肉を焼き始めておく。

 雨の向こうに馬車が見えてきた。体躯のいい馬二頭にかなり大きな荷台。そこには商品が並べられていたのだが――最悪な気分だ。

 巨大な(おり)があり、鉄格子の向こうには女子供が粗末な服装で座り込んでいる。首には家畜のように首輪が巻かれ、人々の目は虚ろで生気が感じられない。

 あれは商人の一行で間違いはないが――奴隷商人だ。


「ふひゃー。急な雨で参った参った。おや、先客でしたか失礼しますよ」


 小太りな男が休憩所に駆け込んできた。屈強な男を三名引き連れているな。

 護衛らしき男たちを『鑑定』で調べると、戦闘スキルが充実していた。一つ気になるスキルがあるが、奴隷商人なら不思議でもないか。


「雨は困りますよね。よかったら、火に当たってください。皆さんも」


 俺はかまどの前から退き、フライパンをもって粗末な机へと移動する。

 そこにフライパンを置いて食事をすることにした。


「ありがとうございます、体が冷え切っていたもので。こいつらはいいのですよ。我慢するのも仕事のうちですからね」


 そう言って奴隷商人が火の前を独占している。

 護衛達はじっと突っ立ったままだ。視線は俺の焼き肉を追っているが。

 この男ならこういうことをするだろうなと、予想はしていた。護衛の男達も檻の中の女子供と同じ……奴隷だ。

 スキルを調べた際に彼らに共通して存在していたスキル『奴隷契約』が見えた。

 『奴隷契約』は正確にはスキルではなく、魔法だ。契約魔法によりスキルスロットに『奴隷契約』が取り付けられた結果、人は奴隷となる。

 スキルスロットに空きがなければ、スキルの一つに上書きされてしまうという最悪な魔法。


 嬉しくないことに『奴隷契約』は俺の『売買』と似ている点がある。契約魔法も相手が認めなければ契約は成立しない。渋々であろうが、相手の許諾が必要となるのだ。

 『奴隷契約』の効力は契約者には決して危害を与えることができず、命令に従わなければ全身に激痛が走るというタチの悪さ。

 何かしらの事情があってその身を売るしか手がなかった人々を、奴隷商人が買い付けてきたのだろう。

 奴隷の売買は国が認めているので法的に問題はないが、人間を売り買いすることに嫌悪感がないと言えば嘘になる。


「いやー、大量に奴隷を仕入れられて大助かりですよ。魔物様様ですな」


 何が楽しいのか、満面の汚い笑みを浮かべた奴隷商人が陽気に話しかけてくる。本当は会話もしたくない相手なのだが、貴重な情報も得られる可能性があるので『演技』を発動しておく。


「魔物とは……何かあったのですか?」


「ええ、ここの近くで凶悪な魔物が暴れていましてね。近隣の村々が襲われたのですよ。村は壊滅状態。農作物は全滅。そこで身売りするしか術がなくなり、こうやって良質な奴隷を手に入れられたという訳ですわ」


 自慢げに語っているが、聞いている方は不快なだけだ。

 生きるためにその身を売った彼らを、どうこうする権利は俺にはない。強引に奪うことは可能だが、奴隷商人というのは権力者と裏で繋がっていることが多い。下手したら国を敵に回しかねない。


