096 トラブルさん、お帰りはあちらです
「もう一度聞くぞ、リカルド……何故ここにいる?」
「それは……」
突然目の前で繰り広げられ始めた男同士の修羅場! ……一体私にどうしろと言うのか。いや、授業の続きやればいいだけだよね、勝手にやっててください。
「ギムさん、授業の続き始めますから席に着いてください」
「は? いや、先生……この状況で始めるのか? 話はまだ終わって無いだろう? 先生も当事者じゃないか」
もう当事者じゃないよ? 私の言いたいことは大体言ったし、さっきの脅迫じみたことを言い出した後のやり取りで私にとっては終わった事になってる。あとは相手の出方次第。
そこにいきなり現れた人が失礼な人と口論を始めただけなんだから、別に私は関係ないよ?
「いきなり現れて揉めだした人達に、私が何をどうしろと?」
「いやいや、流石にそれはどうかと思うぞ?」
そんなこといわれてもなー
「……リカルド、そちらのお嬢さんが噂の聖女殿か?」
「その……はい、そうです」
違うよ、誰がいつ聖女になったというのか! 風評被害は止めていただきたい!
「随分とご立腹のようだが……お前、何をした?」
「それは、その……」
「ギルマス、俺が説明する!」
「ギムか。すまんが頼む」
「ま、待ってください! それは、私が……!」
「いや、お前に説明させたら都合のいい様に偽るかもしれん」
「……それは、私が嘘をつくと?」
「そうだ。お前は以前にも偽証したことがあるからな。だがギムはそういうことはしない男だ。今までの活動を見てきた限り、ギムは信用できる」
「助かる、ギルマス。それでだな…………」
んー、勝手に話が進んで行く。授業の続きしたいんだけど……話の流れ的に、新たに現れた高齢のおじさんはどうやら、ギルドマスターっぽい? 先に来てた自称ギルドの人となんだか揉めてるんだけど、私は喧嘩売られたほうだし、そういう意味では当事者なんだけど上手く説明できる気がしない。相手の事情も分からないし? でもギムさんが説明とかしてくれるって言うなら面倒な手間が省けて助かることは助かるし、ここはお任せしよう。
で、ギムさんが失礼な自称ギルドの人の言動や態度なんかを詳しく説明したんだけど、話が分かるや否や途端にギルマスさんが不機嫌な顔になって自称ギルドの人を睨みだした。
「リカルド、この件は俺が仕切ると言ったはずだが? 何故こんな勝手なことをした?」
「それは……その、この程度の案件でマスターが出る必要は無いと……」
「……この件はギルドのこれからにも関わるデリケートな案件だと言ったよな? こちらは頼む側なのだから、対応を間違えないようにしなければいけないと」
「それは……ですが、相手は子供です。マスターがそこまでする必要は」
「相手の年齢は関係ない! こちらは頼む側なんだぞ、礼を尽くして当然だ! そんなことも分からないのか!?」
「…………」
「聞けばお前はかなり失礼な態度だったようだな? 高圧的で威圧的だったと……それに、勝手にギルドの名前を使い、脅迫じみたことを言ったと」
「それは、あの子供の態度が!」
「彼女は何もおかしいことは言ってない! おかしいのはお前だ! 一体何を考えてこんなことをした!」
「…………」
あー、なんていうか……私完全に蚊帳の外? 自称ギルドの人がなんだか色々先走ったとかそういう話かな? でもね、そういうのは他所でやってくれないかな……こっちも予定押してるんだけど?
「あの、ちょっといいですか?」
「おお、お嬢さん、色々と申し訳ない。なにかな?」
「揉めるなら別のところでやってもらえませんか? こちらも授業の続きをしたいので、茶番はここじゃないところでお願いします」
うん、こっちはお金貰って勉強見てるんだよ。邪魔しないで欲しい。
「茶番だと!? おい餓鬼、いい加減にしろよ!」
「リカルド! いい加減にするのはお前だ!」
おー、怒った。でもね、怒ってるのは私のほうなんだよね?
