095 お久しぶりのトラブルですか?
授業五回目。
前回は私が遠出をする都合で一日早く開いたので、今回は一日遅く開催することで開催間隔の帳尻を合わせてみた。親方達の反対がなければこんな面倒なことしなくて済んだのに……ブツブツ。
え? 気にしないで授業やればよかったって? それじゃあ私の修行時間減るじゃない。それは駄目よ、あくまで自分のことが優先です。私は聖人君子じゃないからね。
それはともかく、授業してるわけなんだけど……何故か生徒が増えてます。どうしてこうなった。
いや、マリクルが恩人枠連れてきてね……前にマリクルが持ってた木の盾の造り方とか教えてくれた人らしいよ。
名前はギムさん。ドワーフで斧使いの前衛戦士。実は前に私にキャリーカートの事を聞いてきた人だったりする。
ドワーフ……斧使い……ギム……呪われた島? ウッ!? これ以上はいけない……!
ギムさんは結構なベテラン冒険者さんなんだけど、なかなか良いタイミングが無いまま、きちんと読み書きや計算の勉強が出来ないでいたそうな。そんな時に以前世話を焼いてやった駆け出しが、自分が声を掛けたことがある目端の利きそうなちみっ子に勉強を教えてもらってるのを発見したらしい。
折角のこの機会、きっと何かの思し召しだろうと言うことで、マリクルに頭を下げてきたそうな。格下相手でもちゃんと頭を下げて頼みごとが出来るって言うのは凄いよね……で、そんなマリクルにも頭を下げられて仕方なく教えることにしたわけですよ。正直面倒くさいけど。
一応シェリルさん達と同じ条件を飲んでもらったので、揉め事は無いと思いたい。
ちなみに増えたのはギムさんだけではなく、ギムさんのパーティーメンバー三名を含めた計四名。
マリクルの頼みだから今回も受け入れたけど、流石にこれ以上は増やすつもりは無いので全員にその旨は言い含めておいた。土下座されても受け入れません、あしからず。
「……先生、これはこれで合ってるか?」
「どれですか? ……はい、大丈夫です。正解ですね、よく出来ました」
「せ、先生……恥ずかしいんだが」
ギムさんの頭を撫でて褒めてあげる。私、生徒は褒めて伸ばす主義です。たとえ相手がおっさんであってもそれは変わらないのだよ? このクラスはいじめの無い良いクラスです! 但し三馬鹿は除く。
え? いじめ? 差別? いいえ、これは区別です。
それはともかく。
「なあレン、これはこれでいいのか?」
「……そうですね、合ってるんじゃないですか?」
ケインがうざい。物欲しそうな顔でこっち見るな、きもい。
はぁ……リューの一件でうっかり顔見せちゃったのが拙かったなぁ……あれ以来、熱い視線が非常に気持ち悪い。
私がリュー相手にでもちゃんと対応したのを見て、私の態度が軟化したとでも思ったのか、なんだか距離を詰めようとしてて非常に鬱陶しい。その前に通すべき筋をちゃんと通せと! 多分いつものように自分に都合のいいように解釈してるんだろうけど、そうは問屋が卸さないのだ。
でもまあ、私個人としては係わり合いになりたくないのでこのままやらかしてくれたほうが縁切りしやすくてありがたかったりする。まあ元からケインなんてどうでもいいけどね。
で、授業も終わって今日も撤収の時間になったわけなんだけど……何故だかまたしても料理をする羽目に。
材料を用意してお金を払えば私がご飯を作ると聞いたギムさんが、何故かちょっと森に行ってオークを獲ってきてくれたのだ。五分も掛かってないとか、さすがCランクのベテランさん。でも依頼票は何とか読める程度しか読み書きできないんですね……重要性は分かってたから焦ってたらしいんだけど、冒険者の教養の無さにちょっともにょる。仕方ないとは思うけどね……
でもなんでそんなに張り切ってオーク狩りしてきたんですか? え? マリクルたちが私の作ったご飯を褒めてた? ああ、そうですか……
もうなんか考えるのめんどくさ……諦めてご飯作ろうかな。しかしオーク肉かー……焼く? 皆パンは持ってる。でも彩りとか栄養バランスを考えると野菜が欲しいかな? 野草とか摘むのは時間かかるからなー……なんて悩んでたらギムさんが乾燥野菜を出してきた。なんだかキャベツっぽい? これも使って良いということなので茹で戻して使うことにする。持ち出しで生姜と調味料を幾つか使うことにして、生姜焼きでも作るかな? パンに挟んで生姜焼きサンドみたいな感じで。
豚生姜焼き……ポークジンジャーか。オーク肉だからオークジンジャー? ……? あれ? 違和感が無い? んー???
