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074 実は世話を焼くのは嫌いじゃない、寧ろ割と好き


 目の前の少女は、きょとんとしてこっちを見ていた。


「あれ? 私、名乗ったっけ? あれ?」


「名乗ってませんよ」


「だよね? じゃあ、あれ? なんで?」


 トリエラは相当混乱しているようで、あわあわしてた。

 孤児院に居た頃もそうだった。自分で苦労を背負い込んではあわあわしてた。懐かしいなあ……

 しみじみとしながらフードを下ろし、そして彼女の顔を見つめる。


 分かるかな? 分かるよね?


「えっと、何?

 ……あれ? え? でも、あれ? ……嘘……?」


 もう一押し? 眼鏡も外し、声を掛ける。


「お久しぶりです、トリエラ」


「…………レン?」


「はい」


「……嘘だ、レンは、だってレンは……」


「ここに居ますよ」


「うそだぁ……」


「嘘じゃないです」


「うあああああ」


 トリエラに抱きつかれた。凄い力で抱きつかれた。正直、痛い。


「崖から落ちて死んだって、死んだってぇ」


「死んでません」


「でも、だって、だから、わたしぃ」


「大丈夫です。ここに居ます」


「うあああああああ」


 泣いてる。いつも皆の前では毅然としてた少女が、私に縋り付いて。


「死んだって、聞いて、だから、だからぁ!」


「はい、生きてます。死んでません。だから大丈夫です」


 支離滅裂な言葉を繰りかえす彼女に、大丈夫、大丈夫と繰り返し、泣き縋るその背中を撫でる。


「レン、れん、れんんん……」


「はい」


「うううう……」


 彼女が泣き止んで落ち着くまで、背中を撫で続けた。




「うー……」


 両の頬に手を当てて、トリエラが恥ずかしがってる。可愛い。正直抱きしめたい。って、あれ? トリエラってこんな可愛い系のキャラだったっけ? あっれー?


「落ち着きました?」


「うん、大丈夫。落ち着いた……」


 漸く落ち着きを取り戻したようで、今は私の顔をまじまじと見ながら観察している様子。いや、本人だよ?


「……本当にレン? 嘘じゃない?」


「嘘じゃないです。本人です」


 ほっぺたをぺちぺちしたり、引っ張ったりして確認される。


「いひゃいれす」


「あ、ごめん」


 ちょっとひりひりする。こういうやり取りも懐かしい。


「その無駄に馬鹿丁寧な口調もそのままだし、顔も面影あるし、やっぱりレンで間違いないね! ほっぺのぷにぷに感もそのままだし!」


 え、何その確認方法。


 ちなみに丁寧口調は前世からの癖だったりする。基本的に身内と言うか肉親以外には丁寧口調が基本だった。どうやら生まれ変わって記憶が戻って無くても癖は抜けなかったらしい。

 というか、顔に面影って……


「顔、そんなに変わりました?」


「全然違うよ! 前から可愛かったけど、今はなんていうか、全然違う! 可愛いっていうか、凄く可愛い! 途轍もなく可愛い!」


 ええ、そんなに?


 以前の私を知ってる人からそこまで言われると、やっぱりかなり違うんだなって言うのがわかる。うん、やっぱり顔は隠していく方向で行こう。それがいい。


「でも、生きてたんだ……本当に……」


「ええ、まあ。色々苦労はしましたが」


 スキルのことは流石に言えないので、色々誤魔化したりしつつ説明した。


 崖から転落した後、何とか一命を取りとめ、木の皮を齧り泥水を啜り、這い蹲って生き延びた、ということにした。

 ノルンについては、その過程で運よく手懐けることができた、ということで誤魔化した。

 うあー……この世界で最初の、孤児院で唯一と言ってもいい親友に対して嘘付いてる……自己嫌悪でちょっと死にたくなる。うううううううううう!!


