069 贈収賄疑惑の現場
森から帰ってきた次の日、アリサさんに連れられて職人街のほうに行く事になった。
以前紹介してもらう約束になっていた鍛冶職人さんに会いに行く為だ。ちなみにリリーさんも一緒。
「こっちのほうは市場や大通りとはまた違った雰囲気ですね」
「そうですね……私も東区のこっちのほうは余り来ないので……」
「リリーは東区に来ても魔法関係の店ばっかりだもんねー」
職人街の東区とはいっても多種多様な職人がいる訳だけど、基本的に同系統の職人がそれぞれ固まっているらしい。鍛冶師、革細工、魔法具、機織に服飾等々……
ここ、鍛冶工房が集まる区画だと鉄を叩く音が響いてはいるけれど、それ以外は意外と閑散とした雰囲気だ。
「今向ってる鍛冶工房は王都でも有数な凄腕の親方が居るところなんだよー」
「斜向かいの工房の親方と仲が悪いんだよね?」
「元は同じ工房で働いてて、同時期に暖簾分けしてもらったらしいんけどねー」
「元々働いてた工房はもう無くなってて、お互いが元祖とか本家とか言い合ってるんだっけ?」
「らしいねー。ちなみに斜向かいの工房のほうは最近は魔法付与のほうに傾倒してるらしいよー」
「今向ってる所は純粋に鍛冶の腕を高めようとしてるんだよね?」
どこでも似たような争いがあるんだなあ……魔法付与も気にはなるけど、今は純粋に鍛冶のレベル上げが優先だから、技術傾倒なのは正直ありがたい。
「っと、ここだよー」
「おおー」
何というか、立派な店構え。珍しいガラスのショウウィンドウには剣と鎧が幾つか飾られていて、更に店舗内部の様子も見える。飾られている剣は実用ではなく、儀礼用の装飾剣かな? 見た目がかなり華美。でも刀身自体も決して手抜きという風ではなく、ちゃんと実戦にも耐えられるように鍛えられている。鑑定の結果分かった事だけどね。
「じゃ、入るよー。こんにちはー」
がらんがらん、とベルの音を鳴らして扉を開けて店舗内に入った。店に入ってすぐの所にカウンターがあり、店番の少年が椅子に座っている。カウンター脇から応接用のスペースに入る事ができるようになっており、そのフロアから更に奥に続く通路があるのが見える。
店舗内の壁には数打ちだろうか? いくつもの剣が飾られている。室内には鉄と油の匂いが充満していて、まさに鍛冶屋! という感じ。
「あ、ハミルトンさんとこのお嬢さん。今日は何の御用ですか?」
「親方いるー? ちょっとお願いがあってー」
「親方なら奥に居ます。呼んできますので、そちらに座ってちょっと待っててください」
店番の少年に奥側のスペースに通され、椅子に座って待つ事になった。
「今の時間だと多分すぐには来ないと思うよー」
「レンさん、剣が沢山ありますね」
「それは鍛冶屋だしねー」
ただ座って待つのもなんだし、どうせなら時間つぶしに並べてある剣を見てみたい。
「並んでる剣は見てもいいんですか?」
「大丈夫だよー」
では遠慮なく。フードを下ろし、壁際の剣立てに立てかけてある剣を一本手にとって、鞘から抜いてみる。んー。
隣の剣、その隣の剣、と順に見ていく。
「これ、数打ちですよね? 鋳造ではなく、鍛造の」
「そうだねー、この工房の量産品は全部鍛造だよー」
「アリサ、それって採算とれるの?」
「量産品でも品質がいいっていうのは意外と需要があるんだよー?」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよー」
……いいな、ここ。【鑑定】と【解析】で調べた感じでは、品質は悪くない。今まで見てきた武器屋の剣の中では群を抜いて出来がいい。これで数打ちというのなら、ここの親方はかなり拘る昔ながらの職人タイプなんじゃないだろうか?
