最強の錬金術
前回のレンズさんの家の訪問からさらに数日が過ぎ、俺の家にレンズさんが訪ねてきた。
どうやら材料の調達が全て終わったらしい。
俺とカレンはまたふもとの村へと降りていく。
そして、工場建設予定地に積み上げられた山のような材料を見て「おお……」と思わず声が漏れる。
見上げるほどのあまたの素材がそこにはあった。
「これでだいたい工場の構築ができるだろう」
「ありがとうございます!」
カレンがざっと頭を下げて感謝の気持ちを述べる。
俺も「レンズさん、本当にすごいですね……。ありがとうございます!」と体を少し傾げて気持ちを伝えた。
「ついにできあがるな、俺たちの愛の結晶が」
「レンズさん、言い方に気を付けてください、特にレンズさんが言うと誤解と語弊しか招かない表現になってます」
俺はすかさず指摘する。
レンズさんが言うとちょっとそっち系の意味にしか聞こえないので止めてもらっていいですか?
「3Pモノとかレンズさん好きそうですよね……」
「カレンさん? 俺とカレンとレンズさんでの3P設定を持ち込むのは止めてもらっていいですか?
「わかってるじゃないかカレン。まるで厠に流し忘れて残ってるクソを見るような瞳で私を見ながら言うのはゾクゾクしてくるからもっとやってくれ」
「おじさん、この人なかなかにオープンスケベだよ。スケベ特性がオープンになりすぎてドM特性までに広がっちゃってるよ。草原のように広がる変態性癖が怖いよ」
「まあレンズさんは金づるとして使えばいいから大丈夫だカレン」
「おおむねアルの指摘は間違っていないな」
「間違ってないんですか、できればそこは否定していただきたいですレンズさん」
カレンは悲しみとも軽蔑とも取れない瞳をレンズさんに向けながら言い放つ。
だが、レンズさんはそれを一ミリも気にしていない様子で爽やかな顔で次の言葉を継いだ。
「まあ、まず私がやるべきことはやったな」
「レンズさん、色々手間をおかけしました、本当にありがとうございます。……ごめんおじさん、次はおじさんに任せたいんだけど、いいかな?」
「ああ、任せろ、最強錬金術師の仕事を見せてやる」
「再形成までにどれくらい時間かかりそう?」
「これは規模がでかいからな……。一日はほしいな」
「一日でできるの!?」
「アル、君は相変らず生きる土木現場だな」
「なかなかハイレベルな比喩表現ですね、生きる土木現場とは……」
ものを組み立てる職人や、そのために使われる周辺的な道具などを包括的に表現することができる土木現場という比喩表現はいいえて妙な気がするな。
しかも、ものじゃなくってすでに空間ってあたりがやばい。
生き字引とか物質の話じゃなくって空間の話だもん。もはや俺の概念自体が人という物質ではなく人という空間にアップデートされちゃってるもん。
生きる土木現場という表現のものすごいしっくり感に感じ入りながらも、俺は作業を開始する必要があるので精神を集中させる。
「すみません、ここからは精神を集中させていくので、お二人は離れて待っていてください」
「わかった、頼むぞアル」
「おじさん、お願いします」
カレンはぺこりと頭を下げる。
その後、レンズさんは片手をひらひらとさせながら歩き去っていった。カレンはレンズさんよりも大きくを手を掲げて、どちらかというとぶんぶんという表現が似合いそうなほど手を振りながら、そのあとについていく。
二人に手を振り返して、ある程度の距離が離れるまで見送った後、俺は材料の山に向き合う。
俺の元にはカレンがかなり詳細に記載してくれた設計図がある。
俺は一個一個の素材に手を触れながら、カレンの設計図に従って形の再構成と、それを的確につなぎ合わせる作業に取り掛かる。
さて、いっちょやりますか。
「おじさーん」
俺はしばらく錬金術の使用を止めて休んでいたら、カレンが俺のことを呼んできた。
カレンの方を見ると、何やら手に持っているようだった。
時間はもうすっかり夜だ。
随分熱中して頑張りすぎたな。
少し腹が減ってきた気がする。
そうこう考えている間にカレンが俺の隣までやってきていた。
「おじさん、おなかすいてない?」
「ああ、腹が減った」
「はい、これ」
カレンは笑顔できらびやかな柄のキノコを渡してくる。
「わあ、おいしそう。って食うか。この流れ前もやっただろ」
「ちっ」
なぜ毎回この子から命を狙われるのでしょうか?
