018 危なくなったのでスタコラ逃げます
さて、そうと決まれば夜逃げの準備だ。
……と、言っても正直準備はあってないようなものだった。基本的に私の持ち物は全て【ストレージ】に収納してある。最後に収めるものもひとつだけあるが、それは最後でいい。
今は夕方。表に居た連中は一旦ココの村まで戻ったようだ。隠れている奴は居ないようで【探知】に反応は出ない。
邪魔にならないように髪を三つ編みにし、動きやすい服装に着替える。スカートよりはズボンのほうがいいかな? 怪我しても面倒なので裾丈は長いものにした。いつも家に居るときはキュロットかスカートパンツだけど、流石に山の中を歩くのには適していない。上も丈夫な生地のもの。なめした革で造った胸当てを装着して、腰に短剣を下げる。最後にその上からマントを羽織り、フードを被る。完璧だ。
暖炉の前で丸くなっていたノルンがいつの間にか起きていて、こちらを見ていた。
……どうしよう? 一緒に来てくれれば凄く心強いけど。
ノルンは黙ってこちらを見ている。
「ノルン、私、この森を出て行くことにしたの」
「……」
「それで、ノルンはどうする? このままこの森に残る? それとも……一緒に来る?」
「ウォフッ!」
着いて来てくれるらしい。嬉しい。凄く嬉しい。
……一応言っておくと、これは勝手な思い込みじゃないからね。【生活魔法】のレベルが上がったらノルンの言ってることが何となく分かるようになったのだ。ベルはまだ幼すぎて言葉が明確になってないようで、あまりよく分からないのだけど。だから別に私は痛い人と言うわけじゃない、マジで。
っと、そうと決まれば即出発だ。寝てるベルを叩き起こすと家の外にでる。
結構長く住んだよね、この家。
……日々の生活が思い出される。それでも森を離れないといけない。このままここにいても碌な事にはならない。
なので。
『家』を【ストレージ】に収納した。
後に残ったのは排水溝だけ。
え? 家を残していく? 燃やす? そんな馬鹿な。あれだけ苦労して造った家になんでそんなことをしないといけないのか。そもそも【ストレージ】は収納量無制限、であれば収納するもののひとつあたりの大きさも無制限のはずだ。そしてこんなこともあろうかと、家を増築したときにわざわざ石垣を作ったのだ。家の基礎部分はその石垣の中。石垣部分ごと収納すれば何の問題もない。庭も畑も持っていける。可動式庭付き一戸建てだ。素晴らしい。
このままにしていって、寝室とか他の人に見られたくないしね。
とまあ、久しぶりに【ストレージ】の酷いチートを実感しつつ準備完了。辺りはもう日が落ちかけていて大分暗くなってきた。闇夜に乗じて脱出でござる! ニンニン!
……あれから5時間ほど歩いたあたりで、小休憩をとることにした。正直、休憩いらないけどね。眠気覚まし、体力回復、疲労回復。全部ポーションがある。でも無理はしない。
私とノルンはいいけど、ベルはまだ子供でスタミナがない。かといってポーションを与えて誤魔化して、それで自分のペース配分が分からなくなったら大きくなってから困ることになる。
移動している方向は一応、東。確か其方に行けば幾つかの村の先にハルーラと言う街があったはずだ。そこそこの規模の町で、幾つかのギルドなんかもあると聞く。ココの住む村は南東の方角だから、そこまで行けば遭遇する可能性はそうそう無いはずだ。
ちなみにこのあたりを治めている男爵の住んでいる街は森から南のほうのネイザンと言う街。ついでにそこにカエル顔の商人も居る。だから絶対そっちには行かない。
軽飯を食べながらベルを見てみると、唯の遠出とか夜狩りとか思ってるみたいでわふわふ喜んでる。これ、夜逃げだからね?
ノルンが警戒してくれると言うので、1時間ほど仮眠を取ってから移動を再開。距離的には明日の昼過ぎくらいには森を抜けるはず?
途中、はぐれたオーク一体とゴブリンの斥候を数匹狙撃で倒した以外、特に何の問題も無く森を抜けた。
周囲を窺う。私の自宅まで押しかけてきた連中は居ない。前良し! 後ろ良し! 右良し! 左良し! お前に良し! 私に良し! んー、良し!
森を抜けて街道を目指して移動開始!
とぼとぼとノルン達と並んで草原を歩きながらこれからのことについて考える。
私の顔を知っている人はほとんどいない。と言うか、2人しか居ない。1人はニール。自分のうっかりで思いっきり見られた。忘れていて欲しいけど、多分無理だろう。もう1人は実は、ココ。あの子は私よりも背が低かったから、いつも私を見上げる形になっていた。フードを被っていてもほぼ丸見えだったろう。でもどちらもハルーラまで行けば問題ない。2人とも森の村に住んでいる。そうなると後は孤児院で一緒に暮していた子達。
この1年間で、髪もずいぶんと伸びて長くなった。それにバランスの取れた食生活で健康的にふっくらとしたので、顔つきが大分変わったと思う。初見でいきなりばれるという事とは無いはず。そう思いたい。カエル顔の商人は数回遠目で見ただけだし、多分大丈夫。
そう考えると思ったよりも大丈夫じゃない?
うん、ちゃんと気をつけておけば大丈夫大丈夫!
それから2日ほど歩いて漸く街道に辿り着いた。