金貨を出せます、鳩も出ます

作者: 三香

 私は転生者である。

 そして私の名前は、麗しの氷の薔薇。

 うぅ、泣きたい……。

 自業自得だけれども泣きたい……。


 どうやら私は前世で遊んだゲームの世界に転生したらしい。びっくりしたけど問題は名前だった。前世では『麗しの氷の薔薇』という名前で遊んでいたのだ。


 まさか前世での乙女ゲームの名前(自分でヒロイン名を入力するタイプだった)が、そのまま! 今世のモブである私の名前の『麗しの氷の薔薇』になるとは!!


 前世で中二病は卒業したのに。

 私の考えた最高にカッコいいと思っていた、イタイ名前が今世の名前になるなんて!


 お姉様たちは、エリーヌ、マリアンナ、レイゼイラ。なのに私はウルワシノコオリノバラ。不自然だよね? お父様もお母様も変だと思って何故踏みとどまってくれなかったのかな!?


 しかも容姿は、名花と名高いお姉様たちと異なって地味で可もなし不可もなしの普通。

 どこが『麗し』でなにが『氷』でどうしたら『薔薇』に見えるのか、意味不明な普通顔の『麗しの氷の薔薇』。

 キツイ。

 キツすぎる。

 もう泣いてもいいレベルだと思うけど、これが今世の私の現実なのだ。平凡顔が悟りを開いた大仏顔になってしまいそうである。


 くわえて婚約者のルイベルト様が、超溺愛コースまっしぐらの超絶美形。

「僕の麗しの氷の薔薇はね、声の抑揚が柔らかくて耳に心地良くて可愛いんだよ」

「僕の麗しの氷の薔薇はね、驚愕の可愛さなんだよ。髪の毛がふわふわで爪まで薄桃色で可愛いんだ」

「僕の可愛い麗しの氷の薔薇はね、心が美しいんだ。反論してもいいけど僕の中では王国で一番の美しさだから異論は認めないよ」

 上記は立聞してしまったルイベルト様とご友人との会話である。つまるところルイベルト様は私を可愛いとしか言っていない。もう穴があったならば入りたいほど恥ずかしくて嬉しくて恥ずかしかった。


 この前だって、凡庸という普通顔の私の手をとって天空の顔面偏差値レベルで美美しいルイベルト様が騎士のごとく跪いて、

「愛しているよ、僕の麗しの氷の薔薇」

 なんて言うから私は赤面して、嬉しくて舞い上がればいいのか、人間離れした艶やかなルイベルト様との顔面差に泣けばいいのか困惑して。とりあえず美しすぎて見るだけで寿命が延びてしまいそうな魔性のルイベルト様に合掌してしまったのだった。


 本当にトキメキがログインして泣いちゃいそうであった。ありがたや。


 10年前に初めて会った時は、ふくら雀みたいに丸っこくて可愛かったのに。

「何をしているの!?」

 我が家で開いた子どもをメインとしたお茶会で、隅っこの方で虐められていたのがルイベルト様だった。暴言を浴びせても抵抗しないルイベルト様を虐めっ子たちは悪乗りして殴っていたのだ。

 バレて逃げ出した虐めっ子たちの背中に、私は防犯カラーボールを投げつける。

「公爵家のお茶会で虐めなんて許さない!」

 幼いとはいえ私の投擲技術は百発百中。投げてぶつかった衝撃で外装が割れて虐めっ子たちの高価な服に塗料がベッタリと付着する。

「「「「びゃや〜ん!!」」」」

 虐めっ子たちの大号泣を聞きつけ親たちが駆けつけてきて混沌となったが、私は公爵令嬢『麗しの氷の薔薇』。


 公爵であるお父様も美人のお母様とお姉様たちも私の味方である。生まれた時から転生者の記憶があった私は、媚と知識を売って売って売りまくり愛される末っ子の地位を獲得していたのだ。私の容姿は平凡だが、幼子というものは可愛いのである。ぴよぴよとヒヨコのように好き好きと全力で後追いすれば、ラブラブでノックアウトされたのだった。

 それに美肌を願う女性に、洗う、保湿、保護、のスキンケア御三家の新知識と物品は無敵であった。最初、スラムで金貨と交換で引き取ってきたボロボロの少年少女を驚異のビフォーアフターで美少年美少女に変身させた時は、公爵家の家族から使用人たちまで目の色を変えて食らいついた。それらはお父様によって石鹸や洗髪剤や化粧水など色々な新商品として販売されて、公爵家の財産を右肩上がりにしていた。


 おかげで貴族としては珍しいほどに公爵家は仲良し家族なのである。


 ふっふっふっ。正義にくわえて権力も財力も我にあり! 貴族の甘やかされた坊っちゃんなんてミジンコに等しいわ!