「すまない、お嬢さん。邪魔をしてしまったね……離れたところでやるので勘弁して欲しい」
「いえ、こちらの邪魔をしないのであれば、別に」
「うん、それじゃあちょっと離れさせてもらうよ……ギム、すまないが一緒に来てくれ。リカルド、ついて来い!」
「すまん、先生。ちょっと行ってくる」
「はい、面倒を掛けてすみません」
うーん、これでギムさんに借り1かなぁ……? まあ、ああいう人に対してなら別にいいかな。信用できる人だし。
というわけで問題の人達は少し離れた所でお話し合い中。ちなみにギルマスと一緒に護衛っぽい人が三人ほど一緒に来てた。うち、二人がなんだっけ、リカルド? だっけ? とか言う人を警戒してるような感じ。もう一人は少し離れて逃げないように見張ってる感じかな? 別に逃げてもノルンががぶっとやってくれると思うけどね。
まあいいか、そんなわけで授業再開。後半戦なので計算の時間。はあ……なんだか面倒なことになったなあ。
で、授業終了。ギルドの人達からお話があるとかで、時間をもらいたいということらしく、了承せざるを得なかった。とまあ、そんな状況が状況なので今日は私の調理は無し。生徒全員から大不評ですが、私の所為じゃないのでギルドの人達に言ってください。
と言うような事を伝えたら全員がギルドマスターらしい人に大抗議。これ、私の所為?
「すまない、我々の話は後回しでいいので彼らに食事を振舞ってあげて欲しい」
いや、それはいいんですけどね? 材料がですね?
「先生、ちょっといってくるから待っててくれ!」
って、あー……止める間もなくギムさんが駆けて行ってしまった。というか凄い足が速い。ドワーフの人って足が遅いイメージだったんだけど、なにあれ。何かそういう系のスキルでも持ってるのかな?
で、五分と掛からずいつものようにオーク。たまには鳥肉とか……数を獲らないといけないから、そういうの考えるとオークのコストパフォーマンスが良すぎるのか。ううむ。
ちなみに秋口からオークがやたらと増える。秋は繁殖期らしい。でも春先にも増える。そしてゴブリンは年中増える。
話が逸れた。
と言うかギムさん、いきなり獲れたてのオーク持って来られても、血抜きに時間が掛かるわけなんですよ。毎回毎回それで調理開始が遅れるんだよね……休憩時間中に獲ってきてもらうのが一番いいんだけど、でもそれだとギムさんだけが休めなくなっちゃうからね……
仕方ないので毎回血抜きの待ち時間に竈やらなんやらの準備。さっさと終わらせて話聞いて帰ろう。
今日は面倒くさいので全部トンテキ。ニンニク刻んで炒めて肉焼いて醤油で味付け。隠し味にニンニクと一緒に少量の唐辛子を炒めるのがポイント。ピリ辛である。
そして延々と焼く。皆が物凄い勢いで食べるのでひたすら焼く。お陰で私のご飯だけ後回しになる。悲しい……
美味しそうな匂いに惹かれて、ギルドの人達が物欲しそうにこちらを見てるけど、なに? 欲しいの? でも駄目です。これはこの欠食児童たちの為のものなので。
ひたすら肉を焼くマシーンになる時間が終わって、やっと自分の食事&後片付けが終わったので漸くお話タイム。
でまあ、話を聞いたわけなんだけど……
ギルドは冒険者の質を上げたい、というのは本当の事らしい。実際揉め事はしょっちゅう起きる。そして新人がよく死ぬ。前途有望そうな新人もよく死ぬ。子供で駆け出しの冒険者も薬草の区別がつかなくてお金が稼げず、お腹を空かせてよく死ぬ。
そういった状況を改善する為に前々から、簡単な戦闘訓練等を含めた初心者講習や、読み書き計算の定期講習を開きたいと思っていたらしい。そういった講習は大陸中央の大国なんかのギルドだと普通にやってるらしいんだけど……
ところがこの国のギルドは人手不足でそれができない。やり方のノウハウも無い。ノウハウに関しては他国のギルド支部に聞けばいいと思うだろうけど、それをすると借りが出来て立場が下になってしまう為、他の幹部から反対が出て出来ない。
商業連合にあるギルド本部に問い合わせるのも同様。唯でさえ頭を抑えられてるのに、そんなことをしたらこれからどうなることか、ということらしい。
そんなときに職員の耳に私の情報が入ったのだそうな。
曰く、駆け出しの若い冒険者達に無償で読み書き計算を教えている。
曰く、同じく無償で食事まで与えている。