「ところで、そのお肉は……」


「先ほど仕留めた獣ですよ。放置しても腐らせるだけなので、食べられるだけ食べて、残りは燻製にでもしようかと思っていたところです」


 物欲しそうな目をしているのは知っているが、すっとぼけて答える。

 肉の焼けた香りが食欲を刺激しているのか、檻の中の面々もこっちをじっと見つめているな。


「どうでしょう。その肉を売っていただけませんか? 新鮮な肉を食べる機会がなかったもので」


「それは構いませんよ。大量にありますから。奴隷の方々にも食べさせるのでしょうか?」


「まさかー。こいつらは乾物でも食わせておきますよ」


 予想通りの受け答えをしてくれるな。奴隷を人としてみなしていない輩は多い。

 『奴隷契約』を消すためには、契約を結んだ相手に対価を支払い解除してもらうしか、基本的には手がない。

 奴隷とはいえ最低限の人権は保障されているのだが、そんなもの所詮は建前。人権を尊重する人は、そもそも奴隷を購入なんてしないからだ。

 稀に奴隷を買い集めて、人並みの生活をさせている奇特な人もいるらしいが。


「では、あなたが食べる分は売りましょう。残った肉は私から皆さんに差し上げてもよろしいでしょうか?」


 俺の提案に奴隷商人が眉をひそめる。

 いい顔はしないよな。暗に奴隷差別をしないと言っているように聞こえるだろうし。


「もしや、奴隷反対派なのでしょうか?」


 ここで悪い印象を与えるのは得策ではない。法的に許されている仕事なのだから、非難されるいわれはない……と思っているだろうから。


「いえいえ。奴隷の売買は国で認められている商売ですからね。商人である私がそれを咎めるなどあり得ませんよ」


「では、なぜに?」


「行商人をやっていますと、最も大切なものは……情報なのですよ。そして、口の滑りを滑らかにさせるには美味しい料理。というのが私の考えでして」


「なるほど、なるほど。ここで慈悲を与えて、貴重な情報を得るということですね。そういうことなら、思うようにしていただいて結構ですよ。私も食費が浮きますので」


 許可も得たので、肉を特製のタレに漬けた物を量産していく。もう一つのかまどで予め準備しておいたご飯も炊けたようなので、かき混ぜて暫く蒸らす。

 合計で十人近くいるので食器が足りない。商人から食器を借り受けると軽く洗ってから、そこにご飯を盛って焼きたての肉をその上に置く。

 それを檻の中の奴隷と護衛全員に配った。

 初めは警戒していたが、食欲に負けた子供が肉に食らいつく。


「うんめええっ! これすっごくうまいよ!」


 子供の喜ぶ声が切っ掛けとなり、奴隷たちが食事を始めた。


「くはぁ、こんなの村でも食べたことないわ」


「うわぁ、うわぁ、本当に美味しい……」


 絶望に染まっていた表情が少しだけ柔らかくなる。

 ご馳走したのは間違いじゃなかったようだ。

 食べ終わったタイミングを見計らって、檻の中の女性に話しかけた。


「こんにちは。少しお話しても大丈夫でしょうか?」


「は、はい。美味しいご飯を、ありがとうございました」


 土下座するほどのことではないのだが、ここまで感動をあらわにするということは、今までの生活がどれだけ酷かったのか……察するよ。


「魔物が暴れているということでしたが」


「はい、最近まで平和な村だったのですが、最近急に村へ魔物が押し寄せるようになってきたのです。それも中級クラスの魔物ばかりが。なんとか抵抗していたのですが、それも……」


 急に活動的になった魔物か。思い当たる節があるので、もう少し詳しく聞いてみるか。


「ちなみに、村はどの辺なのでしょうか?」


 地名と名所も書かれた地図を取り出し、村の場所を教えてもらう。

 彼女が指で押さえた場所は――無能者の老人が住んでいた山の近くだった。

 やはりか。彼が毎日討伐していたおかげで、中級の魔物が山を下りることはなかったのだが、邪魔する者がいなくなり魔物たちが暴れだした。

 あの山は魔物が住む地帯と繋がっている重要な位置にある。無能者である彼が期せずして門番の役割を果たしていた。ということか。

 結果的にだが、彼に助けられていた人が多くいたのだな。それが分かったことが、何よりも嬉しかった。

 今度、彼の代わりではないが魔物討伐のついでに、この話を手土産に墓参りへと行くとしよう。


 更に詳しい話を聞くと、魔物に襲われ壊滅状態なところに領主と奴隷商人が現れ、税をいつもより早く納めるように無理を言われた。それができなければ全員処罰されてしまうので、彼女たちがその身を自ら差し出したそうだ。

 出来過ぎな話だな。領主と商人が繋がっているのは確実だろうが、だからといって証拠がなければどうしようもない。

 助けてやりたい気持ちはある。間接的とはいえ彼が守ってきた村人たちだ。友として不幸になるのは見過ごせない。偽善と言われようが何とかしてやりたいのだが。


 まずは相手の情報を得たかったので、奴隷商人のスキルを確認すると『貪欲』『性欲』『金欲』のスキルが見えた。酷い組み合わせもあったものだな。

 神父のようにそれを制御できるスキルは存在していない。スキルが全てと言う気はないが、このスキル構成とレベルでまともな人生を歩める人がいたら、それはもう人じゃないだろう。