「そっか、やっぱり苦労したんだね」


「そこはまあ、相応にですね」


「それで今はそこでお世話になって鍛冶やってるの?」


「そこもまあ、色々ありまして」


 説明できないことが多すぎる。私、駄目すぎる。


「でも、今は何とかなってるんだね」


「そうですね、生活に困らない程度には」


「そっかー」


 その後もあれこれと話が弾んで、話し込んだ。とは言ってもやはり話題に上がるのは冒険者としての生活についてのことが多かった。


 ちなみに、孤児院の出資者のカエル顔の商人についての話も一応教えて貰えた。

 以前にも同じようにレアスキルを習得した子は何人か居て、そして私と同じように移動中に盗賊に襲われて生死不明になったことが有った。

 でもそれらの時も特に捜索等はされず、今回もそのまま死亡扱いだったらしい。つまり、私が追っ手的な物に怯える必要は余り無い、ということだ。

 当然ながらトリエラも、絶対にばらしたりしない! と言ってくれた。

 でもまあ、一応警戒はしておくけど。


 そんな彼女達は今は最外周部に近い安宿に泊まっていて、人数も多いので大部屋を借りてる、ということだった。


「やっぱり、薬草の区別がちゃんとできてないのがねー

 先輩の冒険者に聞いても、それは苦労して覚えるものだ、ってしか言ってくれないし、かといって討伐は受けられないし、とは言え正当防衛って誤魔化して魔物を倒すにも武器がしょぼいから厳しいしねー」


「トリエラ、ギルドに登録する時、ちゃんと説明聞いてました?」


「え? 聞いてたよ? というか、それが何?」


「資料室、使ってます?」


「なにそれ?」


「……説明、聞いてないじゃないですか」


「え? どういうこと?」


 冒険者ギルドの資料室について説明した。

 利用は無料、薬草は絵姿付きで詳細な資料があり、魔物に関しても生態や対応方法も書かれてること。スキルの習得条件などについても資料があるため、スキル習得を目指す上でも役立つこと。

 ちなみにここ、王都のギルドにも資料室があるのは確認済み。ただし、出張所には無く、富裕層にある第二区画の王都ギルド本部にしかない。


「うっそぉー、そんな所あるなら先に言ってよー……」


 いや、だから最初に説明してるんだって。


「今の、そしてこれからのトリエラに必要な知識はそこに行けば手に入ります。そこから先はトリエラの努力次第です」


「そっか、ありがと! やっぱりレンはすごいなあ」


「そんなことは無いです」


「いやいや、ご謙遜を。

 ……そう言えばさ、実はケインも一緒に来てるんだよね。会いたくないよね?」


「会いたくないです。絶対に嫌です」


 ……ケインというのは孤児院で私を苛めてたいじめっ子だ。

 本当に執拗に苛められてた。はっきりいって、今この世界で一番嫌いな相手だったりする。

 ケインはあの街のガキ大将で、孤児院の子達が他の親がいる子達から苛められ無かったのは彼の存在が有ってのものだった。

 思い返せば、孤児院で私を苛めていたのはケインだけで、他の苛めてきそうな子達を牽制していたようにも思える。

 前世のおっさんの記憶を取り戻した今だからこそ分かる話だけど、子供心と言うものを考えて見れば、私を苛めていたのは気になるあの子に構って欲しいけど素直になれない! だからちょっかいだしちゃう! ビクンビクン! と言うヤツだろう。

 おっさん的には分からなくはないよ、うん。分からなくはない。でも、やられるほうはたまったものではないのだ。

 正直言ってケインのいじめは聊か度を過ぎていた。

 追い回されて泣かされたことが何度あったか。私を含めた発育のいい女の子数人が、でかいお前には要らないだろうと食事を取り上げられ、空腹で眠れなかった夜が何度あっただろうか。実は取り上げた食事をもっと小さい子供達に分けていたということは知っていた。でも、それと私のひもじさは別の話だ。

 私は別に好き好んで背を伸ばしたわけではない。そして、背は伸びていても服の下はガリガリだった。胴はあばらが浮いていたし、手足もちょっと目を逸らしたくなるくらいには骨! って感じだった。

