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95.メガネ君、胡散臭いなぁと思いつつ戦闘に備える





「――注目!」


 姉を探しに行ったアインリーセを見送り、一人ぽつーんと待たせていたリッセの下に戻る、と。


 顔に傷がある騎士のおっさんが、大声を上げて俺たちを振り向かせた。


「これより黒皇狼オブシディアンウルフの探索並びに討伐を行う!」


 どうやら作戦が決まったようだ。


「我々はここから三班に分かれ、異なるルートを進行、調査をしつつ山頂へと向かう!

 各自迅速に行動し、標的を発見し次第狼煙を上げ、道案内の冒険者たちは退避するように!」


 なるほど。

 まあこの人数が一丸となって進むよりは効率的かな。三十人以上いるし。


「全員一緒の方が安全じゃない? いざって時も戦力が集中してるし」


 隣にいるリッセが、囁くように告げてきた。

 経験不足の彼女は、全員一丸となって進んだ方がいいんじゃないかと考えているようだ。


 それもまた状況次第だろう。その方がいい場面もある。


「あなたがそう思うなら、どうぞ思いのままに。そうすればいいんじゃないですかね」


「何その目。軽蔑するの早くない? 確かに納得はしてないしまだまだゴネるつもりだけど、今は鉄兜アイアンヘッドの舌の話はやめておこうよ」


 あ、そうか。

 まだリッセを軽蔑しなくていいのか。

 軽蔑の前倒しはさすがに気が早かったかな。軽蔑するようなことがなくても抵抗なく軽蔑できたけど。


「今回はフットワーク重視なんだよ。行動する人数が多くなればなるほど、どうしても全体の歩みは遅くなるから。


 それに密集しすぎるのもよくない。


 いざ黒皇狼に遭遇した時、あんまり周りに人が多いとすべての動作の邪魔になる。避けようとして人にぶつかったり、振り回した武器が隣の人に当たったりするから。同士討ちしかねない」


 人数が多くなればなるほど、混乱が一つ入っただけで総崩れになりかねない。


 遠くにいる者は、今何が起こっているのかさえ把握できなくなるし。

 混乱一つで状況が不透明になり、結果恐怖さえ生まれてしまう。


 おまけに黒皇狼は、巨体と素早いことで有名だ。

 一塊でいたら、一撃でごっそり潰されることもありえるだろう。


 騎士たちなら……いや、兵士でもいいかもしれないけど、集団戦の練度ってのは個人の戦闘力とはまた違うからね。

 個人技に長けた冒険者たちが取るべき戦法としては、あまり向いてないと思う。


 と、いつだったか師匠が言っていた。

 誰かと狩りをする時

は注意しろよ、と。


 それに、特に集団戦となると、弓使いは場所取りが大変になる。仲間の背中を誤射するわけにはいかないからね。まあこれは俺の事情だけど。


「ふーん。多ければいいってもんじゃないんだね。――つまり丸々一本は多すぎてダメってことじゃない?」


「ただし狩場に限るから」


「限らなくてもいいと思うけどなぁ」


「あと美人に限るから」


「ほう。で、私は限る方? 限らない方?」


「…………」


「その沈黙が答えってことでいいんだよね? ということは、今度似たようなこと言ったら殴っていいってことだよね?」


 殴られたくはないので口を慎もう。リッセの平手は避けられない速さだから。ちょっと距離も取っておくか。……なぜか一歩離れたら一歩ついてきたけど。





「――よし、じゃあ俺らも出発するぞ」


 騎士の指示が飛び、それぞれが行動を開始した。


 戻ってきたロダと、俺とリッセ、そして道案内だという冒険者五名の計八名で、山の東から迂回して山頂を目指すルートを進むようだ。


 騎士たちはまっすぐに――俺が「あの辺」と黒皇狼らしき赤い光を指した方向へ一直線に向かう最短ルート、「黒鳥」が西から昇るルートとなるらしい。


 要約すると、騎士たちの行く道が一番最初に黒皇狼と遭遇するルートで、狼煙を上げるも上げないも騎士たちの判断ということだ。

 最悪、騎士たちだけで黒皇狼を狩ってしまう可能性もあるということだね。


 ……さすがにないか。


さすがに他国のメンツを潰した上に、冒険者に率先してケンカを売るような真似はしないだろう。名誉を重んじるならそれこそだ。


「気に入らねえ」


「なんでよそ者に獲物をやらなきゃならんのだ」


 道案内の冒険者たちがぼやき、ロダが「ギルド長の頼みだ、腐るなよ。帰ったら一杯おごってやるから。……あ? 女? わかったわかった、いい店紹介するから」と軽く宥めた。


 ロダはまだ年若いが、冒険者たちに一目置かれているのは確かなようだ。まあ実際かなり強いだろうしね。


 それにしても、騎士たちの露骨さも、確かに気にはなるね。


 馬車でリッセが言った通り、「獲物の横取り」という感が強いのだろう。というか、事実その通りなのかな。


「へえ? ロダの荷物持ちなんだ」


「はい。新人です。よろしくお願いしまーす♪」


 道案内の女性冒険者と、見たことない胡散臭い笑顔のリッセが親睦を深めているのを目の当たりにしつつ、自然と俺が集団の最後尾に付けた。


 それにしても胡散臭い笑顔だ。

 やたらさわやかでほがらかだ。見たことない奴だ。誰だあいつ。


 うーん……相当胡散臭いが……まあいい。


 魔物が少ない今なら、俺でも殿しんがりは務まるだろう。普段の山なら無理だろうけどね。





 さて。

 ここからはいつ戦闘が始まってもおかしくない。


 俺は戦力には数えられていないが、いざという時は、手遅れになる前に行動を起こさなければいけない。

 もちろん、俺が十全な戦力になるとは思っていないが。


 だが、たとえば、誰かがやられてから行動するのでは遅いのだ。

 誰かがやられる前に、誰も動けないなら、俺がやるしかない。


 俺が行動して、黒皇狼の攻撃を阻止するのだ。

 黒皇狼には勝てないまでも、一瞬隙を作るくらいはできなければならない。


 それくらいはできないと、なんのために訓練を積んできたのかわからない、という話だ。

 こういう有事の時に備えて力を蓄えてきたのだから。


 訓練中であろうが未熟であろうが、狩場に出ればそんなことは何ひとつ関係ないし、言い訳にもならない。

 ただの一個の狩人として、やれることをやるだけだ。


 となると、やはり今の俺なら「メガネ」の特性に頼ることになるだろう。


 「メガネ」を操作し、「登録した素養」をリストとして呼び出してみる。


 今のところ、強化系や補正系は一通り揃っているけど……



  「筋力補正」「命中補正」「走力補正」


  「聴力補正」「視力補正」「嗅覚補正」



 これらは常時発動……持っている人ならいつでも使用中だから常に「視え」たし、すぐに集められた。まあほかにもあるらしいが。


 あとの「素養」はこんな感じだ。



 「指花の雷光(フラワーボルト)」「生命吸収」「青の地図」


 「精霊憑き」「闇狩りの剣士」「尊顔の美黒(ワンポイント)


 「逆撫でる灼熱(ヒートレッド)」「道化の微笑(ファニーフェイク)」「爆ぜる爆音の罠(サウンドボム)


 「暗き蛇腹」「医眼」「鑑定眼」「遠鷹の目」



 …………


 名前はすごそうって感じのがあるけど、実際は……というパターンが多かった。どれもこれも癖が強いんだよね。







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