幼馴染の彼女が高校デビューに成功した結果、俺は裏切られた
スッキリ出来ないので注意‼
俺には、幼馴染の恋人がいた。
如月千歳……家が隣同士で、小さな頃から一緒に過ごしてきた女の子だ。
人見知りな性格と可愛い所為で変に目立ってしまった事が災いしてか、千歳は小学校の頃、一部の心無い連中からいじめを受けていた。
彼女の泣いている姿を見て我慢できなくなった俺は、彼女をいじめていた連中に立ち向かう。
「お前らっ、千歳を泣かせるんじゃねぇ‼」
カッコつけて飛び出したのはいいが、運動部にも入ってないモヤシだったから当然返り討ちに合った。だが千歳を虐める度にいちいち俺が歯向かって来ることが面倒になったのか、やがて連中が彼女をいじめることは無くなった。
「助けて、くれて……ほんとうに、あり、がとっ、悟志君」
「気にすんなって、あいつらの事は俺もムカついてたんだ」
震えている彼女の頭を撫でながら、照れ隠しにそんな事を言ってしまう。
囲まれて殴られた時は死ぬかと思ったけど。
それでも臆病で、だけど心優しい彼女が傷つく姿を見るよりは全然マシだった。
笑っている千歳は誰よりも可愛い事を知っていたからこそ、泣いている彼女を護りたい気持ちが強くあった。
そんな事もあってか、中学に入ってからの千歳は益々俺に依存するようになる。
顔が隠れるほど前髪を伸ばし、視力が悪くも無いのに眼鏡を掛け、クラスメイト達からたまに忘れられるほど地味な存在となった彼女を見る度に、小学校で受けたトラウマが未だ消えていない事を痛感させられた。
まあ俺は俺で、不良っぽい外見だったことも有ったから誰も寄ってこず、結局千歳と同じような扱いだったんだけどな。
それでも、俺達は楽しく過ごしてたよ。
だって、俺の隣にはいつでも千歳が居たし、千歳の隣には俺が居たんだ。
それから時は経ち、中学2年になった頃だ。
「悟志君さえいれば、私は何もいらない……よ?」
「お前……そういうのって、男は勘違いするからやめろよな」
学校でお互い孤立してるよなと俺が軽く言った事が話題の発端となり、辛気臭い雰囲気を消すために不幸自慢をしている最中、ふと千歳が上目遣いでこちらを見つめながらそんなことを言って来た。
「た、たぶんっ! 勘違いじゃないと、思います……」
「えっ、千歳……それってどういう――」
「すっ‼ 好きなの、悟志君‼ 小さな頃から、好きでした! 一緒に遊んでくれた貴方が、私を虐めから救ってくれた貴方が、ずっと……ずっと好きでしたっ‼」
そして、俺は千歳から告白され。
「だから、そのっ、これからは……幼馴染としてだけじゃなくて、こっ、恋人として付き合ってください‼」
「……あ、ああ。こちらこそよろしく頼む」
「えっ!? ホ、ホントに? ホントに、悟志君は私なんかでいい……の?」
「”なんか”じゃねぇよ。むしろお前じゃなきゃ、嫌だ」
彼女の告白を受け入れた。
夢のようだった、何故なら――俺も千歳の事がずっと好きだったから。
甘い言葉も出てこず、ぶっきらぼうな返事にも関わらず千歳は涙を流し喜び、俺の胸に飛び込んできた。
幼馴染から恋人になった。
そんな最愛の彼女を大切にしようと俺は決意しながら、ゆっくりと千歳を抱き締めた。
思えばこの時が、幸せの絶頂期だったのかもしれない。
***
「私、悟志君のためにも……変わりたいと思うの!」
中学を卒業した後、千歳がそう言ったのが始まりだった。
目立つのが嫌なはずの彼女がそんな事を言ったきっかけは、おそらく卒業式の日、俺と千歳が一緒に居る所を見たクラスの女達が「あいつ、地味女と付き合ってるとか趣味悪ッ」とひそひそ陰口を叩いていたのを聞いてしまった所為だと思う。
「別に俺は、今のままでも十分」
「ううん! こんな地味な私じゃ、絶対悟志君に釣り合わないもん。このままだと、高校で悟志君が他の女の子から取られちゃう気がしてっ……」
「んなことねーよ。お前以外の女なんて、俺は!」
「それにっ、やっぱり悟志君の前ではもっと綺麗な私になりたいと言うか……」
「……はぁ」
そんな可愛い事を言われては、反対する事も出来なくなる。
それに元々、千歳がイメチェンすること自体には何の不満もなかった。
ただ、小学校の頃のトラウマは大丈夫なのかと心配になったからこそ芳しくない返事をしたに過ぎない。千歳が大丈夫なら、何の問題もない事だった。
「あんま、無理だけはすんなよ」
「うん、ありがとう悟志君‼」