 ドレス姿で仁王立ちになって高笑いする私(6歳)に、何故かルイベルト様(8歳)は一目惚れしたらしい。気弱で消極的な自分に比べて負けん気の強い私が羨ましかったそうだ。


 ぽっちゃりでメンコイと思うけど、と褒めるとルイベルト様はさらに恋心マックスとなったみたいで私にぞっこんベタ惚れとなったのであった。


 お互いに好意があり、私は公爵家でルイベルト様は侯爵家嫡子。

 あっという間に婚約が結ばれたのは政略の意味もあったが、ルイベルト様による熱狂的な執着によるものだった。

 

 そして10年。ふっくらしてモチモチしていた身体が10年後には高身長の野生の獣ごとき美麗でしなやかなボディになるとは。

 ひっそりこっそりとルイベルト様が努力を続けていたことを私は知っている。前世でも、努力を継続させることは素晴らしい才能である、と誰かが宣っていたがルイベルト様はそんな言葉の見本のような方だった。


 さて、問題の乙女ゲームであるが。


 ヒロインが5人の貴公子と恋愛を楽しむゲームで、一人の攻略対象をロックオンするルートから逆ハーレムルートまであり、ありきたりのゲームであったが絵師様とイケボの声優陣が豪華絢爛だったので人気があった。絵師様、ううん、神絵師様の絵が溜め息が出るほどにカッコよかったのだ。


 と前世では思っていたが、今世のルイベルト様と比べてしまえば攻略対象者なんて雲泥の差であった。月とスッポン。


 目の前で繰り広げられる婚約破棄の現場の、前世は感嘆したメインヒーローの第二王子殿下を見て失望の長嘆息を吐いてしまった。


 場所は王宮の大夜会である。


 ゲームでは許されたが、現実世界で自国の大勢の貴族と他国から招待客たちが集う大夜会で婚約破棄を宣言するなんて王国の面子に泥を塗る恥でしかない。これが自国の王族とは、と落胆の色が隠せない貴族も多かった。

 が、現国王陛下は賢君であるし王太子殿下は英明なお方である。家族の情はあっても国益を優先することは間違いがない。第二王子殿下はスパッと切り捨てられる可能性が高かった。

 周囲の多数の貴族たちの冷たい眼差しも第二王子殿下の排除の方向を物語っていたが、当の第二王子は気がついていない。


 もしかしたらゲームの強制力が働いているのかも知れないが、自分の婚約者を責めたててギャンギャン喚く第二王子殿下がこれ以上恥をさらす前に止めるべきだろう。


 私は、伝書鳩を取り出して窓から夜空へと放った。

 鳩はまっすぐ公爵邸に向かって飛んでいく。

 今夜は、風邪をひいて寝込んでいるお父様の公爵の代理として夜会に出席していた。


「…………ねぇ、いつも不思議なのだけど、何処からカラーボールとかハンカチとかお菓子とか鳩とか諸々を取り出しているの?」

 隣に立つルイベルト様が首を傾げる。サラリと流れる金の髪が黄金を紡いだようにキラキラ輝く。

「うふ。乙女の秘密」


 私は前世ではマジックが趣味だったのである。

 今世の長くて膨らんだドレスは色々と仕込むのにとっても都合がいいのだ。クリノリンや鳥籠パニエなんて最高。これはもう仕込むでしょう、仕込まないでどうするの!? 侍女たちも慣れてきて熟練の手際で下準備をしてくれるようになっているのだった。

 そして前世の趣味2号はダーツである。


 パッカーン。


 第二王子殿下の額を直撃した林檎が割れて、第二王子殿下が後ろに倒れる。カン、カン、カン! 私の脳内で第二王子殿下の敗北の確定音が高らかに鳴った。

「ねぇ、突然に林檎が麗しの氷の薔薇の手に現れたのだけど……」

 とルイベルト様が呟くが、私は聞こえないふりをした。


「まぁ、大変! 第二王子殿下が持病の癪でお倒れになったわ!」

 白々しく声を上げる私の前に、モーゼの海割れのごとく人々が左右にズレて第二王子殿下まで続く一本の道ができる。


 私のお母様は現国王陛下の姉である。

 順位は低いが私は王位継承権を所有しており、国王陛下方がご入場しておらず第二王子殿下が倒れた今、会場で最も高貴な血筋は私なのであった。

 だから私が、第二王子殿下は持病の癪持ちと言えば持病の癪になるのだ。形勢をうかがって日和る貴族たちは林檎を見ない。指摘しようと口を開きかけた者たちは、ゲフッ、グフッ、ゴフッ、と誰かに足を踏まれたり肘鉄を食らったり鉄扇で後頭部を叩かれたりして身体を折っている。皆、何が正しいのかではなく誰が権力を持っているのかで判断をしていた。貴族として勝者ルートは外せないのである。


 すでに国王陛下には王宮使用人が報告に走っているだろうから、それまでの時間稼ぎを私はすればいいのだ。


 にっこりと笑って、公爵令嬢『麗しの氷の薔薇』モード、別名、中二病モードを発動させて顎を上げた。黒いドレスも眼帯もないが普通顔をキリリとさせて背筋を伸ばして優雅にしずしずと歩く。

