89.メガネ君、たとえるなら
「よくわかんないけど、少年が悪いと思う」
リッセを押さえている日焼けの女性が、よくわかんないくせに俺を悪者にした。
女ってそういうとこあるよね! とりあえず男が悪いことにしとけばいいと思ってる節があるよね! 女とか俺の姉とかなんなんだよ! ……姉は関係ないか!
「かわいいだろ、この娘。こんなかわいい娘と恋人とか言われたら素直に喜べばいいじゃない」
諭すような言葉に、リッセも大いに同意した。
「そうだ! 喜べばいいじゃない! か、か、かわいいだろ、私……」
その自己弁護の合否はともかく、照れるくらいなら言わなければいいのに。
俺は日焼けの女性と、色白の女性と、最後にリッセをじっと見つめ、言ってやった。
「綺麗なモノほど毒とか棘とか持ってるものだと、俺は思うけど」
まず、日焼けの女性だ。
「たとえるなら迷路蔦」
大木や岩なんかにびっしり広がる茶色の細い蔦花で、小さな黒い花をつける。規則性もなく縦横無尽に広がるのに、絡み合うそれが描く模様は芸術的な美しさになることが多い。
何とも似てないけど、強いて言えば木漏れ日のような無造作で無計画、だけどどこか神秘的という感じかな。
でも、蔦には固い棘が生えていて、素手で触れば間違いなく怪我をする。
見た目は細くて枯れたような茶色だから、知らない者は払おうとしてうっかり触って怪我をしまうこともある。
「なんか似てるよね。奇跡のバランスで生まれた芸術品、迷路蔦に」
鍛えているのだろう細身の長身に、鮮やかに焼けた茶色の肌。黒く長い髪。暗がりで良く見えないが、凛々しく鋭い目は藍色かな。
パッと目を引くことはないかもしれないが、よくよく見れば芸術品のような雰囲気がある。全ての要素が「ただの美しい」とは違う、別角度の美しさを持っているというか。
迷路蔦も、単体で見ればただの蔦。
でもそれが広がり、己が絡みついている物と蔦とが合わさり大きな一となった様は、本当に自然界で生まれた芸術品である。
と、師匠が教えてくれた。
確かにあれは美しい。貴族界隈では庭先で育てたりする家もあるとか。
俺の村の近くにも普通にあったし、少し森に入ればよく見つかる。
そこそこやってきた冒険者なら、普通に一度くらいは見たことがあるだろう。
「……」
ほら、日焼けの女性はまんざらでもなさそうな顔をしているし。彼女は見たことがあるのだろう。そして俺や師匠や多くの者と同じ感想として「美しい」と思ったに違いない。
――さて、次は色白の女性か。
「たとえるなら幻燈花」
夜に咲く白い花だ。
花自体が淡く発光するという特性を持つ。
群生し、月夜の下で一面に広がる様は幻想的で溜息が出るほど美しい。
「似てるよね。問答無用で綺麗っていうか」
だが、この「光る」部分が問題で、発光物の正体は花粉である。
この花粉には強力な幻覚作用があるらしく、近づくだけで意識がもうろうとし、最終的には失神するそうだ。
咲くのは夜だけなので、朝には目が覚めるのだが、外で意識不明なんて事態は危険以外の何物でもない。
と、師匠に教わった。光る花には近づくな、と。
一度だけ見たことがあるけど、あれは本当に綺麗だった。まあ見ている分にはそれでいいんだろう。近づかなければ。
色白の女性は、まさに幻燈花と呼ぶにふさわしい、なんならそれよりも美しい感じである。
日焼けの女性と同じく、鍛えているのだろう細身の長身。
整えているのか、それとも自分で切っているだけなのか、額やサイド、後ろも、横一直線に短く切りそろえた輝く金髪。瞳は空色で、顔立ちなんかものすごく整っている。
だから余計にアレだよね。近づきたくはないよね。
「あら。まあ」
嬉しそうだが喜び方に余裕を感じる。この手のことは言われ慣れているというか。この類の誉め言葉は聞き飽きているのだろう。まあ納得できる美貌だと思う。
――そして、リッセだ。
「……」
「……」
視線が交差する。
期待に満ち満ちた赤毛の少女の瞳が、キラキラ純粋に輝きながら俺の言葉を待っている。
「…………」
「…………」
うん、まあね。
「君は別にいいよね」
しばしの沈黙の末に、俺は言った。別にいいよね、と。
「いや言えよ! この流れだと言うだろ私のも! 草花の綺麗なアレやソレでたとえろよ!」
うーん。
どうかなぁ。
そういうのは強制されるものじゃなく、あくまでも相手側の賞賛の声で自然と上がるものだから。
「でもさっき君は俺を殴ったからなぁ。避けられない速度で殴ったからなぁ。思わず手が出たって感じじゃなくて、明らかに殴ってやろうって意識が先行した平手で殴ったからなぁ」