そんなやり取りから少し経ち、髪型を整え、伊達眼鏡を取った彼女を見た俺は心底驚いた。
そこには黒髪ロングの美少女としか形容できない女性が立っていたのだから。
「ど、どうかな?」
「いやっ、おまえ……変わり過ぎだろ‼」
今思えば、小学校で虐めてきた奴らも好きな子は虐めたくなる精神であんな事をして来たのかも知れない。そう感じてしまうほど、久しぶりにハッキリと見た彼女の顔は美しかった。
というか、この美少女が俺の恋人なのかと考えると顔が熱くなってしまう。
目を合わせることすら照れてしまい、つい突っ込み気味な言葉を発すると、彼女は不安げな表情で俺を見てくる。
「もしかして、似合ってない……かな?」
「いや、めっちゃ似合ってるぞ。というか、その、だな」
「悟志君……?」
「か、可愛いと思う!」
「……っ‼」
顔を赤くしながらも本心を伝えると、千歳はそんな俺よりも更に顔を赤くして下を向いてしまった。その日はお互いの顔をまともに見れず、モジモジとした時間を過ごす事になってしまった。
気恥ずかしい1日ではあったが。
同時に、自分の容姿を素直に見せるようになった彼女を見て俺は、トラウマを克服したんだなと温かな気持ちになるのを感じた。
これからは、そんな千歳と一緒の高校に入り、楽しい思い出を沢山作るんだ。
あの美少女が俺の彼女なんだぜ、と。
高校に入ったら周りに自慢してやるかくらいの軽い気持ちだった。
しかし――高校に入ってから、全てが変わってしまう。
結論を言えば、中学では地味だった千歳はクラスの皆から受け入れられる事となった。
変わると決めた彼女の目標は、理想的な形で周りに認められたと言えよう。
問題は、認められすぎたという事だ。
彼女はあっという間に人気者となり、学園のアイドルのような存在に持ち上げられてしまったのだ。
クラスのカースト上位連中から無理矢理グループに入れられ、話すことも困難となってしまう。
もちろん、俺は千歳と何度も話そうとした。
あいつの彼氏は俺なんだ。いくら周りが持ち上げようと、関係あるものか。
彼女と一緒に過ごす事を邪魔する権利など、周りの野次馬共にあるはずがない。
だが、俺の高校デビューは中学とさほど変わらず、目付きが鋭いのもあってか素行の悪い不良というレッテルを張られてしまったのだ。
その上、人気者の千歳に近づき話しかけたことが原因となり、学園のアイドルを襲おうとしたクズとして早々にクラスメイト達から厄介者扱いされてしまう。
「君みたいなクズが、彼女に近づくんじゃない!」
「あんたみたいな不良、このクラスにいらないのよ!」
「千歳さんに近づくな、カス野郎!!」
「あんな奴から狙われて、千歳が可哀想……」
彼女に近づく度に罵倒される俺のことを見ていられなくなった千歳は、休みの日に俺の部屋に来ると、これからは学校では話しかけないように俺に言って来た。
「ごめんなさいっ……‼ だけどこれ以上、私の所為で悟志君が酷い事を言われるなんて耐えられないよ……」
「千歳……」
泣き付いてくる彼女に対して、なんと言葉を返せばいいか分からなかった。
ただ、千歳を悲しませたくなくて……俺は彼女の提案に同意した。
それから、千歳関係の事で俺が罵倒される事は無くなった。
学校では話しも出来ず、会えなくなったが、休みの日に会えば関係ないし。
この騒ぎもいずれ時間が解決してくれると、俺は思っていた。
「ごめん、悟志君。その日は青山さん達と遊びに行く約束しちゃって……」
「あ、いや。約束なら仕方ないよな」
「ほんと、ごめんね。それじゃまた」
千歳が、俺と休日を過ごす事が少なくなったのは何時からだったか。
クラスの皆からチヤホヤされ、満更でもない反応を見せ始める千歳の姿を見るのが辛くなったのは、何時からだったか。
そしてある日の休日。クラスの連中とカラオケに行くと俺に言って来た。
「ごめんね。ホントは断って悟志君と居たいんだけど……」
「俺は大丈夫だから、行って来いよ」
「うん。今度埋め合わせするからっ!」
本当は、大丈夫なんかじゃなかった。
あんな奴らと、遊びに行くなと言いたかった。
でも、そしたら千歳はまた小学の時みたいに虐められるかもしれない。
頭にその事がよぎると、口から出掛かった言葉は力を失い、消えてしまう。
学校には、俺の居場所などどこにもなかった。
そうなると千歳を護る事も、今の俺には満足に出来そうにない。
だから、気安く遊ぶなと言えなかった。
どんな連中と行くんだろうか?
