073 あの人は今
こんにちは、鍛冶の修行をしてた筈が何故か商業ギルドに登録する事になりました、レンです。
何でも前回使ったパスタマシーンとミンサー、あれらが画期的だったらしく、それの特許収入だけでかなりの収入になるんだって。
特許登録の為に行った商業ギルドで聞いた話によると、この国では全然レシピが無いらしいんだけど、ロングパスタを使った料理というのはもっと大陸中央の方にはあるとの事らしい。
ただ、今まで使われていたパスタ料理の為の麺を作る専門の機器というのが微妙で……ところてんを作る要領で力任せに押し込んでひり出す、とか何とか。
それに比べて私が作ったパスタマシーンはそんなに力も要らずに簡単に麺が作れるという画期的発明! という事だそうですよ?
ミンサーは小型化されてるのが凄いとか何とか……
尚、ミンサーはあるのにこの国にハンバーグは存在しない模様。意味がわからん。大陸中央の方にはそれっぽい料理のレシピがあるような無いような、とは職員さんの弁。この国だとクズ肉を丸めたミートボールもどきはあるみたい? なのでミンサーは国内では碌に売れないらしい。
ちなみにロングパスタ料理はこの国にはほぼ存在してない模様。でも西の方にある交易都市には一応はあるらしい。んー、一度行ってみたい。美味しいご飯色々食べたいです。
それはさておき、前世でたまたま構造を知ってたから作ってみただけのもので、自分で発明した訳でも無い物で、有る程度定期的な収入が得られてしまうというのは……なんだか色々申し訳ない気分に……
あ、そうか。これが知識チートって奴か。異世界転生ものの主人公ってみんな神経図太いんだなー。これ、私も慣れないといけないの?
っていうかね、色々発展途上というかちぐはぐな発展遂げてるのは分かってたけど、特許制度とかあるとか、本当にこの世界あべこべすぎて、もうどこから突っ込めばいいのやら。
ちなみに商業ギルドは登録料が高い。最初に始める商売によっても金額が上下するらしいんだけど、大体金貨1~5枚。場合によっては金貨10枚にまでなる。これはその最初の商売が失敗した時、場合によっては発生するかもしれない損失の補填に使われる補償金でもあるらしい。
私の場合は金貨5枚持っていかれた。そう考えると登録無料の冒険者ギルドって凄い良心的かもしれない。
今回の件に関していえば、設計図も併せて特許登録しておけば製造されるごとに使用料が入ってくるらしい。
商業ギルドは国を跨いだ国際組織なので、他国で作った場合でもお金が入ってくる。商業ギルドにも取り分が入る。なのでギルドの権益を守る為にもその辺りはきっちり取り立ててくれるそうな。
尚、商業ギルドで色々話を聞いてみた結果、この国はかなり田舎で後進的な部類に入るみたい。そこにこんな機材の特許を取りに来たものだからあれこれ探られる羽目になって非常に疲れた。
尚、特許料の収入はギルドで処理して自動振込みしてくれるとのこと。
商業ギルド登録してると預貯金出来るようになるんだけど、今回の特許の使用料は全部その口座に振り込まれるらしい。
下ろすのは一々商業ギルドに行かなくてもいいらしく、そういったギルド預けのお金というのは各種ギルドが業務提携してるとかで、別に他に登録しているギルドがある場合はそちらでも下ろせる、という事らしい。私の場合は冒険者ギルドでも引き出せるという事になる。
ちなみに商業ギルドは冒険者ギルドと違って年会費を払う必要があるらしいんだけど、それらの支払いは口座からの引き落としを指定しておけばわざわざ払いに来ないで良いという事だったので、自動引き落としでお願いしておいた。
いや、特許登録の時に色々探るような対応されたからね、それがお金を下ろすのにギルドに来るたびにやられても嫌じゃない? 商人の目付き怖い、マジで。
いや、まさかハルーラでトンカツを作った事はおろか、養鶏をやってる村での事も特定されてて、更には西の森に引き篭もっていた魔女の噂についても怪しまれてるような発言があったりとか、普通に怖いって! いや、森の魔女の件に関しては時期的に近いからって事だったみたいだから、色々とすっとぼけてはみたけど。
とまあ、そんな訳で商業ギルドには出来ればもう来たくないんだよ。
というか、ここまで商業ギルドに筒抜けだと、例のカエル顔の商人の事も気になる訳で。
……追っ手みたいなのとか、来ないよね?
