<< 前へ次へ >>  更新
84/148

084 閑話 とある孤児の話


 私はトリエラ、孤児だ。昨日、親友が売られていった。


 売られていった、というのは正しくは間違ってる。この孤児院の運営資金を出してるのはとある商人で、この孤児院は有能なスキルを持った子供の青田買いを目的として運営されているからだ。

 昨日連れて行かれた私の親友はその商人にとって役に立つスキルを発現させてしまったが為に、商人の元に連れて行かれてしまったのだ。

 過去にも何人か連れて行かれた子達がいた。よく世話を焼いてくれたお姉さん達や、面倒見の良かったお兄さん達……その誰もが帰ってこなかった。


 そんな時、何年か前に特に有用なスキルを覚える事も無く13歳になり、冒険者になると言って孤児院を飛び出して行ったお兄さんが偶々顔を見せにきてくれた。

 そのお兄さんはその時にはもう18歳で、ある時偶然、孤児院に居た同い年の子で商人に連れて行かれた子と再会した事があったらしい。その時聞いたという話は悲惨の一言だった。


 連れて行かれた子供達は皆、隷属魔術や契約魔術で雁字搦めにされ、奴隷同然に扱われていたらしい。男であれば最低限の衣食住のみで、他の従業員のストレスのはけ口として日常的に暴行を加えられ、女であれば玩具同然に扱われて慰み者。それでも折角の有用なスキルを失わない為にも、死なないように物の様に管理されている、と。

 その話をしてくれた相手はお兄さんと話し込んでるのを咎められて、目の前で折檻されたらしい。お兄さんは見ていられなくて走ってその場から離れた、と言っていた。


 ……私の親友も、そんな目に遭うのか。


 絶望感で目の前が真っ暗になった。一緒に話を聞いていた他の子達も落ち込んでしまい、孤児院の雰囲気は一気に暗くなってしまった。


 ……無理矢理隷属させてそんな扱いをする、なんていうのは明らかに違法行為だ。この話を聞いて直ぐに私達は院長先生に直訴した。でも、無駄だった。先生は既に連れて行かれた子達の扱いを知っていたらしい。そして、今までにも何度も行政に報告し、何とかしてもらおうとしたそうだ。でも出資者の商人はその辺りを上手く立ち回ってるらしく、何度頭を下げに行っても、何も変わらなかったのだそうだ。

 それどころか、そういう行動をしたという事がばれた後には出資金を減らされ、食事の量を減らしたりしなければならなくなったと言う。そういえば、前に何度か食事の量が減った事があったけれど、あれはそういう理由だったのかと納得した。結局それ以降、私達が行動を起こす事は無くなった。

 ここには小さい子供達も沢山いる。その子達を巻き添えにする訳にはいかなかったから。



 レンは不思議な子だった。

 私と同い年だというのに、口調は丁寧で凄く落ち着きがあり、時折突拍子も無い事をしてみんなを驚かせたり、森に食べられるものを探しに行かせれば誰よりも沢山の山菜を採って来た。でもそれと同時に驚くほど非力で体力が無かった。

 いつもぼーっとした顔をしながらぽやぽやとした様子で私の後を付いて歩いていたと思えば、顎に指を当てて『んー』と言いながら頭をくてりとかしげて暫く固まり、そうしてしばらくじっとしていたと思うとまた何か変な事を始めたりしていた。

 また、よく毒舌を吐いていた。馬鹿な事を仕出かす男の子達相手には一切容赦が無く、口調が丁寧な分そのダメージは更に大きいものになった。

 その反面とても面倒見がよく、年下の子供達には非常に好かれていて、本人は気付いていないようだったけれど実はレンにかまってもらおうとする子達からの競争率は恐ろしく高かった。


 レンの競争率の高さは幼年の子達だけではなく、実は孤児院の男子、ほぼ全員からも狙われていた。でもレンは粗雑な男子が心底嫌いだったようで、基本的にまったく相手にしていなかったのだけど。

 そして競争率と言うなら、実は孤児以外の街の親がいる子達からも狙われてた。男の子達からはお近づきになりたい、女の子からは友達になりたい、という雰囲気があって、それがある種、異様な雰囲気でもあった。


 そんなレンの事を守っていたのが孤児院のガキ大将のケインだった。


 ケインはレンにちょっかいを出そうとする連中を軒並み蹴散らし、そのままの勢いで孤児院だけではなく街のガキ大将にまでなった。

 そんなケインに対して、レンも信頼をしていた、と思う。少なくとも最初の頃は。そう、ケインとレンは小さい頃は実は仲が良かった。


 それが変わったのはケインがレンの事を女の子として意識し始めたのが原因だったと思う。最初は照れ隠しなのか素っ気無い態度を取る様になったケインが、徐々にレンに手を上げるようになり、やがては暴力を振るい、泣かせる様になった。

 私が異常に気付いた時にはもう手遅れで、ケインはしょっちゅうレンを泣かせ、レンはそんなケインを非常に毛嫌いするようになっていた。

 ケインには何度も注意をしたけど、全然改善はされなかった。唯一の救いがあったとすればそれは、他の男の子達がレンをいじめようとするとケインがそれを力ずくでやめさせてた事くらいだろう。

