060 フードファイト
という訳でやってまいりました、レストランでございます。
時間は夕飯というにはちょっと早めの時間帯。夕方6時位? このくらいの方が混まずに入れるのだそうで。
なるほど、気を遣ってもらったようです。リリーさん達マジいい子。
ちなみにノルンとベルはお留守番。ごめんよぅ……お詫びという訳じゃないけど、晩ご飯にマッドブルのお肉を置いてきた。自作の焼肉のタレで焼いたやつ。リリーさん達がもの欲しそうに見ていた事は言うまでもないと思う。
宿からレストランまでは徒歩で移動、なんだけど、実は割と直ぐ近くだったので五分も掛からずに到着した。中に入るとリリーさんが対応して待合室まで通されて、しばし待機。その間もリリーさんが給仕の人相手に色々と応対をしていた。注文とかしてるみたい? まあ、今日の私はご馳走になる側なので全部お任せ。こういう所は初めてだし、正直よく分からないからね……
それからしばらくすると大きい広間に通された。等間隔という訳ではないけど、ある程度間を置いてテーブルが配置されている。個室ではないのは平民用のフロアだからかな? でもその平民用のフロアでも上等の部類らしい。選んだ料理のコースで通されるフロアが違うとかなんとか。
ちなみに貴族様のフロアは更に奥にあり、基本的に個室だそうだ。移動中にリリーさんが教えてくれた。なるほどなー。
そんなこんなでテーブルまで案内されて椅子を引かれ、着席、しようとした所で問題が発生。私がマントを着用しっぱなしなのがまずいらしい。
マント着用のままでもいいのでは? と聞いてみたところ、以前は確かにそうだったのけれど、最近その格好で問題を起こした冒険者が複数いたとかで見直す事になったのだそうだ。何と言うとばっちり。
折角ここまで来たのだから食べずに帰るというのは流石に無い。なので諦めてマントを脱ぐ事にする。
「なんだかすみません……こんな事になってたなんて……」
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
リリーさんが凄い恐縮しちゃってて少し申し訳ない気分になる。いや、ほんと気にしないでいいからね?
諦めてマントを脱いで給仕の人に預けると、途端に周囲の席の人の目が集中してちょっと落ち着かない。給仕の人も目を見開いて固まっちゃってるし。むむむ。
でももうここまできたら私も気にしないでスルーするしかないので、気にしない気にしない!
気を取り直しておしゃべりしているうちにいよいよお料理が運ばれてきた。ドキドキしますなー!
運ばれてきた料理はテーブルの上に全部乗せだった。コース料理ではないらしい。
リリーさん曰く、このフロアを使える富裕層でも、平民はマナーを身に着けてない人も多いらしく、順番に料理を持ってくるコース料理だと色々と勘違いして文句を言う人が居るかららしい。
そもそも、お金を持ってる平民となると上位の冒険者である場合も多いとか何とか。それだと確かにマナーを学ぶのは難しい気がする。
んー、貴族とも付き合いがあるであろう大商人とかだとまだ違うのかも知れないけど……その辺りどうなのだろう?