「文句も言わずに流してたくせにさっきの根に持ってるのかよ! 謝るから言えよ!」
……仕方ないなぁ。
「その辺に生えてる食える花みたいな」
「なんで実用面のアレだよ! 見た目だろ!? 話の流れからして美しい植物にはアレとか毒とか棘とかある的なソレだろ! 見た目の麗しきアレや美しきソレで言えよ!」
「アレとかソレとか言われてもわかんないですね」
「わかるだろ!! わかれよ!!」
というか、本当にこの不毛な時間はなんなんだ。
俺の怒りも引いたので、そろそろ帰りたいんだが。
「じゃあ猫が食ってゲロ吐く草みたいな」
「それも実用だし花より美しさが下がってるね!? ねえ!? 私は猫に食われてゲロ吐かれる草かよ!」
二回もたとえたから、もういいだろう。
「――というわけで、あんまり誤解してほしくないんだよね。かわいいなり美人なりなら、なおさら俺からは近づきたくないから。どうせ毒とか棘とか持ってるんでしょ?」
ゲロとなるリッセはともかく、迷路蔦と幻燈花に言っておく。俺はこの二人にはリッセ以上の警戒をしたいくらいである。
「――残念だよ」
と、唐突に日焼けの女性が言い出し、まだまだ溌剌としたファイティングポーズを取っているリッセを解放した。
「この問題は、どうやら少女の方が間違っているようだ」
「はあ!?」
「そうですね。彼は非常に正しい」
「なん……だと……!?」
色白の女性まで同意し、てのひらをクルー返されたリッセは味方を失った。
「ほ、褒められたからってこんなにあっさりと……!」
愕然としているリッセに、女性二人は穏やかな笑みを――いや、明らかに「女として勝った者」の余裕ある笑みを浮かべる。
「芸術品とか言われて褒められたとかは関係ないけど、少年の女を見る目は間違ってないと思う」
「ええ。幻燈花にたとえられたからなどという理由ではなく、一女性として彼の判断はとても正しいかと思われます」
…………
な? この華麗な切り捨て方だよ。
これだから女は信用できないんだ。特に見た目がいい女は絶対に信用できない。必ず毒か棘を持っているものだから。
なんとも言えない空気になり、俺たちは自然と解散した。
まあそもそもを言えば、あの日焼けと色白の女性二人は、ほぼほぼ他人だからね。これから何があるというわけでもない。……まあ流れでリッセともども食事には誘われたけど丁重にお断りしたし。だって毒とか棘とか持ってるだろうから。
リッセと並んで帰途に着く途中、彼女が口を開いた。
「ねえエイル」
「もうたとえないけど」
「その話はもういいっ」
まだ若干へそが曲がっているようだ。殴られないように一歩距離を取っておく。避けられないくらい早い攻撃とかシャレにならないからね。殺す気だったら死んでるからね。
「それより、さっきの二人なんだけど」
リッセがつらつらと語ることを要約すると、あの二人は隣国の騎士らしい。
確証は取っていないが、雰囲気や佇まい、隙のない動き、あとそれとない情報収集から繋ぎ合わせた結果、そうである可能性が高いと判断したそうだ。
「あの二人とは、さっき風呂場で遭遇しただけなんだ。
私はこの街の名の通った冒険者は全員知ってる。でもあの二人は知らなかったの。だから声を掛けて色々聞いてみたんだ」
へえ。
「あの二人、騎士なの?」
「たぶんね。それも隣国の騎士だと思う。『馬に乗ってきた』、『街に到着したのは今日の昼でこの時間まで寝ていた』、とか言ってた。
で、色々聞いている時に、逆に聞かれたわけ。この街のおいしい店とか知らないか、って」
ふむ……
「馬とか使って駆け付けてるわけだから、用事があって来たわけでしょ? で、今は例の大物がいるわけでしょ?
タイミング的に間違いないと踏んでるけど。エイルはどう思う?」
うん、そうだね。
「明日の狩り、同行するかもね」
まあ別に、腕が確かなら誰が来ても問題ないと思うけどね。ロダも腕利きを集めたとかなんとか言っていたはずだし。
「リッセは何か気になるの?」
「隣国の騎士ってところがね。この国の騎士なら、まあ来ても不思議はないと思うし。
でも国境を跨いでここまで来たってことは、明らかに手柄を上げるために来てる。あるいは
この国の騎士が動いてないのに、隣国の騎士が動くって、なんかの政治的な絡みを感じるんだよね。……まあ国の人間は動いてるけどさ」
うーん。
「もし裏があるならロダとかザントが探るんじゃない? 俺たちが考えることじゃないと思うけど」
「そうなんだけどね。ま、気にはなるけど気にするだけ無駄か」
…………
隣国から騎士が来た、か。
今度の狩りに、狩り以上の何かがあるのかな。