場合によっては逃げる事も考えておかないといけないんだけど、折角借りる事ができた鍛冶場の事もあるし、本気で悩ましい。
ひとまずは様子見、かな……でもいつでもすぐに逃げられるようにはしておこう。
ノリとか雰囲気とか勢いとかで色々やらかしてるので、いい加減もう少し自重しないと……目立ちたくないとは何だったのか。いや、マジで。
あ、ちなみに商業ギルドのランクは、ギルド員の商売の売り上げの一部をギルドへの上納金と国への納税で支払って、その年間の合計金額が一定額以上になると上がっていくって事らしい。私の場合だと特許料が振り込まれて、そこから自動で引いていってくれるそうなので、放って置いても別に大丈夫みたい。
まあ、たまにランク更新とかで顔出さないといけないらしいんだけど……でもやっぱり出来ればここには来たくないなあ……
とまあそんなトラブルがありつつも、その後も剣やなんかを打って自由気ままに過ごしてたわけですが。
その日は昼前の休憩でちょっと敷地の外に出てみた。
母屋の裏手側には塀の外にでる扉があるんだけど、そこから外に出ると裏通りの方に出れるんだよね。
で、その裏通りなんだけど、通りを挟んだ向こう側は柵になってて、その向こうは空が見える。つまり、そこの先はかなりの段差になって、崖になってる。
柵に手を着いて下を見下ろせばそこには下の家の屋根が見える。ここから落ちたら大怪我するって位の高低差になってるので、落ちないように気をつけないといけない。
とはいえ、しっかりとした柵だってあるんだからここから落ちるようだと流石に自己責任で、落ちた人はかなりのおまぬけさんという事になる。実際、ここから落ちても国からの補償だのなんだのは無いらしい。気をつけよう。
でもここに居ると高台の上に居るのと同じ事なので、風が非常に気持ちいい。柵の近くには、休憩用かな? 一定間隔でベンチが設置されていて、裏通りだというのにそれなりに人が座って休んでいる様子だった。
まあ、そんな場所だといっても人目が少ない訳ではないので私は当然のようにマント着用でてるてる坊主状態な訳だけど。ついでにノルンも側に居るし。
しかし、本当に風が気持ちいい。これからはここで休憩を取るのもいいかも知れない。
「ふわー」
おわ、変な声がでた。
「あの、あなたそこから出てきたけど、そこの工房の見習いさん?」
ふわっ!? 今の変な声聞かれた!? やばい、恥ずかしい!
「あ、はい? いえ、違いますけど」
「あれ? そうなの? でもそこから……」
「えっと、ここでお世話になってると言うか、間借りしてるというか」
「あー、そうなのかー……じゃあ無理かなあ、当てが外れたー……」
がっくりと項垂れて落ち込んでしまった。なんだろう、別に私が悪いという訳ではない筈なのに、何故か罪悪感が凄い。その位に盛大に落ち込んでいる。んー。
「その……なにか困った事でも?」
これ、いつもなら絶対聞いちゃ駄目なやつ。フラグだよ。分かってる、面倒事の元だ。でも聞いちゃう、だって日本人だもの。それに、なによりもこの子は……
「え?」
「なにか、困ってる事でもあるんですか?」
「あー、いやあ……なんて言ったらいいんだろ? そのね、私まだ駆け出しの冒険者なんだけど……」
……冒険者ギルドと職人ギルドには、互助契約というシステムがある。駆け出しの冒険者と、同じく駆け出しの見習い職人がお互いに手を助け合って技術を高め合う為の契約だ。
具体的な例を挙げると、駆け出しの冒険者であればお金がないので装備が揃えられない。装備品は信頼できる品質のものとなると相応のお金が掛かる。そして、それらは消耗品だ。
そして、例えば見習いの鍛冶職人が居るとする。彼、或いは彼女はようやく槌を振る事を許された、駆け出しの鍛冶師だ。でも彼は自由に出来る資材がない。自由に鍛冶場を使う事も許されていない。仮に何かを作ったとして、それの実際の性能や使い勝手を知る手段も無い。