友達ってそういう関係性だったっけ? 関係性が深まってくると腹を割って話すってこともあるけどこのままだと物理的に腹を割られそうなんですけど?
「おじさん、サンドイッチ作ってきたから食べてよ」
「ん、助かる」
カレンは俺の隣腰かけてサンドイッチを渡してくる。
それを一口かじる。
お、これは俺が好きな野草が入ってるな。塩味が効いたしゃくしゃくとした触感がたまらないのだ。
しかし、普段サンドイッチに野草とか挟まないだろ、うまいけど。
「野草が入ったサンドイッチとは独特だな」
「……ごめん、まずかった?」
カレンはしゅんとして小さな声で言った。
「いや、かなりうまい。味付けうまいなお前」
そういってカレンの方を見ると、目をぱちくりさせたあと、口角が少し上がった。
「……まあ、おじさんには頑張ってもらわないとだからね」
「俺が好きな野草が入ってるから元気出るわ」
「……ん、よかった!」
「おう、もっとくれ」
「いいよ、はい!」
なんかさっきよりうれしそうにサンドイッチ渡してくるカレン。
おい待て、その笑顔は何だ、二つ目に食べたこれには毒キノコを入れられてて永眠させられるような形になってるんじゃないだろうな。
俺が変に勘繰りながらも、まあ食べてみないと始まらないと思って2つ目のサンドイッチを食べると、今度はフルーティな香りが鼻に広がる。
これはまた別のいい野草を入れてきてるな。俺好みだ。
「お前の野草サンドうまいのが多いな」
「そりゃあね」
ふふんとドヤ顔をしてみせるカレン。
そこからしばらく談笑をしながらサンドイッチを食べる。
最後のサンドイッチを食べ終わったころ、カレンが俺の進行状況を見て素直に驚いていた。
「もうパーツほとんど全部できてるじゃん……!」
「ああ、あとは組み上げていくだけだ」
「おじさん、やっぱりすごいね!」
「まあな。正確に組み上げるのは、物質の再形成とは違って、錬金術の中でも高等な方だから、これから結構時間がかかる。明日の昼ぐらいにできてるんじゃないか?」
「それでも十分すぎるほど早いから! ありがとう!」
「おう。じゃあまた取り掛かるわ。サンドイッチありがとうな」
「そういえば、今夜は寝れるの?」
「いや、今晩は特に寝る予定はない。徹夜だ」
「そっか。何か手伝えそうなことはある?」
「……特にないな」
「……そう。そんな無理しなくても、明日朝からつくってくれてもいいんだよ? 2日でできるってだけで十分早いんだから」
「あいにくだが、俺は一度こういう風に錬金術をしだすと途中ではとめれないたちなんだ。おまえにもあるだろ? 楽しいことやってると没頭しちゃうやつ」
「うん、ある。そういう感じなんだ?」
「ああ。だから特に問題ない。むしろここでやったらフラストレーションで爆発するまである」
「どういうことだってばよ……」
俺はふと彼女の体の中にキツネの化け物が封印されているのではないかと一瞬感じ取ったが、それはたぶん俺の中二病心がくすぐられただけだろう。
「でも、分かったよ、じゃあ、無理しないでね」
「ああ、お前こそよく寝ろよ、明日できた実物を見て全力で喜べるようにしとけ」
「わかった!」
カレンは嬉しそうに答えて、「サンドイッチ食べてくれてありがとね!」と最後に言ってレンズさんの家の方に帰っていく。
サンドイッチを持ってきてくれて俺の方こそありがとうという気持ちなんだが、まあ素直に受け取っておこう。
さて、続きに取り掛かるか。
明日の昼か夕方ぐらいまでには完成させてしまおう。