 極悪人と言われた大犯罪者のスキルを公開処刑で確認したことがあるが、そいつと似たようなスキルとレベルだ。犯罪行為を平然とやっていてもおかしくない。

 だがしかし、これはあくまで憶測でしかない。法を順守してギリギリのラインを渡っている可能性も残されている。

 ここは一つ、試してみるか。


「いやー、満腹ですわ。こいつらもこれだけいいもんを食ったら、もう人として思い残すことはないでしょう。奴隷として懸命に働けますな! がはははははっ」


 弛んだ頬肉を揺らしながら大笑いしている。

 若い頃なら問答無用で暴力に訴えてかもしれないな。それぐらい不快な男だ。


「喜んでいただけたのなら、嬉しい限りです。そうだ、もしよろしければ食後の一時に商品をご覧になりませんか? 商人として忌憚(きたん)のないご意見を聞かせて欲しいのですが」


「ええ、是非に。何の商売をされているのか、興味がありましたので」


 食後のまったりとした時間にそんな提案をすると、あっさりと乗ってきた。

 地面に置いていた背負い袋の中から、二つの魔道具を取り出して机に並べる。


「これは、アクセサリーと魔道具でしょうか?」


「このネックレスも魔道具ですよ。これは首にかけると、『鑑定』を阻害する効果があります。スキルを秘匿したい人におすすめですね」


「ほおおう! これはとても良い品ではないですか! ちなみに、おいくらなのでしょうか?」


 食いついてきたな。欲にまみれたスキルを複数所有している奴隷商人なら、欲しがると思ったよ。

 この品は実際に欲しがる人は多いだろう。『鑑定』スキルを発動できる人が多くはないとはいえ、自分のスキルを隠したいと願う人は多い。権力者はもちろん、冒険者や商人や聖職者など、職を問わず欲しがると予想している。


