■■が異世界に転移させられた話。

作者: 失木 各人

はい、異世界は大丈夫じゃないです。

 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破るような感覚。景色が切り替わり、赤く染まった大地が広がる。谷の様な場所。なにもかも赤い。

 歩きだそうと足を上げようとして、足が泥の様な何かに埋まっているのを知った。足元を見ると、地面を覆っていたのは脛程の高さまである血だった。

 血をかき分けて進む。鼻をつく生臭さと鉄臭さ。暫く歩いてここが谷ではなく街の通りだという事を、赤い被覆物のはがれた所から建物が覗いているのを見て知った。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、石畳が鈍い橙色に照らされた場所に出た。肌を熱があぶり、悪臭が鼻を貫いた。

 炎だ。炎が何もかもを包み込んでいる。悪臭は、少し記憶をたどると、人が焼ける臭いだとすぐに思い出した。何回も嗅いだ臭いだった。

 炎が何もかもを包み込んでいる。ここが町なのか森なのかの判別も出来ない。上を見上げると、焦げた空の向こうに巨大な光のリングが幾つも浮かんで空をうめつくしていた。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、黄色い光――日の光に照らされた場所に出た。地平線まで白い砂が続いている。

 多少はまとも(・・・)な世界を歩いて行く。コンパスは2、3周してから、でたらめな方向を向いて止まった。日はもう400時間以上も昇っている。

 もう何か月も歩くと、ようやく平らな砂以外の物が見えた。建物だと思って触れたそれは、触れた瞬間に白い砂になって崩れて白い砂山になった。周りには同じような砂山が規則正しく並んでいた。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、街と思われる場所の真ん中に立っている。

 何かが動く気配がした。振り向くと、全身を苔の様な緑色のもので覆われた人型の何かが歩いていた。

 思わず喉から声がでる。しかし、人型の何かは声を聴くや否やぴたりと止まり、ぶるぶると震えると上半身が縦にぱっくり裂け、中から糸の様なものをこちらに大量に伸ばしてきた。町中、これで溢れていた。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、真っ暗な建物の中と思われる場所に出た。

 部屋は真っ暗だったが、扉と思われる四角形から青い光が漏れていた。四角形を押したがびくともしない。何度も力強く蹴って、ようやく開いた。

 開いた先は摩天楼だった。廃墟と化した摩天楼は深い、青い光で照らされていた。あちらこちらにある小さな水たまりは、水色の光を発していた。上を見上げると、青い光を放つリングが太陽の代わりに世界を照らしていた。放射線測定器ガイガーカウンターがうるさかったので、電源を切った。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、水の上に落ちた。

 水は何処までも紺色に続いている。水面は鏡の様に穏やかだった。深さは分からなかった。下に向けて放ったソナーの音はいくら待っても返ってこなかった。

 何処まで行っても、ただひたすらに鏡の様な水面とどこまでも深い水が続いていた。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。




 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。景色が切り替わり、結晶の森に立っている。

 一面紫の結晶に覆われている。暫く行っても結晶の森は続いていた。何もかもが紫だった。

 ポケットの中で何かが膨らんでる感触がして取り出してみる。いつか拾ったペンダントが紫の樹状結晶に変化していた。こぶし大にまで成長したところで、放り投げた。結晶は成長し、結晶の森の木の1本(デンドライト)となった。

 人は、いない。

 いのちの気配は、感じなかった。






 始めは、小さな事だった。都会の方で、誰かが行方不明になった、とか、そんな事件だったと思う。

 それをきっかけに、終わりが始まっていった。

 あいつ(・・・)は言っていた。

 『異世界転移が、すべてを滅ぼす』

 本来交わるはずの無い『平行』世界が、何らかの理由――それが何者かによる意図的なものであれ不慮の事故であれ――繋がると、『世界』が混ざる。そして、何らかの形で『拒絶反応』が発生する。拒絶反応が発生した世界は不全を起こし、やがて初めは緩やかに、そして急激に崩壊していった。

 自分はそんな世界から、唯一逃げ出せた。ほぼ偶然(きせき)の様なものだった。

 あいつは謝った。異世界の存在が存在出来るのは既に滅んだ、崩壊した世界であるという事。滅んだ世界の中でも、まだまともに暮らせる多少はましな世界を見つけながら無限の時間を旅し続けなければならないという事。世界を渡り歩くと時間は凍り付き、存在は固定される事。

 それでも、生きていて欲しいと言う事。

 もうどのくらい世界を渡り歩いたかは分からない。貰ったカウンターが振り切れたのを最後に、数えるのはやめた。

 故郷の世界はもう駄目だった。どのみちあの世界を旅立った瞬間、あの世界は無限の平行世界に埋もれて見えなくなった。

 戻る道はもうない。

 でも、まだ生きている。まだ体は動く。進むことが出来る。






 転移の衝撃があった。薄い水の膜を突き破る様な感覚。


 はじめましての方ははじめまして。またお前かと思った方には毎度どうもありがとうございます。ウシナギカクトです。

 と言う訳で、最近流行ってる異世界転移モノ、書いてみました。どうだ異世界だぞお前ら、喜べよ(暗黒微笑)

 元はと言えばふと、

『よく異世界異世界言ってあちこちに飛んで知識やら何やら持ち込んで大暴れしてるけど、別世界の物持ち込んで大丈夫なん?』

 という疑問と共に産まれたのがこの2000字ちょいの短編です。

 内容は読んでいただいた通り、異世界に持ち込んで大丈夫じゃなかった世界の話です。

 『あいつ』が何者なのか、旅をしている語り部は何なのか、とかは読者さんの想像にお任せします。私も実際何パターンか思いついて定まらなかったので。それでも気になるぞコンチクショウという方は感想なり活動報告なりで聞いていただければ私の貧弱な記憶領域の限り答えようとは思いますのでよろしくお願いします。

 では、この辺で。