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クロスフォード・ミル、始動 -Next Innovator-

「これは……すごいな」


 レンズさんは思わず感嘆の声をあげる。


 カレンは「おじさんはやっぱり天才だったんだね……」と建物を眺めながら言っていた。


 俺たちの視線の先には、レンガ造りの工場が堂々たるたたずまいで鎮座していた。


 カレンの考案で名づけられたクロスフォード・ミルという紡績工場がそこには確かに存在していた。


「もうセッティングはされてるから、俺のできる範囲で糸を作ってみたぞ」


 そういって俺は二人の視線を足元に誘導する。


 大人がやっと一人がかりで持ち上げられそうなかごいっぱいに入った経糸たていとがそこにはあった。


「これが全自動で作られた糸か……。確かに経糸に使えそうだな」


「最初にレンズさんが用意してくれていた綿から、ほぼ自動でこの形態までできたわけですからね。ちょくちょくおじさんに調整に入ってもらったり回収してもらったりはしていますが。結構すごいと思いませんか?」


「……結構どころの騒ぎではないな。下手をしたらこの国の産業構造を一瞬で変える可能性がある代物だ。この国は人件費が高いからな。知り合いに聞いていても人件費の高止まりにほとほと悩まされている人間が多い。この装置、というか工場は、それを変えることができる可能性がある」


 レンズさんは早口で言った。


 目の前に広がる光景に興奮しているようだ。


 この人マジで性的なことでしか興奮しかできないじゃないかと思っていたので安心ですよ、ええ。


「まるで裸体の痴女を見たときのように興奮しているよ」


「やっぱりその通りじゃねえか」


「おじさん、レンズさん出資者だけど一発殴っていいよ、女の子の前でマジあり得ない」


 カレンがやれやれと言った様子で目を閉じて両手をあげながら首を振っている。


 ここまで徹頭徹尾下ネタにこだわれる人はなかなかいないであろう。


 やっぱりレンズさんアクがパネェ。


「何はともあれ、さっそく竣工式をやろうじゃないか」


 竣工式? ああ、あの建造物ができたときにやるやつか。旅している過程で何回か見たな。糸を切る的なやつ。


「よし、セットをそろえたぞ」


「じゃあおじさん、一緒にやろう」


「おう、任せろ」


 そして俺たちは二人でレンズさんが用意してくれたホール型のケーキに刃物を入れた。


「いやこれ結婚式じゃねえか!」


「おや、様式美間違えちゃいました?」


「おじさん、確かに私は半分ぐらい入刀しちゃって愛を誓いそうになっちゃうぐらいにはおじさんを好きだけどまだ違うかな?」


「おいお前なんでそんなに刀進めてんだ愛誓っちゃうだろ」


「まあまだ早いよね?」


「早いっていうかこれからも起こりえねえよ!」


「つらみがすごい……」


 俺とカレンが謎のやり取りを繰り返していると、レンズさんが準備を進めてくれていたようで話を振ってくる。


「すまんな、間違えた、こっちだった。カレン、頼む」


「レンズさん、任せてください」


 そうしてカレンは構える。


 今度こそ施設の前に用意された糸が切られる時が来たようだ。


「在校生代表、トウドウカレン」


「いやそれ卒業式だろうがァ!! 糸が切れるイベントじゃなくて在校生と卒業生の縁が切れちゃうイベントになっちゃってるだろうがァ!!」


 何だこのツッコミ、卒業式とか在校生とか卒業生とかそもそもなんだァ!? ノリと勢いで突っ込んじまったが決してこういうイベントに参加したことがある訳ではないからね? なんかこう、こう突っ込まなきゃいけない感じがしただけだからね? ほんとだよ?


「レンズさん、投資案件の選別能力の高さはボケの選別能力の高さにもつながってるんですね」


「まあな、私も正直卒業式とか全く知らんけど、まあこういうことをしないといけないという衝動に駆られてな」


「時々この世界の人たちは現代的な文脈の衝動に駆られる病があるようですね……」


「どういう原理だそれは……」


 たしかにこれまでも全く記憶のかけらもない事象が頭に浮かんでくることは多々あったけれども。


「まあ、私が異世界転生してきたことによって、世界にゆがみが生じてるんじゃない?」


「そんな雑な説明で大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


 なんだか72通りの名前がある人物がカレンに重なって見えたが、とりあえず装備はしっかりと揃えていけよとしか思わなかった。いやどういうことだマジで。


 俺が現代的なボケとツッコミを身に着けつつあることに対して衝撃を覚えながらも、それ以降は式関連のボケも収まって最終的にはみなが感慨深い気持ちになっていた。


 そんななかカレンがふと口にする。


「うん、クロスフォード・ミル、始動-Next Innovator-だね」


「ん? なんだそれ?」


「クロスフォード・ミルっていうのはクロスフォードの工場っていうことだよね」


「おう、その辺は分かる。始動とかいうあたりは?」


「それは私が元いた世界、日本という国で実施されてた、国家主導の面白いプロジェクトのことだよ。始動-next innovator-ってやつがあってさ。その世界では結構有名な土地で、シリコンバレーっていうところがあるんだけどね。そういう、新しい概念や価値観を発明するプロがうじゃうじゃいるエリアに、日本から人材を送り込もうっていうプロジェクトなんだよ。まあ、詳しくは説明しないけど、20歳以上ならだれでも参加できるといっても過言ではないからね。素晴らしいプロジェクトだと思うよ」


「なるほどな。それがどうして今回と関係があるんだ?」


「いや、特に関係ないけど」


「ないのかよ!」


「まあ、でも名前的になくはないよ? クロスフォードミルはまさしく、Next Innovatorだからね?」


「……次に革新を起こす人たちっていうことか」


「そそ。だから、ちょっと呟いてみたんだよ」


「そうか」


 そして俺とカレンの会話は途切れた。


 レンズさんは特に俺たちのことなど気にせずじっとクロスフォードミルを視姦しているいや違う見つめている。うん。ちょっと言葉選びを間違えちゃった。レンズさんが悪いんだからね?


「さて、この工場の稼働のため新しい従業員を雇う必要がある訳だな?」


「そうです。できれば救済堂でいったん人材を見てみたいですけどね」


「なるほど。なら、試しに救済堂へ行ってみるか」


「はい、お願いします!」


 そういってレンズさんとカレンは目を見合わせてこれからの行動を統一した。


「私たちの冒険はこれからだ!」


 先生の次回作にご期待ください!


 じゃねえんだよ、どういうことだ。


 なぜだかわからないが、ブックマークや評価というやつが高くなったらこの世界観はまだ継続するような気がした。

第一章段階ですが完結させます。

テーマ的にあまり人気が出なさそうだったので、また形を改めて出直してきます……!

個人的には、この物語の途中に出てくる始動-Next Innovator-の話とか、幸福感を最大化するための考え方とか、そういう読んでいてちょっと勉強になるような話を物語の中にちりばめた何かを作りたいと思っているので、また別の話を書く中で挑戦してみようと思います。

ブックマーク登録して頂いた皆さんには大変申し訳ありません、上記のようなテーマ性で別のものも書いていけたらと思っているので、機会があれば次回以降の作品もぜひ宜しくお願い致します。

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