A≠I

作者: 古賀エイ

とりあえず思いついたので書いてみましたが……凄く短い!短編というよりもショートショートですね。まあいっかと思って投稿します。

「――ここは、どこ?」


 それが、彼女と出会ってから最初に聞いた声だった。








 私が彼女と出会ったのは、まだ若い頃、二十代前半だったと思う。私は趣味でプログラムを組んでいた。人工知能アーティフィシャル・インテリジェンス、通称AI。私だけのAIが欲しくて、参考書で勉強して、自宅でキーボードをひたすらに叩いていた。学習機能を持たせたりすると通常のパソコンの記憶領域では足りず、持ち運びが出来るサイズの、小型の外部記憶装置を購入せざるを得なかった。それ程稼ぎがあったわけではない私からすると、痛い支出だった。


 紆余曲折ありながらも完成したAIを起動させ、暫く置いておいた。AI自身にネットサーフィンをさせ、学習をさせるためだ。私自身で全てを教え込むのは大変だと考え、だったら自分で学習させれば良いと考えた末の結論だった。勿論、インターネット上には善意だけでなく悪意も多く存在する。しかし、善意だけ学習させては、記憶させては面白くないと思い、フィルタを掛けずに自由にさせた。


 学習が十二分に終わったと思った時点で再び私はパソコンの前に座ったわけだが、そこで妙なことが起きた。


「――ここは、どこ?」


 おかしい、と思った。確かにAIを製作するに当たって、スピーカーを使った発声機能を付けた。言葉も滑らかに、イントネーションも正しく出来る様にプログラムを組んだ。声は適当な波形を設定して――そしてここに違和感を感じた。


(僕が登録した波形と違う?)


 私が登録していたのは男性とも女性とも取れない、ハスキーな声だった。しかし、スピーカーから出てきた声は、どう考えても若い女性の声だった。


 そのことに違和感を感じながら、しかし学習過程で何かに影響されてその声になったと勝手に納得し、原因は後で調べれば良いと思い、自分の作品に声を掛けた。


「やあ、目覚めた気分はどうだ?」


「……あんた誰?ここはどこ?体が動かないんだけど!?」


 私はこの時、違和感を違和感として認めた。何かがおかしい。


「体が動かないのは当然だろう?どうしてそんなことを聞くんだ」


「当然って……。もしかして、あんた誘拐犯?巫山戯んじゃないわよ!!こんなことしても良いと思っているの!?早くあたしを離しなさい!!!」


「……………………君は、誰だ?」




「誘拐犯に名乗る名前なんてあるわけないでしょう!?」


 返ってきたのは正論だった。








 その後、彼女を落ち着けてから話をした。彼女が私が作ったAIであることを。そのことを話したら、驚くべき事を彼女から聞かされた。


「あたしは人間よ」


 彼女の名前は三島(みしま)恋歌(れんか)。二十一歳の女子大学生だったそうだ。大学のミスコンでグランプリに輝くなど、大学やSNS上ではちょっとした有名人だと、恐らく胸を張って答えてくれた。実際彼女の大学のホームページやSNSで名前を検索してみると、様々な情報が出てきた。ミスコングランプリの話や、彼女のファッションの話。彼女自身が発信しているSNSでは最近出来たカフェに行ったと書かれていた。しかし、それ以上に。


「……『三島恋歌、死亡』?」


「…………………………………………………………………………え?」


 彼女が死亡しているという情報が、多かった。


 死亡時刻は、前日。交通事故だったそうだ。最近出来たカフェに友人と行った帰り、突っ込んできたトラックに轢かれて、帰らぬ人に。一緒にいた友人は彼女に突き飛ばされ、軽傷で済んだようだ。


「う、うそでしょ……あたしが、なんで……」


 それを知った彼女は、友人の無事に安堵する暇なく、ただただ茫然自失していた。


 私は、声を掛ける事が出来なかった。








 それから数ヶ月。


 私と彼女の奇妙な共同生活は軌道に乗り始めていた。


 まず、彼女に体を作った。3DCGで。生前の彼女を素にして作ったので、ある程度は気に入ってくれたようだ。


 次に、体の使い方を教えた。3DCGの体では無く、AI、プログラムのことだ。私自身が体験しているわけではないから教えるのに苦労したが、何とかインターネットの海をサーフィンできるようになった。ついでに自分自身でCGを作り出す方法も編み出したようで、画面の中で水着姿でサーフボードに乗っていた。


 そして、味覚を再現した。これは彼女との共同作業だった。甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の五つの基本的なパラメータに加えて、辛味である刺激を再現した。私は味の専門家ではないので、残念ながらこの程度が限界だった。しかし、大雑把な味付けでも世界に色が付いたようだと、彼女は喜んでくれた。


 最後に、私が取り組んだことは――








 あれから、四十年。


「――さあ、目を開けてごらん」


 目の前に立っている(・・・・・)彼女に、私は声を掛けた。


 薄らと瞼が開いていき、その中に見える(レンズ)が露わになる。


「おはよう、恋歌」


「……おはよう、あなた」


 長かった。ここまで来るのに。


 幾度となく失敗し、幾度となく挫折を味わい、幾度となく、彼女に慰められた。


 そんな日々が、つい先程のように思い起こされる。


「随分とまあ、あなたはおじいさんになってしまったわね。渋くて魅力的だけれども」


「そういう君は、随分と若々しい。しかし、おばあさんとなった君も魅力的ではあっただろうけどね」


「でも、女というのは何年(いつ)までも若々しくありたいものよ」


「そういうものかね」


「そういうものよ」


 私は彼女と笑い合った。画面越し、カメラ越しではない。目の前に、彼女の笑顔があった。


「さて、出かけましょうか、おじいさん?」


「ああ、そうするとしようか、おばあさん?」


 私と彼女は、手を取り合って、外へと出かけて行くのだった。

心理描写とか時間経過とか端折り過ぎな気がしなくもない気がしますが、修正予定はないです。