百話 今度こそ、これがこれからの僕と彼の関係らしい。
打ち上げに行けなかったあの日。
――魔力が欲しいから慶二のことが好きなのではないか。
そんな弱音を吐く悠を、実夏は笑い飛ばした。
「……真剣なんだけど」
「うん、わかってるわよ」
悠がじと目で睨み付ければ、何を今更とばかりにあっけらかんと実夏は答える。
「……悠って、いつごろからあたしのことが好きだった?」
「そ、それ、今関係あるの!?」
「いいから」
「……ええっと、小四のころだけど」
虚を突かれ大声を上げてしまうが、悠は渋々と正直に告白した。
彼女――当時は彼だった悠は、ちょっとずつ女の子らしくなっていく実夏に目が離せなかった。
そして、慶二の指摘で恋煩いだと気づいたのだ。
「やっぱり」
ふふっと大人っぽい笑みを漏らす実夏。
予想通り。
そんな意味合いが込められているようで、悠はつい身構えてしまう。
「悠が女の子になっちゃってから初めて会った日。お店で言ったわよね。『悠は何度も胸を見てきた』って。あたしは結構、他の子より成長が速かったし」
「い、言ったけど……」
また話が飛んだ。
確かに、そういう意味でも目が離せなかったのは事実。
だが、黒歴史を暴露されてどうしろというのか。悠には何が何だかわからない。
残り二人の少女に目をやれば、察してしまったらしい。
理沙は生暖かい視点。
一方、愛子は自分の胸に手をやり
「これが敗因だったのか……」
と衝撃を受けていた。
顔が真っ赤な悠に配慮したのか、実夏は彼女の耳元に口を近づける。
ぼそり。
「――悠があたしを好きになったのは、胸に惹かれたからだと思う。悠って、割とむっつりだし」
「え、ええっ!?」
すっとんきょうな悲鳴を上げてしまうのも無理はない。
かつての想い人に、恋心の源泉――それもとんでもなく情けない――を探り当てられたのだから。
「え、えっと。僕はミミちゃんのひたむきなとこが……」
「多分、そういうのって後付よ。人間、記憶を美化しちゃうものだから」
悠はあわあわとしてしまうのだが、あまりにも容赦なくバッサリと実夏は切り捨てる。
ここまで断言されてしまえば、悠は強く出ることは出来ない。
何故なら、当の本人が言っているのだから。
女性というものは、男性の視線の動きがわかってしまうらしい。
実際、最近はごくたまに悠も気づいてしまうことがある。
女の子になって一年にも満たない彼女ですらそうなのだから、十年以上生きている実夏ならば推して知るべし。
「別に責めてるわけじゃないの。――あたしが言いたいのは、きっかけが何であれ、好きな人のいいところが見つけられたならいいんじゃないの? ってこと」
実夏は一転して優しい口調になる。
不思議と悠の心に沁みこんで行くような声色である。
「悠は、あたしが好きになった理由がそれだからって、恋なんてしなきゃよかったって思った?」
ふるふると首を振る悠。
叶わなかった想いだけど、彼女の中では甘酸っぱい思い出として昇華されているのだ。
否定なんて出来るはずがない。
「……ううん、そんなことない」
「なら、慶二でも同じよ。あいつのこと、魔力だけが好きってわけでもないんでしょ?」
今度は無言のまま真っ赤になって……こくり。
「きっかけ以外の部分もちゃんと相手のことを好きだって思えるなら、それは恋だわ。慶二は
実夏が悠の手を取って言う。
彼女は本当に悠のことを案じてくれている。
――夏休みのあの日が運命の転機だった。
玉砕から女の子になってしまった悠。
彼女は実夏の望みどおりに親友で居続けた。
そして、片思いの応援も。
多分、その恩返しも込めてなのだろう。
巡り巡って繋がっている。
だからこそ悠の心に響くものがあった。
「うん……僕も、自分の気持ちとちゃんと向き合う」
親友で、幼馴染。そんな男の子にちゃんと応えるために。
悠は決意を固め、真っ直ぐに三人を見据える。
「……あんまり時間はかけないようにね? 待たされる方は辛いし。経験談だけど」
すると、実夏による自虐を多いに含んだ忠告が飛んだ。
「まあ、下手に時間かけると何があるかわかんないしな」
それを受け、苦笑してぼやく愛子。
悠に巻き込まれ、彼女も中々出来ない片思いの終焉を迎えてしまった。
申し訳ないとは想いつつも、友人になれたのはきっとそのおかげ。
「私は――恋愛なんてしたことないから上手くいえませんけど、片思いしている女の子は誰も素敵だと思います」
理沙はどこか羨みを含んだ視線で悠を見る。
多分、彼女なりのペースでこの先も歩んでいくのだろう。
いつか機会があれば彼女の恋路も応援したい――なんて悠は思う。
そしてその時は、この場にいない親友――いや、親友じゃない関係になっているかもしれないけど――も一緒に――。
◆
これが、悠を立ち直らせてくれた、親友たちとの出来事。
思い出すだけで胸の中に力が湧いてくる。
優しくも心強いエールを無駄にしないためにも、悠はあの日言えなかった答えを今度こそ返す。
胸の高鳴りは頂点に達しようとしていたが、不思議と緊張はなかった。
ほっぺたを叩き、悠は気合を入れる。
そして――
「――僕は、慶二のことが好き」
豆鉄砲を喰らったような顔の慶二。
だが、彼女はお構いなしに言葉を紡いでいく。
「あのときはごめんね。慶二を傷つけたよね。……この気持ちが本当なのか、自分でもわからなかったから」
悲壮な彼の顔を思い出すだけで、つい俯いてしまいそうになる。
だけど、悠は決して視線を外さないよう自分を律した。
今、逃げてしまえば一生後悔する。
本当の気持ちを伝えられるタイミングは、多分この瞬間しかないのだから。
「……慶二と一緒にいたいって思ったのは、ただ魔力が欲しいからなんじゃないか。そう思ったら、怖くて仕方なくて」
そう考えて彼女は拒絶の原因を暴露した。
見限られても構わない。
誠実に告白してくれた彼に対し、真摯に答えるには、悠自身も全てをさらけ出す必要がある。
「でも、ミミちゃんたちのおかげでわかったんだ。僕が夢魔だろうと関係ない。僕の気持ちは、紛れもない真実だって」
悠は、強い決意を秘めた瞳で慶二を見つめる。
上目づかいのまま、じっと心を込めて。
「もし、こんな僕でも許してくれるなら……僕は慶二と一緒に――」
……最後の方は言葉にならなかった。
悠の顔が慶二の胸のあたりに押し付けられてしまったからだ。
もごもごと、意味をなさない声がくぐもって響く。
「……良かった」
もう逃がさないとばかりに慶二は悠を固く抱きしめる。
「俺は、ずっと悠に嫌われたんじゃないかって気が気でならなかった」
その声は安堵の色が濃い。
余程不安だったのだろう。そんな彼の様子に、悠の胸が申し訳なさでいっぱいになる。
「さっきのはこっちの台詞だ。こんな情けない俺でもいいなら、前言った通り――ずっと悠を守らせてくれ」
そして、慶二からもう一度――告白。
悠としては、今度こそ満面の笑みで応えてあげたい。
だけど、それは無理な相談だ。
――今、悠は身長差もあり、慶二に頭を抱えられるような形になってしまっている。
「むむ~!」
そんな状態では首肯することも、返事をすることも出来ないわけで――。
どうにも締まらないまま、ついには昼休みの終わりを告げるチャイムまでなってしまった。