そんな奇特な人物が本当に居るのかと調べてみれば、どうやら本当に居るらしい。そんな明らかに背鰭尾鰭がついた噂の所為で、一部では聖女だのなんだのと言われていたのだとか。ちょっとマジで勘弁して欲しい。誰が聖女やねん。
しかしギルドからすれば喉から手が出るほど欲しい人材だったわけで、でも、だからと言って無理強いするわけにもいかない。そこでギルドマスターは職員に対し、自分が対応するので不用意な行動は慎むように厳命してその噂の人物の情報を集めることにした、と言うことだった。
いや、そんなこと知らねーよ、といいたい。全部そっちの都合じゃん。
ちなみに噂の出所はギムさんの仲間達。
酒の席で盛り上がった時に少し洩らしてしまったらしい。但し、広まった噂とは違い『タダ同然の安い授業料で読み書きや計算を教えてくれる』『作る食事が信じられないほど美味い』という程度のことだったらしいんだけど、それが気付けば背鰭に尾鰭に脚までついて駆け出し、何故か無償で施しを与える聖女扱いになってた、ということらしいんだけど……なんだそれ。
ギムさんの仲間達に関しては、結果的に恩を仇で返される形になってしまったわけだけど、んー……今回は大目に見る? 酒の席でのことまであれこれ言うのもあれだけど、さっきのギムさんへの借りとでチャラってことで。
「なるほど、事情はわかりました。ですがお断りします」
「駄目か……やはり、リカルドの態度が悪かったからか?」
「それもありますが、仮に受けてしまった場合聖女呼びが定着しそうなのでイヤです」
「……たしかに有りうるな。だがこちらも引けない事情がある。ギルドからの報酬に加えて特例で冒険者ランクを上げる、というのはどうだろうか?」
「結構です。そういった特別扱いを受けると爪弾きにされたり苛められたりしそうなので」
「それは……あるだろうな。人間誰しも妬みやっかみはするものだからな……」
「そもそも、人がいないなら増やせばいいのでは? 公募などはしていないんですか?」
「簡単に増やすことは出来んのだよ……国や貴族とべったりになるわけにもいかん。冒険者ギルドは一応中立の国際ギルドだからな。それに公募をかけると平民も応募してくる。商人の子ならいいが、平民だと読み書きや計算を教育しなけりゃ使い物にならないからな」
「さっきのあの人はどうなんですか? 識字計数能力はあるんですか?」
「あいつは……あると言えばあるんだが、余り程度がいいとは言えない。ここだけの話、あいつは家を継ぐことも他所の家に婿に入ることも出来ずに平民落ちした貴族の三男でな、あいつの親に頼まれて已む無く雇ったんだ」
なんでもあの自称ギルドの人は、ギルマスが若いときに世話になった貴族の家の馬鹿息子らしい。親からは特別扱いしないでいい、何か問題を起こした場合は厳罰に処して構わない、とまで言われた上に頭まで下げられて仕方なく雇ったらしい。でも既に、以前にも問題を起こしたとかで、今回の件によってかなり厳しい罰を与えることになったのだそうな。
「貴族の子弟であれば教育を受けているからな、識字計数、まあ、事務能力か。それらを最初から持っている分、即戦力に成り得る。男子であれば剣術などの武術を修めてる場合が殆どだから、いざと言う時には武力としても期待出来るんだが……」
「何か問題が?」
「当人が平民落ちしたとはいえ、実家からの影響を受ける。どこのギルドでも職員として雇うなら、基本的に契約魔術で色々と縛るものなんだが、それでも限界がある。情報漏洩だって有り得ないわけじゃないし、依頼の押し込みなんかも普通にある。そもそも、大体の場合は押し込みで雇う場合が殆どだから、こう言っては何だが、残り物ばかりで馬鹿が多い」
それでも馬鹿ばかりじゃないと思うんだけど……疑問に思って聞いてみた所、出来のいい次男以下の子だと、大抵自分で就職先を見つけて家を出て行ってしまうらしい。ただ、半分位は冒険者で、剣術を修めていても実戦経験が無いから結構死ぬらしい。そして自分で行く先を見つけられなかった残り物が親から押し込まれる、と言う……何と言うか……んー。
「ところで、私みたいな子供にそういったギルドの内情を話してしまっていいんですか?」
「いや、普通に拙い。拙いが、こっちは無理をお願いしてる立場だからな、誠意を見せねば説得も出来ないだろう? というかもう泣き落としのつもりだ」
