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急変

夜も更け、ギルド「アウトロー」の一階は静まり返り、ほとんどの人影が消えていた。暗がりに隠れるようにして、アリス、リリア、そしてラムウェルの三人はひそひそと話し込んでいた。ランプのほのかな光に照らされるラムウェルの顔は、時折不気味な影を落とし、彼の表情をいっそう怪しげなものにしていた。


「お嬢、聞いて驚くなよ」と、ラムウェルは芝居がかった低い声で切り出した。「その指輪、ただの飾りじゃねぇ。そいつは昔話に出てくる、あの指輪だ。ダークレルムとシャドウレルム、どちらもな。まあ、あんたたちは知ってるだろうが、リリア嬢ちゃんは初耳って顔してるから、説明してやろうかね」


リリアが小さく頷くのを見て、ラムウェルはニヤリと笑った。彼の目はまるで秘密を楽しむように輝いていた。


「まず、ダークレルムの指輪ってのはな、そもそも国民全員の生命の糸の長さを決めるって、とんでもねぇ代物だったんだ。生命の糸ってのは、人の命の長さを象徴するもんで、それを操れるってんだから、普通じゃ考えられねぇだろ? で、その切った糸の残りカスみたいなのを闇の力に変えて、シャドウレルムの指輪にエネルギーを供給するってわけさ。」


「でもよ、その結婚式の騒ぎで、ダークレルムの指輪は暴走しちまった。生命の糸ってやつを、国民全員分、全部切っちまったんだよ。そりゃ国民は全員死んじまうってもんだ。そのせいで、ダークレルムは魂を持たねぇ、ただの呪われたガラクタに成り下がっちまった。触れた者の生命の糸を無限に延ばすことしかできねぇが、その糸は余りすぎて、闇の力として逆に身体を蝕みやがるんだ。」


ラムウェルの言葉は、まるで呪いのように重く響いた。彼は手を広げ、無駄に大げさな仕草で説明を続けた。


「簡単に言やぁ、ダークレルムは永遠の命をくれてやる代わりに、あんたを闇の底まで引きずり込む。永遠に続く地獄だってこった。誰だってそんなもんは欲しがりゃしねぇよな。でも、シャドウレルムの指輪は違う。ダークレルムが暴走して、その最後の力でシャドウレルムはとんでもねぇ力を手に入れた。触れた者に膨大な闇の力を与える。権力者から盗賊まで、今でも血眼になって探してるってわけさ。」


リリアは腕を組んで、眉をひそめた。アリスはラムウェルの言葉を黙って聞いていたが、その表情にはわずかな不安の色が浮かんでいた。ラムウェルはその様子を見て、ますます得意げな顔をした。


「お嬢さん方、こいつはただの指輪じゃねぇ。うまく使えば、この世の全てを手に入れられる代物だ。でも、下手をすりゃあ、あんたら二人とも闇に飲まれておしまいさ。どっちに転ぶかは、あんたら次第ってことだな。」


ラムウェルは最後にそう言って、意味ありげに笑った。その笑顔には、何かを隠しているような含みがあったが、アリスもリリアもそれを問いただす気力はなかった。彼の話があまりにも重く、不気味で、そしてあまりにも現実味を帯びていたからだ。


薄暗いランプの光が、木製のテーブルに影を落とし、まばらな人影がその陰に隠れるようにして動いている。リリアは眉をひそめ、疑わしげに問いかけた。


「どうしてそんなことを知っているの?」


ラムウェルはリリアをじっと見つめ、片眉を上げてニヤリと笑った。


「この話にはまだ続きがあるんだ、最後まで聞いてくれや。」


その言葉に促され、リリアは渋々ながらも口を閉ざし、彼の話を待った。


「ダークレルムの行方は誰も知らねえ。いや、知りたくもねえさ。でもな、シャドウレルムの指輪は今もこの世に残っちゃいる。それを持ってるやつもな、分かってんだ。」ラムウェルは、テーブルの端に置かれたグラスを手に取り、指先で回しながら続けた。「そいつは旧王国の騎士団長ヴァルトギウス。あの事件から300年経った今も、奴は生きてる。そして、この国の実質的な王さ。」


アリスは驚いた様子を隠せず、ラムウェルの顔を見つめた。リリアもまた、目を見開き、僅かに息を呑んだ。


「でも、どうしてそんなことを知ってるの?」とリリアが再び問いかける。


ラムウェルは、一瞬目を細め、軽く肩をすくめた。


「昔な、不死の黒騎士と手を組んだことがあってな。奴と一緒にヴァルトギウスからシャドウレルムを奪おうとしたんだ。でも、その結果は散々だった。俺は顔も名前も変えて逃げなきゃならなかったし、不死の黒騎士はヴァルトギウスとの一騎打ちに負けて、今じゃ監獄『ラビュルス』に閉じ込められてる。」