「これは相当お高いですよ。ここにいる奴隷全員の値段を軽く超える値段だとだけ、言っておきましょうか」


「そ、そんなにも」


「……ここだけの話ですよ。他言無用でお願いしますね。この逸品は〈大いなる遺物〉ですので」


 そう耳打ちすると、眼球が零れ落ちそうなぐらいに目を見開いた。

 魔道具をじっと見つめ、次に俺を見た後に、今度は護衛の奴隷に目を向けて考え込んでいる。


「これが、大いなる遺物なのですか。しかし、本物という証拠は」


「そうですよね。疑われて当然です。入手先は明かせませんが、この品を売る際には『鑑定』のスキル持ちを同行させる予定にしています」


「なるほど、スキルで調べれば判明しますな」


 自信を持っている俺の対応に、ネックレスへの疑いが薄れたようで、さっきよりも熱心に観察している。

 ちなみにこれと、もう一つの品の仕入れ先はオートマタのアリアリアだ。

 魔物の育成費用で金が尽きる直前だったらしく、俺が買い取りの話を持ち掛けると即座に商談が成立した。

 あのコンビが何故魔物を育成しているのか、その内容によっては敵対する可能性も考慮していたのだが、その答えを聞いて放置することに決定した。


 セラピーは「魔物って可愛いですよね」とペット感覚。

 アリアリアは「私にインプットされた本能みたいなものです。魔物を飼育する目的で作られましたので」とのことだった。

 嘘を吐いていない保証はないが、アリアリアを敵に回すのは得策ではないので、今は無条件で信じることにした。……建前上は。


「さて、もう一つの品もご覧になりますか。こちらも、大いなる遺物なのですが」


「是非、是非に!」


 ギラギラと脂ぎった顔は、欲望に染まった分かりやすい表情を浮かべている。

 興奮するのは勝手だが、詰め寄ってきて荒い息を吐きかけないで欲しい。


「では、こちらの商品なのですが。一見、手のひらにすっぽり収まる、ただの筒に見えますが、実はこれ……その場の光景を筒に封じ込めることが可能なのです」


「ほ、ほう?」


 感心しようとはしているが、理解が及ばないようだ。

 後ろで聞き耳を立てていた護衛も難しい顔をしている。


「口で説明するより、実際に見てもらった方が早いですね。この突起を押すと、私が街で記憶させた光景が映し出されます」


 魔道具を手に取り、筒の先端を机に向ける。突起を押すと筒から光が放出されて、机の表面に街の光景が映し出された。

 宿屋で魔道具を向けられて照れているスーミレとポーズをとっているチェイリ。そこから外に歩み出て街並みを映している。


「こっ、こっ、こっれっはっ! なんという素晴らしい魔道具だ! こ、これも商品なのですよね!」


「はい。値段は先ほどの品の三倍となりますが」


「そうですか。いや、それぐらいして当然ですな」


 値段を聞いて落胆したようだが、同時に感心もしている。

 物の価値を理解して触りはしないが近くまで顔を寄せて、魔道具から目を離そうとしない。


「とまあ、遺跡や秘境の奥地で見つかった〈大いなる遺物〉を取り扱っております。どうでしたか?」


「眼福でした。いやぁ、これほどの物を見させていただくとは、感謝の言葉しかありません。おい、うちの店の地図をお渡しするんだ」


 奴隷商人に命令された護衛の一人が、荷台から一枚の紙を持ってきた。

 首都の簡単な地図には赤丸で囲まれた箇所がある。ここがこの男の店か。


「奴隷が必要な際は、是非、当店にお越しください。これも何かの縁です、サービスさせていただきますよ」


 揉み手をしながら媚びてきたか。俺が金を持っていそうだと判断したようだ。

 商人なら俺の魔道具の価値がどれほどの物か、即座に理解できるだろうからな。

 俺との繋がりを得ることに必死なようで、あれからずっと話しかけてきている。いつの間にか奴隷商人が手にしていた高価な酒を、勧められるがままに飲み干していく。


「いやー、よい飲みっぷりですな! ささ、もう一杯」


 もう、軽く十杯は飲んでいるが旨い酒だ。飲みやすく度数も高いようだ。

 更に十杯も飲むと眠くなってきたので、断った上で休憩所の隅で眠ることにした。


「雨が止みましたら起こしますので、ご安心ください」


「よろしくお願いします」


 俺は背負い袋にもたれかかるようにして、瞼を閉じた。





「もう、大丈夫だろう。あいつのスキル証を探せ。背負い袋はこっちに持ってこい」


 奴隷商人が護衛に命令する声がする。

 俺の体がまさぐられ、ズボンのポケットに入れていたスキル証を抜き取られた。

 体を地面にそっと寝かされ、背もたれにしていた背負い袋が運ばれていく。


「早くよこさんか、のろまがっ!」


 誰かが殴られた打撃音がする。奴隷商人が殴ったのだろう。


「こいつ『鑑定』があるのか。あとは『聞き耳』に『計算』か。そして『体力』、行商人をするために生まれたような男だ。面白味もないスキルばかりではないか」


 人のスキル証は当人が許可を出さない限り、他人に見ることはできないのだが、なんらかの違法な手段を使っているのだろう。

 他人のスキル証の文字を許可なく読み取れる違法な魔道具は、裏の業界では売れ行き好調らしい。この男なら持っていて当然か。


「袋の中にはさっきの魔道具が一つと野外での必需品。おい、もう一つの筒状の魔道具は何処にいった! お前は近くに落ちていないか探せ! お前はこいつを殺して切り刻み、魔物のエサにしてしまえ。このように貴重な品は俺のような者にこそ相応しい!」