泣き落としかい! いや、確かにそういう内情聞いちゃうとちょっと迷わなくも無い気がしなくも無いけど……いや、受けないけどね。でも、んー……
「思い切って貴族家に対して公募をかけてみては?」
「いや、それだと家からの影響が大きいといっただろう?」
「多少の影響は諦めてください。現状では馬鹿息子を受け入れることで受ける影響が大きすぎるということですから、まともな子弟を選別すればいいんですよ」
「どういうことだ?」
「採用基準を決めます。募集し、集まった希望者に試験を受けさせます」
最低限即戦力に成りうる識字計数能力は欲しいので、そこでまずふるいに掛ける。試験は計算問題と記述問題。
計算問題は定期的に新しいものと入れ替える。毎回同じだと合格者や不合格者から過去問が流出して対策を取られるかも知れないから。
記述問題は過去に有ったクレームや揉め事の事例を出し、それに対してどう言う対応をするかを回答させる。ある意味、正解は無い。
筆記試験の次は面接をする。筆記の点数がギリギリの場合でも念のため受けさせる。人格面で優れてるのであれば、多少の教育で使い物になる可能性もある。そしてまともな人格をしているのであれば実家からの影響は多少は抑えられると思う。多分。
また、試験官には各部署のトップや幹部も参加させる。部署ごとに必要とする能力や性格は違う場合が多い。
「なるほど、面接か……だが、貴族教育を受けていれば取り繕うことも出来るだろう?」
「はい、貴族教育を受けていれば全員ある程度は出来るでしょうね。ですがそこは一組織のトップであるギルドマスターや各部署のトップ、幹部たちで見抜くぐらいはしてください」
「そう言われると……そうだな、それ位はしなければ駄目か。だがそれでもこちらを騙し切るほどの者が居た場合はどうする?」
「冒険者ギルドのトップを騙し切る。あるいはそれに近いことが出来るというのなら、それは最早一種の才能です。交渉ごとが多い部署に回すか窓口業務に回せばいいのでは?」
「……その発想は無かった。だが、騙し切られた場合はどうする?」
「それを判断するために、合格者は最初は試験採用とします。最低でも三ヶ月は取りたいところですね。試験採用中は色々な部署に回すのもいいと思います。その期間が過ぎた後、正式に採用してからそれぞれの部署に配置するといいでしょう。試験採用期間中に問題が見つかった場合は雇用しないだけの話です」
「……なるほど。幾つか問題は残るが、そこは俺が頑張るところと言うわけか。しかし……良くこんなことが思いつくな、お嬢さん」
そこはまあ、前世の経験とか知識とか? まあ、色々適当につらつらと言ってみただけだから、色々と穴は多いと思うけど、そこは自分達で何とかしてください。正直言わせてもらえば、ぶっちゃけ他人事だし。
「そうやって人手を増やして、余裕ができてきたら自力で講習会を開催すればいいと思います。正規の武術を学んでるのであれば、それを教えることも出来るでしょう。初期投資は必要経費として諦めてください。冒険者が育てば最終的に回収できますし、その後はプラス収支です」
「……素晴らしい! その案、使わせてもらってもいいかね!?」
「ええ、適当に思いつきを提案しただけなので、ご自由にどうぞ。ただ、色々と穴があると思うので、そこは自分達で改善して運用してください」
「ああ、分かってる! 直ぐに冒険者教育を出来るわけではないが、これで色々と見通しが立ちそうだ! ……そうだなこの提案については、お嬢さんの貢献値に加算しておこう。適切な年齢に達したら直ぐにランクアップできるだろう」
それは、んー……まあ、損する話ではないかな。一先ず受けておこう。
話がある程度まとまった後、ギルドマスターは凄い笑顔で帰っていった。自称ギルドの人は護衛の人達に拘束されて連れて行かれた。話し合いの最中、何度も口を挟もうとしては護衛の人達にボコボコにされてた。ざまあ!
帰る頃には顔が凄いことになってたけど、自業自得と言う奴だ。ちなみに処分が確定したら後で教えに来てくれるらしい。私に影響が無いならどうにでも好きに処罰してくれていいんだけどね。
ちなみにギルドマスターとの話し合いは生徒達全員に見られてた。ギルドマスターが採用するような案をぽんぽんと提案していた所為か、変なものを見る目で見られてた気がする。
んー、ちょっとやらかした気がする……?