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92.メガネ君、「メガネ」について考え事をする





 街を出たところに、二頭引きの馬車が三台止まっていた。

 特に打ち合わせすることもなく、それぞれが導かれるように乗り込んで、御者任せに動き出す。


 ロダ引率の俺たちも乗り込み、ガタガタと車輪の揺れを感じながら移動を開始した。そこそこ速度は出ているかもしれない。


「到着には少し時間が掛かる。眠いなら寝ていていいぜ」


 申し出はありがたいが、こんなところで姉と遭遇なんて予想外の出来事を経て、俺の目は完全に覚めてしまった。


「昨日さ、エイルの奢りで鉄兜アイアンヘッドの舌食べたんだけど。ロダは食べたことある?」


「ああ、あるよ。うまいよな。ザントがえらく気に入っていたっけ」


「ね、あれうまいよねー。見た目ちょっとグロいけど、普通の肉とはまた違う食感というか。こう、弾力はあるけど押し戻してくるような固さがないというか。それに臭みがまったくなかったし」


 リッセも眠気はとっくに飛んでいるようで、ロダと雑談を始めた。ちなみに鉄兜の舌は俺もかなりうまいと思った。空蜥蜴もうまかったけどなぁ。甲乙つけがたいなぁ。


 が、それはさておき。


 到着までに、ちょっと頭の中を整理しておきたい。


「――ねえエイル、この仕事終わったら今度は私が奢るから……ってもう寝てる?」


 寝てない。目をつむっているだけだ。


「ちょっと寝るから。奢りの件は憶えておくから」


「あ、寝るんだ。……寝れる?」


「君が話しかけなければね。あと奢りの件は忘れないから」


「おう、どーんと任せとけよ」


「デローンとしたのをどーんと一本まるごとか。結構高いのに奮発するんだね。楽しみだよ」


「え? あれ? エイルさん? 私お金ないの知ってるよね?」


 言うべきことだけ言って、リッセの発言は無視する。揺らされるが無視する。激しく揺らされるが無視する。メガネ取られても無視する。メガネを上下逆さまに掛けてきたのを無言で直して一回舌打ちして無視する。


「怒らせる気がないならやめとけよ? すでにかなりイライラしているぜ」


「だって一本丸々なんてそんなお金……ロダ、お金貸してくれない?」


「……はあ。仕方ないな」


「くれてもいいけど」


「おい。金くれってか。……小遣いくらいならやらんでもないが、あんまりまとまった金をやるってのはなぁ……」


「ほら、かわいくて美人な女の子に貢ぐと考えたら?」


「…………」


「……くそっ。どうせ私は猫草だよっ」


「まあ落ち着けよ。意味もわからん」


 ようやくリッセがちょっかい出してこなくなったので、意識は思考の中に埋没していく。





 とりあえず、さっきの邂逅で三つほど「素養の登録」ができた。

 その内の一つは、ロダのものだが。


 「指花の雷光(フラワーボルト)」と「生命吸収」と「青の地図」だ。


 ロダから「指花の雷光」、たとえるなら迷路蔦の日焼け女性の騎士から「生命吸収」、そして御者のおっさんから「青の地図」だ。


 「指花の雷光」。

 手から雷を放出する特化魔法の一種。

 つまりロダは、魔法が使える剣士……いや、暗殺者ってことになる。


 「生命吸収」。

 周囲の生命力を集めることで肉体を活性化させる、一種の肉体強化系。

 強力なものなら触れた者や近くにいる者……指定した人や生き物から奪うこともできるらしいが、実際には命を奪えるほどの吸収能力は発揮できないそうだ。


 「青の地図」。

 自分の周囲にある特定の何かを探す。特定の何かは自分で指定できる。有効範囲と指定する何かは、使用者の力で大きく左右される。

 個人的には一番嬉しい「素養」かもしれない。実用的であることと、今すぐなんの憂いもなく使える、という意味でも。


 それにしても、雷、か。


 雷ってアレだよな。雨雲に走るヒビのような光の線だよな。

 雷が落ちて大木が倒れたり、火が起こったりするのは見たことがあるけど。

 でも、詳しいことはわからないな。


 折を見て色々検証しておかないと、実戦になんてとても使えないだろう。というか大木を倒すほどの力があるなんて、俺自身が怖くて扱えない。


 ロダに直接聞く……わけにもいかないし。さすがに。


 ――まさか「『メガネで見た素養』は俺も使えます」とは言えないから。





 ソリチカの講義と訓練で試行錯誤し、結論として判明した「メガネ」の特性は、そういうものだった。


 ザントが話していた「邪眼」だのなんだのという「素養」を、全て試した上で割り出された、「メガネ」の力である。


 俺があえてこの「メガネ」に違う名前を付けるとすれば、わかりやすく「魔眼鏡」と呼びたい。

 「魔眼鏡に写した素養を登録・複製・再現する」という特性になる。


 もっとも、言葉にすれば便利極まりない万能能力だが、色々と規制が多いみたいだが。


 それに完全複製も無理で、オリジナルに比べればかなり劣るし。恐らく半分くらいの特徴しか再現できないと思う。


 まず、「登録」できるのは「誰かが素養を使用している時」のみ。

 というか、使用中じゃないと「他者の素養」が見えない仕組みになっている。


 一番最初に「素養を視た」ザントの場合、彼が二つ持つ『素養』の片方、「命中補正」というものだけ見えた。


 これは、常時発動……あるいは自動発動。

 恐らくザントさえ意識の外にあるもので、勝手に発動しているものなのだと思う。たぶん「発動させない」という選択もできないものなんじゃないだろうか。


 ちなみにザントの「もう一つの素養」は、結局今もわからない。

 俺の方の条件で言えば、「本人が発動させない」ので「視え」るわけがない、となる。


 そして本人も、俺が言うまで二つあるとは知らなかったようなので、そもそも己に備わっている「二つ目の素養」を発動させる方法を知らないのだろう。もしかしたら「俺のメガネ」と同じくらい特殊なものなのかもしれないし。


 そんなこんなで街中のいろんな人を「視て」、いろんな「素養」を「登録」してみたが……


 ――やり方次第で世界征服さえできそうだけど、やっぱり俺には過ぎた「素養」だなぁ、と。しみじみ思ったものだ。


 あ、それと、俺が「詳細を知らない素養」も見えないようだ。

 まあ「素養」の本は結構読んだので、基本的に「一般的なものから多少珍しい素養」までは問題なく「視える」はずだ。


 ちなみにロダの「指花の雷光」と、リッセの「闇狩りの剣」は、結構珍しいようだ。


 …………


 「視えた」ってことは、ロダは「素養」をさっきから使ってるんだよな……何に使ってるんだろう? どんな使い方ができるんだ? そもそも本当に雷ってなんだ?


 ……本人には聞けないもんなぁ。







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