気の弱いあいつは、ひょっとしたら何を要求されても断れないかも知れない。
不安がどんどん大きくなった俺は、悪いと思いつつも千歳の後をつけた。
千歳が合流したのは、7名くらいの男女のグループ連中だった。彼女はクラスメイトの奴らと約束した言っていたのだが、その中には上の学年にいる先輩もいたので少し驚いた。
チャラチャラした連中と一緒に歩く千歳を見ていると、不安は収まるどころか益々大きくなる一方だった。当然、このまま家に戻る事など出来なかったので、カラオケ店に入って行った千歳が出て来るのを俺は待った。
外が暗くなってきた頃、千歳達は店から出て来た。
全員が高揚した様子で、楽しげに話し笑い声をあげている。
……千歳もそんな連中に混じって、一緒に笑っていた。
「それじゃ、今日はこの辺で解散ね!」
グループの女子の1人がそう言うと、みんな散り散りになり帰っていく。
だが、千歳と先輩らしき男だけはその場に残り、お互いを見つめ合っている様子だった。
やがて先輩らしき男は千歳の手を取ると、彼女の家とは正反対の繁華街へと歩き出す。
それを見て俺は、千歳を助けようと飛び出そうとした。
無理矢理、千歳を変な場所へと連れて行こうとしてるに違いないと思っていたから。彼氏として、俺は彼女を護りたかったんだ。
だけど――飛び出そうとした瞬間、俺は見てしまった。
彼女の手を無理やり取ったはずの、先輩の手を、千歳がぎゅっと握り返している姿を……見てしまったのだ。
彼女の行動の意味が分からず混乱しかけていたが、それでも目を離すわけには行かない。
飛び出すタイミングを失った俺が、2人に付いて行くと。
そこには、ホテルがあった。
しかし、ただのホテルではなく。
ド派手な外観、妖しい光を発する……明らかに普通ではない、大人が利用する。
ラブホテルというものだった。
動悸が激しくなり、呼吸が出来ない。
千歳と、目の前のホテルが全く繋がらなかった。
そして俺は――震える指で電話を掛けた。
すると、目の前で見ていた千歳が……慌てた様子で動き始める。
それを見て、改めてアレは千歳なのだと実感してしまう。
『もしもし、悟志君? ど、どうしたの?』
「わり、夜になっても、千歳が帰って来てないから心配になってさ……電話掛けちまった。もしかして、迷惑だったか?」
『ううん、とっても嬉しいよ‼ 悟志君は、やっぱり優しいね』
電話越しに話す千歳に、特別不審な態度は見られなかった。
だけど――目の前にいる彼女は……俺と電話しているにも関わらず、先輩らしき男と見つめ合っていたのだ。まるで、俺の事など感心すらないかのように。
「千歳、今どこにいるんだ?」
ひょっとしたら何か誤解があるのかも知れないと思ったので、俺は直球で聞いた。素直にこの場所だと言えば、何かしらの事情があるかもしれない。
なにより、千歳は今まで俺に嘘を付いた事など無かった。
だから、きっと……。
『ええとね。まだ、みんなでカラオケしてるの。何だか盛り上がっちゃって』
そんな想いは、すぐに砕かれた。
『もう帰りたいよ。どうせなら、悟志君と一緒にカラオケ行きたかったなぁ……』
普段なら、可愛いと悶絶していただろう。
何も知らなければ、今頃幸せな気持ちになっていたかも知れない。
「そうか……」
『今度一緒に行こうね! あっ、みんなが呼んでるからもう行くね。また明日!』
「ああ……また明日な……」
『悟志君、愛してます』
「おれも、だよ」
そう言ってすぐ、通話が切れた。
そして、俺が通話画面から顔を上げると。
千歳と、先輩らしき男が――唇を重ね合っていた。
手にはスマホを持ったまま、まるで面倒な事からやっと解放されたのだと言わんばかりに……彼女の方から、男にキスをしていて。
「ちと、せ……?」
呟いた言葉は、乾いた砂の様に流されていく。
幼いころから過ごした幼馴染。大事な彼女。
その全てが、崩れ去っていくようだった。
永遠とも思える2人のキスが終わると、千歳は自ら男に腕を絡め。
2人は、ホテルへと入って行った。
「は、はは……夢だ。これは、きっと、悪い夢……だろ?」
こんな事を自分に言い聞かせても、何の意味もなかった。
目の前の光景こそが、真実だと分かっていたからだ。
この愛は、ずっと続くと信じて疑ってなかった。
千歳と俺は、絶対に大丈夫だって……どこかで思っていた。
だけど実際は、みんなからチヤホヤされる立場になったことで、千歳は変わってしまったのだろう。
学園でもカースト上位のグループに所属した彼女にとって、皆から忌み嫌われる俺なんか迷惑でしかなく、とっくに好きではなくなっていたのだ。
環境で、人は変わるんだ。
愛も、絆も、価値観が変わる事で全て消えてしまう。
……千歳は今頃、あの先輩と。
どうして、こんなことになったのか分からない。
何が悪かったのかも、どうすれば良かったのかも、何も分かんねぇよ。
ただ、ひとつだけ確かなのは。
俺の愛した幼馴染は、とっくにこの世から居なくなっていたという事だ。
あんな女、護らなければ良かった。
……ちくしょう。