「つまり…」アリスは思案顔でつぶやいた。「その黒騎士が呪いを解く方法を知っているかもしれないってこと?」


ラムウェルは口元に笑みを浮かべ、アリスを見た。


「そういうこった。お前、話が早いな。」


リリアは腕を組んで考え込むように少し俯いた後、顔を上げた。


「でも、監獄『ラビュルス』に入らないと会えないんでしょ?」


ラムウェルは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。


「まぁ、そういうこった。」


沈黙が一瞬三人の間に流れた。アリスがラムウェルの言葉を噛み締めるように考え込んでいると、ようやく彼女が口を開いた。


「潜入方法はどうするの?」


その質問に対し、再び沈黙が訪れた。ランプの明かりがゆらめく中で、三人はそれぞれの考えに沈み込み、先の見えない暗闇を見据えていた。


その後、特に有効な案が出ることもなく、3人は解散となり、それぞれの部屋へと戻った。アリスとリリアは同じ部屋を共有していた。部屋に戻ると、二人はしばらく仕事の話をしていた。アリスが「今日は何をしていたの?」と尋ねると、リリアは淡々と「死体処理よ」と答えた。


アリスは一瞬ギョッとしたが、すぐに冷静さを取り戻し、さらに話を聞くことにした。「死体処理って…どうして?」と尋ねると、リリアは肩をすくめながら「この見た目じゃ、短期間で稼げる仕事なんてこれくらいしかないのよ」と答えた。


リリアによると、この街の法は極めて厳しく、官憲に疑われた者は、冤罪かどうかに関わらず、二つの選択肢を迫られる。一つは容疑を否認し、街の処刑人により無惨に処刑されること。もう一つは、監獄「ラビュルス」に閉じ込められる道だ。


「普通の人なら、後者を選ぶでしょうね。でも、それはラビュルスの恐ろしさを知らないからよ」と、リリアは静かに続けた。ラビュルスは「迷宮」としても知られる監獄で、名前の通り、内部は迷路のようになっており、囚人たちは自由に移動できるが、食料はランダムに配置され、常に飢餓と恐怖にさらされている。さらに、監獄内には怪物が徘徊しており、四六時中その脅威と隣り合わせだという。刑期を全うする前に多くの囚人が怪物の餌食になり、その恐ろしさを知る者は「死んだ方がマシ」と感じるほどだ。


「だから、死体が増えてるのね…」とアリスは呟いた。リリアは静かに頷きながら、「ええ、そうなの。だから死体処理の仕事には需要があるし、給料も悪くないわ」と答えた。その言葉には、どこか現実を諦めたような響きがあったが、リリアの表情には特に感情が見えなかった。彼女は死体の処理に慣れているらしく、その仕事に対して何の感情も抱いていない様子だった。


アリスはリリアの冷静さに少し戸惑いながらも、彼女の強さを改めて感じた。自分にはできない仕事を淡々とこなすリリアの姿は、何か重いものを抱えているように思えたが、それを口にすることはなかった。


そこからしばらく経たないうちに事件は起きた。


部屋の静寂は突然の激しいノックと怒号で破られた。「官憲だ、開けろ!」と粗野な声が響き渡り、アリスとリリアの心臓は一瞬にして高鳴った。「来訪者アリス、占い師ジャミーレ殺害容疑で拘束する!無罪を主張するか、自供するか、今すぐ答えろ!」


予想だにしなかった展開にアリスは一瞬驚きを隠せなかったが、すぐに冷静さを取り戻した。冤罪であることは明白だが、彼女はこの状況を利用することを即座に決意する。「これが最大のチャンスね」と、アリスは声を潜めてリリアに告げた。リリアは険しい顔をして「正気なの?」と言うがアリスの決意は揺るがなかった。後ろでドアを叩く音が激しさを増し、官憲の苛立ちが伝わってくる。


「私は不死者よ。死ぬことはないし、黒騎士を見つけ出して、うまくいけば外へ逃げ出せるかもしれない」とアリスは理路整然と語った。その計画の大胆さに、リリアは目を細めて深いため息をついた。華麗で力強い彼女も、アリスの無鉄砲さには呆れるばかりだ。


「いいわ。だが、私はここで情報を集めるわ」とリリアは冷静な口調で返す。その表情には一片の迷いもない。アリスがギルドを離れても、リリアは確実に動くことを示していた。


アリスはドアに向かい、意を決して開けた。外には厳つい官憲が立ち、冷ややかな目で彼女を見下ろしていた。「さあ、手を出しなさい」と言われる前に、アリスは自ら手を差し出し、官憲の前に無抵抗で立った。その大胆な行動に官憲は一瞬、驚きを隠せず、口元に不気味な笑みを浮かべた。「余程逃げ足に自信があるようだな」と、嫌味ったらしく嘲笑しながら手錠をはめた。


リリアはその光景を静かに見守りつつも、冷徹な判断力で状況を見極めていた。アリスは最後にリリアに一瞥を送り、無言の決意を伝えた。華麗で力強いリリアの姿が彼女に力を与えていた。


こうして、アリスは官憲に連行され、監獄ラビュルスへと向かうことになった。彼女は自らの計画に全てを賭け、その危険な賭けに打って出ることを決意していた。道中、アリスの心には冷静な決意が宿り、リリアの強さが支えとなっていた。

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