 分かりやすい悪役で助かるよ。

 あの酒に睡眠薬でも入れていたのだろうな。俺が熟睡して起きないと思い込んでいるのだろう。『状態異常耐性』があるのに通用するわけがない。


「何をしている、さっさと殺せ!」


「で、ですが、罪のない商人を殺しては問題に」


「奴隷が主に口答えするとは何事だ! さっさとしろ! 次はないぞ!」


 俺を殺害することをためらっている護衛に怒鳴りつけているのか。

 清々しいぐらいのクズで助かったよ。こちらも遠慮する必要がなくなる。


「はい、おはようございます」


 渋面で剣を振り上げていた護衛に挨拶をすると、「なっ」と声を漏らした。

 それでも命令に従わなければ、自分の命が危うくなると腹を括ったのか、「すまない!」と謝罪の言葉を口にして剣を振り下ろす。

 俺は刃を人差し指と中指で挟み込んで受け止めると、そのまま軽く捻って剣を奪い取った。


「起こし方が少々過激すぎませんか?」


 護衛と奴隷商人を眺めながら穏やかに微笑み、『威圧』を発動する。

 護衛が後退り剣を構え、奴隷商人は尻もちをついた状態で檻の近くまで退いたか。


「キサマ、眠っていなかったのかっ!」


「はい。お酒と睡眠薬には少々強い体質でして、あれぐらいでは酔い潰れませんよ」


 大きく伸びをして、その場で柔軟体操をする。

 寝起きは体が硬いから、こうやって十分にほぐしておくのが大切だ。


「聞いていたのか。ならば、生かしておく必要はない!」


「いやいや、元から殺す気満々でしたよね」


「うるさい! お前ら、殺せ!」


 『奴隷契約』がある護衛達は主に逆らえば激痛が走る。苦渋に顔を歪めながら、全員武器を構えた。


「飯は感謝している。恩を仇で返すことを許して欲しいとは言わぬ。いくらでも恨んでくれ」


 護衛の中で一番最年長の隊長らしき人物が、一歩俺に踏み出してきた。

 『鑑定』で確認したが、かなり腕が立つぞこの人。普通に冒険者でもすれば、奴隷に落ちなくても済んだだろうに。


「余計なことを言うな! さっさとやらぬか! お前の村を救ってやった恩を忘れたのかっ! それ以上、手間取るようなら、お前の嫁と子供がどうなるか分かっているのだろうな!」


 奴隷商人は檻の中に手を突っ込み、子供の襟首を掴んで引き寄せている。

 今にも泣きそうな顔でぐっと耐えている子供と、激痛に耐えながら子供から奴隷商人を引き剥がそうとする女性。

 あれが、この人の家族なのか。


「すまぬ。せめて、この一太刀で楽にっ!」


 目にも止まらぬ速さの斬撃。

 腕に覚えのある冒険者でも避けるのは至難の業――なのだが。

 ひょいっと、軽く横に跳び渾身の一撃を躱すと、そのまま奴隷商人に向き直り、全力で駆け寄る。


「なっ、キサマ! このガキがどうなっても」


「いやいや、赤の他人を人質にしてどうなるのですか」


 足を止めることなく飛び蹴りをかまし、足裏を商人の顔面にめり込ませる。

 まるでゴム球のように弾みながら、商人の体が雨の中に消えていった。生死を確認する必要もないだろう。


「一件落着ですね。ここまでの悪事はこれで記録していましたので、私が罪に問われることはありません。一応、領主にも顔が効きますので」


 背負い袋に収納すると見せかけて、休憩所の柱と屋根の隙間に設置しておいた魔道具を取り外す。

 それを見て観念したのか、護衛達が剣を地面に置いて、その場に膝を突いた。


「私はどうとでもしてくれて構わぬ。だが、我が村の者達は助けて欲しい。都合のいいことを頼んでいることは自覚している。どうか、どうか、この者たちだけは」


 最年長の隊長らしき男が大地に額を擦りつけ懇願している。

 口ぶりからして、この人は村長なのかもしれないな。


「父さんっ!」


「あなたっ!」


 これじゃ、完全に俺が悪役だな。

 家族で盛り上がっているところ悪いのだが、そんな気はさらさらない。


「確か奴隷契約を結んだ主が死亡した場合、奴隷達は数刻の後に死亡するのでしたか。このような場合、別の人と奴隷契約を結び直すことで命が長らえられる」


 つまり、このまま放っておくと二、三時間もすれば息絶えるということだ。

 奴隷同士で契約をすることはできない。この場でそれが可能なのは俺だけということになる。


「再契約は私が望めば簡単に行うことができます。ですが、私は商人です。利益の生じない慈善活動に興味はありません」


「ならば、契約をしたのちに売ってくれて構わない! 自ら襲って奪ったのでなければ、奴隷を譲り受けることが可能だ。奴隷として立場は変わらぬが、生きてさえいれば!」


 村長らしき男は毅然とした態度で、俺の目を正面から見据えている。強い意志を感じる目だ。やはり、ただの奴隷じゃないな。立ち振る舞いから威厳を感じる。

 彼らと交渉する内容は、たった一つだ。


「私は奴隷を売るノウハウがありませんからね。なので、私にしかできない商売をさせてもらうとします。皆さん――『奴隷契約』を売ってくれませんか?」


 俺は回収屋だからね。


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