93.メガネ君、報酬の話をする
そう言えば、だ。
「――俺の報酬って出るの?」
なんだかお金の話をしているので、ちょうどいいからロダに聞いてみた。
「あ、起きた」
うん、元から寝てないけどね。考え事をしていただけだし。
「って報酬出るの? 私も出る?」
いや、リッセは出ないだろう。元から同行する予定じゃなかったんだから。
「リッセは出ないな」
ロダの返答は案の定である。まあリッセの反応を見るに、彼女もそれは予想していたようだが。まあそりゃそうだね。荷物持ちの見学だからね。
でも、俺は違うからね。
「エイルも基本的には出ない。あくまでも、表向きは俺の荷物持ちだからな。
だが、君は俺が必要だと判断したから呼んだ。
いわば仕事を依頼した立場になる。
まあ結論を言うと、表向きは出ないが俺が個人的に報酬を払うって形になる」
お、そうなのか。聞いてみるもんだ。
弟子の身としては、師匠の手伝いをするのなんてあたりまえだからね。無報酬でも仕方ないとは思っていたけど。
何せ、師から学んでいることはお金には代えがたいことばかりだから。
強いて金銭に換算するなら、とんでもない大金が必要になるだろう。
しかも学んでいる相手や内容は、絶対に表には出ない暗殺者界隈のことだから。
お金を払えば誰でも学べる、という類のものではない。それだけでも貴重すぎる師弟関係なのだと俺は思っている。
だから、無報酬なんてあたりまえだと、普通に思っていたが。
ロダの気前がいいのか、仕事には正当な対価を払うというプロ意識の賜物なのか、真相はわからないが。
とにかく、多いか少ないかはわからないが、報酬は出るらしい。
「よかったね。じゃあ
「君がそれでいいと思うならそれでいいんじゃないの? ただし返答如何では俺は君をすごく軽蔑すると思うけど」
「まだ話の根幹から納得はできてないんだけど、それはそれで癪に障るわ……ロダ、やっぱりお金貸して。それかちょうだい」
ちょうだいってセリフもすごいな。ほら、ロダも苦笑いしてるよ。
「その話は落ち着いてからゆっくりしような。
話を戻すが、エイルに報酬は出る。だが
それは仕方ないだろう。
俺はあくまでも「探すだけ」で呼ばれているから、そういうのは直接討伐に当たる人達が優先的に持っていくだろう。
毛皮とか牙とか骨とか、とても貴重で高く売れるらしいからね。
ギルド長が言っていた「基本報酬からの上乗せ」は、討伐した黒皇狼の素材も加味したものだろう。
「私も小さな牙くらいは欲しいんだけどなぁ」
それでもかなりいいナイフくらいは作れるでしょ、とリッセ。ナイフか。そう言われれば俺も欲しいなぁ。
空蜥蜴を狩った時、解体用ナイフが壊れたから。
間に合わせで一本、暗殺者の村の頭がつるっとした鍛冶屋に出してもらったが、それはあくまでも普通のナイフだ。動物や野鳥などなら充分だが、魔物を解体するならもっといいのが欲しい。
黒皇狼の牙から作られるナイフなら、物としては間違いない。何せ大きな牙を加工すれば優秀な剣さえ作れる代物だから。
かつての英雄がよく使っていたんだよね、黒皇狼の牙の剣。
昔話では比較的頻繁に出てくる剣だ。
「ちょっと難しいな。今回の狩猟は、ハイディーガ主導じゃないからな」
……ん?
「主導じゃない? どういう意味?」
確かに俺も気になったが、あえて聞かないでおこうかと判断した。が、リッセは普通に聞き返した。
こういう無遠慮なところ、少しだけ羨ましいな。決して真似したいとは思わないけど。
「あー……まあいいか」
話すかどうか迷ったようだが、ロダは話すことにしたようだ。
「例の騎士っぽい連中が、どうしても自分たちで殺りたいんだと。あいつら黒皇狼を追って違う国から来たらしくてな。
だが、殺りたいからってはいそうですかってわけにはいかない。ナスティアラ王国もだが、冒険者が集うハイディーガにもメンツがあるからな。
だがこれは国際問題にもなりうる話だ。
いくら身分を隠して水面下で行われていることでもな。全面却下ってわけにはいかない。
というわけで、ギルド長が出した結論は、全ては任せないが主導権は取らせると。そんな感じでまとめたんだ。
で、今回はハイディーガがバックアップを務めることになった。
主導権で言うと、騎士たち、王都から来た冒険者たち、そして俺たちハイディーガの冒険者って感じになっている。
俺も控えだよ。必要ないなら手は出さない」
ふうん。そういう感じになっているのか。
「つまりハイディーガとしては、おいしいところを横から来た騎士たちに取られた的な感じ?」
リッセの飾らない言葉に、「まったくもってその通りだ」とロダも飾らない言葉で返した。
「だが、俺はそれでいいと思うぜ」
「そうなの? 私は腹立つけどなぁ、獲物の横取りなんて。エイルも腹が立つでしょ?」
ん? うーん。
「舌一本買ってくれないと軽蔑はするけど」
「その話はしてないし納得もしてないけどその話は今はいい。獲物の横取りは腹が立つでしょって話よ」
はあ。横取り、ね。
…………
「俺もロダと同じ意見かな。理由は違うかもしれないけど」
「ほう? 言ってみな」
「危険なことをよその人がやってくれるなら、それでいいと思う。わざわざ怖い魔物と戦う必要ないでしょ」
俺の返答にロダは笑った。
「俺も似たようなもんだ。ハイディーガ主導でやれば、確実に何人か死ぬだろうからな。血を流さずに済むならその方がいい」
なるほど。そうだよね。知り合いが死んだとか、聞きたくないもんね。
「でもロダなら一人でも勝てるんじゃないの?」
ハイディーガで顔役の暗殺者だし、とは、さすがのリッセも言わなかった。御者のおっさんが聞いている可能性もあるからね。
まあ、ロダがここまでしゃべるってことは、その心配がないからだとは思うけど。
「俺が強いのは対人だ。本来、魔物は管轄外なんだよ」
ああそう。まあ、暗殺者ですからね。
それから揺られることしばし、馬車はゆっくりと停止した。