そうした駆け出しの冒険者と職人が、お互いに必要なものを補い合うのが互助契約なのだ。
冒険者は必要な武器や防具等を安価、或いは無料で手に入れる事ができる。職人は実際に自分が作った物の性能を知る事ができる。
冒険者は職人が必要とする素材を無料、或いは安価で提供し、新たな武器や防具を手に入れ、経験を得る。職人も新たな素材を扱う事を覚え、また、自分が作った品々の性能や使い勝手を知り、改良し、腕を上げていく。
お互いに足りない金銭を補い、得がたい経験を得、切磋琢磨していく。それが互助契約。
但し、当然デメリットもある。
駆け出しの冒険者の能力等というものは、所詮は高が知れている。ふとした事であっさり死ぬ。当然技能も低い。要求された素材を集める事は容易ではない。
見習い職人も同様で、所詮は見習い。作り出せる物の性能や信頼性はお察し。戦闘中にいきなり壊れる事だってある。
だからこの互助契約にはお互いの生死に関しても後々に責任を負わない事、などの記述が有る。死んでも自己責任なのだ。
そこには、死んだ冒険者の仲間についても項目がある。
仲間の冒険者が装備の不具合で死亡した場合でも、互助契約を結んだ職人に対して問い詰める等の行為をしてはならないとされてる。
それを破った場合は当然のように罰則がある。
ただし、あまりに死亡事故を繰り返すようであれば職人の方にも罰則が適用される。
そういったデメリットも含んだ上で、お互いに納得して結ばれるのがこの互助契約だったりする。
そして、今目の前に居る少女はその互助契約を結ぶ相手を探して、連日この鍛冶職人通りの周辺をうろついてるという事だった。
あわあわしながら、言葉足らずにならないように、それでもうまく説明できるように話している少女。
……変わらない。変わってない。
淡い金髪で、長さは後ろで握りこぶし一つくらいで束ねる事ができる位。昔はもっと長かった。肌はうっすらと浅黒い。以前よりも若干焼けただろうか? くりくりとした碧眼は変わらずあの頃のままで、強い意志を宿していた。
……そう、私はこの少女のことを知っている。
「……という訳でね、一緒に孤児院からでてきた子達の負担も考えると、互助契約をしてもらえる人を探すのが一番って言うか? とはいっても、そもそもの相手が見つからなくてねー? いや、困った困った」
11歳になってしばらく経った後、同じ年頃の子達を連れて孤児院を出て、冒険者になったらしい。私達が居た孤児院は本来であれば15歳になるまでは居てもいい事になっている。
でも彼女、或いは彼女達は自分達よりも小さい子供達の為に孤児院を出る事を選んだのだと言う。
「何とかなると思ったんだけど、薬草の区別も付かなくってね? そうなると正当防衛でゴブリンとかレッサーウルフとか倒すとかしかないんだけど、そうすると武器とか全然ダメで」
彼女の腰には使い古したダガーが佩いてある。鞘に収まっていてもあちこちぼろぼろで、今までの苦労が窺い知れた。
彼女の手もぼろぼろだった。孤児院に居た子達はみんな手はぼろぼろだったけど、それでも今の彼女と比べれば、ずっとずっとマシだった。
「そんな訳でさ、自己責任とかあったけど、それでも互助契約が結べれば全然マシかなって思ったんだよね! うまく行けば他の子達の武器もお願いできるかもしれないし?」
変わらない、全然。あの頃と全然変わらない。
いつもみんなの面倒をみて回って、自分から余計な苦労を背負い込んでいた。
「……変わりませんね、トリエラは」
「えっ?」
彼女は、トリエラは目を丸くしてこっちを見返してきた。その目の色は孤児院に居た頃と変わらなくて、何となくだけど、安心した。