 やがてケインのレンへのいじめはエスカレートしていって、ケインはレンのご飯を取り上げるまでになった。とはいえ、取り上げたご飯はもっと年下の小さい子供達に与えていたんだけど、それでもレンがお腹を空かせて泣いてる様子はとても見ていられなくて、私やマリクル達、レンと親しかった子達でご飯を分けたりした。


 そんな日々が続くうちに、気付けばレンはケインを道端の石ころや虫の屍骸を見るような目で見るようになっていた。


 でもそこまで執拗にレンをいじめておきながら、何故かケインは未だに自分がレンに好かれていると思っていて、13歳になったらレンを連れて町を出て冒険者になり、成り上がって結婚するつもりでいたらしい。意味がわからない。

 こういうところがケインが馬鹿すぎる、と女子達から嫌われている部分なんだけど……ちゃんと頭を使って考えて行動してる時は、見ているみんなが驚くほどに凄い事を平然とやってのけるのに、何も考えてない時はあまりにも馬鹿すぎて目も当てられない。それがケインだった。

 顔がいいんだからいつもちゃんとすればいいのに、とは思わなくも無いけど、それは今まで何度言っても直らなかった部分なので私はもう諦めている。


 レンが連れて行かれて孤児院の雰囲気が暗くなって数日後、更にみんなが落ち込む事になった。

 レンが乗っていた馬車が山賊に襲われて崖から転落したらしい。調査の為に出向いた兵士さんが崖下まで降りて確認した限りでは、生存者は1人も無く、遺体は魔物に食い荒らされたのか酷いもので、少人数で行ったために森の魔物や魔獣を相手にしながら回収するには危険すぎて、諦めて帰ってきたらしい。崖下に広がる森は凶悪な魔獣がうようよいるとかで、とても危険なのだと言われた。


 この孤児院の出資者の商人は変なところでケチであるらしく、子供の移動にはいつも、山賊が出て危険だけど近道になる山越えルートを使っていた。森を迂回する安全なルートは旅程が三倍ほどになるという事なので、それにより費用がかさむのを嫌っての事のようだった。

 過去にも何度か同じ事が起こって、ここから連れて行かれた子供が事故などで死んだ事がある。それでも改善しないという事は、あの商人にとって私達の命なんてその程度の価値しかないのだろう。でもまさか、レンが同じ目に遭うなんて……


 それから孤児院の雰囲気は更に暗く、重いものになった。


 本人は鈍くて気付いてなかったけど、レンは皆から慕われていたから当然だ。私は、レンが死んだ事はとても悲しいけれど、考えようによっては物同然に扱われて慰み者になるよりは死んだほうがましだったのかもしれない、と思うようになっていた。前に帰ってきたお兄さんから聞いた話の事を考えると、生きてる方がマシ、なんてとても言えない。

 そんな事を考えながら落ち込んでる子達を慰めてるうちに、ケインが何か考え込んでいる姿をみるようになった。

 そんな状況のまま数日が経った頃、話があるとケインに呼び出された。


 ……ケインは1年ほどかけて準備をして、この孤児院を出て王都へ行き冒険者になる、と言ってきた。レンの一件から、色々と思うところがあったらしい。

 ケインが連れて行くメンバーはケインといつも一緒に馬鹿をやってたボーマンとリュー、そしてマリクルの計4人。


「……お前も一緒に来ないか? それに、あの3人もあのままじゃダメだろ?」


 もし私が行くとなれば誰を連れて行くのか、見透かされていたようだ。あの3人というのは、私を除いて特にレンと親しかったリコリス、クロ、アルルの3人の事だ。

 レンの訃報を聞いてからと言うもの、3人の落ち込み様は特に酷くて見てられないほどだった。私も何とかしようと思ってはいたけれど、何もいい方法が思いつかなくて困っていた。でもこれは考えようによってはいい機会なのかもしれない。環境が変われば何か変わるかもしれないし、動いているうちに立ち直る事が出来るかも知れない。


「そうだね、私もいくよ。こっちはあの3人を連れて行く」


 多分あの子達は断らないと思う。


「決まりだな」


 それから次の日にはもう準備を始める事になった。ケイン達男子4人は街の雑用をして小銭を貯めつつ、木材を振り回して我流で戦い方の練習を始めた。

 私の方はというとケイン同様にリコリス達と雑用をしつつ、体力づくりや薬草について調べたりした。

 ……そう、結局リコリス達は一緒に来る事を選んだ。私の考えたように環境を変えたい、と思ったらしい。

 レンの訃報から約1年後の3月。準備を整えた私達は孤児院を出て、王都を目指して旅立った。


 王都に着いてからは苦労の連続で、食べるにも困る毎日。リコリス達も毎日忙しく動き回ってる状況に、落ち込んでいる暇なんて無くなったようだった。


 そんなこんなでみんなで力をあわせて頑張ってるうちに、死んだと思ってた親友とまさかの再会を果たす事になるんだけど、それはまた別の話。


<< 前へ次へ >>目次  更新