リリーさんに聞いてみると、そのクラスになると個室を借りるとの事。なるほど、納得。
さてさて、なにはともあれ料理ですよ。
内容はサラダ、スープ、唐揚げっぽいもの。パンは籠に山盛りになってるけど、見た感じ、白パンかな? 記憶が戻ってから初めて見た。
更に後からメインの肉料理が運ばれてくるらしい。そして最後にデザートもあるみたい? んー、それぞれで食べ過ぎるとデザート入らなくない? 全体的にかなり量が多くて、なんだか色々微妙な気が……
色々気にはなるけど取り敢えず食事開始。カトラリーも複数並んでるけど、前世の記憶にある物との差はないようなので、順番に該当するものを使っておけば問題はないかな? というかクレームはいるからって料理全部乗せしておいてカトラリーは複数並べるとか、やっぱりおかしい気がする。
周りのテーブルにさりげなく視線をやってみれば、一種類だけしか使わずに色々食べてる人がちらほら……
少し首を傾げてると、給仕の男性が余り気になさらなくとも大丈夫ですよ、と声を掛けてくれた。いや、どれをどれに使うのかは分かってますからね? 使い方が分からない訳じゃないです、ちょっと突っ込みたくなっただけです。
気になった事をそのままにしておくのもなんとなく収まりが悪いので素直に聞いてみたところ、非常に言いづらそうに教えてくれた。ぶっちゃけると、自尊心を擽る為らしい。
マナーはよく分からなくても、カトラリーが並んでるというだけで貴族と同じような扱いを受けてる! と、まあ、そういう事らしく。
それに、数年に一度の贅沢な外食とか、何かの記念日に、なんて人達もいる訳で……うん、色々納得。高級感は確かに大事だね。なるほどなー。
さてさて。全部乗せだけど一応コースに則った順番で食べるのがマナーかな? という訳でまず一口水に口をつけて、最初は前菜を兼ねてるっぽいサラダから。
見た感じレタスっぽい葉野菜にソースっぽいものが掛かってる。フォークで刺してぱくり。しゃくしゃく。あー、レタスだこれ。
んー、このソースはグレイビーソースっぽい? 牛肉を煮込んだ系の煮汁をベースに手を加えた感じかな? 食べやすくする為に油は丁寧にとったみたいだけど、それでも前菜で食べるにはちょっと重い気もする。味はいいんだけど、んー。
そういえば後からメインの肉料理を運んでくるって言ってたっけ? それの流用かな? 風味的に赤ワインを使ってるようだから、牛肉のワイン煮辺り?
メインの肉料理について給仕の人に確認してみたら、何で分かったのかと驚かれた。サラダのソースの事を説明したら信じられないものを見る目で見られた。あれ? 普通分かるでしょ? え? 分からないのが普通? そんなこと言われてもなー。
サラダを平らげて次はスープ。具沢山だ。ただ、スープは澄んでいて丁寧に灰汁取りしたのが窺える。スプーンで一口。うん、コンソメっぽい。本来のコンソメスープではないけど、材料的に似た系統の味になるのは致し方なし。でもスプーンでこの量の具を全部平らげろというのはちょっと酷じゃなかろうか。いや、美味しいけどね。
「レンさん、気に入ったみたいですね」
「わかりますか?」
「はい、すごい幸せそうな顔してますから」
無意識に頬が緩んでいたらしい。ちょっと恥ずかしい。でも美味しいものを食べるのは幸せな事なので仕方ないのです、と伝えると。
「そうですね。美味しいものを食べると幸せな気持ちになりますよね。ふふっ。まわりの席の人もレンさんの表情に見惚れちゃってますよ?」
……みんな私のこと見すぎじゃない? ご飯食べるのに集中しようよ。もぐもぐ。
「でも驚きました。レンさんテーブルマナーわかるんですね。私よりもちゃんと出来てて……一体どこで覚えたんですか?」
「秘密です」
前世で覚えました。なんて言えるはずも無いけれど、これでも一応お偉いさんとの会食だとか、金に物を言わせて一時期外食しまくったりしていたのだ。それにあわせて相応の作法は身に付けてある。技術者兼研究者といっても開発だの研究だのだけしてる訳ではない。色々な根回しだとか開発費をせびる為だとか、色々大変だったのだ。
でもリリーさんが気になるのも仕方ないとは思う。前世ではともかく、今の私は冒険者なので、基本的に世間一般では無教養と思われてるのが普通だ。更に私はまだ11歳。だと言うのにそれがほぼ完璧にテーブルマナーをこなしていれば変に思われても已む無し。
とは言え明確に答えられるはずもないので、くてりと首をかしげて笑顔で誤魔化す。これ、最近よくやってる気がする。
「リリー、ほら、レンさんだから……」
「……そだね」
あれあれ? なんだか酷い評価をされてる気がするよ?