「……いいですね」
「わかるのー?」
「数打ちの量産品にこの品質のものが並んでいる店は初めて見ました。刃の造りもそうですが、素材自体の、鋼の鍛え方が素晴らしいです」
多少、というか結構ムラはあるけれど、この世界の発展レベルから想定する冶金の技術や設備を考えると、秀逸と言えるレベルだと思う。
「おうおう、ちっさいなりして好き放題言ってくれるじゃねぇか」
「あ、親方ー」
「おう、アベルんとこの。最近見なかったがどうした?」
「ちょっとハルーラ行ってウェイトレスしてたー」
「なんだそりゃ?」
「私もう14だし、仕事先探さないとだからねー」
「それにしたってお前にウェイトレスとか、ちゃんとやれんのか?」
この人が親方さん? 歳は45歳くらいかな? 背は程々、とはいっても私よりも高い。筋肉ががっしりと付いていて凄くごっつい。髪は赤黒く、ところどころ白髪交じりだけど短く刈り上げられている。顔は日に焼けて真っ黒、髭はきれいに剃ってるみたいだけど目付きもきつ目かな。ドワーフ……では無いと思う、多分。
アリサさんとは随分と仲がよさそうな感じだけど……それよりも。
「……リリーさん、リリーさん達って14歳なんですか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私は来月に誕生日ですけど、私達は今年で14です」
「リリーさんってしっかりしてるから、てっきり15歳位かと思ってました」
「え、老けてみえます!?」
いや、しっかりしてるからって言ったよ? というか来月誕生日? なにかプレゼント出来そうなものとかあったかな? んー?
「んで、なんかお願いだって? また無茶言いにきたのか?」
「いやー、無茶ではないよー? ちょっと友達が鍛冶場を借りたいって言ってて、借りれないかなーって?」
「それを無茶って言うんだ。いきなりきてそんな事いわれて、ホイホイ鍛冶場を貸す工房なんざどこにもありゃしねえぞ? つーか、友達ってそっちのちっさいのか?」
「そうだよー」
「おう、そこのちっさいお嬢ちゃん! アンタ意味わかってんのか? 鍛冶場は遊び場じゃねえんだぞ? 大体そんなナリで槌振れるのか?」
「はい、分かってます。槌も多分大丈夫です」
「多分って……大体な、借りるったってどれくらいだ? その様子じゃ1日2日って訳じゃないんだろう? 金はあるのか?」
「出来れば半年は借りたいと思ってます。お金は多分足りると思います。足りなかったら稼いできます」
「……はあ。おいアリサ、このお嬢ちゃんこんなこと言ってるが本当に大丈夫なのか?」
「うーん、お金は大丈夫じゃないかなー? 稼ぐって言ってるのも多分大丈夫だよー? それに、出来ないことをやれるって言う人じゃないと思うしー?」
「随分適当だな……うーん……なあ、お嬢ちゃん。アンタが何を作りたいのかは知らんが、金があっても腕がない奴には鍛冶場は貸せねえ。お嬢ちゃんが作ったもん、何かあるか?」
私が作ったもの、となると今腰に下げてる短剣? あとはスローイングダガーも出したほうがいいかな? こっちは買った物を改良しただけの奴だけど。
短剣を剣帯ごと外して渡す。
「この剣です。あとは、一応こちらも」
「ふむ、ちょっと見せてもらうぞ?」
親方さんが剣を抜いて刀身を見る。暫く眺めてるとだんだんと表情が険しくなっていく。何かおかしい?
「ちょっといいか?」
小さい鉄の棒? 先のほうが球体っぽくなってる棒を取り出してこっちに確認してくる。あー、叩いて音とかで材質とか調べるのかな。
「どうぞ」
刀身をこんこん叩いては顔を顰める。続いてダガーも同じようにして調べていく。
「……これを、お嬢ちゃんが作ったのか?」
「はい」
「むう……どういう鍛え方をしたらこんな……いや、だがこれは……ぬう……」
あー、和鋼の玉鋼はここでの一般的な鍛鉄の鍛え方とは違うだろうし、そもそも魔法で作った物だから品質も均一だし、今まで見たことがない鍛え方に見えるんだろうなー。
「よかったらこれもみますか?」
鞄から取り出すフリで【ストレージ】から玉鋼のインゴットを一つ取り出し、親方さんに渡す。
「……いいのか?」
「構いません」
こんこん叩いては思案顔。
「……これもお嬢ちゃんが鍛えたのか? 材質は鉄のようだが……なにか少し違うような……」
「材質は砂鉄です。川で集めて、その後私が精錬しました」
魔法を使ってだけど。
「砂鉄、砂鉄か……確かに昔はそういういう鍛え方もあるって聞いたな。なるほど、これが……だが配合は……」
配合? 炭素配合のこと?