 皆を守っていたのだろうし、小さい子供達に配慮もしたのだろう。でも、だからと言って私達数人だけがお腹を空かせる理由にはならない。

 仮に、私達に理由を説明して、その上で私達の食事を減らし、そして私達に優しくしていたのであれば、或いは納得したかもしれない。

 でも彼は自分の食事は普通にとっていたし、私から取り上げる時も小さい子達に分けるためだとの説明も無かった。更に、執拗に私を苛めていた。

 多分だけど、私が男性に対して過剰に嫌悪感を感じるのは前世がおっさんである補正以外にもケインからのいじめが軽いトラウマになってる所為じゃないかな、とも思う。

 だからそういった諸々を加味した上で、許さない。謝っても絶対許さない。顔も見たくない。

 今の私の中身はいい年した大人だろうって? それは関係ない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。今は満足に食べられてるけど、それはそれ。

 心が狭い? 好きに言えばいいよ。簡単に割り切ったり許したりなんて、いい年した大人でも難しい。

 つまり何が言いたいのかといえば、テメーむかつくんだよ! って事で。


 あああああああ、思い出したら段々腹立ってきた! あの野郎! 絶対許さない! 絶対にだ!


「絶対連れてこないでください。顔も見たくないです」


 マジで死ねばいいのに。


「だよねー。分かった、そうする」


 ぐぅうー……きゅるきゅるきゅる。


 そんなことを話してると、トリエラのお腹がなった。


「……ごめん」


「いえ、ご飯食べましょうか」


 【ストレージ】から、とは言っても鞄から出す振りで食事を取り出す。卵サンドとオレンジジュース。ついでに林檎。


「はい、こっちはトリエラの分」


「ちょっと、貰えないよ!」


「いいから」


 無理やり押し付ける。


「でも」


「返されても受け取りません。そのままここに置いていきます」


「……わかった、貰う。頂きます」


「はい」


 一口食べると、目を丸くして、二口目からはがつがつと掻き込む様に食べ始めた。最初に渡した分をあっという間に食べ終わってしまったので新たに鞄から取り出して渡す。


「はい」


 少し躊躇していたので、押し付けた。無理やりでも食べさせるよ。正直、痩せすぎ。腕とか細すぎで見てるほうが辛い。

 私の意思が伝わったのか、受けとってがつがつ食べる。追加で渡す。食べる。渡す。食べる。

 ふとトリエラの顔を見ると、ちょっと泣いてた。その涙がどんな理由なのかはわからないけど、それでも食べる手は止まらなかった。


「ご馳走、さま。ちょっと食べ過ぎた、流石に、きつい」


「御粗末様です」


「これ、レンが作ったの? 凄く美味しかった……

 でも卵も普通に買えちゃうんだ……頑張ってるんだね」


「そうですね、頑張ってます」


 うん、頑張ってる。主に色々と趣味とかを。


「これ、他の子達の分です。食べさせてあげてください」


 追加でサンドイッチを渡しておく。卵サンドばかりじゃなく、ハムサンド等の、他にも幾つかの種類も渡した。


「こんなに、貰えないよ……」


「いいんです」


「……ケインもいるんだよ?」


「それはそれです」


 ケインがいることと、トリエラや他の子が飢えることは別。

 トリエラはこの世界で最初の友達で、親友だ。少なくとも私はそう思ってる。彼女は皆から慕われていたので、彼女からすれば私はそこまでじゃないかもしれないけど、それはそれ。


「わかった、貰っておく」


「暇な時はまた来てください。その時も渡しますけど」


「……わかった」


 私の気持ちは伝わってるだろうか? 良くわからない。


「それと、これを」


 自分の腰に佩いていた剣を外して差し出した。


「私が造った剣です。トリエラに使って欲しい」


「そんな、ここまでしてもらってるのにこれ以上貰えない」


「ダメです。トリエラの気持ちは関係ないので」


 トリエラはサンドイッチを持っていて両手が塞がってるので、好きに出来る。トリエラの腰のダガーを外し、私の剣をぶら下げた。

 私が親友だと思ってる彼女が貧相な装備で危険に晒されるのは我慢できない。単純に私の我侭だけど。


「そういう時々強引なところ、変わってない」


「当たり前です。私は私ですから」


 そう言いあって、何となく笑いあった。


「また、来てください。まだまだ話したいことが沢山あります」


「うん、わたしも沢山話したいことがあるから、絶対また来る」


 再会の約束をして別れて、私はその日の午後も剣を打った。


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