 エスコートしてくれるルイベルト様に、

「ルイベルト様も笑って?」

 と上目遣いでお願いをした。


 パアッと光り輝くみたいにルイベルト様が微笑む。脳に強烈な媚薬が流し込まれたと錯覚するほどの美しさがバグッてエンドレスで麗しい。


「「「「グッ!!」」」」

「「「「キャア!!」」」」

 紳士淑女方がよろめく。若い令嬢たちは失神寸前である。

「皆様! お気を確かになさいませ! 貴重なルイベルト様の微笑みですわよ!!」

「気絶などしている場合ではありませんわっ!」

「目に! この目に焼き付けるのですっ!」

 ルイベルト様の微笑に崩れ落ちそうな膝を回避するべく腕を絡めてスクラムを組む令嬢たちもいた。震える足を支え合う夫人たちも会場のあちらこちらに。皆、瞳孔をほぼ開いて瞳をガッと見開いている。

 

 ルイベルト様に注目が集まっている間に、近衛兵たちが倒れている第二王子殿下とオロオロしているヒロインを拘束して運んでいく。王宮では状況をすばやく察知して的確に行動できる者しか居ない。居られない。


「国王陛下のご入場ですっ!!」


 扉が開き、国王陛下と王太子殿下が威風堂々と会場に入ってくる。


 ハッ、と夢から覚めたように人々があわてて礼を取る。

 第二王子殿下の婚約者の令嬢とその家族も、国王陛下に敬意を示して深く頭を垂れていた。その様子を確認して国王陛下が僅かに頷く。良かった。王国は絶対王権だが国王陛下は無情なお方ではない、家臣を大事にする。双方駆け引きはするだろうが、理性的で誠意ある婚約破棄ができそうであった。


 音楽が奏でられる。そうして何事もなかったかのように華やかな夜会が再開されたのだった。


 シャラシャラと噴水の水音が響く。

 噴水から庭園へ流れる細い水路には、花托のあたりで切った花が地上の虹のごとく七色となって浮かんでいた。薔薇、牡丹、蘭、睡蓮、金盞花、梔子、芙蓉、様々な花々が水面を揺蕩う。

 夜空を彩るのは満月だ。

 淡く儚い月光が庭園の大理石の彫像を照らして鮮明な月影を作っていた。


 私とルイベルト様は役目を終えて会場から庭園に出ていた。

 ルイベルト様が私の手を引いてくれて、二人で寄り添うみたいに夜の庭園を散策する。人の影はない。小鳥の声もしない。そよと風すら吹いていない。まるで私とルイベルト様以外の時間が止まっているかのような水音だけの世界で、私とルイベルト様はゆっくりと歩を進めた。

 

「昼の庭園も綺麗だけれども夜の庭園は独特の雰囲気があるね」

「ええ。月が真ん丸でステキね。私、昔の丸いルイベルト様も好きだったわ。もちろん、今のルイベルト様も大好きよ」

「今だけ?」

「うふふ。今のルイベルト様も、年をとってシワシワになったルイベルト様も。ずっとずっと好きよ」

「僕も麗しの氷の薔薇を愛している。僕の人生の1分1秒まで全てを麗しの氷の薔薇に捧げるよ」

「終生いっしょね」

「終生いっしょだよ」


 ルイベルト様が握った手に顔を近づける。私の指先に唇を落とした。ルイベルト様から18歳未満お断りの色気がブワリと醸し出されていて、私は赤い花のように真っ赤に染まってしまった。


 そんな私とルイベルト様の誓いの言葉を聞いていたのは、清らかに流れる水と煌めく星々を従えた満月だけであった。


 後日。

 あの夜会の国外からの招待客が「第二王子殿下が倒れたのは林檎がぶつけられたことが原因だった」と言ったが、王国貴族全員が「持病の癪が原因」と口を揃えて返答して「夢か幻覚を見たのでは?」と逆に体調を心配されたという話が社交界で少しだけ流れたのだった。

 そして、第二王子殿下は持病の癪のために離宮で療養生活に入ったことも少しだけ噂となったのだった。


 後日のおまけ。

「今度、隣国と大切な協約の締結があるのだ。ルイベルトに同席して微笑んでもらいたい」

 叔父である国王陛下が真面目な顔をして言った。

「はい?」

「そうだ! 相手は男だからルイベルトに女装をさせよう!」

 国王陛下の王命で泣く泣く女装したルイベルト様は、もはや次元の違う美貌を誇る傾国の美女となり、当日の会議場にいた者たちの開けてはならぬ扉を開けまくったのだった。ちなみに国王陛下ならびに王国貴族たちは視界が薄闇になるほどの黒いサングラスをかけていたらしく無事だった、ちょっと残念。

読んでいただきありがとうございました。




【お知らせ】


「ララティーナの婚約」がリブリオン様より電子書籍化されます。

12月25日にコミックシーモア様より配信予定です。

表紙絵は、逆木ルミヲ先生です。

短編では書けなかったララティーナの過去やヴァドクリフサイドの色々、ヴァドクリフの三つ子のブラコン街道まっしぐらなお兄様たちなどが加筆されています。

コミックシーモア様では特典SSで、ララティーナが苦手な刺繍を頑張っています。

もしよろしければ、私のご褒美の果物代となるので手に取っていただけると凄く嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。