いやいや、そんなことどうでもいいわ。さっさと作っちゃおう。茹で戻した野菜を刻んで、肉も焼いて、具材はおっけー。あとはみんなのパンを薄めにスライス。結構大きいパンだから薄く切れば一人あたりなんとか6枚切りには出来るので、これで一人三個は食べられる。肉も沢山あるし、沢山おあがりよ!
パンに野菜と肉を挟んで、生姜焼きサンドの出来上がりー
「うめええええええ!」
「なんだこりゃ、こんな旨いもん初めて食ったぞ!?」
「オーク肉がこんなに美味くなるのか……!?」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ!」
「醤油……醤油を使ったレシピ……」
んー、好評っぽいのはいいんだけど、戦場のような惨状になってしまった。
と言うかここの所、授業して料理してって、似た様な流れを繰り返してるような……天丼ネタは2~3回が限度じゃないかな? まあどうでもいいや、自分の分を食べよう。もぎゅもぎゅ。あー、食パン欲しいな。今度自分で焼こう。
ご飯も終わって料金徴収。私はこれで帰るけど、他のみんなは採取とかやるらしい。
ギムさんが獲ってきたオークの肉は大分余ったけど、ギムさんは子供達に結構な量を分け与えてた。子供はもっとしっかり飯を食え! だそうな。いい人だなあ……偽善者の私とは違うね! 格好良い大人だ!
なんでも、ギムさんは自分が駆け出しの頃にベテラン冒険者に親切にしてもらったらしく、自分がそうしてもらったから自分も新人に同じようにしてやってる、と言うことだった。マジで格好いい大人だね、私には真似できない。
それからと言うもの、毎回昼にはギムさんが材料提供するようになった。でも毎回オーク肉って、使える調味料やレシピ公開の問題もあるから、作れるものが色々制限されるんですが。自重しないならいくらでも作れるものはあるけど……いや、別にいいけどね、適当に何か作るし。
でまあ、そんな感じに何度か授業をしていたわけだけど、8回目の授業の休憩時間の時に変な人がやって来た。うん、揉め事の予感がする。
「貴方が冒険者達に読み書きを教えているという、噂の聖女ですか?」
は? なんだそれ? 聖女ってなに?
「いいえ、違います」
と言うかあんただれ?
「違う? ですがここで読み書きや計算を教えてるのでしょう?」
「読み書き等は教えてますが……そもそも、貴方は誰ですか?」
「これは失礼。私は冒険者ギルドの者です。ここで読み書きの出来ない冒険者相手に無償で授業をしてる方がいると聞きまして。ちなみにどの位の頻度で教えてらっしゃるのでしょう?」
「はあ、ギルドの……勉強を見てるのは三日に一度ですね」
「三日に一度ですか……なるほど。では、間の二日は空いてると言うことですね。ではその間の二日に何人か連れてきますので、その連中に読み書きを教えてもらえませんか?」
は? 何で私がそんなことしないといけないの?
「お断りします」
「……貴方はここで無償で読み書きを教え、食事まで与えてると聞きましたが?」
「読み書きは教えてますが無償では無いですし、食事に関しても材料を用意した場合に手間賃を貰った上で調理してるだけです」
「無償で施しを与える聖女と聞いていたのですが……いえ、わかりました。では、連れてきた者たちに授業料を払わせますので、お願いします」
「お断りします」
その言い方ってことは、最初は無償で教えさせるつもりだったの?
「……授業料だけでは足りないと? 聖女と言う割にはがめついですね……では別途、ギルドから報酬を払います」
「いらないです」
聖女なんて名乗った覚えは無いよ? そもそも聖女ってなんだ? 私はそんな善人じゃないし、ボランティアで奉仕作業に従事するような精神は持ち合わせていない。
「そもそも、何故私がそんなことをしないといけないのですか?」
「はぁ……仕方ありませんね、それでは説明してあげましょう。
ギルドでは冒険者の質の低さを問題視しています。読み書きや計算が出来ないことでトラブルが起きることは茶飯事ですからね。いくら学の無い連中でも多少の教養が身に付けば行動も少しはマシになるでしょう? そうなれば冒険者の悪評も減ります。
他にも色々なメリットはありますが……まあ、貴方に説明しても分からないでしょう。ようは冒険者全体のために、ギルド主体による初期教育を施そうと言う話なのです。ですがそういった教育を施すにも現在のギルドは人手不足でしてね……そこで噂になってる貴方にお願いしようという話になったのです」
……子供だと思って完全に小馬鹿にしてる態度だよね、さっきから。というか、こいつなんなの? なんで一々上から目線なの? 喧嘩売りに来たの?
「ギルド主体だと言うのに、私が勉強を教えるんですか?」
「ええ、報酬もだしますし、何も問題は無いでしょう?」
いや、問題だらけだし。話になったのですじゃねーよ。そもそもギルド主体と言いながら何で私がやることになってるの? 私のメリットなにもないじゃん。どういうことなの?