「……ふむ、いいだろう。これだけのものが作れるなら腕のほうに問題はないだろう。鍛冶場を貸すのは吝かじゃない」
「いいんですか?」
「ああ、うちの若い連中にはいい刺激になるだろうよ。予備の鍛冶場が幾つか在るからそのうちの一つを使っていい」
「ありがとうございます!」
うっし! 鍛冶場げっと! 普通余所者に鍛冶場なんて貸してもらえないからね! となれば……
「お礼という訳ではないんですが、よかったらこちらをどうぞ」
先ほど取り出したインゴットを進呈。これで恩を着せられれば色々やりやすくなるかもしれない。
「……いいのか? これは秘伝の類だぞ?」
「構いません。余所者に鍛冶場を貸していただけるんですから」
相当腕がよさそうな人だから、実物が有れば再現できてしまうかもしれない。でもまあ、この位なら劇的に技術レベルが上がるって事も無いと思うし、大丈夫じゃなかろーか?
「……わかった、ありがたく貰っておく。ただ、そうだな……最低でも半年は借りたいって事だったか。なら1日小金貨1枚でいい。それと燃料費はこちらで持とう」
「いいんですか?」
普通に考えれば余所者に場所を貸してもらえるだけでもありがたい話なのに、予想してた額よりも相当安い。ぶっちゃけもっとぼったくられる事も覚悟してたのに燃料費まで持ってくれるとか、ちょっとありえないくらいに破格だと思うんだけど。
「構わん。このインゴット一つで色々な事がわかる。調べるには時間はかかるだろうが、これを再現できればウチの工房の技術は更に上がるだろう。長い目で見ればどれだけの利益になるか……それだけのものを貰ったんだ、このくらいじゃ安いくらいだ」
あー、そういう……そっちは失念してた。ぬう。
「しかしそうだな……お嬢ちゃん、どこで寝泊りするつもりだ?」
「宿でも取ろうかと思ってます」
流石にリリーさん達がハルーラに戻った後もお世話になるわけにはいかない。いや、リリーさんのお母様はかまわないって言ってくれてたんだけど、なんだか外堀を埋められそうな気がしたので辞退させて頂いた。
「なら、ウチの住み込みの連中用の部屋がいくつか余ってるから、それを使うといい。飯も必要なら準備させる。風呂も男女別に用意してあるから問題ないだろう」
「え、それは」
「遠慮しないでいい! というわけで決まりだ! それでいつから来る? 今日か? 明日か?」
あっれー、すっごい強引。断るのを断るって位の勢い? むむむ。
「ええと、では部屋の方はお言葉に甘えさせていただきます。借りるのは……明日からで大丈夫ですか?」
「おう、明日だな! 部屋はきっちり掃除させておくから安心しとけ!」
思ったよりも揉めたりしなかったのは助かったかな? ちなみにノルン達が眠れる場所もあるとの事なので 一安心。
その後、工房を後にしてリリーさんの実家へ帰宅。
リリーさん達2人も明日には乗合馬車でハルーラに戻ると言う事なので、アリサさんも招待して今日までお世話になったお礼とリリーさんの誕生日プレゼントも兼ねて、私が晩御飯を作ってご馳走した。
とはいっても余り凝ったものではなく、卵チャーハン、エビチリ、オニオンスープ、ドレッシングをかけた生サラダと、全部王都に来るまでの馬車の旅の間にリリーさん達に振舞ったものばかり。新しいものを出すのはちょっと自重した。
とはいえ、リリーさんのご両親が甚く感激して、引き止められる羽目になった。
「やっぱりウチの子になりましょう? ね! ね!」
いやいや、勘弁してください。