ともあれ、スープも平らげたのでパンに手を伸ばす。
ちぎって一口。もしゃもしゃ。うーん、柔らかい。天然酵母を使ったものと比較したら当然硬い部類だけど、今まで食べたパンは基本的に黒パンばかりだったので、柔らかいパンは久しぶり。というか前世ぶり? そう考えると少し感慨深いものが……ああ、天然酵母といえば、今度自作してパンを焼くのもいいかもしれない。というか何で今まで思いつかなかったのか、無念だ。
さて、次は唐揚げっぽいもの。フォークでざくり。パクリ、はむはむ……うん、鶏の唐揚げだこれ。なんだ、この世界ちゃんと揚げ物料理あるじゃん。
料理人の腕がいいのか揚げ具合は悪くなく、ジューシー。ただ、衣の食感的に二度揚げしてる感じではないのが惜しい。そして肉の味。下味でタレに漬けるとかせずに塩胡椒を振っただけっぽい。それだけでも十分に美味しいけど、こういう所が未発達なのか……色々惜しい。尚、胡椒少な目の模様。香辛料はそれなりに高級品だしなあ……いや、普通に美味しいけどね。でも個人的になんとなく物足りないので、今度自分で作ろうと決意してみる。
というか肉の後にまた肉が来るって、やっぱり微妙だよねえ? いや、内陸部で魚の輸送が難しいからってのは分かるんだけど……
「肉が続くのもちょっと重いですね……」
「まあ、色々とありますから……」
「やっぱり本来のコース料理だと魚なんですか?」
「そうですね、って、何で知ってるんです!?」
「まあ色々と? でも、川魚ならいけるんじゃないですか?」
「コース料理で使えるような大きい川魚は貴族用のコース料理に優先されるみたいです。沢山仕入れた時はここでもたまに出てくる時があるみたいですけど。それでも取り敢えず食べるだけなら、庶民向けの食堂に行けば何とか……」
「……それは、あまり味には期待できそうにないですね」
そもそも魔物が出てくる事もあるのでおちおち川で釣りもしていられないとかなんとか。
だから川魚も専門の商人が護衛を雇って仕掛けを使って、まとめて獲ってきてまとめてレストランとかに卸すのだそうな。
そういった事情から、川魚でもやはり若干お高めになる模様。
でもそれでも魚を食べたいなら後は頑張って自力で釣ってくるしかないらしい。まあ、この世界は害獣どころか魔物が居るし、命がけって考えると……いや、私は川魚も【ストレージ】に沢山あるけどね。
なんて駄弁っているうちにメイン肉登場。予想通りに牛肉のワイン煮。量産に向いてるし、妥当と言うか順当と言うか、うん。
でもだからと言って手を抜いてる風ではなく、ちゃんと灰汁取りとかして丁寧に作ってあるのがわかる。肉は柔らかでとろとろ。うーん、美味しい。頬が緩むわー、美味しい。むふー!
「……レンさん、その、もう少し表情を」
おおっと、周囲の目が! でも美味しいから我慢するのは無理!
ワイン煮も平らげると、最後にデザートが運ばれて来た。
これは……ホットケーキ? バターが乗ってて、蜂蜜も掛かってて……一口食べる。うん、ホットケーキだ。
ちゃんとふんわりしてるという事を鑑みるに、重曹を使ってる? あー……重曹があれば色々な料理が作れるなあ……今度探すか作るかしておこうかな。
あ、そういえばこの世界でちゃんとした甘味食べたの初めてかも……自作以外では、だけど。あー、でも美味しいなー。もぎゅもぎゅ。
そして全て完食。
いやはや、お腹一杯。というかきつい! ちょっと食べ過ぎた! っていうかやっぱり量多いよ!
「……ちょっと苦しいです。美味しかったですけど、やっぱり量、多くないですか?」
「ああ、それはここの利用者は上位の冒険者が多いからなんですよ」
「なるほど、納得しました」
冒険者は身体が資本だし、それを差し引いてもここの料理は美味しいし、上位冒険者は収入も多いだろうから、贅沢を楽しむ意味でも頻繁に通ってるんだろうなあ。
宿への帰りの道中にぽっこりお腹を撫でながら、ちょっと運動しないとまずいかも、なんて考えが頭をよぎったけど、明日からまた馬車移動だった事を思い出して運動してカロリー消費する事も出来ない事実にちょっと戦慄してみたり。
ああ、うん。王都に着いたら頑張るから……