「なるほど、そういうことでしたか……わかりました」
「では受けていただけるんですね?」
「お断りします」
「……理由を聞いても?」
「私がその話を受ける理由が何一つとしてありません。私にとってはデメリットばかりでメリットがなにもありませんし、なにより勉強を教える時間がありません」
「ふむ……彼らに教えてるのは三日に一度でしょう? なら間の二日は空いているのでは?」
「空いてません。私にも予定があります」
そんなの、鍛冶やる時間なくなるじゃないの。
「なら彼らと一緒に教えればいい」
「お断りします。私はそんなに大勢に教えられるほど要領がよくありませんので」
と言うのは建前で単純に面倒くさい。あとお前がむかつくからやりたくない。正直言うと【マルチタスク】があるから余裕で出来るけどね。
「……これは冒険者全体の問題なのです。貴方一人の我侭が通る話ではないのです」
「冒険者全体の問題と言うのであればそれこそギルドで何とかすることなのでは? 私の我侭とおっしゃいましたが、そもそも一冒険者に過ぎない私が何故そんなことをしないといけないのですか? 冒険者一人に負担を押し付けるのは明らかにおかしいと思いますけど? それはギルドの怠慢なのでは?」
「言動には気をつけなさい。余りこちらを怒らせないことです」
「私は何もおかしいことは言っていないつもりですが?」
「……ギルドに喧嘩を売ることの意味を理解してますか? 相応の対応をすることになりますが分かっていますか?」
なんでそうなる。意味分からん。
そういえばこういう奴たまにいるよね? 妙に高圧的で上から目線で物を語って、話題と論点を微妙に摩り替えてこっちが悪い、みたいに話を持って行こうとする奴。コイツは詐欺師とかそういう手合いかな?
「脅迫でしょうか? 私は別に喧嘩を売ってるつもりは有りませんし、普通の事を言ってるつもりです。そもそも、ギルドと言えど下位ランクの冒険者に行動の強制などは出来ないはずです」
「……なるほど、分かりました。貴方の発言などは全てギルドマスターに報告させていただきます。相応の処罰がされるでしょうが、後から謝っても遅いですからね」
「……お好きなようになさればよろしいのでは?」
マジで意味分からん、やっぱり詐欺師の類か? この言い様だと自分に都合の良いように報告するんだろうなあ……それで冒険者資格取り消しとかかな? あー、あまりにもむかつきすぎて、逆にどうでもよくなってきた……よし、まともに相手するのはもう止めよう。私にとってこの人は、もうどうでもいい人だ。
今は商業ギルドにも登録してるし、身分証明として考えるなら別に冒険者じゃなくなってもなにも困らないし、好きにすればいいんじゃないかな?
と言うかこの人、何しに来たの? 喧嘩売りに来たの? 冒険者に読み書き計算を教えることのメリットとかは色々あるんだろうから、そういう教育をしたいってのは分かるけど、何で私に頭ごなしに命令してくるの? 馬鹿じゃないの? 処罰だっけ? もう勝手にしてよ。
「おい、ちょっと待て」
あら、ギムさん?
「なんですか、貴方は?」
「俺はギム、Cランクの冒険者だ」
「Cランクですか……それで?」
「さっきから横で話を聞いてたが、アンタ言ってることがおかしく無いか? なんで先生が他の連中の面倒を見ないといけないんだ? 先生が言ってることは何もおかしく無いだろう?」
「はあ……これだから学の無い連中は……これは冒険者全体に利益のあることなんです、子供一人の我侭でどうこうできる問題じゃないんです」
「冒険者全体の問題っていうならなおの事おかしいだろう? それこそ先生が言ってたようにギルドがなんとかするべきことのはずだ。一人の冒険者に押し付けるようなことじゃない」
「ですからこうして話をしにきたんですがね……まあ、それも無駄だったようです。そこの君、覚えておきたまえ?」
「おい、待て。勝手に話を終わらせて帰ろうとするな。さっきギルマスに報告するとか言ってたな? 俺も同席するからな」
「はあ? 何故貴方を同席させないといけないんですか? そんな権利は貴方にはありませんよ?」
「いや、権利があろうとなかろうと同席させてもらう。アンタのさっきの言い分は明らかにおかしい。そんなおかしい奴がギルマスにあること無いこと吹聴しないように俺が見張らせて貰う」
「ふざけるな! 何の権利があって……」
「おい、そこで何をしている!」
あー、また別の人登場か。次から次と面倒くさいなあ……今度は誰?
「ギルドマスター……何故ここに」
「それはこちらのセリフだ。リカルド、何故お前がここにいる?」
「いえ、それは……その」
あーもー、一体なんなの? 授業の続き出来ないんだけど?